日本語の意外な歴史

これまで知られてこなかった日本語の起源、日本語の歴史について語っていきます。私たちが使っている言葉には、驚くべき人類の軌跡が隠されています。

2018年03月

インド・ヨーロッパ語族は非常に大きな語族で、その内部はいくつかの小グループに分かれています。現在ヨーロッパを大きく支配しているのは、ゲルマン系の言語と、イタリック系の言語と、スラヴ系の言語です。このうちのゲルマン系の言語とイタリック系の言語について、少し述べておきます。

ゲルマン系は、英語、ドイツ語、オランダ語、デンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語、アイスランド語などから成るグループです。イタリック系は、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、ルーマニア語などから成るグループです。

イタリック系はもともと、古代ローマのラテン語とそれに近い言語(オスク語、ウンブリア語など)から成るグループでしたが、ラテン語があまりに強力だったため、ラテン語以外の言語は姿を消してしまいました。現在残っているイタリック系の言語、すなわちフランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、ルーマニア語などは、すべてラテン語が分化してできた言語です。なので、「イタリック系=ラテン系」という認識で大体合っています。

ゲルマン系の言語もイタリック系の言語もインド・ヨーロッパ語族に属しますが、両者の類縁関係はかなり遠いです。なかなか変わらない基礎語彙を比較しても、ゲルマン系とイタリック系の間には大きな違いがあります。

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※ドイツ語Baum(木)とオランダ語boom(木)は、英語のbeam(梁、桁)と同源です。建物を建てる時に、柱は縦に立てる部材、梁・桁は横に渡す部材です。

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※ラテン語では、aqua(水)、arbor(木)、manus(手)、pes(足)です。

例として、水、木、手、足を意味する語を挙げました。ゲルマン系内部の差、イタリック系内部の差に比べて、ゲルマン系とイタリック系の間の差がとても大きいのがわかります(ゲルマン系言語の「足」とイタリック系言語の「足」だけが同源です)。

現代のゲルマン系言語とイタリック系言語を見比べれば、基本的に両者の間の差は歴然としているのですが、注意しなければならないのが英語です。英語は、ラテン語とフランス語から強烈な影響を受けたために、ゲルマン系言語の中で一番ゲルマンらしくない言語になっています。

例えば、英語を学んだことがあれば、sound(音)、voice(声)、quiet(静かだ)、noisy(うるさい)のような語はおなじみでしょう。しかし、このような語もフランス語からの外来語(あるいはそれを変形して作られた語)なのです。ちなみに、song(歌)はもともと英語にある語ですが、music(音楽)は古代ギリシャ語→ラテン語→フランス語→英語と伝わってきた外来語です。

英語はイタリック系言語から特別に強い影響を受けたが、ゲルマン系言語とイタリック系言語の類縁関係は決して近くなく、何千年かさかのぼらなければならない遠い類縁関係であるということを頭に入れておいてください。

それでは、shoulder(肩)、leg(脚)、calf(ふくらはぎ)の考察に入ります。calf(ふくらはぎ)から始めます。

calf(ふくらはぎ)

英語のwolf(オオカミ)(古ノルド語ではúlfrウールフル)が、同じ意味のロシア語volk、ポーランド語wilk、リトアニア語vilkas、ラトビア語vilksなどに対応していることは、前に述べました。英語のwolfのf、古ノルド語のúlfrのfは、かつてkだったと考えられます。

では、英語のcalf(ふくらはぎ)のf、古ノルド語のkálfr(膝から足首までの部分)カールフルのfはどうでしょうか。どうやら、このfもkだったようです。

先ほど、ゲルマン系言語で「足」を意味する語と、イタリック系言語で「足」を意味する語を並べました。意味も形もよく一致していました。なので、ついついゲルマン系言語の「足」とイタリック系言語の「足」に目が行きがちです。しかし、これらの周辺に謎めいた語が存在するのです。

