日本語を改造したのはだれか?

この記事は不思議な言語群の続きです。

日本語の頭部に関する語彙は、大変ショッキングなことになっています。まずはご覧いただきましょう。日本語とウラル語族の頭部に関する語彙です。

見ての通り、全然似ていません。日本語のatama(頭)は、昔は今のような一般的な語ではなく、赤ん坊の頭の前のほうに見られるへこみ(医学では大泉門といいます)を意味する特殊な語でした。したがって、日本語のatama(頭)がウラル語族の「頭」に結びつかないのは当然ですが、それにしてもあまりに違いすぎます。

もっとも、よく見ると、フィンランド語とハンガリー語もかなり異なっています。両者に共通しているのは、pää―fej(頭)、silmä―szem(目)、suu―száj(口)だけです(ハンガリー語のスペリングは少し風変わりで、単にsと書くと[ʃ]の音を表し、szと書くと[s]の音を表します)。ちなみに、フィンランド語silmä(目)、ハンガリー語szem(目)、ネネツ語sew(目)は同源で、ウラル語族の全言語がこのような語を持っています。「目」を意味する語はなかなか変わらないということです。しかし、フィンランド語silmä(目)、ハンガリー語szem(目)、ネネツ語sew(目)などですら、日本語のme(目)(古形*ma)には結びつきません。

日本語の頭部に関する語彙は、一体どこから来たのでしょうか。ベトナム語とタイ語の頭部に関する語彙を見ても、日本語とは全然違います。

にわかには信じがたいことですが、日本語の頭部に関する語彙は、日本語の上肢・胴体・下肢に関する語彙と全く出所が違うようです。驚くべきことに、日本語のme(目)も、mimi(耳)も、hana(鼻)も、kuti(口)も、外来語のようです。

筆者は日本語とウラル語族の語彙を研究していて、あることに気づいていました。日本語が非常に古くから持っていると考えられるウラル語族との共通語彙が、新しく入ってきた謎の語彙によって追いやられたようになっているのです。頭部に関する語彙もその例です。日本語に大きな改造が行われた形跡が認められるのです。

先ほど示した日本語とウラル語族の頭部に関する語彙を見比べると、全然違うなという印象を受けます。しかし、実を言うと、表の中のフィンランド語、ハンガリー語、ネネツ語には、日本語に関係のある語が結構含まれているのです。

ここでは一例として、フィンランド語のkorva(耳)を挙げましょう。推定される祖形は*korwaです。日本語にこれに対応する語があるかというと、あるのです。日本語では子音の連続が許されないために、*korwaは*kowaになり、*kowa→kowe→koeという変遷を辿りました。フィンランド語korva(耳)、日本語*kowa→kowe→koe(声)、朝鮮語kwi(耳)と並べれば、なにが起きたかわかるでしょうか。日本語のkoe(声)は、もともと「耳」を意味していた語なのです。

「耳」→「音・声」という意味変化は、よくあるパターンです。シナ・チベット語族には、古代中国語nyi(耳)、チベット語 rna ba (耳)、ミャンマー語na(耳)、チンポー語na(耳)、ギャロン語 tə rna (耳)トゥルナのような語があります。推定される祖形は*rnaです。このような語が、日本語に*na(音)として取り入れられたようです。この*naからnaru(鳴る)、nasu(鳴す)、naku(鳴く、泣く)という動詞が作られ、裸の*naはne(音)に変化したと考えられます(nasu(鳴す)は廃れ、narasu(鳴らす)に取って代わられました。narasu(鳴らす)という動詞は、onara(おなら)という語も生み出しました)。

そのようなわけで、フィンランド語のkorva(耳)と日本語のkoe(声)(組み込まれてkowa-)の対応は自然なものです。しかし、日本語のほうで、「耳」を意味していた語が、その座を奪われてしまったことは見逃せません。「目」を意味していた語も、「鼻」を意味していた語も、「口」を意味していた語も、同じように追いやられてしまったようです。頭部に関する語彙以外の重要語彙でも、このようなことが起きています。

目、耳、鼻、口などを意味する語はなかなか変わりそうにありませんが、日本語では頭部に関する語彙がほぼまるごと入れ替えられてしまったようなのです。日本語の頭部に関する語彙の問題は、日本語の正体を明らかにするうえで、非常に大きな山場になります。すでに見たように、日本語の頭部に関する語彙は、ウラル語族との共通語彙でもないし、ベトナム系言語との共通語彙でもないのです。

だれが日本語を改造したのでしょうか(正確には「日本語」ではなく「日本語の前身言語」と言うべきです)。およその見当をつけるため、頭部に関する語彙以外で改造が行われている例も見てみましょう。まずは、sinu(死ぬ)とkorosu(殺す)を取り上げます。