大和言葉(やまとことば)はベトナム語やタイ語とも関係が深い(3)

古代中国語のsaw(騷)とkæw(交)に似たケースをもう少し見てみましょう。

古代中国語のkhuw(口)

古代中国語のkæw(交)カウが奈良時代の日本語のkaɸu、kaɸasu、kaɸaruになったようだと話しましたが、同じように、古代中国語のkhuw(口)クウは奈良時代の日本語のkuɸuになったようです。なんのことかわかるでしょうか。kuɸu(食ふ)のことです。

日本語には*kutu→kuti(口)、agi→ago(あご)という語があるので、他言語の「口・あご」は口・あごの動作を意味する語として取り入れられたようです。古代中国語のkhuw(口)だけでなく、ベトナム語のhàm(あご)ハムやタイ語のpaak(口)からもそのことが窺えます。

ベトナム語のhàm(あご)は、上あごと下あごを意味する語です。前に述べたように、日本語のハ行にはp→ɸ→hという変遷の歴史があります。これはつまり、日本語にhという音がない時代があったということです。そんな日本語の前にベトナム語のhàm(あご)のような語が現れたら、どうなるでしょうか。

奈良時代の日本語には、kuɸu(食ふ)と似た意味を持つ語として、kamuとɸamu(推定古形*pamu)がありました。kamu(噛む)は、現代の日本語でもおなじみです。ɸamu(食む)は、tuku(突く)とɸamu(食む)がくっついたtukiɸamuが変化したtuibamu(ついばむ)などの形で残っています。

どうやら、hという音がない時代の日本語では、他言語のhをkに変換したり、pに変換したりしていたようです(「深い」と「浅い」の語源は関連記事です)。

※正確を期すために補足しておくと、ベトナム語のhàm(あご)のほかに、同じくあごを意味する古代中国語のhom(頷)という語もありました。これらは互いに関係があると考えられています。そのため、奈良時代の日本語のkamu(噛む)とɸamu(食む)は、ベトナム系の言語から入った語彙なのか、シナ・チベット語族の言語から入った語彙なのか、容易には断定できません。

タイ語のpaak(口)もなかなか示唆的です。日本語にはpakupaku(パクパク)、pakuʔ(パクッ)、pakkuri(ぱっくり)のような擬態語がたくさんあり、このことが日本語の特徴としてしばしば強調されてきましたが、実はそれらの擬態語の源が普通の名詞、動詞、形容詞などであったことを示唆しています。

日本語には、シナ・チベット語族の言語とベトナム系の言語を中心として、様々な言語から語彙が流入しており、特に基礎語彙が飽和気味になることがあったと見られます。例えば、「口」を意味する語がたくさんあってもしょうがないのです。そのような溢れそうになる基礎語彙をうまく吸収する方法として、pakupaku(パクパク)のような定型形式が有効に働いたようです。擬態語も日本語が辿ってきた歴史を克明に記録しており、重要な研究対象だということです。

古代中国語のduw(豆)

古代中国語のduw(豆)は、日本語では*tubu(粒)やtubura(つぶら)のような形になったようです。古代中国語khuw(口)→kuɸu(食ふ)のケースと少し違って、古代中国語duw(豆)→*tubu(粒)、tubura(つぶら)のケースは音が濁っていますが(ɸではなくbになっています)、このようなケースも時にあったようです。古代中国語のduw(豆)は「豆」を意味していましたが、日本語のほうで意味が上記のように「丸み」に移っていったことを考えると、tuɸu/tuɸo(壺)(のちにtuboになります)やtubomu(つぼむ)、tubomi(つぼみ)も無関係ではないでしょう。

※現代の日本語のtubu(粒)は、奈良時代にはtubi(粒)でしたが、さらにその前は*tubu(粒)であったと考えられます。以前にお話ししたように、現代の日本語はア列、イ列、ウ列、エ列、オ列という5列から成っていますが、奈良時代の日本語はア列、イ列甲類、イ列乙類、ウ列、エ列甲類、エ列乙類、オ列甲類、オ列乙類という8列から成っていました。奈良時代の日本語のイ列甲類とイ列乙類が統合されて(つまり区別を失って)、現代の日本語のイ列になっています。奈良時代のtubi(粒)のbiは、イ列乙類の音でした。奈良時代のkami(神)のmiも、イ列乙類の音でした。当時の日本語を見ると、kamu-(神)という組み込まれた形が頻繁に出てきます。現代のkamikaze(神風)も、かつてはkamukaze(神風)でした。奈良時代のkami(神)は、*kamuから変化したものと考えられるのです。同じ理由で、奈良時代のtubi(粒)は、*tubu(粒)から変化したものと考えられます。奈良時代のイ列甲類とイ列乙類のうちのイ列乙類のほうは、現代のイ列とは異質な音だったようです。日本語から取り入れたと見られるアイヌ語のkamuy(神)もそのことを物語っています。

古代中国語のsaw(騷)、kæw(交)、khuw(口)、duw(豆)と、wで終わるケースを見てきたので、今度は違うケースを見てみましょう。