日本語の意外な歴史

これまで知られてこなかった日本語の起源、日本語の歴史について語っていきます。私たちが使っている言葉には、驚くべき人類の軌跡が隠されています。

2018年04月

英語のhigh(高い)がイタリック系のイタリア語alto(高い)アルトやスラヴ系のロシア語vysokij(高い)ヴィソーキイに結びつかないことはすでに述べました。インド・ヨーロッパ語族の他の系統の「高い」にも結びつきません。実は、この英語のhigh(高い)という語は、いわくありげなのです。

ゲルマン系言語の「高い」をもう一度並べます。

英語high
ドイツ語hoch ホーフ オランダ語hoog ホーフ
デンマーク語høj ホイ スウェーデン語hög ホーグ ノルウェー語høy ホイ
アイスランド語hár ハウル

今度はもう一つ言語を付け加えます。

ゴート語hauhs

ゴート語は千年以上前に死語になってしまった言語なので、ゴート語という名前すら聞いたことがない方も多いと思います。一時期は、黒海周辺(ウクライナ・ルーマニアのあたり)からイベリア半島(スペイン・ポルトガルのあたり)に至る広い地域で話されていました。ゴート語は、ゲルマン系の言語ではありますが、現在残っているゲルマン系の言語とはいくらか離れた関係にあります。現在残っているゲルマン系言語とゴート語を合わせて見ることによって、ゲルマン系言語の歴史が詳しく見えてくるので、ゴート語は非常に重要な言語です。

そのゴート語に、hauhs(高い)という語がありました。この語を見ると、ドイツ語のhoch(高い)ホーフのoやスウェーデン語のhög(高い)ホーグのöがかつてauアウという音だったことがわかります(スウェーデン語のöは、口をオの形にしてエと発音する音で、発音記号で表すと[ø]です)。このような変化はよくあるもので、日本語の「行かう」が「行こう」あるいは「行こー」になったのもこの類です。

ゴート語のhauhs(高い)のauの部分も重要ですが、それを挟んでいる二つのhの部分も重要です。英語heart(心臓)、ゴート語hairto(心臓)などが、ギリシャ語kardiá(心臓)カルズィヤやイタリア語cuore(心臓)クオーレに対応しているのを見ればわかるように、ゲルマン系の言語には、遠い昔にk→hという音韻変化が起きています。ゴート語のhauhs(高い)は、かつて*kauk-のような形をしていた可能性があるのです。つまり、英語のhigh(高い)は、かつて*kauk-のような形をしていた可能性があるということです(英語を他のゲルマン系言語と比べればわかりますが、英語は発音の崩れが著しいです)。

ゲルマン系言語の「高い」がかつて*kauk-のような形をしていたと考えられる理由があります。

まず、インド・ヨーロッパ語族の昔の特徴を非常によく残していることで有名なリトアニア語に、kaukaras(丘、小山、てっぺん)という語があります。

そして興味深いのが、Caucasus(コーカサス)という地名です。コーカサス地方は、黒海とカスピ海に挟まれたところにあります。コーカサス山脈が走っており、地形の険しいところです。現在のジョージア(旧グルジア)、アルメニア、アゼルバイジャンのあたりです。

※生物学が発達して人間のDNAが調べられるようになってからほとんど聞かなくなりましたが、ユーラシア大陸の西のほうに住む人々をコーカソイド、ユーラシア大陸の東のほうに住む人々をモンゴロイドと呼んでいた時代がありました。これらはそれぞれ、コーカサスとモンゴルに基づく呼び名です。

現在では、コーカサス地方のまわりはインド・ヨーロッパ語族の言語、アラビア語、テュルク諸語で完全に埋め尽くされていますが、コーカサス地方の言語自体はそのどれとも大きく異なっています。そして、コーカサス地方の言語同士も大きく異なっています。現代の言語学ではひとまず、コーカサス地方の言語を南コーカサスの言語群、北西コーカサスの言語群、北東コーカサスの言語群の三つに分けています。コーカサス地方は、異質な言語が密集しているところです。コーカサス地方の言語は、人類の言語の歴史を大きくさかのぼっていく時に大変重要になります。

