結局のところ「膝(ひざ)」と「肘(ひじ)」の語源は同じだった

簡単にはわからない「肘(ひじ)」の語源の記事で予告していたhiza(膝)とhizi(肘)の語源の考察を行いましょう。現代の日本語のhiza(膝)とhizi(肘)を見ると、両者の語源は明らかに同じだろうと思いたくなりますが、奈良時代の時点ではɸiza(膝)とɸidi(肘)であり、そう単純な話でもありません。まずは、「膝」のほうに焦点を当てましょう。

ウラル語族の各言語では、膝のことを以下のように言います。

※カマス語とマトル語については、データが不確かなため、記していません。

フィン・ウゴル系のフィンランド語polvi(膝)とサモエード系のネネツ語pulɨ(膝)プリは同源で、ウラル祖語では膝のことをこのように呼んでいたと考えられます。このフィンランド語polvi(膝)、ネネツ語pulɨ(膝)の類は、日本語のhiza(膝)に結びつきそうにありません。

ウドムルト語pɨdjes(膝)ピヂェスとコミ語pidʑəs(膝)ピヂュスは、日本語のhiza(膝)に形が似ていますが、ウラル語族の標準的な語彙ではありません。間接的な関係がある可能性は残っているので、地理的にウラル語族と日本語の間に分布していているテュルク諸語、モンゴル語、ツングース諸語、朝鮮語の「膝」を調べてみます。

残念ながら、日本語のhiza(膝)に結びつきそうな語はありません。前に、古代中国語のheng(脛)ヘンが奈良時代の日本語のɸagi(脛)になったようだとお話ししましたが(「脛(すね)」の語源、神武天皇と戦ったナガスネヒコを参照)、ツングース諸語のエヴェンキ語xenŋen(膝)の類はこれらに関係があるでしょう。「膝」と「脛」の間も意味がずれやすいところです。

筆者は日本語のhiza(膝)とhizi(肘)の語源の問題で大変苦戦しましたが、その原因は筆者が膝と肘をあくまでも「曲がるところ」と考えていたことにあります。簡単にはわからない「肘(ひじ)」の語源の記事で、英語のknee(膝)とelbow(肘)という呼び名が「曲がるところ」という見方に基づいていることを示しました。確かに、膝と肘は曲がるところです。しかし、knee(膝)とelbow(肘)と関係が深い語として、joint(関節)という語もあります。英語のjoint(関節)という呼び名は「つながっているところ」という見方に基づいています。この「つながっているところ」という見方に辿り着いたところで、ようやく活路が開けました。

古代中国語に「節、関節」を意味するtset(節)ツェトゥという語がありました。この語は、同じシナ・チベット語族のチベット語tshigs(関節)ツィグスやミャンマー語ə-hsi?(関節)アフスィッなどと同源です。

上記の古代中国語、チベット語、ミャンマー語の各語はそれぞれ複雑なので、少し解説を加えておきます。

‒ 古代中国語のtset(節)の末子音tは、人間の笑い—ニコニコ、ニヤニヤ、ニタニタにも語源があるの記事でお話ししたnyit(日)ニトゥの末子音tと同様に、もともとkであったと考えられているものです(Baxter 2014)。
‒ チベット語のtshigs(関節)のtshiの部分は、息を強く吐き出しながら「ツィ」と言う感じです。
‒ ミャンマー語のə-hsi?(関節)のəの部分は後から付け加えられた接頭辞なので、これは差し引いて考える必要があります。

これらの情報を総合すると、かつてシナ・チベット語族に「節、関節」を意味するhtsikフツィクやhtsekフツェクのような語が少しずつ違う形で広がっていたと考えられます。日本語のɸusi(節)、ɸiza(膝)、ɸidi(肘)は、ここから来ていると見られます。奈良時代の人々は肘のことをtanaɸidiとも言っていました。手・腕を意味するta、助詞のna、節・関節を意味するɸidiがくっついたものでしょう。ɸidiはもともと肘というより節・関節を意味していたということです。その後、ɸusiが節・関節を意味しているので、ɸidiは肘を意味するようになったと見られます。ɸusi(節)、ɸiza(膝)、ɸidi(肘)と形がばらついているのは、違う時代に違う場所で取り入れられたからでしょう。このような形のばらつきは、ɸusi(節)、ɸiza(膝)、ɸidi(肘)がもともと日本語にあった語ではなく、近くに存在した言語群から入ってきたことを物語っています。

ついでに「腿(もも)」の語源

asi(足、脚)、sune(脛)、hiza(膝)の語源が明らかになったので、ついでにmomo(腿)の語源も明らかにしておきましょう。「背(せ)」の語源「尻(しり)」の語源の記事で説明したように、日本語にはウラル語族との共通語彙である*siro→siriの系統とベトナム系言語から入ってきた*so→seの系統がありました。この二つの系統はどちらも英語のbackのような意味を持つことから衝突し、前者の系統が「尻」を意味し、後者の系統が「背」を意味するという形で決着しました。

