日本語の意外な歴史

これまで知られてこなかった日本語の起源、日本語の歴史について語っていきます。私たちが使っている言葉には、驚くべき人類の軌跡が隠されています。

2018年02月

先日、本ブログのコメント欄のほうに、読者様から大変貴重な質問を寄せていただきました。東アジアの言語の歴史を考えるうえでも、また一般的に歴史言語学のあり方を考えるうえでも重要な内容だったので、読者様からの質問と筆者の回答をここに再掲載いたします。質問を寄せていただいたABCEditer様に改めて感謝申し上げます。

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(読者様からの質問)

今回も新たな情報をありがとうございます。

本日のお話と直接は関係ないことなのですが、日本語の系統を考える上で根本となる、言語の「系統」について、伺いたいことがあります。

言語の系統を探る際、語彙が重視されることが多いように思いますが、一方で、類型的特徴はどの程度重視されますでしょうか。

例えば、日本語と朝鮮語は文法が殆ど共通し、特に助詞で主題を表す点が共通しています。しかし語彙は殆ど共通点がないと言われています。

(筆者の回答)

コメントありがとうございます。

言語の文法は、普通は激変したりしませんが、特に他言語の話者が大量に流入してきた時に激変することがあります(私たちが生きる現代では、大規模な国境によって人間の通行を厳しく制限していますが、これは人類の歴史において比較的新しい現象です)。

朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語は日本語に近い文法構造を持っていますが、ウラル語族のサモエード諸語もこれらの言語に近い文法構造を持っています。

しかし、ヨーロッパに突入していったフィンランド語やハンガリー語は、全然違う文法構造を持っています。フィンランド語やハンガリー語も、かつてはサモエード諸語のような構造をしていたはずですが、今ではすっかり変わった構造になっています。なぜこんなことになったかといえば、もともとヨーロッパ方面で他言語を話していた人々が流入してきたからです。

慣れ親しんだ文法・語法は、人間に強力にくっついています。たとえある言語から別の言語に乗り換えたとしても、もとの言語の文法・語法が強力にくっついてくるのです。単語は簡単に置き換えられるが、文法・語法はそう簡単には置き換えられないということです。文法書などがない時代であればなおさらです。

文法・語法の類似性も、人類の言語の歴史を考えるうえで重要な要素です。特に、人々がどのような言語からどのような言語に乗り換えたかを考える時に有効です。文法・語法は細部に至るまでよく似ているが、基礎語彙は似ていないという二言語が存在する場合は、過去に言語の乗り換えがあった可能性があります。

「日本語の意外な歴史」では、現存する言語を優先的に取り上げているので、当面は扱う機会がないのですが、かつて朝鮮半島に高句麗語と百済語という言語が存在しました。高句麗、百済、新羅が対立した三国時代(BC1世紀~AD7世紀)を経て、最終的に新羅が朝鮮半島を統一しました。これによって、高句麗語と百済語は消滅しました。高句麗語と百済語を話していた人々は、新羅語(朝鮮語につながる言語)に乗り換えることになったのです。

高句麗語と百済語は、わずかに記録が残っているだけですが、その語彙は日本語の語彙に酷似しています。私の暫定的な見解ですが、日本語から見て、高句麗語・百済語は近い親戚、ウラル語族は遠い親戚のようです。新羅語(朝鮮語)は、語彙面ではこれらの言語からかなり隔たっています(ただし、新羅語(朝鮮語)の隔絶はアイヌ語の隔絶よりは小さいです)。

日本語と朝鮮語の間に見られる文法・語法の並々ならぬ類似性は、高句麗語と百済語の話者が新羅語(朝鮮語)に乗り換えたことも大きいと思われます。

これは日本語にも言えることですが、高句麗語と百済語のうちで、ある程度語彙が明らかになっている高句麗語のほうを見ると、シナ・チベット系の語彙、しかも中国語とは違うシナ・チベット系言語から取り入れたと見られる語彙が強く認められます。遼河文明が栄えた地域から黄河下流域の方(つまり山東省の方)へ移動した言語があって、この言語が日本語、高句麗語、百済語のもとになった可能性があります。古代中国の大戦乱を逃れるために、中国東海岸から朝鮮半島・日本列島に向かう人の流れがあったはずです。

遼河文明と黄河文明の間でなにがあったのか、遼河文明の言語と黄河文明の言語の間でなにがあったのかということは、大変興味深く、これから大いに研究していかなければならないテーマです。