英語のCaucasus(コーカサス)はラテン語のCaucasusから来ており、ラテン語のCaucasusは古代ギリシャ語のKaukasos(コーカサス)から来ています。地名を見る時に注意しなければならないのは、地名にも語源があるということです。普通の名詞、動詞、形容詞などに語源があるように、地名にも語源があるのです。

例えば、アフリカ大陸の「サハラ砂漠」の「サハラ」は、アラビア語のṣaḥrāʾ(砂漠)サフラーという普通名詞から来ています。人類の言語の歴史を研究するうえで、地名も侮れないのです。

Caucasus mountains(コーカサス山脈)のCaucasusは、古代ギリシャ語のKaukasos(コーカサス)から来ていることがわかっているだけで、それ以上のことはわかっていません。Ural mountains(ウラル山脈)のUralも、Altai mountains(アルタイ山脈)のAltaiも、語源が不確かです。しかし、全く想像がつかないということもないでしょう。

かつて山のことをCaucasusのように言っていたのではないか。かつて山のことをUralのように言っていたのではないか。かつて山のことをAltaiのように言っていたのではないか。そんな可能性が頭をよぎります。

この記事の内容は長い、高い、遠い、深いは似ているに続きます。

この記事は不思議な言語群の続きです。

日本語の頭部に関する語彙は、大変ショッキングなことになっています。まずはご覧いただきましょう。日本語とウラル語族の頭部に関する語彙です。

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見ての通り、全然似ていません。日本語のatama(頭)は、昔は今のような一般的な語ではなく、赤ん坊の頭の前のほうに見られるへこみ(医学では大泉門といいます)を意味する特殊な語でした。したがって、日本語のatama(頭)がウラル語族の「頭」に結びつかないのは当然ですが、それにしてもあまりに違いすぎます。

もっとも、よく見ると、フィンランド語とハンガリー語もかなり異なっています。両者に共通しているのは、pää―fej(頭)、silmä―szem(目)、suu―száj(口)だけです(ハンガリー語のスペリングは少し風変わりで、単にsと書くと[ʃ]の音を表し、szと書くと[s]の音を表します)。ちなみに、フィンランド語silmä(目)、ハンガリー語szem(目)、ネネツ語sew(目)は同源で、ウラル語族の全言語がこのような語を持っています。「目」を意味する語はなかなか変わらないということです。しかし、フィンランド語silmä(目)、ハンガリー語szem(目)、ネネツ語sew(目)などですら、日本語のme(目)(古形*ma)には結びつきません。

日本語の頭部に関する語彙は、一体どこから来たのでしょうか。ベトナム語とタイ語の頭部に関する語彙を見ても、日本語とは全然違います。

Picture t-3

にわかには信じがたいことですが、日本語の頭部に関する語彙は、日本語の上肢・胴体・下肢に関する語彙と全く出所が違うようです。驚くべきことに、日本語のme(目)も、mimi(耳)も、hana(鼻)も、kuti(口)も、外来語のようです。

筆者は日本語とウラル語族の語彙を研究していて、あることに気づいていました。日本語が非常に古くから持っていると考えられるウラル語族との共通語彙が、新しく入ってきた謎の語彙によって追いやられたようになっているのです。頭部に関する語彙もその例です。日本語に大きな改造が行われた形跡が認められるのです。

先ほど示した日本語とウラル語族の頭部に関する語彙を見比べると、全然違うなという印象を受けます。しかし、実を言うと、表の中のフィンランド語、ハンガリー語、ネネツ語には、日本語に関係のある語が結構含まれているのです。

ここでは一例として、フィンランド語のkorva(耳)を挙げましょう。推定される祖形は*korwaです。日本語にこれに対応する語があるかというと、あるのです。日本語では子音の連続が許されないために、*korwaは*kowaになり、*kowa→kowe→koeという変遷を辿りました。フィンランド語korva(耳)、日本語*kowa→kowe→koe(声)、朝鮮語kwi(耳)と並べれば、なにが起きたかわかるでしょうか。日本語のkoe(声)は、もともと「耳」を意味していた語なのです。

