古代中国語の「木、本、末」、古代人が使っていた枕

「もと」と「また」の波瀾万丈な歴史で助詞のkara(から)の語源を明らかにしたので、今度は助詞のmade(まで)の語源を明らかにしましょう。kara(から)だけでなく、made(まで)も、もともと木に関係のある語で、古代中国語から来たようです。まずは、以下の三つの漢字を見てください。

古代中国語には、muwk(木)ムウク、pwon(本)プオン、mat(末)という三つの語がありました。「木」の字の下のほうに横線を引いたのが「本」で、pwon(本)は木の幹から根のあたりを意味していました。これに対して、「木」の字の上のほうに横線を引いたのが「末」で、mat(末)は木の先端を意味していました。そして、pwon(本)に意味が似た語として、kan(幹)(nの部分はかつてはr)がありました。

どうやら、古代中国語のkan(幹)(nの部分はかつてはr)から起点を表す日本語のkara(から)が生まれる一方で、古代中国語のmat(末)から終点を表す日本語のmade(まで)が生まれたようです。made(まで)に先行する形として*mata、*mate、*madaのような形があったかもしれません。木の幹または根を意味する語から「始まり」を意味する語が生まれ、木の先端を意味する語から「終わり」を意味する語が生まれるのは、人類の言語によくあるパターンです。具体的に木の下の部分と上の部分を指す語としてはmoto(もと)とsuwe(末)があったので、kara(から)とmade(まで)は意味の抽象化が進みやすかったと思われます。

※木の先端を意味した古代中国語のmat(末)は、日本語のmade(まで)だけでなくmadu(まづ)にもなったと見られます。madu(まづ)は現代ではmazu(まず)になっています。話の中でなにかを先に持ってくる時のmazu(まず)です。

例えばフィンランド語でも、同じようなことが起きています。日本語のmade(まで)にあたるフィンランド語はasti(まで)とsaakka(まで)です。asti(まで)とsaakka(まで)は意味・使い方がほとんど同じです。

前に、ウラル語族と日本語で足・脚に関係する語を生み出しているast-、as-、at-という語根とjalk-、jal、jak-という語根を取り上げました。ast-、as-、at-からは日本語のasi(足、脚)やato(跡)が生まれ、jalk-、jal、jak-からはフィンランド語のjalka(足、脚)やjälki(跡)ヤルキが生まれました。

昔の人々が人間・動物の手足と樹木の枝を同じように見ていたことはお話ししましたが、上記のast-、as-、at-という語根からフィンランド語のastiも生まれたと考えられます。フィンランド語のastiは、astua(足を踏み出す)やaste(段)のような語があることから、もともと足・脚を意味していたと考えられますが、枝(木の末端のほう)を意味するようになり、最終的に終点を表す語になったと見られます(上記のjalk-、jal、jak-という語根から日本語の*ya→ye→yeda→eda(枝)が生まれたことも思い出してください)。

このように、日本語のmade(まで)も、フィンランド語のasti(まで)も、木の根もとから出発して行き着く先端部分・末端部分を意味していた時期があり、似た歴史を持っています。

フィンランド語のもう一つのsaakka(まで)はどうでしょうか。この語も、made(まで)やasti(まで)と同様に、木の根もとから出発して行き着く先端部分・末端部分を意味していたのでしょうか。

 

補説

古代中国語の「木」と「樹」

日本語のkara(から)とmade(まで)が古代中国語のkan(幹)(nの部分はかつてはr)とmat(末)から来たというのは意外だったかもしれません。しかし、kan(幹)やmat(末)のような語が奈良時代より前の日本語に入ったのなら、肝心のmuwk(木)ムウクとdzyu(樹)ヂウという語も奈良時代より前の日本語に入ったでしょう。

古代中国語のmuwk(木)ムウクとdzyu(樹)ヂウは意味が非常に似ており、どちらも木一般を意味しました。ただ、生えている木ではなく、木材をいう時には、muwk(木)が用いられました。muwk(木)にはmoku、bokuという音読みが与えられ、dzyu(樹)にはzyu、syuという音読みが与えられました。

まずdzyu(樹)のほうですが、この語はzyuやsyuのような形が認められない時代にはsuという形で日本語に入ったと見られます。

中国人がある木を見ながら「dzyu」と言い、それを聞いた日本人が当時の日本語で認められるsuという形にし、日本語のki(木)を接続してsugi(スギ)という語を作ったと思われます。ki(木)はki乙類で、sugi(スギ)のgiもgi乙類だったので、発音的に合います。

古代中国語には、ljuw(柳)リウウとyang(楊)ヤンという語もありました。ljuw(柳)はシダレヤナギの類を指し、yang(楊)はカワヤナギの類を指します。

中国人がある木を見ながら「yang」と言い、それを聞いた日本人が当時の日本語で認められるyanaという形にし、日本語のki(木)を接続してyanagi(ヤナギ)という語を作ったと思われます。ki(木)はki乙類で、yanagi(ヤナギ)のgiもgi乙類だったので、発音的に合います。

発音に関する厳しい制約のある昔の日本語で、「dzyuの木」はsugi(スギ)と呼ばれ、「yangの木」はyanagi(ヤナギ)と呼ばれることになったのです。

次にmuwk(木)のほうですが、この語がどのような形で奈良時代より前の日本語に入ったのかというのは、かなりの難問です。

様々な考察の末に筆者が辿り着いたのは、makura(枕)でした。奈良時代にはmaku(枕く)という動詞があったので、saku(咲く)からsakura(桜)が作られたように、maku(枕く)からmakura(枕)が作られたと見られます。

makura(枕)と違ってmaku(枕く)は現代の私たちになじみがありませんが、寝る時に頭の下になにか置くことをmaku(枕く)と言っていました。座る時に尻の下になにか置くことをsiku(敷く)と言い、寝る時に頭の下になにか置くことをmaku(枕く)と言う感じです。

「枕」という漢字を見れば、昔の人々が寝る時に頭の下に木を置いていたことがわかります。前にお話ししたように、siku(敷く)の語源が古代中国語のzjek(席)ズィエク(座る時に尻の下に置く藁や草などの編み物)なら、maku(枕く)の語源はなんでしょうか。純粋に意味を考えれば、断然怪しいのは古代中国語のmuwk(木)です。

muwkというのは、隋・唐の頃の一方言の形です。mとkの間の部分は、現代の中国語では概ね日本語のウのようになっていますが、方言によっては日本語のオあるいはアのようになっています。当然、殷の時代から隋・唐の時代に至るまでに存在した中国語の諸方言でも、「木」の発音は少しずつ異なっていたと考えられます。日本人が聞いたら、mukuと発音したくなることも、mokuと発音したくなることも、makuと発音したくなることもあったでしょう。

奈良時代の日本語のmaku(枕く)は、古代中国語の「木」から来た可能性が高いです(写真は早稲田自然食品センターヤフー店様のウェブサイトより引用)。

昔の日本語には、mamidu(真水)やmakusa(真草)のような語とともに、maki(真木)という語もありました。この語は「槇」とも書かれました。maki(真木)は良質の木材を意味していた語で、現代のmaki(薪)にもつながります。もしかしたら、古代中国語の「木」は、一方でmaku(枕く)になり、他方でmaki(真木)に吸収されてしまったのかもしれません。