(引用終わり)

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外国語をある程度学んだことがあれば、その文法・語法の習得が楽でないことは十分に知っているでしょう。慣れ親しんだ母国語の文法・語法から不慣れな外国語の文法・語法にさっと切り替えることは困難なのです。人間は急激な文法・語法の変化に抵抗を示すといえます。

ここで注意しなければならないことがあります。人間は急激な文法・語法の変化に抵抗を示すのだから、人間の言語の文法・語法は変わりにくいはずだと思いたくなるのですが、昔の事情を考えると、実は必ずしもそうではありません。

国境などがない時代に、人間集団Aと人間集団Bがあり、それぞれの集団にそれぞれの言語があったとします。そして、人間集団Aが文明や武力などなんらかの点で優位にあり、人間集団Bが人間集団Aの言語に乗り換えることになったとします。

人間集団Bは人間集団Aの言語を話そうとします。しかし、人間集団Aの言語の単語は使うものの、その文法・語法にさっと切り替えることができません。その結果、人間集団Aの言語の中に人間集団Bの言語の文法・語法が持ち込まれてしまいます。つまり、人間集団Aの言語は、人間集団Bの流入を受けて、文法・語法が変化するのです。人間集団Bが大人数だったりすると、その変化は顕著になります。人間集団Aの言語は存続したが、文法・語法がすっかり人間集団Bの言語のようになってしまったということだってありうるのです。

近隣の言語が似たような文法・語法を持つようになる現象は、かなり前から知られていました。ただ、そこで言語学者が用いてきた「言語接触」という言い方があまりよくありません。まるで、人間は存在せず、言語のみが存在し、その言語と言語が化学反応を起こしているかのような物言いなのです。決してそうではありません。「人間がある言語の文法・語法を別の言語に持ち込んでいる」ときちんと言わないといけません。これが単方向あるいは双方向で行われた結果、近隣の言語が似たような文法・語法を持つようになるのです。言語を変形しようと、意図的に文法・語法を持ち込んでいるわけではありません。文法・語法の習得・切り替えが難しいのです。

上のコメントの中でも述べましたが、慣れ親しんだ文法・語法は人間に強力にくっついており、ある言語から全く別の言語に乗り換えたとしても、強力にくっついてきます。文法・語法の類似性をもって、言語が同系統だ別系統だと論じられないのは、そのためなのです(同様の理由で、発音体系の類似性をもって、言語が同系統だ別系統だと論じるのも無理があります)。どの系統の言語を話すことになっても強力にくっついてくるわけですから、慣れ親しんだ文法・語法は人間に深く根付いているといえます。

文法・語法の類似性は、人類の言語の歴史を考えるうえで重要でないのかというと、断じてそんなことはありません。筆者は、語彙も文法・語法も等しく重視しています。語彙と文法・語法は、互いに補い合う形で人類の言語の歴史を照らし出してくれます。文法・語法の類似性は、語彙の類似性とはまた違ったものを示してくれることがあるのです。

ちなみに、ウラル語族の内部だけでなく、英語が属するインド・ヨーロッパ語族の内部にも、中国語が属するシナ・チベット語族の内部にも、極めて著しい文法・語法の違いが存在します。どの語族でも、おおもとの言語ははるか昔に狭い範囲で小さい集団によって話されていた言語なのです。それが様々な方向に他言語の話者を取り込みながら広がっていったわけですから、大きな文法・語法の違いが生じるのは当然です。

これまでの人類の言語の歴史に関する研究では、言語の同系性が大きく注目される一方で、言語の消滅と乗り換えはあまり注目されてきませんでした。しかし、人類の言語の歴史において、言語の消滅と乗り換えは非常に大きな位置を占めています。言語の消滅と乗り換えという観点も、人類の言語の歴史を理解するために欠かせないのです。



以下の記事も、ウラル語族および高句麗語・百済語に関連した記事です。

日本語の起源を明らかにする手順—ウラル語族の秘密(1)
変わりゆくシベリア(2)
遼河文明を襲った異変(3)
朝鮮半島でなにかあったのか(4)
高句麗語の数詞に注目する(5)
高句麗語と百済語の研究方法について(6)

ウラル語族の各言語で「腹」を意味する語は完全にばらばらです。そして、「腹」と「腸」と「中」の間で意味が変わりやすい傾向にあります。日本語でも腹のことを「おなか」と言ったりするので、この辺は理解しやすいと思います。

