とても古い東西のつながり 1 – ユーラシア大陸の北方でなにがあったのか

シナ・チベット語族の話を続けますが、この話はインド・ヨーロッパ語族にも関係があり、まずはインド・ヨーロッパ語族のほうに目を向けます。

皆さんもご存知のように、英語は世界で広く話され、他の言語に語彙を提供する立場にあります。しかし、英語は昔からそのような立場にあったのかというと、そんなことはありません。むしろ全く逆で、英語はラテン語とその一後継言語であるフランス語から大量の語彙をもらう立場でした。ラテン語というのは、かの有名なローマ帝国の言語で、このラテン語が分化して、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、ルーマニア語などができました。現在英語が世界に広めている語彙の大部分は、ラテン語およびフランス語からもらったものです。

ラテン語とフランス語が英語に与えた影響は絶大ですが、これら以外にも英語に少なからぬ語彙を提供した言語があります。それは、古ノルド語という言語です。古ノルド語は、英語と同じゲルマン系の言語で、アイスランド語、ノルウェー語、スウェーデン語、デンマーク語などのもとになった言語です。古ノルド語はインド・ヨーロッパ語族の言語ですが、なんといっても奥地の言語であり、インド・ヨーロッパ語族の言語が到達するよりも前に話されていた言語についてもなにか伝えてくれるのではないかと期待させる言語です。

※インド・ヨーロッパ語族の言語は、もともと黒海・カスピ海の北(現在のウクライナ、ロシア南部、カザフスタンが続くあたり)かアナトリア(現在のトルコ)で話され、そこから広がっていったと考えられています(Mallory 1989、Anthony 2007、Fortson 2010、Haak 2015)。黒海・カスピ海の北か、アナトリアかということについては、論争が続いています。ここではこの問題に立ち入りませんが、筆者は言語学的、考古学的、生物学的根拠に基づいて、インド・ヨーロッパ語族の祖地は黒海・カスピ海の北であると考えています。

以前に、英語のhand(手)の語源が不明であることをお話ししました。arm(腕)とelbow(肘)の語源は明らかになっていますが、shoulder(肩)の語源も不明です。英語のhand(手)およびshoulder(肩)と同源の語は、ゲルマン系の言語には見られますが、インド・ヨーロッパ語族のその他の系統の言語には見当たらないのです。

ちなみに、足・脚はどうなっているかというと、foot(足)の語源は明らかになっていますが、leg(脚)の語源はいまひとつ不明です。英語のleg(脚)は、古ノルド語のleggr(脚、骨)を取り入れたものと考えられていますが、この古ノルド語のleggr(脚、骨)がどこから来たのかよくわかっていません。英語のcalf(ふくらはぎ)も、古ノルド語のkálfr(膝から足首までの部分)カールフルを取り入れたものと考えられていますが、この古ノルド語のkálfr(膝から足首までの部分)がどこから来たのかよくわかっていません。

実は、英語の歴史、ひいてはゲルマン系言語の歴史は、わかっていない部分が多いのです。hand(手)、shoulder(肩)、leg(脚)、calf(ふくらはぎ)のような語彙を放置しておいて、歴史が明らかになったとはとても言えません。これらに限らず、ゲルマン系の言語には、インド・ヨーロッパ語族以外の言語から入ったと見られる語彙が多いのです。ひとまずhand(手)の語源は後回しにし、shoulder(肩)、leg(脚)、calf(ふくらはぎ)の語源について考えることにします。

前に、フィンランド語käsi(手・腕)カスィ(組み込まれてkäde-、käte-)、日本語kata(肩)、朝鮮語kadʒi(枝)カヂなどの例がありました(日本語のkataは、ベトナム系の言語から入ってきた*ta(のちにte)に押されて、意味がずれたと見られます)。また、古代中国語のtsye(肢)チェとtsye(枝)チェの例もあります。このような例からして、人間・動物・植物の体を主要部分と枝分かれ部分に分けて捉える見方はかなり一般的だったと思われます。時代を大きくさかのぼれば、人類が厳密に上肢と下肢を別々の名で呼んでいたかどうかも定かでありません。とりあえず、「手足」を意味する語と「枝」を意味する語はいっしょに考える必要がありそうです。

今まで放置されてきたshoulder(肩)、leg(脚)、calf(ふくらはぎ)がどこから来たのか調べていくと、人類の奇想天外な歴史が浮かび上がってきます。日本語にも全く無関係な話ではないので、インド・ヨーロッパ語族とシナ・チベット語族の間に切り込むことにします。では、shoulder(肩)、leg(脚)、calf(ふくらはぎ)の考察に入りましょう。

 

参考文献

Anthony D. W. 2007. The Horse, the Wheel, and Language: How Bronze-Age Riders from the Eurasian Steppes Shaped the Modern World. Princeton University Press.

Fortson IV B. W. 2010. Indo-European Language and Culture: An Introduction. Wiley-Blackwell.

Haak W. et al. 2015. Massive migration from the steppe was a source for Indo-European languages in Europe. Nature 522(7555): 207-11.

Mallory J. P. 1989. In Search of the Indo-Europeans: Language, Archaeology and Myth. Thames and Hudson.