朝鮮半島に存在したタイ系言語、朝鮮半島は一体どうなっていたのか?

日本語のhito(人)に相当する朝鮮語は、saram(人)です。このほかに、namという語があります。namも人を意味しますが、もっと意味が限られていて、「他人、よその人」を意味します。

前回の記事で詳しく説明したように、近くに住んでいるある部族を指していた語が、一般に「他人、よその人」を意味するようになったり、一般に「人」を意味するようになったりします。この観点から、朝鮮語のnam(他人、よその人)は大いに注目に値します。タイ語のnaam(水)のような語を思い起こさせるからです。

この話は、突拍子もない話ではありません。現在では、タイ系の言語は中国南部からインドシナ半島のほうに分布しており、話者の大部分はタイにいます。中国南部からインドシナ半島のほうに追い出されたような分布の仕方をしています。しかし、ツングース諸語にエヴェンキ語lāmu(海)、ウデヘ語namu(海)、ナナイ語namo(海)、ウイルタ語namu(海)、満州語namu(海)などの語が見られたり、日本語にnami(波)という語が見られたりするので、タイ系言語のかつての分布域が中国南部に限られていたとは考えられません。

実は、中国南部からインドシナ半島のほうに残っているタイ系言語を一通り調べても、黄河文明の主たる言語群であるシナ・チベット語族や長江文明の主たる言語群であるオーストロアジア語族(本ブログではベトナム系言語と呼んでいます)ほどのバリエーションは見られません。この地域におけるタイ系言語の歴史はあまり古くないのではないかと思わせます。

タイ系言語が現在の分布域より北東に分布していて、ツングース系言語や日本語に接していたのなら、朝鮮語と接していた可能性も十分にあります。

朝鮮半島のnam gang(南江)

韓国の北部を流れるhan gang(漢江)ハンガン、西部を流れるkɯm gang(錦江)クムガン、南東部を流れるnak tong gang(洛東江)ナクトンガンが、韓国の三大河川です(朝鮮語では語頭でrを使うことを避けてきたため、「洛」の読みがnakになっていますが、当初の読みはrakであったと考えられます)。nak tong gang(洛東江)にはいくつかの支流が流れ込んでおり、その一つとしてnam gang(南江)ナムガンがあります。

韓国の北部を流れるhan gang(漢江)の北側の部分をpuk han gang(北漢江)プクハンガンと呼び、南側の部分をnam han gang(南漢江)ナムハンガンと呼ぶことがあります。han gang(漢江)の前に付けられるpukとnamが中国語の「北」と「南」に由来していることは疑いありません。

しかし、韓国の南東部を流れるnak tong gang(洛東江)の一支流であるnam gang(南江)のnamが中国語の「南」に由来しているかどうかは非常に怪しいです。han gang(漢江)の場合のように北と南を区別しているわけではなさそうです。かつての住民が水・水域のことをnamのように言っていた可能性があります。kim(金)、ri/i(李)、pak(朴)ほど多くありませんが、nam(南)という姓もあります。

朝鮮語のnam(他人、よその人)は、水・水域のことをnamのように言う人々がいたことを示唆しているように見えます。朝鮮語のnam(他人、よその人)以外の語彙も調べなければならないでしょう。

 

補説

日本語とタイ系言語の深い付き合い

タイ語のnaam(水)のような語が日本語のnama(生)(焼いたり、干したりしておらず、水っぽいという意味)やnami(波)などになったことはすでに述べました。

水・水域を意味することができなかった語がその横の部分を意味するようになるというおなじみのパターンもあったようです。以下は本ブログで何度も示している構図です。

ここから、並ぶことを意味する奈良時代の動詞のnamu(並む)が生まれたと考えられます。その名詞形がnami(並み)です。並んでいること・並んでいるものを意味します。yamanami(山並み)やienami(家並み)のnami(並み)です。

