「深い」と「浅い」の語源

現代の日本語で「深い」と「浅い」というと、典型的には水深のことかなと思ってしまいますが、ɸuka(深)とasa(浅)のもともとの意味は少し違っていたようです。

「深い」の語源

現代の日本語に「深緑(ふかみどり)」という言い方がありますが、それはどんな緑でしょうか。ご存知のように、暗い緑です。現代ではもう主な意味ではなくなっていますが、ɸuka(深)はもともと「暗さ」を意味していたようです。奈良時代の人々は、日が沈んで暗くなっていくことをɸuku(更く)と言っていました。

「あご」を意味する古代中国語のhom(頷)やベトナム語のhàm(あご)ハムのような語が、奈良時代の日本語のkamu(噛む)とɸamu(食む)(推定古形*pamu)になったようだという話をしました。昔の日本語にhという音がないので、他言語のhをkに変換したり、pに変換したりしていたようだという話です。

これと同じようなことが起きたのではないかと考えられるのが、古代中国語のxok(黑)ホクです。xokは Baxter 2014 に示されている形ですが、あくまで中国語の一時代の一方言の形です。古代中国語の「黑」が日本語でkoku、朝鮮語でhɯkフ(ク)、ベトナム語でhắcハ(ク)という読みになっているのを見ると、時代・地域によってxokだけでなく少なくとも*xəkフクや*həkフクのようなバリエーションはあったと考えられます(子音hとxの違いについては、本記事の終わりに付した補説を参照してください)。

日本語にはhという音もxという音もなかったため、上記の古代中国語の「黑」が、ある時代には*puka(深)、*puku(更く)という形で取り入れられ(のちにɸuka(深)、ɸuku(更く)になります)、別の時代にはkoku(黒)という形で取り入れられた(古代中国語xok(黑)→音読みkokuのパターンは、古代中国語xan(漢)ハン→音読みkanや古代中国語xaw(好)ハウ→音読みkauなどと同じパターンです)というのが筆者の考えです。

※kogu(焦ぐ)、kogasu(焦がす)、kogaru(焦がる)も古代中国語のxok(黑)と関係があると見てよいでしょう。

上の話は、*pamu(食む)(のちにɸamu(食む))とkamu(噛む)の話に類似しています。やはり、日本語は他言語のhおよびそれに似ているxを、kに変換したり、pに変換したりしていたと考えられます。

ɸuka(深)がもともと、上下方向の尺度に関する語彙ではなく、明暗に関する語彙だったというのは、なかなか興味深いことです。同じように、asa(浅)も、上下方向の尺度に関する語彙ではなく、明暗に関する語彙だったようです。しかも、asa(浅)はasa(朝)と同源のようです。ɸuka(深)に続いて、asa(浅)の語源を明らかにしましょう。

 

補説

子音hとxの違いについて

現代の日本語には、子音hはありますが、子音xはありません。後者について短く説明しておきます。

重要なことですが、xはkと同じ場所で作られる音です。ka(カ)と発音してみてください。kaと発音する時には、口の中のわりと奥のほうで、まず空気が出られないように閉鎖を作り、それからその閉鎖を開放して空気を吐き出しているはずです。

これはkaの発音の仕方です。xaの発音の仕方は違います。kaと発音する時に閉鎖を作る部分がありますが、この部分を空気でこするのです。これがxaの発音の仕方です。

kaとxaを作る場所は同じで、haを作る場所はもっともっと奥のほうです。xはhに似ていますが、hと少し違う音だということを頭に入れておいてください。

 

参考文献

Baxter W. H. et al. 2014. Old Chinese: A New Reconstruction. Oxford University Press.