フィンランド語には、vatsa(腹)ヴァッツァという語があります(もう一つmaha(腹)という語がありますが、これはインド・ヨーロッパ語族の言語からの外来語です)。フィンランド語のvatsa(腹)は、サモエード系のガナサン語bjetuʔ(腸)ビェトゥッ、カマス語bjedɯ(腸)ビェドゥ、マトル語bjedu(腸)ビェドゥなどと同源で、日本語のwata(腸)に対応しています。harawataのwataです。琉球方言のwata、bata、badaなどは「腹」を意味しています。中に詰められた様を思えば、wata(綿)もwata(腸)と同源でしょう。

日本語のhara(腹)はどうでしょうか。ハンガリー語のbél(腸)ベールやbelső(中の、内の)ベルショーに組み込まれているbel-(中、内)はひょっとしたら関係があるかもしれませんが、ハンガリー語とフィンランド語の間でも「腹、腸、中」を意味する語は全く一致していないので、その可能性は微妙です。

ちなみに、英語のbelly(腹)はもともとバッグや袋を意味していた語です。腹は膨らむものという認識が窺えます。同じように、日本語のhara(腹)はharu(張る)から作られた可能性が高いです。

この発想でいくと、日本語のhukureru(膨れる)(古形ɸukuru)、hukuro(袋)(古形ɸukuro)、hugu(フグ)(古形ɸuku)などは、古代中国語のpjuwk(腹)ピュウクと関係がありそうです。どのような経緯で、このようなことになったのでしょうか。

古代中国語のpjuwk(腹)も注目に値しますが、英語のbelly(腹)も注目に値します。英語のbelly(腹)がもともとバッグや袋を意味していたことは上に述べましたが、この語はball(ボール)やballoon(風船・バルーン・気球)などと同源で、「膨らむ」という意味が根底にあります。

どうやら、日本語のhara(腹)の語源の問題は、日本語のharu(張る)の語源の問題であり、日本語のharu(張る)は、インド・ヨーロッパ語族とウラル語族で「膨らむこと、膨らんでいること、いっぱいになること、いっぱいであること」を意味している語と結びつきそうです。日本語のharu(張る)(古形ɸaru)は当然、hareru(腫れる)(古形ɸaru)といっしょに論じるべきものです。

haru(張る)とhareru(腫れる)の語源について論じ始めると、身体部位の話からどんどん遠ざかってしまうので、これらの語源については別のところで論じましょう。

ウラル語族の語彙との関係が一番見やすいので、まずは日本語のkosi(腰)を取り上げます。

ウラル語族には、kVs-、kVsk-という語根があります。語根というのは、様々な単語が作られていく時のおおもとのようなものです。Vのところには、e、ö、o、uなどが入ります。ウラル語族では、このkVs-、kVsk-という語根から「真ん中、中心、中央、中間、間」を意味する語が作られています。少し例を挙げてみましょう。

フィンランド語の場合は、Vのところがeになっています。フィンランド語のpisteは点を意味しますが、その前にkeskiが付いてkeskipisteになると、中心点を意味します。

後置詞のkeskenは「~の間で」という意味で、英語のbetweenやamongのような語です。前置詞というのは、前に置かれることから付いた名で、後置詞というのは、後ろに置かれることから付いた名です。

ハンガリー語の場合は、Vのところがöになっています。そして、sが濁ってzになっています。ハンガリー語のpontは点を意味しますが、その前にközが付いてközpontになると、中心点を意味します。

後置詞のközöttは「~の間で」という意味で、英語のbetweenやamongのような語です。

また、フィン系のコミ語にはkos(腰)、ウドムルト語にはkus(腰)という語があります。なぜでしょうか。それは、腰を体の真ん中とみなしたからです。私たちは上半身、下半身という言い方をしますが、どこで二分しているかというと、腰のところで分けています。

日本語のkosiももともとウラル語族と同じで、「真ん中、中心、中央、中間、間」を意味していたのです。mikosi(御輿)も、中心を意味するkosiに、尊敬・畏敬を示す接頭辞のmiが付けられたものと考えられます。「mikosiをかつぐ」というのは、言ってみれば、「お中心をかつぐ」という意味だったのです。御輿は以下のような形になっているのが普通でしょう(上から見たところです)。

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主に麺類を食べて「kosiがある」とか「kosiがない」とか言いますが、このkosiももともと中心部を意味していて、それがやがて噛みごたえや弾力を意味するようになったと考えられます。

