高句麗語と百済語の研究方法について(6)

3世紀に中国人が記した魏志東夷伝の中に、有名な魏志倭人伝や魏志高句麗伝があります。東夷(とうい)というのは、東方の異民族の総称です。魏志高句麗伝は、以下のように始まります。

― 高句麗在遼東之東千里 南與朝鮮濊貃東與沃沮北與夫餘接

高句麗は遼東の東千里にあり、南は朝鮮・濊貊(わいはく)と、東は沃沮(よくそ)と、北は扶余(ふよ)と接していると述べています。しばらく読んでいくと、以下の文が出てきます。

― 言語諸事多與夫餘同 其性氣衣服有異

言語や諸々のことは大体が扶余と同じだが、気性や衣服は異なるところがあると述べています。魏志東夷伝を読む限り、高句麗語、扶余語、濊貊語、沃沮語は同類と考えられます。

新羅と高句麗と百済が対立した朝鮮の三国時代が有名なので、高句麗語がよく注目されますが、その近辺にも似た言語があったのです。ただ、これらの言語は高句麗語以上に記録が乏しいので、「日本語の意外な歴史」では、高句麗語を代表言語として日本語と比較していきます。

高句麗語といえども記録が乏しいことに変わりはなく、その中からいくつかの単語を拾って日本語に似ていると主張するだけでは説得力に欠けます。そこで、「日本語の意外な歴史」では、高句麗語の分析を従来よりも精密にするために、ユニークな方法を取ります。百済語はひとまず置いておきます。

ユニークな比較方法

「日本語の意外な歴史」では当面、日本語の中にある以下の語彙を明らかにしていくと述べました。

・ウラル語族との共通語彙(U)
・消し去られたシナ・チベット系言語から取り入れられた語彙(ST1)
・古代中国語から取り入れられた語彙(ST2)
・遠くに追いやられたシナ・チベット系言語から取り入れられた語彙(ST3)
・ベトナム系の言語から取り入れられた語彙(V)
・タイ系の言語から取り入れられた語彙(T)

これらの語彙が日本語の語彙の大部分を占めていることも述べました。このような混ざり具合が日本語の起源の探求を困難にしてきましたが、このような混ざり具合こそが日本語の大きな特徴なのです。この特徴を生かします。

「日本語の意外な歴史」では、主に以下の観点から高句麗語と日本語を比べます。厳しい条件を課した比較です。

・日本語の中にあるU類の語がほぼ同じ形、同じ意味で高句麗語に出てくるかどうか。
・日本語の中にあるST1類の語がほぼ同じ形、同じ意味で高句麗語に出てくるかどうか。
・日本語の中にあるST2類の語がほぼ同じ形、同じ意味で高句麗語に出てくるかどうか。
・日本語の中にあるST3類の語がほぼ同じ形、同じ意味で高句麗語に出てくるかどうか。
・日本語の中にあるV類の語がほぼ同じ形、同じ意味で高句麗語に出てくるかどうか。
・日本語の中にあるT類の語がほぼ同じ形、同じ意味で高句麗語に出てくるかどうか。

例えば、日本語との共通語彙が見られるにしても、(1)U類の語しか出てこない場合、(2)U類とST類(またはその一部)の語しか出てこない場合、(3)U類~T類の語がまんべんなく出てくる場合では、話が違ってきます。

高句麗語と日本語が同系統だとしたら、数詞の著しい類似性からして、両者の分岐点はウラル祖語が話されていた時代(一般的な考えではBC4000年頃)よりもかなり現代に近いところにあると予想されます。前にBC2200年頃から遼河流域で砂漠化が始まったことを話しましたが、そのことを思い出してください。以下に高句麗語と日本語の関係を表す三つの基本的なモデルを示します。

分岐モデル1は、砂漠化開始後に遼河流域に残った言語が高句麗語などにつながり、南下した言語が日本語につながったとするモデルです(ここでの南下とは、山東省・江蘇省方面への南下です。古代中国はBC770年から春秋戦国時代に入り、ここから朝鮮半島や日本列島への大規模な人の移動が起こりやすい状況になっていきます)。

分岐モデル2は、砂漠化開始後に南下する途中で言語が分岐し、ある程度まで南下した言語が高句麗語などにつながり、さらに深く南下した言語が日本語につながったとするモデルです。

分岐モデル3は、砂漠化開始後に深く南下した言語が一方で高句麗語などにつながり、他方で日本語につながったとするモデルです。

モデル1と3は端的なモデルです。モデル2はそれらの中間のようなモデルです。違いは、高句麗語のもとになる言語が、遼河流域から全く南下しなかった言語か、少し南下した言語か、深く南下した言語かという点です。もしモデル1の通りなら、遼河流域から全く南下しなかった言語が高句麗語になるので、高句麗語に見られる日本語との共通語彙はU類に偏りそうです。モデル3の通りなら、遼河流域から深く南下した言語が高句麗語と日本語になるので、高句麗語に見られる日本語との共通語彙はU類~T類に広くわたりそうです。日本語の中にあるU類の語だけでなく、南方譲りのST類~T類の語が高句麗語に現れるかどうか、現れるとすればどれだけ現れるかが焦点になります。

上の図式のような細かい動態を調べるのは、まず第一に、高句麗語と日本語の関係を正確に知るためです。そして第二に、百済語が高句麗語とどのような関係にあるのか、日本語とどのような関係にあるのか、後で深く検討するためです。

まずは、日本語の語彙の大部分を占めるU類~T類の語彙を大方明らかにする必要があります。そこから、高句麗語と百済語の突っ込んだ分析が可能になります。

※朝鮮語(新羅語の後継言語)は、日本語と「近い系統関係」は考えられそうにありません。しかし、日本語が中国東海岸地域から日本列島に入る時に朝鮮半島を経由したかどうか、朝鮮半島でなにかあったかどうか考察する際には、朝鮮語と日本語の語彙を詳しく調べることが重要になります。また、東アジアの歴史を遼河文明の始まりよりも前に、つまり10000年前、15000年前、20000年前と遡ろうとする際にも、朝鮮語は貴重な存在になりそうです。