イタリック系のラテン語にはpes(足)という語がありますが、そのほかに以下のような語があります。ラテン語のcは子音kを表し、xは子音連続ksを表します。

calx(かかと)
calceus(靴)
calcare(踏む)
calcitrare(蹴る)

足・脚に関係のある語彙を支配しているkalk-という語根が見えるでしょうか(イタリア語のcalcio(サッカー)カルチョもこの語根から来ています。ciは、ラテン語では「キ」でしたが、イタリア語では「チ」のような音になりました)。

英語のfoot(足)に対応する語は、インド・ヨーロッパ語族の三大古典語にもばっちり出てきて、サンスクリット語ではpad(足)、古代ギリシャ語ではpous(足)(組み込まれてpod-)、ラテン語ではpes(足)(組み込まれてped-)です。インド・ヨーロッパ語族のおおもとの言語(印欧祖語)で足のことをこのように呼んでいたことは間違いありません。しかしながら、足・脚に関係のある語彙のところどころにkalk-という語根も見えるのです。足・脚のことを「kalk」と言いたいんだが、それはできないんだという空気がうっすらと漂っています。

日本語の話者は、asi(足・脚)という形がaruku(歩く)、humu(踏む)、keru(蹴る)と似ていないからといって、別になんとも思っていないでしょう。同じように、英語の話者は、foot/leg(足・脚)という形がwalk(歩く)、tread(踏む)、kick(蹴る)と似ていないからといって、別になんとも思っていないでしょう。しかし、これはちょっと考える必要があることです。歩く、踏む、蹴るのような語は、足・脚以外との関係を考えるのが困難な語です。

ひょっとしたら、インド・ヨーロッパ語族の言語を話していた人々は、足・脚のことを「kalk」と言う人々と出会ったのかもしれない、上の例はそんなことを考えさせるのです。

シナ・チベット語族の話を続けますが、この話はインド・ヨーロッパ語族にも関係があり、まずはインド・ヨーロッパ語族のほうに目を向けます。

皆さんもご存知のように、英語は世界で広く話され、他の言語に語彙を提供する立場にあります。しかし、英語は昔からそのような立場にあったのかというと、そんなことはありません。むしろ全く逆で、英語はラテン語とその一後継言語であるフランス語から大量の語彙をもらう立場でした。ラテン語というのは、かの有名なローマ帝国の言語で、このラテン語が分化して、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、ルーマニア語などができました。現在英語が世界に広めている語彙の大部分は、ラテン語およびフランス語からもらったものです。

ラテン語とフランス語が英語に与えた影響は絶大ですが、これら以外にも英語に少なからぬ語彙を提供した言語があります。それは、古ノルド語という言語です。古ノルド語は、英語と同じゲルマン系の言語で、アイスランド語、ノルウェー語、スウェーデン語、デンマーク語などのもとになった言語です。古ノルド語はインド・ヨーロッパ語族の言語ですが、なんといっても奥地の言語であり、インド・ヨーロッパ語族の言語が到達するよりも前に話されていた言語についてもなにか伝えてくれるのではないかと期待させる言語です。

※インド・ヨーロッパ語族の言語は、もともと黒海・カスピ海の北(現在のウクライナ、ロシア南部、カザフスタンが続くあたり)かアナトリア(現在のトルコ)で話され、そこから広がっていったと考えられています(Mallory 1989、Anthony 2007、Fortson 2010、Haak 2015)。黒海・カスピ海の北か、アナトリアかということについては、論争が続いています。ここではこの問題に立ち入りませんが、筆者は言語学的、考古学的、生物学的根拠に基づいて、インド・ヨーロッパ語族の祖地は黒海・カスピ海の北であると考えています。

以前に、英語のhand(手)の語源が不明であることをお話ししました。arm(腕)とelbow(肘)の語源は明らかになっていますが、shoulder(肩)の語源も不明です。英語のhand(手)およびshoulder(肩)と同源の語は、ゲルマン系の言語には見られますが、インド・ヨーロッパ語族のその他の系統の言語には見当たらないのです。

