日本語の意外な歴史

これまで知られてこなかった日本語の起源、日本語の歴史について語っていきます。私たちが使っている言葉には、驚くべき人類の軌跡が隠されています。

2019年02月

現代の日本語のarika(ありか)、sumika(すみか)、koko(ここ)、soko(そこ)、asoko(あそこ)などに見られるkaとkoは、かつて場所を意味していたものです。大昔のなごりとして残っているだけで、もうこのkaとkoを使って新しい語を生み出すことはできません。

上記の場所を意味するkaとkoに対応するものは、ウラル語族にも見つけることができます。ただ、それらも大昔のなごりとして残っているだけです。例えば、フィンランド語にtäällä(ここに、ここで)ターッラ、ネネツ語にtjukona(ここに、ここで)テュコナという語があります。現代のフィンランド人にとっては、täälläは完全に一語であり、現代のネネツ人にとっては、tjukonaは完全に一語です。しかし、成り立ちを考えると、täälläとtjukonaはそれぞれ三つの要素からできています。

フィンランド語のtäällä(ここに、ここで)は、古形の*täkällä(ここに、ここで)タカッラが変化したものです(副詞のtäällä(ここに、ここで)ではkが消えてしまいましたが、形容詞のtäkäläinen(ここの)タカライネンではkが残っています)。*täkällä(ここに、ここで)のtäがthisを意味し、käがplaceを意味し、lläがinを意味していました。ネネツ語のほうは、tjukona(ここに、ここで)のtjuがthisを意味し、koがplaceを意味し、naがinを意味していました。日本語のkokoni/kokode(ここに、ここで)の一番目のkoがthisを意味し、二番目のkoがplaceを意味し、ni/
deがinを意味しているのと同様です。

日本語の場所を意味するkaとkoは、ウラル語族との共通語彙であり、とても歴史が古いのです。注目すべきことに、奈良時代の日本語には、arika(ありか)のほかにaraka(あらか)という語がありました。araka(あらか)は、神、天皇およびその他の貴人の居場所、御殿を意味していました。意味を考えれば、arika(ありか)のariだけでなく、araka(あらか)のaraも、存在動詞のari(あり)に関係があると見るべきです。

なぜaraka(あらか)という語に注目すべきかというと、日本語にかつて存在したと見られる*ara(下)がのちに奈良時代のari(あり)につながったのであれば、その途中に*araが「座ること、座っていること」、そして「存在すること」を意味していた時期があったと予想されるからです。

arika(ありか)という複合語は、動詞の連用形のariとkaがくっついてできており、これは私たちにとってなじみのパターンです。連用形のkuɸiとmonoがくっついてkuɸimono(食ひ物)、連用形のnomiとmonoがくっついてnomimono(飲み物)、連用形のamiとmonoがくっついてamimono(編み物)、連用形のnuɸiとmonoがくっついてnuɸimono(縫ひ物)という具合です。

ここで、奈良時代の日本語の動詞の活用パターンを一通り示しておきましょう。表中のkuɸu(食ふ)は四段活用、miru(見る)は上一段活用、otu(落つ)は上二段活用、uku(受く)は下二段活用、ku(来)はカ行変格活用、su(為)はサ行変格活用、sinu(死ぬ)はナ行変格活用、ari(あり)はラ行変格活用です。

Picture t-55

※古文の学習でkeru(蹴る)は下一段活用であると聞いたことがあるかもしれませんが、下一段活用は奈良時代より後に生じた活用パターンです。

未然形と比べると、連用形は、下二段活用動詞を除けばすべてiで終わっており、統一感があります(イ列甲類とイ列乙類の違いには目をつむっています)。終止形も、ラ行変格活用動詞を除けばすべてuで終わっており、統一感があります。連体形、已然形、命令形の末尾も、未然形の末尾ほどばらばらではありません。連用形、終止形、連体形、已然形、命令形には、未然形より後にそれぞれかなり画一的な方法(1パターンか2パターン)で作られたのではないかと思わせるところがあります。なにが言いたいかというと、未然形にかつての姿がよく保存されているのではないかと言いたいのです。