日本語では、ウラル語族との共通語彙である*siro→siriが尻を意味するようになったため、ベトナム系言語の「尻」は尻を意味することができなくなりました。ベトナム語の「尻」はmôngモンムです。ベトナム語の少し変わったところで、môngのngの部分を発音した後すぐに上唇と下唇をぴったり合わせます。そのため、「モンム」のような感じになります。このような語が日本語にmomo(腿)として定着したと考えられます。子音が連続することも、子音で終わることも許さない昔の日本語では、momoという形になるのが自然です。「尻」と「腿」の間も意味がずれやすいところです。

飛び飛びになりましが、日本語の身体に関する語彙を上肢→胴体→下肢の順に見てきました。残るは頭部です。

 

参考文献

Baxter W. H. et al. 2014. Old Chinese: A New Reconstruction. Oxford University Press.

「石(いし)」の語源はとても難解だった

日本語のisi(石)の語源はとても難解です。基本的な語ではありますが、ウラル語族との共通語彙ではありません。ウラル語族では、石のことを以下のように言います。

ウドムルト語・コミ語のiz(石)は、ウラル語族では非標準的な語です。日本語のisi(石)と関係があるとしても、それは間接的な関係です。間接的な関係というのは、ウラル語族とも日本語とも違う言語群があって、その言語群が一方でウドムルト語・コミ語にiz(石)という語を提供し、他方で日本語にisi(石)という語を提供したという意味です。

ウラル語族と日本語に限らず、一般に「石」の語源を考えるのは難しく、前提として知っておかなければならないことがあります。まず、中国語の例を挙げて説明します。

古代中国語のxoj(海)とmwoj(每)

古代中国語にxoj(海)ホイとmwoj(每)ムオイという語がありました(xojとmwojはBaxter 2014にしたがった表記ですが、実際の発音は中国語の各時代・各地方の方言によって少しずつ異なり、xojとmwojのoの部分がaに近い音であることもありました。そのことは、日本語における音読みからもわかります)。

xoj(海)はseaという意味、mwoj(每)はeveryという意味です。つまり、xoj(海)とmwoj(每)には、意味的なつながりは全くありません。したがって、「海」という字は、偏(へん)が意味領域を表し、旁(つくり)が音を示すという中国語のお得意のパターンであると考えられます。しかし、ここで首をかしげたくなります。mwoj(每)とxoj(海)では発音が全然違うではないか、「每」は「海」の発音を示していないではないかと。どうやら、漢字が作られた時代には「每」と「海」は似た発音を持っていたが、隋・唐の時代には「每」はmwojという発音を持ち、「海」はxojという発音を持つようになったらしいのです。

「每」と「海」はもともとどのように発音されていたのかという問題を考えなければなりません。隋・唐の時代にはmwoj(每)とxoj(海)であり、本当に「每」と「海」は似た発音を持っていたのかと思ってしまいそうですが、実はシナ・チベット語族には、[m]という子音のほかにもう一つ変わった子音が見られます。それは、[m̥]という子音です。[m]は有声両唇鼻音と呼ばれ、[m̥]は無声両唇鼻音と呼ばれます。外国人が聞くと、[m̥]は[m]の前に[h]があるように聞こえます。maはマ、m̥aはフマという感じです。実際、[m̥]は外国人向けにhmと表記されることが多いです。シナ・チベット語族の研究者はSchuessler 2007のように「海」の発音の先頭の部分はhmのような音であったと考えていますが、筆者もそのように考えています。その後mが弱化して消失し、中国語にはhmのような音はなくなったと考えているわけです。

上の考えとよく合うのが、奈良時代の日本語のɸama(浜)です。海は水の部分で、浜は陸の部分ではないかと言われればその通りですが、水・水域を意味していた語がその隣接部分を意味するようになることは非常に多いのです。例えばウラル語族では、フィンランド語ranta(岸)はインド・ヨーロッパ語族の英語strand(岸)の類を取り入れたのではないかと考えられているので該当しませんが(昔のフィンランド語は語頭の子音連続を許しませんでした)、多くの言語はコミ語vador(岸)やマンシ語wāta(岸)のように明らかにインド・ヨーロッパ語族の英語water(水)の類を取り入れています。奈良時代の日本語にumiɸe(海辺)、ɸamaɸe(浜辺)という語がありましたが、かつてはumi(海)だけでなくɸama(浜)もseaを意味していたのでしょう。そして最終的に、umi(海)がseaを意味し、ɸama(浜)がその隣接部分を意味するという形に落ち着いたのでしょう。