ちなみに、足・脚はどうなっているかというと、foot(足)の語源は明らかになっていますが、leg(脚)の語源はいまひとつ不明です。英語のleg(脚)は、古ノルド語のleggr(脚、骨)を取り入れたものと考えられていますが、この古ノルド語のleggr(脚、骨)がどこから来たのかよくわかっていません。英語のcalf(ふくらはぎ)も、古ノルド語のkálfr(膝から足首までの部分)カールフルを取り入れたものと考えられていますが、この古ノルド語のkálfr(膝から足首までの部分)がどこから来たのかよくわかっていません。

実は、英語の歴史、ひいてはゲルマン系言語の歴史は、わかっていない部分が多いのです。hand(手)、shoulder(肩)、leg(脚)、calf(ふくらはぎ)のような語彙を放置しておいて、歴史が明らかになったとはとても言えません。これらに限らず、ゲルマン系の言語には、インド・ヨーロッパ語族以外の言語から入ったと見られる語彙が多いのです。ひとまずhand(手)の語源は後回しにし、shoulder(肩)、leg(脚)、calf(ふくらはぎ)の語源について考えることにします。

前に、フィンランド語käsi(手・腕)カスィ(組み込まれてkäde-、käte-)、日本語kata(肩)、朝鮮語kadʒi(枝)カヂなどの例がありました(日本語のkataは、ベトナム系の言語から入ってきた*ta(のちにte)に押されて、意味がずれたと見られます)。また、古代中国語のtsye(肢)チェとtsye(枝)チェ
の例もあります。このような例からして、人間・動物・植物の体を主要部分と枝分かれ部分に分けて捉える見方はかなり一般的だったと思われます。時代を大きくさかのぼれば、人類が厳密に上肢と下肢を別々の名で呼んでいたかどうかも定かでありません。とりあえず、「手足」を意味する語と「枝」を意味する語はいっしょに考える必要がありそうです。

今まで放置されてきたshoulder(肩)、leg(脚)、calf(ふくらはぎ)がどこから来たのか調べていくと、人類の奇想天外な歴史が浮かび上がってきます。日本語にも全く無関係な話ではないので、インド・ヨーロッパ語族とシナ・チベット語族の間に切り込むことにします。では、shoulder(肩)、leg(脚)、calf(ふくらはぎ)の考察に入りましょう。



参考文献

Anthony D. W. 2007. The Horse, the Wheel, and Language: How Bronze-Age Riders from the Eurasian Steppes Shaped the Modern World. Princeton University Press.

Fortson IV B. W. 2010. Indo-European Language and Culture: An Introduction. Wiley-Blackwell.

Haak W. et al. 2015. Massive migration from the steppe was a source for Indo-European languages in Europe. Nature 522(7555): 207-11.

Mallory J. P. 1989. In Search of the Indo-Europeans: Language, Archaeology and Myth. Thames and Hudson.

日本語と大いに関係がある言語として、北方の言語の中からウラル語族、そして南方の言語の中からベトナム系の言語(オーストロアジア語族)が浮上してきました。それだけでなく、日本語の中にはインド・ヨーロッパ語族との共通語彙もありそうだなと思わせる例もありました。様々な言語が出てきて混乱しやすいところなので、ここでひとまず簡単な図式を示しておきます。これから「日本語の意外な歴史」をスムーズに読み進めるために、以下の構図を頭に入れておいてください。