「耳」→「音・声」という意味変化は、よくあるパターンです。シナ・チベット語族には、古代中国語nyi(耳)、チベット語rna ba(耳)、ミャンマー語na(耳)、チンポー語na(耳)、ギャロン語tə rna(耳)トゥルナのような語があります。推定される祖形は*rnaです。このような語が、日本語に*na(音)として取り入れられたようです。この*naからnaru(鳴る)、nasu(鳴す)、naku(鳴く、泣く)という動詞が作られ、裸の*naはne(音)に変化したと考えられます(nasu(鳴す)は廃れ、narasu(鳴らす)に取って代わられました。narasu(鳴らす)という動詞は、onara(おなら)という語も生み出しました)。

そのようなわけで、フィンランド語のkorva(耳)と日本語のkoe(声)(組み込まれてkowa-)の対応は自然なものです。しかし、日本語のほうで、「耳」を意味していた語が、その座を奪われてしまったことは見逃せません。「目」を意味していた語も、「鼻」を意味していた語も、「口」を意味していた語も、同じように追いやられてしまったようです。頭部に関する語彙以外の重要語彙でも、このようなことが起きています。

目、耳、鼻、口などを意味する語はなかなか変わりそうにありませんが、日本語では頭部に関する語彙がほぼまるごと入れ替えられてしまったようなのです。日本語の頭部に関する語彙の問題は、日本語の正体を明らかにするうえで、非常に大きな山場になります。すでに見たように、日本語の頭部に関する語彙は、ウラル語族との共通語彙でもないし、ベトナム系言語との共通語彙でもないのです。

だれが日本語を改造したのでしょうか(正確には「日本語」ではなく「日本語の前身言語」と言うべきです)。およその見当をつけるため、頭部に関する語彙以外で改造が行われている例も見てみましょう。まずは、sinu(死ぬ)とkorosu(殺す)を取り上げます。

フィンランド語のkorkea(高い)

ウラル語族には、kVr-、kVrk-(Vはo、ə、u、ɨなど)という語根があり、この語根から「高さ、高くなった場所」を意味する語が作られています。例えば、フィンランド語korkea(高い)、エストニア語kõrge(高い)クルゲ、マリ語kurək(山、丘)クルク、コミ語kɨr(土手、急斜面、崖)キルなどの語があります。

日本語では、奈良時代の時点ですでに、「高さ、高くなった場所」を表すのにtakaの存在が大きくなっています。しかし、かつては、kuraおよびその同類と見られるkuroも「高さ、高くなった場所」を表すのに活躍していたと思われます。物を置いたり、人が座ったりするために高くなった場所をkura(座)と呼んでいました(asi(足)とこのkura(座)から、agura(あぐら)という語ができました)。高床式倉庫をkura(倉)と呼んでいました。「高さ、高くなった場所」を表したkuraはwiru(居る)と組み合わさってkurawi(位)になり、現代ではkurai(位)としても残っています。また、田畑の境として土が盛り上がったところをkuro(畔)と呼んでいました(aze(畔)の類義語です)。日本語のkura(座)、kura(倉)、kurai(位)のkura、kuro(畔)なども、ウラル語族で「高さ、高くなった場所」を意味する語のもとになっているkVr-、kVrk-という語根から来ていると考えられます。「高さ」を表すtakaが、take(岳)、matutake(松茸)、siitake(椎茸)のようになっているのを見ると、「高さ」を表したkuraは、kurage(クラゲ)とも関係があるかもしれません。

「高さ」を表す日本語のtakaと関係がある語は大変広く分布しているようだと述べましたが、「高さ」を表した日本語のkuraと関係がある語も大変広く分布しているようです。ウラル語族だけでなく、インド・ヨーロッパ語族にも、ロシア語gora(山)、ポーランド語góra(山)グラ、ブルガリア語gora(森)、リトアニア語giria(樹林)、サンスクリット語giri(山)などの語が見られます(サンスクリット語は古代インドの言語です)。

※ウラル語族でも、インド・ヨーロッパ語族でも、「山」と「森」の間で意味がずれたり、「山」と「森」の両方を意味したりすることがあります。日本語のmori(森)も、moru(盛る)やmorimori(モリモリ)のような語があることから、「山」を意味することがあったと思われます。

