キラキラとピカピカの語源

kirakira(きらきら)の語源

奈良時代の日本語には、kirakirasi(きらきらし)という形容詞がありました。そして、この形容詞には、「端正」という漢字が当てられていました。どうやら、現代の日本語のkirakira(きらきら)は、もともと光というより美しさを意味していたようです。宝石や貴金属などが好まれるのを見ればわかるように、「光、輝き、光沢」と「美しさ」の間には強いつながりがあります。

kirakira(きらきら)が美しさを意味していたとなると、俄然気になる語があります。古代中国語の khje lej (綺麗)キエレイです。khje(綺)はkiという音読みで、lej(麗)はraiとreiという音読みで日本語に取り込まれました。古代中国語の khje lej (綺麗)を日本語でkiraiと読むにせよ、kireiと読むにせよ、母音が連続していて、昔の日本人にとっては不慣れな形です。

例えば、日本語で「猛者」がmosaと読まれますが、このようになじみのCVCVという形で発音しようとする傾向はあったはずです。古代中国語に kan saw (乾燥)カンサウという語がありましたが、日本人はこれをkansauと読んだだけでしょうか。慣れたCVCVの形にして、kasaと読むこともあったのではないでしょうか。このkasaから作られたのがkasakasa(かさかさ)ではないでしょうか。前に、古代中国語の kɛk pek (隔壁)ケクペクが日本語のkabe(壁)になったり、ベトナム語の ánh sáng (光)アンサンのような語が日本語のasa(朝)になったりした例を挙げましたが、このようなことは普通に行われていました(「深い」と「浅い」の語源(続き)—2音節の語を取り入れるを参照)。

古代中国語の kan saw (乾燥)は、現代の日本語のkansō(乾燥)になっただけでなく、kasakasa(かさかさ)にもなっているということです。同じように、古代中国語の khje lej (綺麗)は、現代の日本語のkirei(綺麗)になっただけでなく、kirakira(きらきら)にもなっていると考えられます。

pikapika(ぴかぴか)の語源

kirakira(きらきら)がもともと美しさを意味し、そこから光ることを意味するようになったのなら、ひょっとしてpikapika(ぴかぴか)も・・・と考えてみることは重要です。実は注目すべき語があるのです。アイヌ語のpirkaです。

アイヌ語のpirkaは使用頻度の高い語で、「よい、きれい、美しい」などの意味を持ちます。日本語にこのような語を取り入れるとすれば、子音が連続している-rk-の部分をどうにかしなければなりません。すなわち、rを落としてpikaとするか、kを落としてpiraとするかしなければなりません。この一方のpikaが日本語のpikapika(ぴかぴか)、pikaʔ(ぴかっ)、hikaru(光る)、hikari(光)と合致し、他方のpiraが日本語のhirameku(ひらめく)と合致するのです(日本語のhirameku(ひらめく)はもともと雷などに関して使われていた語です。kirameku(きらめく)などと同じ作りの語です)。

「美しさ」を意味する古代中国語の khje lej (綺麗)とアイヌ語のpirkaのような語がもとになって日本語のkirakira(きらきら)とpikapika(ぴかぴか)が生まれたと考えると、筋が通ります。

「日本語の意外な歴史」では当面アイヌ語を本格的に取り上げる機会はありませんが、日本語にはアイヌ系の言語から取り入れたと見られる語彙も少ないながら認められます。中国東海岸から朝鮮半島を経由してあるいは経由しないで九州に上陸し、そこから近畿に達したと見られる日本語(奈良時代の日本語)にアイヌ系の語彙が認められるということは、かつてアイヌ系の言語が西日本のほうにまで及んでいたことを示唆しています。アイヌ語と聞けば、北海道・東北のイメージがありますが、それは、日本列島に上陸した日本語が勢力を大きく拡大した後の話です。

「日本語の意外な歴史」では、日本語が中国東海岸地域(山東省と江蘇省のあたり)で過ごした時代を十分に明らかにした後で、朝鮮半島の問題および縄文時代の問題を考えます。朝鮮半島の問題というのは、日本語が日本列島に入る時に朝鮮半島を経由したのか、しなかったのか、経由したのであれば、朝鮮半島でなにがあったのかという問題です。縄文時代の問題というのは、縄文時代の日本列島ではどのような言語が話されていたのかという問題です。

日本語の歴史上最も複雑なのは、日本語が中国東海岸地域で過ごした時代です。日本語の中にある遼河文明の言語の語彙、黄河文明の言語の語彙、長江文明の言語の語彙を中心に話を進めていましたが、そこへ突如インド・ヨーロッパ語族の語彙がたくさん現れて、日本語の歴史は一体どうなっているんだと混乱気味の読者もいるかと思います。この後さらにテュルク系言語の語彙やモンゴル系言語の語彙も出てくるので、ここで当時の中国東海岸地域の状況を再スケッチすることにします。