ウラル語族と同じようにkVs-、kVsk-という語根から作られた語として、車輪の中心部を意味するkosiki(轂)も挙げることができると思います。昔の日本語は子音の連続を許さないので、koskiではなく、母音iを挿入してkosikiとしたのでしょう。

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ちなみに、フィンランド語では「腰」のことをvyötäröヴィオタロと言います。vyö(ベルト)という語があり、ここからvyöttää(ベルトを巻く)やvyötärö(腰)が作られています。ベルト、すなわち腰に巻くものは、フィンランド語ではvyöヴィオ、ハンガリー語ではövオヴです。どっちがもとの形に近いのかという議論はありますが、これらは同源と見られています。フィン系のサーミ語にavvi(ベルト)という語があるので、フィンランド語のvyöより、ハンガリー語のövのほうがもとの形に近いと思われます。ベルトを意味するフィンランド語vyö、サーミ語avvi、ハンガリー語övなどは、日本語のobi(帯)、obiru(帯びる)(古形obu)に結びつきそうです。

朝鮮語では、「目」のことをnun、「水」のことをmulと言います。そして、これらの語を組み合わせてnunmul(涙)という語を作っています。これはわかりやすいです。

それにひきかえ、日本語のnamida(涙)は怪しい語です。一音節でもなく、二音節でもなく、三音節です。複合語かなと思わせつつ、「まなこ」や「まつげ」のように「ま」は入っていないし、「めがしら」や「めじり」のように「め」も入っていません。目に関する語彙の中で、明らかに浮いています。率直に言って、外来語ではないかと疑いたくなる語なのです。

東アジア・東南アジアの言語で「涙」のことをなんと言っているか調べてみましょう。

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やはり出てきました。タイ語(およびラオス語)の naam taa です。タイ語では、「水」のことをnaam、「目」のことをtaaと言います。そして、これらを組み合わせたのが naam taa (涙)です(タイ語では日本語と違って後ろから修飾します)。このような語が日本語に入ったのです。奈良時代の日本語には、namita、namida、namuta、namudaという形が混在していました(上代語辞典編修委員会1967)。昔の日本語の話者が子音の連続を避けるためにiまたはuという母音を挿入していたのがわかります。

タイ語のnaam(水)は、ツングース諸語のエヴェンキ語lāmu(海)、ウデヘ語namu(海)、ナナイ語namo(海)、ウイルタ語namu(海)、満州語namu(海)、そして日本語のnami(波)にも通じていると考えられます。タイ系の言語で「水」を意味していた語が、ツングース系の言語に「海」という意味で、日本語に「波」という意味で取り入れられたのです。日本語のnama(生)も、「(焼いたり、干したりしておらず)水っぽい、水分を含んでいる」というのが原義であったと思われます。

日本語の中には、シナ・チベット系の語彙とベトナム系の語彙ほどではありませんが、タイ系の語彙も見受けられます。日本語のそばでタイ系の言語が話されていた時代があったのです。しかも、その時代はそんなに遠い昔ではないようです。

例えば、英語のtear(涙)は、同じゲルマン系のドイツ語Zähre(涙)ツェール(今ではもう廃れています)、さらにはイタリア語lacrima(涙)、ギリシャ語dákry(涙)ザクリなどと同源ですが、やはり長い年月が過ぎると、形がかなり異なっています。

それに対して、タイ語の naam taa (涙)と日本語のnamida(涙)(奈良時代にはnamitaという形も存在)は、意味がぴったり一致しているだけでなく、日本語が子音の連続を避けるために母音を挿入した点を除けば、形もぴったり一致しており、タイ系の言語から日本語に語が取り入れられたのがそんなに遠い昔でないことを物語っています。

タイ系の言語は、現在では中国南部からインドシナ半島へ逃げのびたように分布していますが、古代中国語が勢力を拡大する前にどのように分布していたかは定かでありません。ただ、ツングース系の言語や日本語に語彙を提供できる位置にタイ系の言語が存在したのは確かです。遼河文明の言語と黄河文明の言語と長江文明の言語の間で滅亡せずに存続してきたタイ系の言語がなんなのかということは、今のところ謎めいていますが、東アジアの歴史を考える際には意識の片隅に置いておかなければなりません。