日本語のtakai(高い)、ハンガリー語のmagas(高い)、フィンランド語のkorkea(高い)およびそれらの周辺の語彙をざっと見ました。おわかりになったと思いますが、日本語の語彙とウラル語族の語彙は対応していますが、その対応の仕方は単純ではありません。日本語のtakai(高い)とハンガリー語のmagas(高い)は結びつかないし、日本語のtakai(高い)とフィンランド語のkorkea(高い)も結びつかないのです。これは、よく研究されてきたインド・ヨーロッパ語族の事例に照らしても、当たり前のことです。例として、英語のhigh(高い)を取り上げます。以下に、ゲルマン系言語の「高い」を示します。

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なんだ似ているじゃないかと思われるかもしれませんが、ゲルマン系以外の言語を見れば、イタリック系はイタリア語のalto(高い)アルトのような言い方であり、スラヴ系はロシア語のvysokij(高い)ヴィソーキイのような言い方です。英語のhigh(高い)とイタリア語のalto(高い)は結びつかないし、英語のhigh(高い)とロシア語のvysokij(高い)も結びつきません。

インド・ヨーロッパ語族の内部でも、類縁関係が遠くなれば、「○○○」は各言語でなんと言うか、「×××」は各言語でなんと言うか、「△△△」は各言語でなんと言うか、というような単純な比較法では結びつけられなくなってきます。ゲルマン系の言語は一般的に2000~3000年前のどこかに共通祖先(ゲルマン祖語)を持っていると考えられていますが(Fortson 2010、第15章)、そのくらい近い類縁関係がなければ、単純な比較法では結びつけられないということです。ゲルマン系の言語同士の間に見られるような関係を、日本語と他の言語の間に見つけようとしても、それは無理があります。ゲルマン系の言語同士の関係は、せいぜい日本語の本土方言と琉球方言の関係よりやや古い程度です。

これまで、人類の言語の歴史を解明しようとする時には、ラテン語(古代ローマの言語)、古代ギリシャ語、サンスクリット語(古代インドの言語)などの古典語が注目を集めてきました。筆者もこれらの言語の重要性を否定はしません。しかし、人類の言語の歴史を解明するという目的のためには、実は現代語に目を向けることも重要なのです。

インド・ヨーロッパ語族の各現代語を見ると、もう単純な比較法では結びつけられないぐらい、それぞれに大きく異なっています。「高い」は英語、イタリア語、ロシア語でなんと言うでしょうか。英語ではhigh、イタリア語ではalto、ロシア語ではvysokijヴィソーキイです。「低い」は英語、イタリア語、ロシア語でなんと言うでしょうか。英語ではlow、イタリア語ではbasso、ロシア語ではnizkijニースキイ
です。

インド・ヨーロッパ語族の各現代語は、遠い過去に共通祖先(印欧祖語)を持っていますが、そこからそれぞれに大きな変化を経て現代に至っています。インド・ヨーロッパ語族の各現代語は、何千年もの間に語の意味がどのように変化するかをまざまざと見せてくれているのです。筆者がインド・ヨーロッパ語族の現代語を重視する理由はここにあります。

筆者は、本ブログの冒頭で述べたようにもともと現代語のほうに慣れ親しんでいたので、インド・ヨーロッパ語族やウラル語族の現代語の語彙を詳細に研究し、よくある意味変化のパターンを見極めることに努めました。従来の歴史言語学のようにひたすら音の変化のパターンに注目するのではなく、意味の変化のパターンにも注目したのです。従来の歴史言語学が日本語や近隣地域の言語の歴史を明らかにできないのを見て、問題があると感じたからです。

長い年月が過ぎると、語の意味はかなりダイナミックに変化します。しかし、無茶苦茶な変わり方をするわけではありません。そこには、パターンがあるのです。日本語、ウラル語族の言語、それらの周辺地域の言語の語彙を調べて、「背中、背、うしろ」と「高さ」の間で意味がずれていることを指摘しましたが、これはよくあるパターンです。このような実際に起きやすい意味変化の経路を把握しておくことは、日本語とウラル語族の言語の関係を明らかにする時だけでなく、日本語とウラル語族の言語が地球のその他の言語とどのように関係しているか調べる時にも重要になってきます。



参考文献

Fortson IV B. W. 2010. Indo-European Language and Culture: An Introduction. Wiley-Blackwell.