なぜこのような話をしたかというと、奈良時代の日本語にumiɸe(海辺)とɸamaɸe(浜辺)のほかにisoɸe(磯辺)という語があったからです。umi(海)とɸama(浜)と同じようにiso(磯)もかつてseaを意味していた可能性があるのです。奈良時代の時点ではすでに、iso(磯)は岩石でできたごつごつした海岸を意味したり、岩石を意味したりしていました。おそらくisoとisiは意味が大きく重なっていて、そこからisoは岩石でできたごつごつした海岸を意味し、isiは岩石を意味するようになっていったと思われます。奈良時代の人々は砂のことをisagoと呼んでいたので、組み込まれた*isaが最も古い形で、isoとisiは後から生まれた形かもしれません。さらに、奈良時代の人々が漁をすることをizaru(漁る)と言っていた点も見逃せません。ɸama(浜)と同じように、*isaがかつて海を意味し、そこから陸に上がってきたことを思わせるからです。umi(海)という語があるので、ɸama(浜)は平坦な海岸を意味するようになり、*isaは岩石でできたごつごつした海岸を意味するようになるという展開です。水・水域を意味していた語が隣接部分を意味するようになることが多いのは、先ほど述べた通りです。陸に上がってくるのです。

前に、インド・ヨーロッパ語族の英語water(水)の類が日本語のwata(海)になったことをお話ししました。同じように、他言語の「水」が日本語の*isa(海)になった可能性も考えたくなります。

ちなみに、テュルク系のトルコ語にsu(水)という語があります。トルコ語と少し離れた関係にあるウズベク語ではsuv(水)、トルコ語と遠く離れた関係にあるチュヴァシ語ではşɯv(水)シュヴという具合です。テュルク系言語の「水」は古代中国語のsywij(水)シウイに形がよく似ています。これが偶然かどうかはともかく、海水を意味するsiɸo(潮)とそこから取れるsiɸo(塩)はテュルク系言語か古代中国語の「水」から来たと見られます。

そうなると、*isa(海)はどこの言語の「水」から来たのでしょうか。インド・ヨーロッパ語族の英語water(水)の類がwata(海)になった、テュルク系言語のトルコ語su(水)の類または古代中国語のsywij(水)がsiɸo(潮)になった、そしてベトナム語nước(水)ヌー(ク)の類とタイ語naam(水)の類はここでは明らかに関係がないとなると、目を向けなければならないのはモンゴル系言語のモンゴル語us(水)の類です。

現代人が水と石と言われてもすぐに結びつかないかもしれませんが、水・水域とその隣接部分には密接な結びつきがあり、その隣接部分と石にも密接な結びつきがあります。かつては海沿い・川沿いに石がごろごろしている光景が普通だったのです。

冒頭の表に示したように、ウラル語族にはフィンランド語のkivi(石)のような語があります。kivi(石)は、組み込まれたkive-という形を見せ、推定祖形は*kiweです。水・水域の隣接部分を意味していた日本語のkiɸa(際)となんらかのつながりがありそうです。朝鮮語tol(石)、エヴェンキ語djolo(石)デョロ、モンゴル語tʃhuluu(石)チョローはニヴフ語tjo(岸)テョと関係がありそうです(昔の日本語では刃物などを磨く時に使う石をto(砥)と言っていましたが、これも同源でしょう)。

このように、水と石の密接な関係は頭に入れておかなければなりません(繰り返しますが、水と岸に密接な関係があり、さらに、岸と石に密接な関係があるのです)。

モンゴル語の文字記録が現れるのは13世紀からで、日本語と接していた頃(古代中国の春秋戦国時代以前)のモンゴル系言語の姿を確かめることはできません。しかし、現代のモンゴル語にus(水)という語がありますが、インド・ヨーロッパ語族、ウラル語族、テュルク系言語などでそうであるように、モンゴル系言語の内部にも形のバリエーションがあったはずです。例えば、ウラル語族の中でフィンランド語に比較的近縁な言語を見ても、フィンランド語vesi(水)、エルジャ語vjedj(水)ヴィエディ、マリ語vüd(水)ヴィドゥ、ウドムルト語vu(水)、コミ語va(水)のようなバリエーションがあります。特に母音は変わりやすいです。かつてのモンゴル系言語の中に水のことをisのように言う言語があったと思われます。

日本語は他の言語の「水」を徹底的に取り込んでおり、日本語に大きな影響を与えた言語からはもちろんのこと、日本語にほとんど影響を与えていないアイヌ系言語からも、アイヌ語wakka(水)のような語をwaku(湧く)という形で取り込んでいます。当然モンゴル系言語の「水」も取り込まれたはずで、上に説明した*isa(海)、iso(磯)、isi(石)がどこから来たのか考えると、半ば消去法的ではありますが、モンゴル系言語の「水」に行き着くのです。

水と石の結びつきはなんとも意外ですが、この結びつきは世界的に認められます。古代中国語のdzyek(石)ヂエクも、古代北ユーラシアの巨大な言語群で水を意味したjak-、jik-、juk-、jek、jok-から来ている可能性があります。古代中国語のdzyek(石)については、別のところで詳しく検討しましょう。

 

参考文献

Baxter W. H. et al. 2014. Old Chinese: A New Reconstruction. Oxford University Press.

Schuessler A. 2007. ABC Etymological Dictionary of Old Chinese. University of Hawai’i Press.