日本語の「手(て)」はなんと外来語だった!

日本語のude(腕)、kaina(かいな)、kata(肩)、waki(脇)がウラル語族との共通語彙であることを見てきましたが、まだ肝心の語が出てきていません。それはte(手)です。たなごころ、たづなのような語があることから、*taが古い形であると考えられます。この語は、ude(腕)、kaina(かいな)、kata(肩)、waki(脇)と違って、CVという一音節で、異彩を放っています。このCVという一音節がウラル語族の語彙といまひとつ合いません。te(手)は、別のところから来た、つまり外来語である可能性が高いのです。

日本の周辺地域の言語で「手」のことをなんと言っているか見てみましょう。

もちろんこれだけではわかりませんが、可能性のありそうな語がいくつかあります。クメール語はカンボジアの主要言語で、タガログ語はフィリピンの主要言語です。

te(手)のような最も基本的な語が外来語なのかと驚かれるかもしれません。確かに、「手」を意味する語はそう簡単に変わるものではありません。

現代の日本語のte(手)は、日本語の最古の文献が残る奈良時代から使われ続けているし、現代の中国語のshou(手)は、中国語の最古の文献が残る殷の時代から使われ続けています。

ウラル語族では、前に見た通りです。フィン・ウゴル系のほうでは、フィンランド語のkäsiカスィ(組み込まれてkäde-、käte-)およびそれと同源の語が「手」を意味していました。サモエード系のほうでは、ネネツ語のŋudaングダおよびそれと同源の語が「手」を意味していました。フィン・ウゴル系とサモエード系の間に違いはあるものの、フィン・ウゴル系とサモエード系のそれぞれの内部では「手」を意味する語は一定していました。

やはり、「手」を意味する語はなかなか変わらないといえます。

ただ、人類の言語の長い歴史の中で、「手」を意味する語が時に変わることがあったのも事実です。それは、ウラル語族のフィンランド語käsiカスィ(組み込まれてkäde-、käte-)とネネツ語ŋudaングダを見てもわかるし、シナ・チベット語族の中国語shouとチベット語 lag pa を見てもわかります。

ちなみに、巨大な言語群であるインド・ヨーロッパ語族の各言語で「手」のことをなんと言っているか調べてみると、大変興味深いことになっています。

英語で「手」のことをhandと言いますが、ゲルマン系の他の言語では、ドイツ語Hand、オランダ語hand、スウェーデン語hand、アイスランド語höndホントゥのようになっています。「手」を意味する語がなかなか変わらないことを裏付けています。

しかし、ゲルマン系以外の言語を見ると、「手」は以下のようになっています。

インド・ヨーロッパ語族全体を見渡すと、「手」を意味する語はかなりばらついています。ちなみに、ゲルマン系の英語handやドイツ語Handなどは語源が不明になっています。盛んに調べられてきたにもかかわらず、インド・ヨーロッパ語族のゲルマン系以外の言語に、対応する語が見つけられないのです。

インド・ヨーロッパ語族の各言語で「手」を意味する語は全くばらばらなわけではなく、アルバニア語dorëドル、ギリシャ語chériヒェリ、アルメニア語jeṙk’ヅェルクなどは同源と考えられており、インド・ヨーロッパ語族のおおもとの言語(印欧祖語)ではそれらの前身にあたる語が「手」を意味していたと見られています。

インド・ヨーロッパ語族の言語でも、ウラル語族やシナ・チベット語族と同様に、「手」を意味する語が時に変わることがあったのです。ただ、私たちの普通の感覚だと、「手」を意味する語が変わるというのはちょっと考えにくいことです。

ウラル語族との共通語彙ではなさそうな日本語のte(手)は、一体どこから来たのでしょうか。

手(て)の語源を知りたい方はここをクリック

手(て)、腕(うで)、肩(かた)の語源

「腕」と「肩」の語源

日本語のte(手)の語源は難解なので後回しにし、まずはウラル語族の「手」を見ることにします。ウラル語族では、手首から指先までを指す場合も、肩から指先までを指す場合も、同じ言い方をするのが普通です。日本語でも、「手が大きい」と言う時には、その「手」は手首から指先までで、「手が長い」と言う時には、その「手」は肩から指先まででしょう。それと同じ感覚です。ウラル語族では、手・腕のことを以下のように言います。