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上の図式は、漢語流入前の日本語(いわゆる大和言葉)の成り立ちを理解するための最も単純な図式です。実際の日本語の歴史はもっと複雑ですが、上の図式が基本です。漢語流入前の日本語は、主に「遼河文明の言語の語彙」と「黄河文明の言語の語彙」と「長江文明の言語の語彙」が混ざってできています(今はウラル語族との共通語彙を重点的に見ていますが、シナ・チベット語族との共通語彙も、ベトナム系言語との共通語彙も、これからたくさん出てきます)。「遼河文明の言語の語彙」、「黄河文明の言語の語彙」、「長江文明の言語の語彙」のうちのどれか一つが圧倒的に優勢ということはなく、これらの語彙が互角に交わっているところに日本語の大きな特徴があります。日本語には、主成分が三つあるのです。日本語の成り立ちをめぐる日本語系統論が混迷を極めた理由の一つがここにあります(中でも遼河文明は、多くの人にとって初耳ではないでしょうか。筆者もウラル語族と日本語の関係を本格的に研究し始めるまでは、遼河文明なんて聞いたことがありませんでした)。

「遼河文明の言語の語彙」と「黄河文明の言語の語彙」と「長江文明の言語の語彙」が対等に混ざり合った言語はどこで形成されたのでしょうか。三者が互角に交わる場所となると、おのずと限られてきます。最も可能性が高いのは、黄河下流域の山東省のあたりです(江蘇省の一部も考慮に入れておいたほうがよいかもしれません)。山東省周辺は、北の遼河文明と内陸の黄河文明と南の長江文明が絶妙なバランスで混合しそうなところにあります。

日本語の成り立ちを知るためには、遼河文明の言語、黄河文明の言語、長江文明の言語をよく研究する必要があります。このうちの遼河文明の言語と黄河文明の言語に関して、特筆しておきたいことがあります。

遼河文明の言語について

ウラル語族と日本語の共通語彙を調べていると、どうやらその共通語彙の一部がインド・ヨーロッパ語族にも通じているらしいということがわかってきます。遼河文明の言語は、インド・ヨーロッパ語族の言語となんらかの関係を持っているようです。「日本語の意外な歴史」では、日本語とウラル語族の間の関係を確固に示すことがまず第一の目標であるため、当面はインド・ヨーロッパ語族には深入りしませんが、東アジアの言語の歴史にインド・ヨーロッパ語族の影がうっすらと感じられるのは興味深いことです。

黄河文明の言語について

黄河文明の言語とはつまり、シナ・チベット語族のことです。シナ・チベット語族は、中国語とその類縁言語から成る言語群ですが、非常に扱いが難しい語族です。シナ・チベット語族はかなり大きな語族ですが、その内情は以下のようになっています。

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言語の数は多いのですが、中国語に特に近いと思える言語が見当たらないのです。中国語とある程度遠い類縁関係が考えられそうな言語ばかりだということです。紀元前6500年頃(つまり8500年前ぐらい)から黄河流域に裴李崗文化(はいりこうぶんか)、磁山文化(じさんぶんか)、後李文化(こうりぶんか)などの有力な文化が現れ始めますが(Shelach-Lavi 2015、第4章)、その頃から「中国語の前身言語」はひたすら孤独の道を歩み続け、一切分岐することなく、殷の時代およびそれ以降の中国語になったのだと考えるのはあまりに無理があります。その間に、中国語以外のシナ・チベット系言語はどんどん分岐しています。一律の学校教育やマスメディアがない時代には、言語が少しでも広まれば、地域差が生じ、別々の言語に分化していきます。

では、どうしてシナ・チベット語族は上のような極端に偏った形になっているのでしょうか。それは、中国語と近い類縁関係を持っていたシナ・チベット系言語、あるいは中国語の近くで話されていたシナ・チベット系言語が消滅したからだと考えられます。日本語を含む東アジアの言語の歴史を考える際には、(1)と(2)の言語だけでなく、(3)の言語も重要になってくるようです。

(1)中国語
(2)古代中国の戦乱によって遠くに追いやられたシナ・チベット系言語
(3)古代中国の戦乱によって消し去られたシナ・チベット系言語

「日本語の意外な歴史」では、(3)の言語の存在を明らかにし、この言語が日本語に大きな影響を与えたことを示していきます。

シナ・チベット語族に関しては、上記の消滅した言語の存在のほかに、もう一つ特筆しておきたいことがあります。



参考文献

Shelach-Lavi G. 2015. The Archaeology of Early China: From Prehistory to the Han Dynasty. Cambridge University Press.