「専門家並みの知識」と言えば、専門家と並ぶということ、「お相撲さん並みの大食い」と言えば、お相撲さんと並ぶということです。「人並み」と言えば、他の人と同じくらいということです。「人並み」を単に「並」と言うこともあったのでしょう。これによって「並」に普通という意味が生じます。

上にnama(生)とnami(波)を挙げましたが、mとbの間で発音が変化しやすいことを考えると、nabe(鍋)(古形*naba)とnabiku(なびく)も関係があると思われます。nabe(鍋)は、水を意味していた語が、水を入れる容器を意味するようになるパターンでしょう。nabiku(なびく)は、波を意味していた語が、揺れることを意味するようになるパターンでしょう。

上のような形だけでなく、numa(沼)やnomu(飲む)のような形もあるので、日本語がタイ系言語と深く付き合っていたことは間違いありません。

※nabe(鍋)の類義語であるkama(釜)の語源も水かもしれません。kame(瓶)は確実に水から来ているでしょう。kame(亀)もおそらくそうでしょう。水のことをkalm-、kilm-、kulm-、kelm-、kolm-(kal-、kil-、kul-、kel-、kol-、kam-、kim-、kum-、kem-、kom-)のように言っていた言語群がここでも垣間見えます。

「人(ひと)」の語源はなんと・・・

朝鮮半島と日本列島の奥深い歴史の記事では、韓国の主要河川の一つであるkɯm gang(錦江)クムガンを取り上げ、かつて水・水域のことをkɯmのように言う人々がそこにいたようだということ、そして「錦」が当て字にすぎないようだということをお話ししました。

kɯm gang(錦江)があるあたりは、pɛk kang(白江)ペクカンまたはpɛk tʃhon gang(白村江)ペクチョンガンとも呼ばれました(tʃhはtʃよりも息を強く吐き出します)。古代中国語では、「白」の読みはbækバク、「村」の読みはtshwonツオンでした(あくまで、隋・唐の頃の中国語の一方言の発音です)。

錦江の「錦」は当て字である可能性が高いですが、白江/白村江の「白」と「村」も当て字である可能性が高いです。白江/白村江の「白」と「村」も、かつての住民の言語で水・水域を意味していた語ではないかということです。

朝鮮語にphal(腕)パルとson(手)という語があります(phはpよりも息を強く吐き出します)。水・水域を意味していた語が横を意味するようになり、横を意味していた語が手、腕、肩などを意味するようになる頻出パターンを思い出してください。朝鮮語のphal(腕)とson(手)も水から来ている可能性が高いです。以下のような展開があったと見られます。

図の上側は、ある言語群で水・水域を意味していた語が、朝鮮語のphal(腕)になり、さらに河川名にpɛkという形で入ったことを示しています。ある言語群というのは、水のことをpark-、pirk-、purk-、perk-、pork-(par-、pir-、pur-、per-、por-、pak-、pik-、puk-、pek-、pok-)のように言っていた言語群です。ある言語群の内部に、少しずつ異なる語形が存在することに注意してください。

図の下側は、別の言語群で水・水域を意味していた語が、朝鮮語のson(手)になり、さらに河川名にtʃhonという形で入ったことを示しています。北ユーラシア~東アジアでよく起きてきた発音変化を考えると、水を意味するjok-、jog-、jonk-、jong-、jon-(jは日本語のヤ行の子音)のような語がおおもとにあって、このjの部分がdʒ、ʒ、tʃ、ʃに変化したり、さらにd、z、t、sに変化したりしていたと見られます。別の言語群の内部に、少しずつ異なる語形が存在することに注意してください。

白江は水・水域を意味する語が二段重ねになっており、白村江は水・水域を意味する語が三段重ねになっているということです。最初にいた人々が水・水域を「○○」と呼び、次に来た人々が水・水域を「△△」と呼び、最後に来た人々が水・水域を「××」と呼べば、「○○△△××」のような固有名詞もできてしまうのです。