すでに述べたように、奈良時代の日本語にはaraka(あらか)という語があり、神、天皇およびその他の貴人の居場所、御殿を意味していました。araka(あらか)は、最初からこのような限定された意味を持っていたのでしょうか。もしかしたら、最初は一般に居場所を意味していたのではないでしょうか。より新しいarika(ありか)などの語彙に押しやられて、限定された意味を持つようになったのではないでしょうか。

奈良時代の日本語には、arakazime(あらかじめ)という語もありました。意味は現代と同じで、「前もって、事前に」という意味です。おそらく、奈良時代の日本人はarakazime(あらかじめ)がaraka(あらか)に関係があるとは思っていなかったでしょう。しかし、araka(あらか)がだれかまたはなにかが存在する場所を意味していて、このaraka(あらか)とsimu(占む)がくっついてarakazime(あらかじめ)ができたと考えると、無理がないのです。arakazime(あらかじめ)はもともと場所の確保を意味していたのだろうという解釈です。皆さんも以下のような表示を見たことがあるのではないでしょうか。

Picture t-56

もちろん文字がない時代にはこれと同じ表示は出せませんが、それでも場所を確保する必要が生じることはあったはずです。arakazime(あらかじめ)という語は、前もって場所を確保する時に使われていたが、そのうち意味が一般化して、前もってなにかをする時に使われるようになったと見られます。確保する場所が座る場所であることも多かったでしょう。araka(あらか)とarakazime(あらかじめ)のaraの部分は「座ること、座っていること、存在すること」を意味していたということです。

やはり、かつて日本語にウラル語族の*ala(下)や朝鮮語のarɛ(下)アレ
と同源の*ara(下)という語があり、この語が奈良時代の日本語のari(あり)につながったと考えられます。奈良時代の日本語のari(あり)、つまり現代の日本語のaru(ある)がウラル語族の*ala(下)や朝鮮語のarɛ(下)と同源であるとなると、英語のare(ある、いる)はなんなのでしょうか。

「ある」と「いる」の語源の記事の中で、かつて日本語にウラル語族の*ala(下)や朝鮮語のarɛ(下)アレと同源の*ara(下)という語があったのではないか、あったとすれば*ara(下)はどこに行ってしまったのかという話をしました。

「下」と「座る、座っている」の間に密接なつながりがあること、そして「座る、座っている」と「存在する」の間に密接なつながりがあることを考えると、上記の*ara(下)と奈良時代の日本語のari(あり)の関係は検討する必要があります。ari(あり)は、ラ行変格活用という活用パターンを示しました。

Picture t-54

ラ行変格活用は、最も一般的な活用パターンである四段活用によく似ており、終止形がuでなくiで終わるところだけが違います。

*ara(下)と奈良時代の日本語のari(あり)の関係を検討する前に、*ara(下)という語が本当にあったのか検証しましょう。かつて日本語に*ara(下)という語があったのであれば、*ara(下)はsita(下)に追いやられて、少し違うことを意味するようになった可能性があります。

arare(あられ)

「下」が「座る、座っている」と密接につながっていること、そして「座る、座っている」が「存在する」と密接につながっていることは、様々な言語の例を挙げて示しました。実は、「下」と密接なつながりがある語がまだあります。意外かもしれませんが、あるいは意外でないかもしれませんが、「雨」です。

例えば、ハンガリー語にはesik(落ちる)(語幹es-)という動詞があり、この動詞からeső(雨)エショーという語が作られています。

フィンランド語にはsataa(降る)という動詞があり、この動詞からsade(雨)という語が作られています。英語のsit、set、settleの類に対応する日本語としてsita(下)、sizumu(沈む)(古形sidumu)、sadamaru(定まる)、sato(里)などを挙げましたが、フィンランド語のsataa(降る)も仲間でしょう。