※カマス語とマトル語は死語になってしまいましたが、消滅する前の記録が残されており、研究上非常に重要なので、本ブログでも取り上げることにします。

フィン・ウゴル系内の各語は同源です。サモエード系内の各語も同源です。しかし、フィン・ウゴル系とサモエード系の間には違いがあります。

まず、フィン・ウゴル系のほうを見てみましょう。

語の発音は時代とともに少しずつ変化していきますが、フィンランド語は古い時代の発音を非常によくとどめている言語です。フィンランド語では、手・腕のことをkäsiと言います。フィンランド語のäはアとエの中間のような音で、発音記号で表すと[æ]です。

日本語では、「手」に助詞が付いて、「手の」になったり、「手に」になったりしますが、フィンランド語では、「käsi」が変化して、「käden」になったり、「käteen」になったりします。

手  käsi
手の käden
手に käteen

kädenの末尾の-nとkäteenの末尾の-enが日本語の助詞に相当する部分です。käde-およびkäte-という形が組み込まれています。昔は手・腕のことを*kädeまたは*käteと言っていたことがわかります。言語学では、昔のもとの形を推定した時には「*」という記号を付ける決まりになっています。実存が確認されたものなのか、推定されたものなのか区別するためです。フィン・ウゴル系のほうのもとの形(専門的には「祖形」といいます)は、*kädeまたは*käteであったと考えられます。

次に、サモエード系のほうを見てみましょう。

サモエード系のネネツ語、エネツ語、ガナサン語には、語頭に母音が来るのを避けるためになんらかの子音を前に補う傾向が認められます。サモエード系のその他の言語とフィン・ウゴル系の言語ではそのようなことはなく、ネネツ語、エネツ語、ガナサン語に限られた特徴です。そのことを頭に入れてサモエード系の各語を見ると、サモエード系のほうの祖形は*udaであったと考えられます。

このように、ウラル語族のフィン・ウゴル系のほうでは手・腕のことを*kädeまたは*käteと言い、サモエード系のほうでは手・腕のことを*udaと言っていたと考えられます。どちらも日本語との関係を強く示唆する形です。

ただ、ウラル語族の*kädeまたは*käte(手・腕)と日本語のkata(肩)では意味が少しずれているので、この点は考える必要があります。地理的にウラル語族の言語と日本語の間に分布しているモンゴル語、ツングース諸語、朝鮮語を見ると、モンゴル語gar(手・腕)、エヴェンキ語ŋāle(手・腕)ンガール、ナナイ語ŋāla(手・腕)ンガーラ、満州語gala(手・腕)、朝鮮語kadʒi(枝)カヂなどの語があります。ウラル語族の言語および近隣地域の言語は、日本語のkataがかつてhand、armを意味し、その後shoulderを意味するようになったことを示唆しているようにも見えます。

冷静に見て、ウラル語族の*käde/*käte(手・腕)と日本語のkata(肩)は、モンゴル語gar(手・腕)、エヴェンキ語ŋāle(手・腕)、ナナイ語ŋāla(手・腕)、満州語gala(手・腕)などと関係があるようにも見えるし、関係がないようにも見えます。しかし、英語のwater(水)の発音が「ワラ」に近くなるような例があるので、十分な検討を要します。インド・ヨーロッパ語族の古代ギリシャ語kheir(手)ケールやラテン語hir(手)もよく似ており、なんとも不思議です(ラテン語ではhir(手)ではなくmanus(手)と言うのが普通でした)。

ウラル語族の言語はかつて東アジアで話されていた

フィンランド語のkäsi(手、腕)カスィ(組み込まれてkäde-、käte-)と日本語のkata(肩)が結びついているとしたら、フィンランド語のolka(肩)はどうでしょうか(今ではolkapää(肩)オルカパーと言ったり、hartia(肩)と言ったりすることが多いですが、最も古くからある言い方はolka(肩)です)。ウラル語族の各言語で「肩」を意味する語はややまちまちですが、フィンランド語のolka(肩)は、エストニア語õlg(肩)ウッリ、サーミ語oalgi(肩)、ハンガリー語váll(肩)ヴァーッルなどと同源です。ハンガリー語の母音の上に付く斜線は、長母音であることを示します。

