大和言葉(やまとことば)に潜んでいた外来語、見抜けなかったトリック(1)

以下のようなシリーズ記事になっています。

►大和言葉(やまとことば)に潜んでいた外来語、見抜けなかったトリック(1)
►大和言葉(やまとことば)と古代中国語の密接な関わり(2)
►大和言葉(やまとことば)はベトナム語やタイ語とも関係が深い(3)

シナ・チベット語族の言語やベトナム系の言語から取り入れられた語が、日本語の中になかなかわかりにくい形で存在していると書きました。いくつか例を挙げてみましょう。意外なものもあるかもしれません。ここでは、そんなことになっているのかと、大体のイメージを形成してもらえば十分です。まずは、古代中国語のkin(巾)から始めます。

古代中国語のkin(巾)

日本語では「頭巾」や「雑巾」などでおなじみですが、古代中国語のkin(巾)は「布切れ」を意味していました。英語で言えば、「a piece of cloth」といったところです。古代中国語のkin(巾)は原初的な語で、「巾」という字は「布」、「席」、「帆」のような形でもよく出てきます。

ベトナム語のđượcドゥー(ク)のような語が、uku(受く)という形とu(得)という形で取り入れられたことを思い出してください。日本語ではukのように子音で終わることはできないので、uku(受く)という形とu(得)という形に落ち着いたという話です。

古代中国語のkin(巾)も、そのままでは日本語に取り込めません。末子音を落とすか、末子音のうしろに母音を補うかしなければなりません。実際にそのようなことが行われたようです。日本語の織物・衣類関連の語彙を考えると、古代中国語のkinの末子音を落としたのがki(着)、kinの末子音のうしろに母音を補ったのがkinu(衣、絹)と見られます。ki(着)から作られた動詞がkiru(着る)です。

ちなみに、ベトナム語で「着る」を意味する語はmặcマ(ク)です。日本語のmaku(巻く)に通じる語でしょう。日本語のmaku(巻く)も、nemaki(寝巻き)などのように、もともと着ることを意味していたが、上記のkiru(着る)が一般的になったために、意味が少し変わったと考えられます。

ukが不可なので、u(得)またはuku(受く)という形に落ち着く、kinが不可なので、ki(着)またはkinu(衣、絹)という形に落ち着く、これは日本語の歴史を理解するうえで極めて重要な頻出パターンなので、頭に入れておいてください。

余談になりますが、先ほど例として挙げた「席」という漢字に「巾」が含まれているのはなぜでしょうか。それは、織ったものや編んだものを下に広げて、そこに座っていたからです。古代中国語のzjek(席)ズィエクは、そのようにして作った座る場所を意味していたのです。日本語のsiku(敷く)も、ここから来ていると見られます。語頭の濁音が清音になっています。

ベトナム語のanh(兄)

ベトナム語のanh(兄)アインに近い発音をローマ字で示せば、ainです。ベトナム語のanh(兄)のような語を昔の日本語に取り込もうとしても、ainとはできません。母音が連続し、子音で終わっているからです。母音iを落としてanにすればOKでしょうか、あるいは、子音nを落としてaiにすればOKでしょうか。anは子音で終わっており、aiは母音が連続しているので、まだ駄目です。

奈良時代の日本語には、ani(兄)とe(兄)という語がありました。どちらもおおもとは同じと考えられます。ainが不可、anも不可ということで落ち着いた先がani(兄)であり、ainが不可、aiも不可ということで落ち着いた先がe(兄)でしょう(現代の日本語で「いたい」が「いてっ」になったり、「でかい」が「でけー」になったりするように、aiがeに変わりやすいことは前に述べました)。

現代のベトナム語では、兄のことをanhアイン、姉のことをchịチーと言いますが、後者は古代中国語のtsij(姊)ツィイを取り入れたものです(「姊」の俗字が「姉」です)。クメール語(カンボジアの主要言語)のbɔɔngボーンやタイ語のphiiピーは兄と姉の両方を指しますが、同じようにベトナム語のanhもかつては兄と姉の両方を指していたと見られます。日本語のani(兄)だけでなく、ane(姉)も、ベトナム語のanhのような語がもとになっているようです。少なくとも中国語が広がる前に中国南部で話されていた言語では、英語のbrotherとsisterのように兄弟姉妹を男か女かで区別するのではなく、年上か年下かで区別するのが一般的だったといえそうです。

ちなみに、日本語のotouto(弟)はotoɸitoが古形で、これはotoとɸitoがくっついてできた語です。otoは、otu(落つ)やotoru(劣る)と同源で、「年が下であること、若いこと」を意味していました。この語は、現代の用法と違い、男だけでなく女にも用いられていました。日本語のimouto(妹)はimoɸitoが古形で、これはimoとɸitoがくっついてできた語です。万葉集のあちこちで男が愛する女性のことをimoと呼んでいますが、このimoの語源については別のところで論じることにしましょう。

昔の日本人がシナ・チベット語族の言語やベトナム系の言語の語彙を当時の日本語の発音体系に合うように変形しながら取り入れている点だけでなく、古代中国語から日本語への語彙の流入が従来考えられてきたよりも早い時代から始まっている点にも注目してください。ある時代に、漢字が取り入れられ、「巾」にはkinという音読み、「席」にはsekiという音読みが与えられましたが、その時すでに、古代中国語のkin(巾)はki、kinu、kiruという形で、古代中国語のzjek(席)はsikuという形で日本語に入っていたのです。例を追加していきます。

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