日本語にはsita(下)のほかにsitosito(しとしと)という語があるので、「下」と「雨」の間のつながりはわかりやすいと思います。かつて日本語に*ara(下)という語があったのであれば、雨が降るのを見て*ara*araと言うこともあったでしょう。現代の日本人が「あら、あらあら、あらら、あれ、あれあれ、あれれ」と言っているように、*ara*ara→*arara→arareのような変化があった可能性は十分にあります。ちなみに、奈良時代の日本語のarareは、霰(あられ)も雹(ひょう)も含んでいました。しかし、空から降ってくるものといえば、なんといっても雨ではないでしょうか。極寒地方では、雪でしょう。これらに比べると、霰(あられ)と雹(ひょう)は非常にマイナーな存在です。*ara(下)を重ねた*ara*araは、sitosito(しとしと)がそうであるように、まず雨に対して使われそうなものです。

奈良時代の日本語には、ame(雨)という語もありました。推定古形は*ama(雨)です。まず*ama(天)とmidu(水)という語があり、これらからamamiduという複合語が作られ、amamiduが長いので略して*ama(雨)と言うようになったと考えられます。おそらく、この*ama→ameと*arara→arareの間で衝突があり、前者が押し切る形、つまり前者が雨を意味し、後者がマイナーな霰(あられ)と雹(ひょう)を意味する形で決着したのではないかと思われます。奈良時代の日本語のarareが、もともと雨を意味していたにせよ、雨を意味することなく霰(あられ)と雹(ひょう)を意味していたにせよ、*ara(下)という語の存在を示唆している点は見逃せません。

arasi(荒し、粗し)

奈良時代の日本は、今のように北海道から沖縄まで統一されておらず、本州ですら統一が完了していませんでした。この頃に東北方面に住んでいた人々はemisi(蝦夷)またはebisu(蝦夷)と呼ばれていました。朝廷に従わないemisi(蝦夷)は、さげすんでaraemisi(麁蝦夷)とも言われました。奈良時代の日本語のaraはすでに、現代のarai(荒い、粗い)と同じ意味を持っていました。

異民族を蔑視する姿勢は古代からありました。奈良時代の日本語のaraも、*ara(下)がsita(下)に追いやられて、「下等」という抽象的な意味を持つようになったと考えると、合点がいくのです。人であれば、「下等」から「未開の、粗野な、野蛮な」という意味が生じ、物であれば、「下等」から「でき・質がよくない」という意味が生じたということです。後者は、arasagasi(あら探し)のara(あら)にもつながります。

やはり、かつて日本語に*ara(下)という語があったようです。それでは、この*ara(下)と奈良時代の日本語のari(あり)の関係を考察することにしましょう。

朝鮮語の「ある、いる」

日本語のaru(ある)/iru(いる)に相当する朝鮮語はitta(ある、いる)イッタです。日本語のaru/iruが語形変化するように、朝鮮語のittaも語形変化します。

ある → あれば
itta → issɯmjɔnイッスミョン

ある → あるので
itta → issɔsɔイッソソ

ある → あった
itta → issɔttaイッソッタ

このように、ittaは組み込まれたiss-という形を見せます。この形は、昔の姿をよく示していると考えられます。うしろに子音が来た場合には、同化現象が起きて、itta(ある)になったり、ikko(あって)になったり、itʃtʃiman(あるけれど)イッチマンになったりしています。韓国語を学習して文字(ハングル)を見ている方にとっては自明のことですが、一応指摘しました。

朝鮮語のiss-のことを頭に入れながら、ツングース諸語とモンゴル語を見てみましょう。

ツングース諸語とモンゴル語の「ある、いる」

ツングース諸語では、日本語のaru(ある)/iru(いる)に相当するのは、エヴェンキ語bimī、ナナイ語bī/biuri、満州語bi/bimbiなどです。

モンゴル語では、日本語のaru(ある)/iru(いる)に相当するのは、bijビイ/bajxバイフです。

日本語のaru(語幹ar-)、朝鮮語のitta(語幹iss-)、そして上のツングース諸語・モンゴル語の各語には、どこか英語のare、is、beを思わせるところがあります(英語のamがisと同じもとから生まれたことは前回の記事に記しました)。テュルク諸語では、どうなっているでしょうか。