ヨーロッパで話されているフィンランド語やハンガリー語にはvというアルファベット文字があり、発音は英語のvと同じ、あるいはそれによく似ています。しかし、上前歯と下唇を使って発音するvは、ウラル語族全体では一般的でなく、フィンランド語のvやハンガリー語のvはもともとwであったと考えられています。このことを頭に入れると、フィンランド語のolka(肩)やハンガリー語váll(肩)の祖形は*wolkVまたは*walkVであったと考えられます(Vはそこになんらかの母音があるという意味です)。日本語でも「を」の発音がwoからoに変化したので、フィンランド語のolka(肩)は納得しやすいと思います。

身体部位を表す語は隣接部位・関連部位に意味がずれやすいということを思い出してください。ここで注目すべきは、朝鮮語のɔkkɛ(肩)オッケと日本語のwaki(脇)です(朝鮮語のɔは口の開きが大きいオ、ɛは口の開きが大きいエです)。

朝鮮語のɔkkɛ(肩)と日本語のwaki(脇)もウラル語族と同じ*wolkV/*walkVという形をもとにして、*wolkV/*walkVの二子音-lk-が同化したのが朝鮮語のɔkkɛ(肩)(子音の同化というのはよくある現象で、英語victim、フランス語victime、イタリア語vittimaのようなものです)、そして*wolkV/*walkVの二子音-lk-の一方が脱落したのが日本語のwaki(脇)であると考えられます。昔の日本語は子音の連続を許さないので、walkiとは言えず、二子音-lk-のどちらかを落とすか、あるいはそれらの間に母音を挿入して-lVk-とするかしなければなりません。

フィンランド語、ハンガリー語、朝鮮語、日本語の比較をしたので、今度はサモエード系の言語、モンゴル語、ツングース諸語を見てみましょう。「肩」を意味する語は、サモエード系の言語では、ネネツ語mərtsムルツィッ、エネツ語modjIモディイ、ガナサン語mərsɨムルスィ、モンゴル語とツングース諸語では、モンゴル語mɵrムル、エヴェンキ語mīreミール、ナナイ語mujreムイル、満州語meirenムイルンという具合です。どうでしょうか。フィン・ウゴル系の言語の「肩」は朝鮮語と日本語に通じていましたが、サモエード系の言語の「肩」はモンゴル語とツングース諸語に通じています。

このように、上肢に関する語彙を少し見ただけでも、ウラル語族の言語が日本語、朝鮮語、モンゴル語、ツングース諸語という東アジアの言語と密接な関係を持っていることがわかります。と同時に、言語学の世界で今までウラル語族の言語と東アジアの言語が本格的に比較されてこなかったことがわかります。東アジアの言語の歴史をめぐる研究が行き詰まってしまったのも、そのためなのです。

そもそも、ウラル山脈にちなんだウラル語族という名称も、中世から現代にかけての言語の分布状態に基づいて付けられたにすぎません。ウラル語族の言語は、紛れもなく、かつて東アジアで話されていた言語なのです。

「かいな」をめぐる謎、ミステリー小説のような話

日本語のwaki(脇)については考察したので、今度はフィンランド語のkainalo(脇)について考えましょう。この語はハンガリー語のhónalj(脇)ホーナイーなどと同源かどうか意見が分かれていますが、いずれにせよ、フィンランド語のkainaloは古い時代の発音をよくとどめていると考えられるので、フィンランド語のkainaloを取り上げます。

フィンランドの語源辞典(Häkkinen 2004)と同じで、筆者もkainaloは複合語であると考えています。フィンランド語には、以下のような語があります。

上のフィンランド語と下の日本語は、意味は同じですが、形の点で違いがあります。日本語の「下へ」は「下」と「へ」に切り離すことができ、「下に」、「下で」、「下から」も同様に切り離すことができます。しかし、フィンランド語のalas、alle、alla、altaは、すでに一つに融合していて、切り離すことができません。かつて「下」を意味していた語はalas、alle、alla、altaの中に埋没しています(ちなみに、朝鮮語にarɛ(下)アレという語があります)。フィンランド語で、あごはleuka、下あごはalaleukaです。フィンランドの言語学者と大体同じで、筆者は以下のように考えています。

kainalo(脇)はもともと*kainaと*ala(下)がくっついてできたのだろうということです。「*kaina」の「下」が「脇」ということになります。となると、*kainaとはなにかが問題になります。脇はなにの下にあるかというと、やはり肩の下、あるいは英語のunderarmにならって腕の下にあると考えるのが妥当です。