この記事は「背(せ)」の語源の続きです。

se(背)の語源が明らかになったので、siri(尻)の語源について考えましょう。

フィンランド語のselkä(背)セルカは日本語のse(背)とは関係ないことがわかりました。では、フィンランド語のselkä(背)は日本語と全く関係ないのでしょうか。どうやら、そうではないようです。身体部位を表す語は隣接部位・関連部位に意味がずれやすいということを思い出してください。怪しいのはsiri(尻)、そしてusiro(うしろ)です。

岩波古語辞典に、usiro(うしろ)はmi(身)の古形である*muとsiri(尻)の古形である*siroがくっついた*musiroが変化したものであるという説明があります(大野1990)。これは鋭い洞察だと思います。

現代の日本語でも白くなった髪の毛のことをsiragaと言いますが、siraとkaが単独で現れることはありません。単独で現れる場合はsiroとkeです。単独の*siraはsiro(白)に変化し、単独の*kaはke(毛)に変化したが、それよりも前から複合語として存在していたsiragaはそのまま残ったのです。

同様にして、*muはmi(身)に変化し、*siroはsiri(尻)に変化したが、それよりも前から複合語として存在していた*musiroはそのまま残ったと思われます。「抱く」を意味するmudakuとudakuなどが並存していたように、*musiroとusiroが並存し、最終的にusiroが残ったと考えられます。

siri(尻)の古形と考えられる*siroは、「尻」を意味していた語ではないと思います。「体」を意味する*muと「尻」を意味する*siroをくっつけるのはなんとも奇妙です。*siroは「うしろ」を意味していたはずです。*siro→siriの系統がかつての意味を保つことができず、「尻」を意味するようになったのは、ベトナム系の言語から入ってきた*so→seの系統の影響が大きかったと思います。

日本語の*siroが「うしろ」を意味していたとすると、フィンランド語のselkä(背)と意味的にはよく合います。注意しなければならないのは発音です。フィンランド語のselkä(背)は「セルカ」のように発音しますが、推定される祖形はselkVではありません。実は、フィンランド語は、ウラル語族で一般的なsjeおよびʃeという音を残していない言語なのです。

sje ― 「スィ」と「エ」を滑らかに速く続けて「スィエ」と読んだような音です。日本語と英語にはない音ですが、例えばロシア語で「7」を意味するсемьに出てくる音です(Forvoというユニークなウェブサイトがあり、そこで世界の様々な言語の発音を聞くことができます)。ウラル語族の研究者は、sjの代わりにśと書くことがあります。

ʃe ― 「シェ」によく似た音です。ʃという発音記号は、英語の学習でおなじみだと思います。ウラル語族の研究者は、ʃの代わりにšと書くことがあります。

フィン・ウゴル系の言語とサモエード系の言語の音韻組織を考え合わせると、ウラル語族に古くから存在していたのはsjeとʃeのうちの前者と見られ、フィンランド語selkä(背)、エストニア語selg(背)、サーミ語čielgi(背)チエルギ、マリ語ʃələʒ(腰)シュルジュなどの祖形は、*sjelkVと推定されます。

*sjelkVを日本語に残そうとするとどうなるでしょうか(上に述べたように、sjeは「スィエ」のような音です)。昔の日本語には、sjeという音も、エ列のseという音もなかったと考えられます。-lk-という子音の連続も許されません。おまけに、ウラル語族の言語にはlとrがありますが、日本語にはrしかありません。このように、日本語のほうには非常に厳しい制約があります。

これらの制約があると、sjeの部分はsiとするしかなく、lkVの部分はrVまたはkVとするしかありません。つまり、*sjelkVはsirVまたはsikVとするしかないのです。フィンランド語のselkä(背)などの推定祖形*sjelkVは、「うしろ」を意味した古代日本語の*siroに結びつくと考えられます。日本語にエ列の音がなかったこともあり、形が大きく変わりました。