日本語のse(背)がベトナム系言語との共通語彙であること、そして日本語のsiri(尻)がウラル語族との共通語彙であることを示しました(「背(せ)」の語源「尻(しり)」の語源を参照)。

これらの語源が明らかになったところで、もう一つ付け加えたい話があります。それは、背比べの話です。二人の人間が背中を合わせて背を比べているところを思い浮かべてください。この場合、日本語の語法に慣れている者にとっては当たり前のことですが、se(背)は「うしろ側」を意味するだけでなく、「足裏から頭頂まで」も意味しています。実は、「足裏から頭頂まで」を意味するところから、「高さ」という意味につながります。

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「背中、背、うしろ」を意味する語と「高さ」を意味する語の間には、密接なつながりがよく見られます。ちょうどよいところなので、ここで日本語のtakai(高い)、ハンガリー語のmagas(高い)、フィンランド語のkorkea(高い)に言及しておきます。

日本語のtakai(高い)

日本語のtakai(高い)のもとになっているtakaは、ネネツ語ではtjaxana(うしろに、うしろで)ティアハナ、フィンランド語ではtakana(うしろに、うしろで)、ハンガリー語ではdagad(高まる、盛り上がる、膨らむ、腫れる)のように現れています。takaは、日本語とハンガリー語では「高さ」を意味する語に現れていますが、ネネツ語とフィンランド語では「うしろ」を意味する語に現れています。

もともと「高さ」を意味していたのか、「うしろ」を意味していたのかということですが、地理的にウラル語族の言語と日本語の間に分布している言語を見ると、テュルク諸語のトルコ語dağ(山)ダー、カザフ語taw(山)、ウイグル語taʁ(山)タグやモンゴル語tag(山の最上部、ふた)のような語があるので、もともと「高さ」を意味していたと思われます。日本語のtakai(高い)と関係がある語は、大変広く分布しているようで、ウラル語族と日本語ではなく、もっと大きな枠組みで考えないと、出所はつかめないようです。

take(丈)やtake(岳)がtaka(高)の同類であることは言うまでもありません。take(岳)がそうなら、matutake(松茸)やsiitake(椎茸)のtake(茸)もそうでしょう。

ハンガリー語のmagas(高い)

「背中、背、うしろ」と「高さ」の密接なつながりは、ほかにも見出せます。

サモエード系の言語で「背中」を意味する語は、ネネツ語maxaマハ、エネツ語maxaマハ、ガナサン語məkuムク、セリクプ語moqalモカル、カマス語bɛgəlベグル、マトル語bagaで、これらの祖形は*makaまたは*magaと考えられます(ウラル語族の言語は、昔の日本語と同じで、語頭でbのような濁音を使うことができない言語でした)。

サモエード系の*maka/*maga(背中)は、同じ意味のハンガリー語hátやフィンランド語selkäには結びつきませんが、「高さ」を意味するハンガリー語magas(高い)やフィンランド語mäki(丘)(組み込まれてmäke-)には結びつきます。フィン・ウゴル系のほうで「高さ」という意味が生じたと見られます。

サモエード系の言語で「背中」を意味しているネネツ語maxaマハ、エネツ語maxaマハ、ガナサン語məkuムク、セリクプ語moqalモカル、カマス語bɛgəlベグル、マトル語bagaおよびその推定祖形*maka/*magaは、なんとも意味ありげです。まず、日本語のmagaru(曲がる)のmagaを思い起こさせるところがあります。そしてそれだけでなく、インド・ヨーロッパ語族のゲルマン系言語で「背中、うしろ、尻」を意味し、語源が不明になっている英語back、デンマーク語bag、スウェーデン語bak、ノルウェー語bak、アイスランド語bakなども思い起こさせます。