ここで浮上してくるのが、古代中国語のken(肩)と古代日本語のkaɸina(かひな)です(ɸという記号については、本記事の終わりに付した補説「日本語のハ行について(1)」を参照してください)。「かひな」とは上腕のことで、現代では「かいな」になっています。もうあまり使われることはなく、相撲関係者が口にするのを聞くぐらいでしょうか。日本語で「いたい」を「いてっ」と言ったり、「でかい」を「でけー」と言ったりするように、aiはeに変わりやすく、*kainaは古代中国語のken(肩)とよく合います。また、*kainaは母音の連続を許さない古代日本語にそのまま存在することはできないので、*kaina→kaɸinaあるいは*kaina→ • • • • • →kaɸinaという変遷を経たことも考えられます。

このウラル語族の*kainaと古代中国語のken(肩)と古代日本語のkaɸina(かひな)の間にもつながりがあると思われます(地理的にウラル語族の言語と中国語の間に分布しているテュルク諸語に「懐、抱きかかえる腕」を意味するトルコ語koyun、カザフ語qojənコユン、ウイグル語qojunコユン、ヤクート語xōjホーイなどの語があり、偶然の類似として片づけるのは無理があります。前に見たフィンランド語käsi(手・腕)カスィ(組み込まれてkäde-、käte-)、日本語kata(肩)、朝鮮語kadʒi(枝)カヂ、モンゴル語gar(手・腕)、エヴェンキ語ŋāle(手・腕)ンガール、ナナイ語ŋāla(手・腕)ンガーラ、満州語gala(手・腕)では、最初の母音がaまたはäでしたが、トルコ語kol(腕)、カザフ語qol(手・腕)、ウイグル語qol(手・腕)、ヤクート語xol(動物の足)ホルなどでは、最初の母音がoになっており、音の対応が認められるのです)。

しかしながら、ウラル語族と古代中国語と古代日本語の三者に共通語彙が見られることをどう説明したらよいかというのは、非常に複雑な問題です。フィンランド語のkainalo(脇)などから推定されるウラル語族の*kainaを、古代中国語からの外来語と考えるのは無理があります。中国語は、最古の王朝として広く認められ、甲骨文字で有名な殷王朝の頃から東アジアの大言語になっていきます。しかし、殷王朝の開始時期は紀元前16世紀頃、つまり3500~3600年前ぐらいであり、すでにその頃にはフィンランド語の祖先にあたる言語ははるかに離れたウラル山脈のほうで話されています(Kallio 2006)。ウラル語族の言語にはインド・ヨーロッパ語族の言語から語彙を取り入れてきた実に長い歴史があり、フィンランド語の祖先にあたる言語はどんなに少なく見積もっても4000年ぐらい前にはウラル山脈の近辺にいないと計算が合いません。殷王朝あるいはそれ以降の言語の語彙がフィンランド語などに入るといったことは考えがたいのです。ウラル語族の*kaina、古代中国語のken(肩)、古代日本語のkaɸina(かひな)という共通語彙が見られるのは、古代中国語の語彙がウラル語族と古代日本語に入ったためであるという単純な説明は成り立たないことになります。

ウラル語族と古代中国語と古代日本語の三者に見られる共通語彙の問題は、さながら本格的なミステリー小説のようですが、日本語とウラル語族の言語を集中的に比較するという当面の本筋からそれてしまうため、ひとまず棚上げします。ウラル語族と古代中国語と古代日本語の三者に見られる共通語彙もあるのだということだけおぼろげに覚えておいてください。

 

補説 日本語のハ行について(1)

「が」と「か」は、濁っているかいないかの違いがあるだけで、口の中の同じ場所で作られる音です。「ざ」と「さ」についても、「だ」と「た」についても同様です。しかし、現代の日本語では、「ば」と「は」は全然違う場所で作られています。「ば」は唇のところで作られ、「は」は喉のほうで作られています。かつては、「は」も唇のところで作られていました。「ば」はbaと発音され、「は」はɸaと発音されていました。ɸaはファミレスのファの音です。英語のように上前歯と下唇で作るのではなく、上唇と下唇で作るファです。例えば、hana(花)はɸanaと発音していました。「ɸa、ɸi、ɸu、ɸe、ɸo」は、「ファ、フィ、フ、フェ、フォ」という具合です。

 

参考文献

Häkkinen K. 2004. Nykysuomen etymologinen sanakirja. WSOY.(フィンランド語)

Kallio P. 2006. