光と影の微妙な関係

ベトナム語の ánh sáng (光)アンサンのような語が日本語に入り、asa(朝)や「明るさ、淡さ、薄さ」を意味したasa(浅)などの語になったようだという話をしました。では、古代中国語のkwang(光)クアンはどうなったのでしょうか。どうやら、複雑な話がありそうです。

奈良時代の日本語のkage

奈良時代の日本語のkageは、「光」を意味したり、「姿」を意味したり、「影・陰」を意味したりするかなり微妙な語でした。万葉集にも、日の光のことを「日のkage」と言っている箇所が何箇所もあります。三省堂時代別国語大辞典上代編(上代語辞典編修委員会1967)では、以下のようにコメントしています。

「カゲには光と、光を遮られた暗い部分という、まったく相反する意味が同一の語形の中に共存しているが、その意味の分岐を考えるのは容易でない。」

確かに容易ではないですが、全く理解不可能なものでもありません。光と影の話とは少し違いますが、示唆を得るところがあるので、ラテン語のripaの話をします。

ラテン語のripa

ラテン語のripaは「土手、岸」を意味する語です。その形容詞がripariusで、「土手・岸の」という意味です。このripariusが変化して、ラテン語の一後継言語である古フランス語にriviereという名詞として現れるのですが、意味が「土手、岸」ではなく、「川」になりました(現代のフランス語ではriveが「土手、岸」を意味し、rivièreリヴィエールが「川」を意味しています。英語のriver(川)はフランス語からの外来語です)。「土手、岸」は陸の部分で、「川」は水の部分ではないかと言われれば確かにそうなのですが、隣接関係があれば意味は広がったり、移ったりするのです。日本語で「川のこちら側、向こう側」と言ったりしますが、このkawa(川)とkawa(側)も無関係ではないかもしれません。「川」と「岸」のように区別されるものでも、隣接関係があれば意味は広がったり、移ったりするということです。

再び奈良時代の日本語のkage

日本語のkageもそのようにして意味が「光」から「影・陰」に移っていったと考えられます。上のラテン語のripaの話を聞いた後であれば、「光」を意味する語が「光(直射光または反射光)の中に浮かぶもの、浮かぶ部分」を意味するようになるのは理解できるでしょう。意味は突然変化するのではなく、「Aを意味していた時期」→「Aを意味したり、Bを意味したりしていた時期」→「Bを意味する時期」という具合にゆるやかに推移します。あるいは、「光」を意味する語が「(光と影・陰が作り出す)シルエット」を意味するようになり、「(光と影・陰が作り出す)シルエット」を意味する語が「影・陰」を意味するようになったと理解してもよいでしょう。「A」→「AとBの総体」→「B」という流れです。

奈良時代の日本語のkageが「光」を意味したり、「姿」を意味したり、「影・陰」を意味したりしたことはすでに話しましたが、kageの古形は*kagaと考えられます。この*kagaとmiru(見る)がくっついたのがkagami(鏡)です。奈良時代より前の日本語に存在したと推定される「光」を意味する*kagaについて考察する必要があります。ここで、古代中国語のkwang(光)を議論の俎上に載せます。

前に古代中国語のsaw(騷)が奈良時代の日本語のsawakuとsawasawaになったようだと述べました。古代中国語のsaw(騷)がそのままでは日本語の発音体系になじまないので、母音aを付け足してsawaとしたのです。同じように古代中国語のkwang(光)に母音aを付け足してkwangaとしてみると、どうでしょうか。CV、CVCV、CVCVCVのような形を固く守る昔の日本語に入るには、もう少し変形が必要です。kwangaは、kagaになりそうです。古代中国語のkwan(官)クアンやkwan(冠)クアンが日本語ではkanという読みに落ち着きましたが、このような事例に照らしても、kwangaがkagaになるのは自然です。古代中国語のkwang(光)が日本語にまず*kagaとして入り、その後kageになったと考えられます。古代中国語のkwang(光)は、日本語にkwau(カタカナではクヮウ)という音読みで取り入れられ、kōに変化しましたが、それよりも前に*kaga→kageという形で日本語に入っていたのです。

 

補説

古代中国語のsyew(少)

古代中国語のsaw(騷)に似たケースなので、古代中国語のsyew(少)シエウにも触れておきます。古代中国語のsyew(少)は、日本語にseuという音読みで取り入れられ、その後syōに変化しましたが、これがすべてではないようです。saw(騷)の場合は、単純に母音aを付け足してsawaとし、これがzawazawa(ザワザワ)などにつながっていきましたが、syew(少)の場合は、母音aを付け足すと同時に若干の調整を行ってsiwaとし、これがziwaziwa(じわじわ)などにつながっていったようです。「少しずつ」と同じような意味を持つziwaziwa(じわじわ)です。

 

参考文献

上代語辞典編修委員会、「時代別国語大辞典 上代編」、三省堂、1967年。