それでは、いよいよ日本語の頭部に関する語彙の考察に入ります。



参考文献

上代語辞典編修委員会、「時代別国語大辞典 上代編」、三省堂、1967年。

日本語のte(手)はウラル語族との共通語彙ではないようだと書きましたが、日本語のhizi(肘)はウラル語族との共通語彙かどうかきわどいところです。

フィンランド語では、「肘」のことをkyynärpääキューナルパーと言います。この語は、「肘から指先までの長さ」を意味するkyynäräに「端」を意味するpääがくっついてできた複合語です。昔の人々が肘から指先までの部分(あるいは肘から手首までの部分)を長さの単位にしていたことは、よく知られている事実です。フィンランド語のkyynärä(肘から指先までの長さ)キューナラは、マリ語kənjer(肘から指先までの長さ)クニェル、エルジャ語kenjerje(肘から指先までの長さ)ケニェリェ、ハンガリー語könyök(肘)コニョクなどと同源です。フィンランド語のkyynäräの-räやハンガリー語のkönyökの-kは後から付けられた接尾辞であり、それらの前のkyynä-やkönyö-の前身にあたる語が「肘」または「前腕」を意味していたと考えられています。頭子音kの後ろの母音がかなりばらついているため、この部分は決定困難ですが、*kVnjäのような形が推定されます。ちなみに、フィンランド語のyは、唇を小さく丸めたウの形でイと発音する音で、発音記号で表すと[y]です。ハンガリー語のöは、口をオの形にしてエと発音する音で、発音記号で表すと[ø]です。

肘の特徴はなんといっても曲がることです。英語のelbow(肘)は、古くはelnbogaと言い、「前腕」を意味するelnと「曲がるもの、曲がったもの」を意味するbogaがくっついた形になっていました。bogaはbowに変化し、bow(弓)、elbow、rainbow(虹)などの形で健在です。

「肘」と「曲がる」の一体ともいえる密接な関係を考えると、ウラル語族で「肘のあたり」を意味していた*kVnjäは、日本語のkuneru(くねる)やkunekune(クネクネ)のkuneを思い起こさせます。katakuna(頑な)に組み込まれているkunaはもともと「曲がっていること」を意味していたと思われ、これが古い形と考えられます。グニャ(gunya)、フニャ(hunya)なども同類でしょう。

その一方で、ウラル語族で「肘のあたり」を意味していた*kVnjäは、英語のknee(膝)なども思い起こさせます。こちらも見逃せません。インド・ヨーロッパ語族のゲルマン系の言語では、「膝」のことを以下のように言います。

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ゲルマン系言語の「膝」は、インド・ヨーロッパ語族の他の系統の言語を見ると、必ずしも「膝」を意味する語に通じておらず、「曲げる」や「肘」を意味する語に通じていることもあります。

例えば、ゲルマン系言語の「膝」は、スラヴ系のロシア語koleno(膝)、ポーランド語kolano(膝)には通じておらず、「曲げる」を意味する語に通じています。

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インド・ヨーロッパ語族の多くの言語でそうですが、ロシア語とポーランド語でも、主語が1人称単数、2人称単数、3人称単数、1人称複数、2人称複数、3人称複数のいずれであるかによって、動詞の形が変わります。

また、ゲルマン系言語の「膝」は、バルト系のリトアニア語kelis(膝)、ラトビア語celis(膝)には通じておらず、「肘」を意味する語に通じています。

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リトアニア語のalkūnė(肘)とラトビア語のelkonis(肘)は、先ほど説明した英語のelbow(肘)と同じような作りになっており、前のal-、el-の部分が「腕」を意味し、後ろの-kūnė、-konisの部分が「曲がるもの、曲がること」を意味していたと考えられます。

話が少し複雑になりますが、筆者は、インド・ヨーロッパ語族のおおもとの言語(印欧祖語)にリトアニア語のalkūnė(肘)のような語があり、そこからkが消えて、古代ギリシャ語olene(肘)、ラテン語ulna(肘)、古英語eln(前腕)などの語が生じたと考えています。リトアニア語は、インド・ヨーロッパ語族の昔の特徴を非常によく残していることで有名な言語です。

このように、ウラル語族で「肘のあたり」を意味していた*kVnjäは、一方では日本語の語彙に、他方ではインド・ヨーロッパ語族の語彙に通じていると見られ、注目に値します。

日本語のhizi(肘)は、hiza(膝)との関連が100パーセント否定できないので、後でhiza(膝)といっしょに扱うことにします。

次に胴体に関する語彙の考察に移ります。mune(胸)、hara(腹)、kosi(腰)、se(背)、siri(尻)を取り上げます。

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