テュルク諸語の「ある、いる」

テュルク諸語には、日本語のaru(ある)/iru(いる)と用法が完全には一致しませんが、存在することを意味するトルコ語var、カザフ語bar、ウイグル語bar、ヤクート語baarなどの語があります。これらの語も、以下の表に示した英語のwas、wereの類を思い起こさせます。

Picture t-53

例えば、中国語には存在することを意味する語として「在(ツァイ)」と「有(イオウ)」がありますが、これらは英語のbe、am、are、is、was、wereからかけ離れています。
やはり、上に示した日本語、朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル語、テュルク諸語の各語と英語のbe、am、are、is、was、wereとの類似性は目を引きます。少なくとも、なんの関係もないということはなさそうです。インド・ヨーロッパ語族と東アジアの言語の関係と言われると、意外に感じるかもしれません。もちろん、筆者にとってもそうでした。

ユーラシア大陸の南のほうには、ヒマラヤ山脈という巨大な山脈があります。世界最高峰のエベレストもヒマラヤ山脈の一部です。ヒマラヤ山脈は、大きな障壁として西と東の間の通行を著しく妨げてきました。インド側と中国側で人々の容姿が顕著に異なるのも、そのためです。

しかし、ユーラシア大陸の北のほうは、事情が違います。人口は希薄ですが、ヒマラヤ山脈ほどの障壁は存在せず、西から東あるいは東から西への移動が比較的自由です。ユーラシア大陸の北のほうは、ウラル山脈が南北に走り、ウラル山脈の西側がヨーロッパ方面、ウラル山脈の東側がアジア方面です。ウラル山脈は、一番高いところでも2000mに満たないなだらかな山脈で、半ば丘のようでもあります。加えて、ウラル山脈の南側(現在のカザフスタンのあたり)は大きく開けています。距離は長いですが、ヨーロッパから極東まで大々的につながった状態なのです。

上に挙げた一連の例は、北ユーラシアの言語の歴史を明らかにするために、インド・ヨーロッパ語族と東アジアの言語の両方を見据えなければならないことを示唆しています。現在残っている言語が一部の生き残りなのだということも認識しておく必要があります。

北ユーラシアの諸言語に目を配りながら、日本語のaru(ある)とiru(いる)の語源について考察します。

朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語を調べる前に、インド・ヨーロッパ語族の存在動詞(英語のbe(ある、いる)の類)についてもう少しお話ししておきます。インド・ヨーロッパ語族の存在動詞は北ユーラシアの言語の歴史を明らかにするうえで大変重要になってくるので、耳を傾けていただければと思います。

ゲルマン系言語の英語be(ある、いる)、スウェーデン語vara(ある、いる)、アイスランド語vera(ある、いる)、ドイツ語sein(ある、いる)の活用を見たので、今度は古典語のラテン語sum(ある、いる)、古代ギリシャ語eimi(ある、いる)、サンスクリット語asmi(ある、いる)の活用を見てみましょう(活用表をたくさん示しますが、試験のための暗記ではないので、さっと目を走らせる程度で十分です。重要なポイントは後で述べます)。

Picture t-45
Picture t-46
Picture t-47

※インド・ヨーロッパ語族の古典語に関しては、慣習にしたがって動詞の1人称単数現在形を見出しにしてあります。昔のインド・ヨーロッパ語族の言語には単数と複数のほかに双数というカテゴリーがありますが、それは表から省いてあります。

従来の印欧比較言語学は、ラテン語、古代ギリシャ語、サンスクリット語を中心に据え、スラヴ語派とバルト語派の言語をあまり重視してこなかった傾向があり、筆者はこれを大問題だと考えているので、以下にスラヴ系言語のロシア語byt’(ある、いる)ビーチ、ポーランド語być(ある、いる)ビチュ、ブルガリア語sɤm(ある、いる)スムならびにバルト系言語のリトアニア語būti(ある、いる)、ラトビア語būt(ある、いる)の活用も示します。