前に、ウラル語族で「肘のあたり」を意味した*kVnjäが、一方で日本語のkuneru(くねる)のkuneに、他方でインド・ヨーロッパ語族の英語のknee(膝)などに通じているようだという話をしました(簡単にはわからない「肘(ひじ)」の語源を参照)。インド・ヨーロッパ語族とウラル語族と日本語の関わり合いは簡単には解明できませんが、ウラル語族で「肘のあたり」を意味した*kVnjäといっしょに、「背中」を意味した*maka/*magaのことも記憶にとどめておいたほうがよさそうです。

果たして、インド・ヨーロッパ語族の言語のそばに、足・脚のことを「kalk」と言う言語があったのか、研究してみましょう。まずは、長らく隣接してきたウラル語族に注目します。

フィンランド語には、kulkea(進む)(語幹kulk-)という動詞があります。この語は、サーミ語golgat(流れる)やハンガリー語halad(進む)などと同源です(フィンランド語とハンガリー語の間には、kala(魚)―hal(魚)のような音韻対応があり、ハンガリー語halad(進む)のhはkであったことが確実です)。どうやら、kalk、kulk、kolkのような形をもとにして「進む」という意味の動詞が作られたようです。足・脚のことを「kalk、kulk、kolk」のように言う言語があったのではないかと考えたくなります。

実際に、ウラル山脈の近辺で話されているコミ語にkok(足、脚)、ウドムルト語にkuk(足、脚)という語があります。ただ、ウラル語族の中でコミ語とウドムルト語は極めて近い関係にあり、このコミ語とウドムルト語以外の言語は足・脚のことをそのように呼んでいません。コミ語のkok(足、脚)とウドムルト語のkuk(足、脚)は、ウラル語族以外の言語から入った外来語と見られます。

インド・ヨーロッパ語族の言語も、ウラル語族の言語も、足・脚のことを「kalk、kulk、kolk」のように言う言語と出会ったようです。しかし、インド・ヨーロッパ語族の言語もウラル語族の言語も出会ったとなると、足・脚のことを「kalk、kulk、kolk」のように言う言語、正確には言語群は相当広い範囲に分布していたことになります。インド・ヨーロッパ語族とウラル語族が拡散する前に、ユーラシア大陸の北方に大きく広がっていた言語群があったのかと、新たな謎が生じます。

Eurasia(ユーラシア)というのは、Europe(ヨーロッパ)とAsia(アジア)を意味する語です。ウラル山脈はその境にあり、ウラル山脈の西がヨーロッパ側、ウラル山脈の東がアジア側です。足・脚のことを「kalk、kulk、kolk」のように言う言語の問題は、インド・ヨーロッパ語族とウラル語族だけを見ていても解決しないので、アジア側に目を向けることにします。

足・脚のことを「kalk、kulk、kolk」のように言う言語があったのだろうと思いながらアジア側に目を向けると、いきなり怪しい語が出てきます。



補説

「脚」と「骨」の密接な関係

英語のbone(骨)とドイツ語のBein(脚)が同源であること、古ノルド語のleggrが「脚」を意味したり、「骨」を意味したりしていたことなどからわかるように、「脚」と「骨」の間は意味がずれやすいです。人類の言語を広く観察すると、この傾向は非常に著しいです。確かに、脛のあたりを考えればわからなくはないし、私たちがイメージする典型的な骨も以下のような四肢の骨でしょう。

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ラテン語にcalx(かかと)カルクスという語があったことはすでに述べましたが、もう一つcalx(石灰岩)カルクスという語もありました。のちに、calx(石灰岩)からcalcium(カルシウム)という語が作られます。ラテン語のcalx(かかと)とcalx(石灰岩)はこれまでずっと別々に考えられてきましたが、筆者はおおもとは同じではないかと考えています。インド・ヨーロッパ語族以外の言語に「足・脚」を意味したり、「骨」を意味したりするkalkという語があったが、インド・ヨーロッパ語族の言語には当然すでに「足・脚」を意味する語と「骨」を意味する語があったため、kalkは「足・脚」を意味することができず、「かかと」を意味するようになり、「骨」を意味することができず、「石灰岩」を意味するようになったというのが筆者の考えです(石灰岩の写真はりゅうか商事様のウェブサイトより引用)。

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「脚」と「骨」の間で意味がずれやすいということを頭に入れておいてください。世界の言語の歴史を考える際に大変重要になってきます。

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