フィンランド語のselkä(背)や古代日本語の*siro(うしろ)のもとになっていると見られる*sjelkVは、「背骨」を意味した古代中国語のtsjek(脊)ツィエクに形が似ており、気になるところです。*sjelkVの二子音-lk-がそのまま残ったのがフィンランド語のselkä(背)、*sjelkVの子音kが脱落したのが古代日本語の*siro(うしろ)、*sjelkVの子音lが脱落したのが古代中国語のtsjek(脊)ツィエクではないかということです。

実を言うと、フィンランド語のselkä(背)などと関係があるのではないかと、筆者の心にずっと引っかかっていた語がもう一つあります。それは、英語のself(自分)です(ドイツ語selbst、オランダ語zelf、スウェーデン語självフェルヴ、アイスランド語sjálfシャルフなども同類です)。

ちなみに、英語のwolf(オオカミ)は、同じ意味のロシア語volk、ポーランド語wilk、リトアニア語vilkas、ラトビア語vilksなどと同源で、英語のwolfの末子音fはかつてkであったことが確実です。同じように、英語のselfの末子音fもかつてkであった可能性が大です。

しかし、フィンランド語のselkä(背)と英語のself(自分)の間になにか関係がありそうだと思いながらも、それがどんな関係なのかわからず、筆者は頭を抱えました。どうしたら「背」と「自分」が結びつくのだろう、なにか特別な宗教や信仰でもあるのだろうか、そんなことを考えていました。



参考文献

大野晋ほか、「岩波 古語辞典 補訂版」、岩波書店、1990年。

日本語のse(背)の語源とsiri(尻)の語源はいっしょに考えます。

フィンランド語では「背」のことをselkäセルカと言い、この語はエストニア語selg(背)、サーミ語čielgi(背)チエルギ、マリ語ʃələʒ(腰)シュルジュなどと同源です。一見すると、フィンランド語のselkä(背)は日本語のse(背)と合いそうですが、実はそうはいきません。これにはいくつか理由があります。

上肢に関する語彙のところで、te(手)だけがCVという一音節で異彩を放っていましたが、この胴体に関する語彙のところでも、se(背)がmune(胸)、hara(腹)、wata(腸)、kosi(腰)、siri(尻)と違ってCVという一音節で異彩を放っています。現代のウラル語族の各言語を比較して推定される昔のもとの言語(ウラル祖語)は、基本的にCVという一音節の語を使う言語ではないのです。この点でse(背)はいまひとつ合いません。

また、somuku(そむく)という語があることから、se(背)の古形は*soで、もともと「背中」というよりは「うしろ」を意味していたと考えられます。

そしてさらに問題なのは、日本語にエ列の音がない時代があったと考えられることです。まずは、奈良時代の日本語の音韻組織を示した以下の表を見てください。

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※音韻とは、要するに音のことです。言語学では、「ある言語が持つ音および音の区別」を問題にしたい場合と、「個々の人間が個々の場面・局面で発する音」を問題にしたい場合があります。「ありがとうございます」と10回言えば、その10個の「ありがとうございます」は音として少しずつ違いますが、そのような違いを問題にしない場合と、問題にする場合があるということです。「ある言語が持つ音および音の区別」を問題にしたい場合に特に「音韻」という用語を用い、「個々の人間が個々の場面・局面で発する音」を問題にしたい場合に特に「音声」という用語を用いることがあります。

奈良時代の日本語の音韻組織は、私たちがよく知っている現代の日本語のあいうえお表と少し違っています。見ての通り、イ列、エ列、オ列がところどころ二つに分かれています。微妙に異なる二つの音があったのです。奈良時代の日本語の音韻組織は、ある体系から別の体系に移る過渡期にあるような不安定な姿をしています。