Picture t-48
Picture t-49
Picture t-50
Picture t-51
Picture t-52

まずは、ラテン語から始めましょう。ラテン語のsum(ある、いる)の現在形は一見不揃いに見えますが、sum、sumus、suntが先頭部分を落とされた形であると考えると納得がいきます。例えば、スラヴ系のロシア語jest’(ある、いる)イェースチとブルガリア語sɤm(ある、いる)スムの現在形を比べてみてください。ブルガリア語のほうで先頭部分が落とされているのがわかります(1人称単数、2人称単数、1人称複数、2人称複数のところです)。このようなことはよくあるのです。先頭部分の脱落は、ラテン語のsum(ある、いる)の現在形だけでなく、サンスクリット語のasmi(ある、いる)の現在形でも起きています。

「ある、いる」にあたる動詞は、頻繁に使われます。発音しやすい形はそのまま残し、発音しにくい形は変形しようとする力が強く働きます。そのため、当初はよく揃っていた形がばらばらになってしまうこともあるのです。上に示した表を一通り眺めると、ロシア語jest’(ある、いる)の現在形がよく整っているのが目立ちます(ポーランド語jest(ある、いる)イェストゥの現在形もよく整っていますが、ポーランド語の現在形は、3人称単数のjestという形をもとにして作りなおされたものです。ポーランド語の現在形も、昔はロシア語の現在形と同じような姿をしていました)。

ロシア語のjest’(ある、いる)の現在形をラテン語のsum(ある、いる)およびサンスクリット語のasmi(ある、いる)の現在形と比べると、大きな違いはラテン語とサンスクリット語のほうで先頭部分がところどころ落とされていることぐらいです。また、ロシア語のjest’(ある、いる)の現在形をリトアニア語のbūti(ある、いる)およびラトビア語のbūt(ある、いる)の現在形と比べると、大きな違いはリトアニア語とラトビア語のほうで3人称単数と3人称複数のところにyra、irという全く異質な形が現れていることぐらいです。こうして見ると、ロシア語のjest’(ある、いる)の現在形は印欧祖語の姿をかなりよく映し出していると考えられます。

英語のbe動詞の活用体系は、(1)beという形のもと、(2)amとisという形のもと、(3)areという形のもと、(4)wasとwereという形のもとという四つのもとからできているようだと述べました。上に並べた他の言語の活用表を見ればわかるように、amとisという形のもとが印欧祖語の存在動詞です。amとisは、古英語の段階ではeomとisでした。eomのoの部分はかつてのsの残骸のようなものと考えられます。印欧祖語の存在動詞に同じようなあるいは似たような意味を持ついくつかの語が合流して、英語のbe動詞の活用体系ができたのです。ラテン語のsum(ある、いる)の現在形と過去形や、ロシア語のjest’(ある、いる)の現在形と過去形を見ても、異なるものを混ぜ合わせて活用体系を作っているのがわかります。インド・ヨーロッパ語族では、このようなことが平然と行われてきたのです。それぞれの言語が好き勝手に混ぜ合わせを行ってきたので、英語be(ある、いる)の過去形とラテン語sum(ある、いる)の過去形は違うし、英語be(ある、いる)の過去形とロシア語jest'(ある、いる)の過去形も違います。混ぜ合わせに使ったもとの材料が共通しているのです。

インド・ヨーロッパ語族のこうした事情を踏まえながら、朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語を調べます。

日本語のsita(下)とsuwaru(座る)がインド・ヨーロッパ語族の「座る」と「下」に関係していることを示しました。パンチを受けたボクサーが倒れたり、尻もちをついたりするのを見て「ダウン」と言っているので、「下」と「座る」の密接な関係は比較的わかりやすかったかもしれません。

日本語のsuwaru(座る)は、すでに述べたように、suu(据う)(古形*suwu)という他動詞から作られた自動詞です。この自動詞ができる前は、wiru(ゐる)が座ること、座っていることを意味していました。現代では、wiru(ゐる)はiru(いる)になり、「(人や動物が)存在すること」を意味しています。ここで起きた「座る、座っている」→「存在する」という意味変化に注意してください。実は、この意味変化はよくあるパターンなのです。

