上り列車と下り列車の上り・下りとは?

鉄道や道路で使われる「上り(のぼり)」と「下り(くだり)」という言い方に疑問を持たれた方もいると思います。確かに、鉄道や道路が上向きまたは下向きに傾斜しているわけでもないのに「上り、下り」と言うのは妙な感じがします。一般的には、中心地に向かう方向を「上り」、中心地から遠ざかる方向を「下り」と言っています。

大昔のことを考えてみてください。人間が集まって暮らしている場所が何箇所かあり、それぞれの場所の発達・繁栄具合が同じだったら、ある場所から別の場所に行くことを上記のように「上る、下る」と言うことはなかったでしょう。格差が生じて、そのような言い方がされるようになったと思われます。「上る、下る」と言っていたということは、こっちは高い場所でこっちは低い場所という上下・高低の意識があったということです。この古代の人々の意識を知っておくことは重要です。

古代中国語の「僻」

古代中国語にphjiek(僻)ピエクという語がありました。日本語ではɸekiなどの音読みが与えられました。僻地(へきち)の「僻」です。古代中国語のphjiek(僻)はそんなによく使われる語ではありませんでしたが、実は様々な形で日本語に入り込んでいます。古代中国語のphjiek(僻)のもともとの意味は、「避ける、離れる、遠ざかる」といったところです。僻地というのは、中心地から離れたところという意味です。

まず、わかりやすいケースから説明を始めましょう。古代中国語のphjiek(僻)は、もともと「避ける、離れる、遠ざかる」という意味を持っていたため、日本語に取り入れられて、「体を後退させること」、そしてさらに「なにかを自分のほうへ移動させること」を意味するようになったようです。これがɸiku(引く)の語源です。もっと意味が抽象的ですが、ɸikaɸu(控ふ)(現代ではhikaeru(控える))も同類です。身を引くようなbikuʔ(びくっ)、bikkuri(びっくり)、bikubiku(びくびく)や引きつるようなhikuhiku(ひくひく)、pikupiku(ぴくぴく)も無関係でないかもしれません。

次は、もう少しわかりにくいケースです。上の図が示すように、古代の人々は「中心地は高い場所、中心地から離れたところは低い場所」と意識していました(中心地には偉い人がいたでしょう)。そのため、古代中国語のphjiek(僻)が*pikiまたはɸikiという形で日本語に取り入れられて、「低さ」も意味していたようなのです。奈良時代の人々は、背の低い人をɸikiɸitoと言ったり、低い山をɸikiyamaと言ったりしていました。このɸikiは、ɸikisiからɸikusiを通じて、現代の日本語のhikui(低い)に至ります。古代の人々にとっては自然な意味変化だったと思われますが、現代の私たちにはいくらか奇異に映るのではないでしょうか。ただ、私たちも、(主たる場所からそうでない場所に)退くことを「下がる」と言ったりしているので、全く理解できないということもないと思います。hikui(低い)はtakai(高い)に比べると歴史が非常に浅いです(takai(高い)については、言葉の意味はこんなに変わる!―世界の様々な事例の記事の中で少し触れました)。

hikui(低い)よりもっとわかりにくいのが、higamu(僻む)です。古代中国語のphjiek(僻)には「中心から離れている」という意味がありましたが、さらに抽象化が進んで「正しいとされる基準・範囲から外れている」という意味もありました。要するに、「正しくない、間違っている、偏っている」という意味があったのです。日本語のɸigamu→higamu(僻む)はこの意味を受け継いで、間違ったあるいは偏った考え方、見方、捉え方をすることを意味していました。ここから、素直に受け取らないというような意味が生じるのです。

このように、古代中国語でマイナーな存在だったphjiek(僻)は、日本語で大活躍することになりました。中国語と日本語の間にはこういうケースもあるのだと、記憶しておいたほうがよいでしょう。

 

補説

「抜く」はとても古い

日本語には、hiku(引く)に似た語として、nuku(抜く)があります。こちらは歴史が古そうです。

ウラル語族のフィンランド語に、現代ではあまり使われなくなっていますが、nykiäニュキア(引く)という語があります。引くことや抜くことを意味するハンガリー語方言nyűニュー、ネネツ語nekəltsjネクルツィ、セリクプ語njaqqɨlqaニャッキルカなどと同源と見られます。

このような語がウラル語族全体に広がっているので、日本語のnuku(抜く)はウラル語族との共通語彙と言ってよさそうです。