奈良時代の日本語にはこのように、ところどころ二つに分かれたエ列(e、ke甲類、ke乙類、se、・・・、we)が存在したのですが、当時の日本語の単語を一つ一つ調べると、ア列、イ列、ウ列、オ列の音に比べて、エ列の音が明らかに少なく、特に語頭で少ないのです。このことから、国語学者の大野晋氏は、奈良時代の日本語のエ列はもともとiaおよびaiという母音連続が変化してできたのだと主張しました(大野1978、p.194~198)。筆者も大野氏と大体同じような考えです。日本語にはかつて、aとiは存在するが、エ列は存在しない時代があったと思われます。そうすると、ウラル語族のeに日本語のeは対応しえなくなります。

以上の理由から、フィンランド語のselkä(背)と日本語のse(背)は対応しえないのです。筆者は、「手」を意味するte(古形*ta)と「うしろ」を意味するse(古形*so)がどこから来たのか考えました。ここで、日本の周辺地域の言語にもう一度目をやります。すると、意外な関係が浮かび上がってきます。以下の表は、日本の周辺地域の言語で「手」と「うしろ」のことをなんと言っているか示したものです。よく見てください。

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※言語ごとに文法・語法が著しく異なるので比較は容易ではありませんが、「be behind」(うしろにいる)や「look behind」(うしろを見る)のような表現で使われる語を抽出しました。

日本語のte(手)とse(背)は、ベトナム系の言語から入った外来語なのです。tayとsauは、そのままではCVまたはCVCVという形を固く守る昔の日本語に取り込めないので、*taと*soになったのです。日本語の「行かう」が「行こう」あるいは「行こー」になったことを考えれば、sauが*soになるのは理解できるでしょう。

上肢に関する語彙→胴体に関する語彙→下肢に関する語彙という順番で調べていますが、実は日本語の上肢・胴体・下肢に関する語彙は概ね、「ウラル語族との共通語彙」と「ベトナム系言語との共通語彙」でできています(ベトナム語とその類縁言語から成る言語群は、言語学ではオーストロアジア語族と呼ばれますが、多くの方にとってなじみのない名称だと思われるので、本ブログでは基本的に「ベトナム系の言語」と言うことにします。ベトナム系の言語は、ベトナム周辺からインド内部にかけて点々と分布しています)。

これからどんどん明らかにしていきますが、日本語は実は、北方の言語のうちの特にウラル語族、そして南方の言語のうちの特にベトナム系言語と関係がある言語だったのです。今では、ウラル語族の言語も、ベトナム系の言語も、日本から遠く離れたところに分布しています。そのため、これらの言語は、日本語の系統問題を論じる際にあまり注目されてきませんでした。ウラル語族は、朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語の陰に隠れ、ベトナム系言語は、オーストロネシア語族(台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシア、オセアニアなどの言語から成る言語群)の陰に隠れていたのです。もちろん筆者も、日本語がウラル語族の言語と関係していることを知った時には驚き、日本語がベトナム系の言語と関係していることを知った時にも驚きました。

中国の東海岸寄りは、北京があり、上海があり、中国の心臓部といえる地域です。しかし、この地域が中国語一色に染まったのは、人類の歴史の中で比較的最近のことなのです。かつてここでは様々な言語が話され、北方の遼河文明の言語と南方の長江文明の言語が接していた時もあったのです。ウラル語族の言語は遼河文明の言語の末裔、ベトナム系の言語は長江文明の言語の末裔と見られます。

※上の記述は、日本語が朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語と全く無関係、あるいはオーストロネシア語族と全く無関係であると主張しているわけではありません。遼河文明が始まるよりもっと前の時代までさかのぼれば、「日本語、ウラル語族」と「朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語」の間に系統関係が認められる可能性があります。また、長江文明が始まるよりもっと前の時代までさかのぼれば、「ベトナム系言語」と「オーストロネシア語族」の間に系統関係が認められる可能性があります。系統関係以外の関係も考える必要があります。これらの問題も、いずれ大きく取り上げます。



参考文献

大野晋、「日本語の文法を考える」、岩波書店、1978年。

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