「上(うえ)」と「下(した)」の語源(続き)

ボクサーがパンチを受けて倒れたり、尻もちをついたりすることを「ダウンする」と言っていますが、それだったら、寝たり、座ったりすることを「ダウンする」と言ってもよさそうです。実際、日本語で「風邪でダウンしています」と言うことはできるし、英語で「I’m down with a cold」と言うこともできます。理解に難くありませんが、どうやら「下、落下」と「寝る、座る」の間には密接なつながりがあるようです。

日本語のsita(下)

英語のsit(座る)という語はおなじみでしょう。過去形・過去分詞形はsatです。ちなみに、英語のsetはsitと同源で、今では意味の変化や抽象化が著しいですが、かつては「座らせること」を意味していました。英語もそうですが、昔のインド・ヨーロッパ語族の言語は、よく母音を交替させて新しい語形を作ったり、新しい語を生み出したりしていました。英語のsitとsetはインド・ヨーロッパ語族の標準的な語で、同源の語がインド・ヨーロッパ語族全体に広がっています。

sitとsetと同源のsettleは「落ち着く、定着する、定住する、落ち着かせる、定着させる、定住させる」などの意味を持っています。名詞形のsettlementは「集落」も意味します。このような英語と以下のような日本語を見比べると、どうでしょうか。

sita(下)、sitosito(しとしと)、sizumu(沈む)、sizumaru(静まる)、sizumeru(静める)、sizuka(静か)、sadamaru(定まる)、sadameru(定める)、sadaka(定か)、sato(里)

※現代のsizumu、sizumaru、sizumeru、sizukaのzは、昔はdでした。

おやっと思わせるところがあります。よく調べないといけません。英語のsit(座る)に登場してもらったので、今度は日本語のsuwaru(座る)に登場してもらいましょう。

日本語のsuwaru(座る)

前に「上」を表す英語over、ラテン語super、古代ギリシャ語huperという語を取り上げました。この三語は同源です。その一方で、英語up、ラテン語sub、古代ギリシャ語hupoという語もあります。この三語は同源です。

ここから話が少し複雑になりますが、ラテン語のsubはsuperの逆で、「下」を表していました。同様に、古代ギリシャ語のhupoはhuperの逆で、「下」を表していました。英語over、ラテン語super、古代ギリシャ語huperが同源で、いずれも「上」を表し、英語up、ラテン語sub、古代ギリシャ語hupoが同源で、いずれも「下」を表していたら、話は単純だったのですが、英語のupは「下」を表す語ではなくなってしまいました。

英語over、ラテン語super、古代ギリシャ語huperの推定祖形は*uper、*superで、英語up、ラテン語sub、古代ギリシャ語hupoの推定祖形は*upo、*supoです。インド・ヨーロッパ語族のゲルマン系言語との付き合いが古いウラル語族のフィンランド語などにはupota(沈む)のような語が見られます。ゲルマン系言語の英語upなどはもともと「下」を表していたのです。

なぜ「下」を表していた語が「上」を表すようになったのでしょうか。どうやら、下からなにかが上がってくるのを描写しているうちに、従来の意味・語法が揺らぎ始めたようです。「下から」が「上へ」に変わるような変化です。

要するに、英語over、ラテン語super、古代ギリシャ語huperなどのもとである*uper、*superは「上」を表し、英語up、ラテン語sub、古代ギリシャ語hupoなどのもとである*upo、*supoは「下」を表していたということです。

インド・ヨーロッパ語族で「上」を表した*uper、*superと関係がありそうな日本語はすでに示しましたが、「下」を表した*upo、*supoと関係がありそうな日本語はあるでしょうか。実は、かなりありそうです。インド・ヨーロッパ語族の各言語で*uper、*superのpがbになったり、vになったり、fになったりしていたことを思い出してください。

まずは、日本語のzubuzubu(ズブズブ)から始めましょう。沈む様子を表すzubuzubu(ズブズブ)です。はまり込む様子を表すzuboʔ(ズボッ)も同類でしょう。「ズバッと突く、ズバッと切る」のzubaʔ(ズバッ)も同類かもしれません。入り込む感じが共通しています。昔の日本語では語頭に濁音を使えないので、zはsだったはずです。濁っていないsuppori(すっぽり)なども無関係とは思えません。インド・ヨーロッパ語族で「下」を表した*supoあるいはそこから変化したラテン語のsubのような語が、日本語のzubuzubu(ズブズブ)などになったと見られます。

ここで、日本語のsuwaru(座る)に目を移しましょう。奈良時代には、suu(据う)という動詞がありました。現代の日本語のsueru(据える)になる動詞です。suu(据う)は他動詞であり、この他動詞からsuwaru(座る)という自動詞が生まれました。このような成り行きは十分わかりますが、奈良時代のsuu(据う)という動詞はつくづく変です。同じ奈良時代に存在したsuɸu(吸ふ)やsubu(統ぶ)は変ではありませんが、suu(据う)は変です。母音が連続しているところが変なのです。奈良時代の日本語では、母音は連続しないはずではなかったでしょうか。奈良時代のsuu(据う)だけでなく、uu(植う)も変です。これは一体どういうことでしょうか。

※奈良時代に存在したsubu(統ぶ)は「一つにする、まとめる」という意味を持つ動詞で、このsubu(統ぶ)に助詞のte(て)がくっついてできたのが現代の日本語のsubete(すべて)です。