逆のパターン、すなわち「存在する」→「座る、座っている」という意味変化もあります。例えば、ウラル語族のフィンランド語にistuaという動詞があり、座ること、座っていることを意味しています。フィンランド語のistuaは、同源の語がウラル語族のごく一部に分布しているだけなので、外来語と考えられます。インド・ヨーロッパ語族の英語is(ある、いる)、ドイツ語ist(ある、いる)、ロシア語jest’(ある、いる)イェースチ、ポーランド語jest(ある、いる)イェストゥなどと関係があると見られます。インド・ヨーロッパ語族のほうでは「存在する」という意味ですが、ウラル語族のほうでは「座る、座っている」という意味になっています。

「下」と「座る、座っている」の間に密接なつながりがあり、「座る、座っている」と「存在する」の間に密接なつながりがあるということは、つまり以下のような意味変化の経路が存在するということです。

Picture t-39

ウラル語族の*ala(下)

前に、フィンランド語のalas(下へ)、alle(下へ)、alla(下に、下で)、alta(下から)という語を取り上げたことがありました。ハンガリー語にも、alá(下へ)アラー、alatt(下に、下で)、alól(下から)アロールという語があります。これらと同源の語は、ウラル語族全体に分布しています。今では埋没していますが、かつて「下」を意味する*alaという語があったと考えられます。ちなみに、朝鮮語にもarɛ(下)アレという語があります。フィンランド語では、「あご」はleuka、「下あご」はalaleukaです。ハンガリー語では、「あご」は állkapocs アーッルカポチュ、「下あご」は alsó állkapocs アルショーアーッルカポチュです(ちょっとわかりづらいですが、*ala(下)からalsó(下の)という形容詞が作られています)。朝鮮語では、「あご」はthɔkト(ク)、「下あご」はarɛthɔkアレト(ク)です。

日本語にも「下」を意味する*araという語があったはずだが、一体どこに行ってしまったのだろうと考えたものの、筆者はこの謎をなかなか解くことができませんでした。日本語にあったはずの*ara(下)も気になりましたが、もう一つ気になることがありました。

英語のbe動詞

英語のbe動詞の語形変化はおなじみでしょう。現在形と過去形を示します。

Picture t-40

英語と同じゲルマン系のスウェーデン語vara(ある、いる)、アイスランド語vera(ある、いる)、ドイツ語sein(ある、いる)の語形変化も示します。

Picture t-41
Picture t-42
Picture t-43

参考のために、ウラル語族のフィンランド語olla(ある、いる)の語形変化も示しておきます。

Picture t-44

ゲルマン系言語の英語be(ある、いる)、スウェーデン語vara(ある、いる)、アイスランド語vera(ある、いる)、ドイツ語sein(ある、いる)とフィンランド語のolla(ある、いる)を見比べるとどうでしょうか。フィンランド語のほうの語形変化はまずまず整然としていますが、ゲルマン系言語のほうの語形変化はかなり雑然としています。

考えてみれば、英語のbe動詞がamに変化したり、areに変化したり、isに変化したりするのはなんとも奇妙です。主語の人称・数が変わるだけで、動詞の意味は変わりません。にもかかわらず、amに変化したり、areに変化したり、isに変化したりするのです。やはり奇妙です。

なぜ英語のbe動詞の活用表が雑然としているかというと、別々に存在していたものを合わせて一つの体系を作ったからです。インド・ヨーロッパ語族の研究者の見解は完全には一致していませんが、筆者は、 Ayto 2011 などと同様で、(1)beという形のもと、(2)amとisという形のもと、(3)areという形のもと、(4)wasとwereという形のもとという具合に、四つのもとがあると考えています(amとisが同じもとから生じたと考えられることについては後述します)。beの由来も、am/isの由来も、areの由来も、was/wereの由来も、興味深い問題です。

これらの由来は、どうやらインド・ヨーロッパ語族だけの問題ではないようです。ここで、朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語に目を向けることにします。当然、これらの言語にも英語のbe動詞や日本語のaru(ある)/iru(いる)に相当する語がありますが、そこでただならぬことが起きているのです。



参考文献

Ayto J. 2011. Dictionary of Word Origins: The Histories of More Than 8,000 English-Language Words. Arcade Publishing.

↑このページのトップヘ