前に、水のことをkalm-、kilm-、kulm-、kelm-、kolm-(kal-、kil-、kul-、kel-、kol-、kam-、kim-、kum-、kem-、kom-)のように言う言語群と、朝鮮半島で最も多いkim(金)という姓を結びつけたことがありました。筆者はそれだけでなく、朝鮮半島で一般的なpak(朴)などの姓も水と結びつきがあると考えています(pak(朴)ほど多くありませんが、pɛk(白)という姓もあります)。なぜ水と姓の結びつきを考えるのか、その理由をお話ししましょう。

いったん朝鮮語から離れ、日本語とモンゴル語の話をし、後でまた朝鮮語に戻ります。

hito(人)の語源はなんと・・・

日本語のhito(人)に相当するモンゴル語は、xun(人)フンです。よく使われるxunのほかに、あまり使われないirgenという語があります。irgenは「ある国の人、ある都市の人、国民、市民」のような意味で使われます。

ここで、歴史の奥底に埋もれた語の記事に書いたイルクート川とイルクーツクの話を思い出してください。かつてバイカル湖のそばに水・水域のことをirk-のように言う人々がいたという話です。テュルク諸語にはトルコ語iki(2)、ウイグル語ikki(2)、ヤクート語ikki(2)、チュヴァシ語ikkӗ(2)イッキュのような語が入り、ユカギール語にはirkin(1)という語が入っていました。

バイカル湖付近に水・水域のことをirk-のように言う人々がいたのであれば、モンゴル語にも無関係ではなさそうです。しかし、水・水域を意味するirk-と関係がありそうなモンゴル語を探してみても、どうも思わしくありません。かろうじて関係があるかなと思えるのが、先ほど挙げたirgenです。実は、筆者は以前から「水」と「人」の間にはなにかがありそうだとうすうす感じていました。

筆者が考えたのは、水・水域あるいはその周辺をirk-と呼んでいる人々がいて、その人々がirk-と呼ばれるようになったのかもしれないということでした。近くに住んでいるある部族を意味していた語が、一般によその人々を意味するようになり、一般によその人々を意味していた語が、一般に人を意味するようになったのではないか、そんな考えが頭をよぎりました。

日本語のhito(人)(*pito→ɸito→hitoと変遷)はどうかというと、上の筆者の考えとよく合います。数詞の起源について考える、語られなかった大革命の記事で、ɸito(一)やɸito(等)に着目し、水・水域あるいはその周辺をpitoのように言う言語が存在したことを示しました。

奈良時代にはɸito(人)という語があり、現代と同じように使われていました。しかしその一方で、「他」と書いてɸitoと読むこともありました。ひょっとしてɸitoはもともとよその土地やよその人々を意味していたのではないか、そこから一般に人を意味するようになっていったのではないかと考えたくなります。現代のhitoは基本的に人間を意味していますが、hitogotoやhitodumaのhitoは明らかに他人を意味しています。昔のなごりとも取れます。

モンゴル語と日本語の例を見ると、(1)水・水域あるいはその周辺を「XXX」と呼んでいる人々がいる→(2)その土地・部族が「XXX」と呼ばれるようになる→(3)ある部族を意味していた「XXX」が一般によその人々を意味するようになる→(4)一般によその人々を意味していた「XXX」が一般に人を意味するようになる、というパターンが窺えます。

※「他」がɸitoと読まれたりɸokaと読まれたりしていたわけですが、ɸokaももともとよその土地やよその人々を意味していたのかもしれません。水のことをpark-、pirk-、purk-、perk-、pork-(par-、pir-、pur-、per-、por-、pak-、pik-、puk-、pek-、pok-)のように言っていた言語群が思い起こされます。

日本語のhito(人)は上の(1)→(2)→(3)→(4)というプロセスを経たと見られますが、このプロセスは結構長いです。必ず(1)→(2)→(3)→(4)のようになるとは限りません。(1)→(2)で止まってしまう場合もあれば、(1)→(2)→(3)で止まってしまう場合もあったでしょう。

ここで朝鮮語の話に戻りましょう。