「ある」と「いる」の語源

日本語のsita(下)とsuwaru(座る)がインド・ヨーロッパ語族の「座る」と「下」に関係していることを示しました。パンチを受けたボクサーが倒れたり、尻もちをついたりするのを見て「ダウン」と言っているので、「下」と「座る」の密接な関係は比較的わかりやすかったかもしれません。

日本語のsuwaru(座る)は、すでに述べたように、suu(据う)(古形*suwu)という他動詞から作られた自動詞です。この自動詞ができる前は、wiru(ゐる)が座ること、座っていることを意味していました。現代では、wiru(ゐる)はiru(いる)になり、「(人や動物が)存在すること」を意味しています。ここで起きた「座る、座っている」→「存在する」という意味変化に注意してください。実は、この意味変化はよくあるパターンなのです。

逆のパターン、すなわち「存在する」→「座る、座っている」という意味変化もあります。例えば、ウラル語族のフィンランド語にistuaという動詞があり、座ること、座っていることを意味しています。フィンランド語のistuaは、同源の語がウラル語族のごく一部に分布しているだけなので、外来語と考えられます。インド・ヨーロッパ語族の英語is(ある、いる)、ドイツ語ist(ある、いる)、ロシア語jestj(ある、いる)イェースチ、ポーランド語jest(ある、いる)イェストゥなどと関係があると見られます。インド・ヨーロッパ語族のほうでは「存在する」という意味ですが、ウラル語族のほうでは「座る、座っている」という意味になっています。

「下」と「座る、座っている」の間に密接なつながりがあり、「座る、座っている」と「存在する」の間に密接なつながりがあるということは、つまり以下のような意味変化の経路が存在するということです。

ウラル語族の*ala(下)

前に、フィンランド語のalas(下へ)、alle(下へ)、alla(下に、下で)、alta(下から)という語を取り上げたことがありました。ハンガリー語にも、alá(下へ)アラー、alatt(下に、下で)、alól(下から)アロールという語があります。これらと同源の語は、ウラル語族全体に分布しています。今では埋没していますが、かつて「下」を意味する*alaという語があったと考えられます。ちなみに、朝鮮語にもarɛ(下)アレという語があります。フィンランド語では、「あご」はleuka、「下あご」はalaleukaです。ハンガリー語では、「あご」は állkapocs アーッルカポチュ、「下あご」は alsó állkapocs アルショーアーッルカポチュです(ちょっとわかりづらいですが、*ala(下)からalsó(下の)という形容詞が作られています)。朝鮮語では、「あご」はthɔkト(ク)、「下あご」はarɛthɔkアレト(ク)です。

日本語にも「下」を意味する*araという語があったはずだが、一体どこに行ってしまったのだろうと考えたものの、筆者はこの謎をなかなか解くことができませんでした。日本語にあったはずの*ara(下)も気になりましたが、もう一つ気になることがありました。

英語のbe動詞

英語のbe動詞の語形変化はおなじみでしょう。現在形と過去形を示します。

英語と同じゲルマン系のスウェーデン語vara(ある、いる)、アイスランド語vera(ある、いる)、ドイツ語sein(ある、いる)の語形変化も示します。



参考のために、ウラル語族のフィンランド語olla(ある、いる)の語形変化も示しておきます。

ゲルマン系言語の英語be(ある、いる)、スウェーデン語vara(ある、いる)、アイスランド語vera(ある、いる)、ドイツ語sein(ある、いる)とフィンランド語のolla(ある、いる)を見比べるとどうでしょうか。フィンランド語のほうの語形変化はまずまず整然としていますが、ゲルマン系言語のほうの語形変化はかなり雑然としています。

考えてみれば、英語のbe動詞がamに変化したり、areに変化したり、isに変化したりするのはなんとも奇妙です。主語の人称・数が変わるだけで、動詞の意味は変わりません。にもかかわらず、amに変化したり、areに変化したり、isに変化したりするのです。やはり奇妙です。

なぜ英語のbe動詞の活用表が雑然としているかというと、別々に存在していたものを合わせて一つの体系を作ったからです。インド・ヨーロッパ語族の研究者の見解は完全には一致していませんが、筆者は、 Ayto 2011 などと同様で、(1)beという形のもと、(2)amとisという形のもと、(3)areという形のもと、(4)wasとwereという形のもとという具合に、四つのもとがあると考えています(amとisが同じもとから生じたと考えられることについては後述します)。beの由来も、am/isの由来も、areの由来も、was/wereの由来も、興味深い問題です。

これらの由来は、どうやらインド・ヨーロッパ語族だけの問題ではないようです。ここで、朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語に目を向けることにします。当然、これらの言語にも英語のbe動詞や日本語のaru(ある)/iru(いる)に相当する語がありますが、そこでただならぬことが起きているのです。

 

参考文献

Ayto J. 2011. Dictionary of Word Origins: The Histories of More Than 8,000 English-Language Words. Arcade Publishing.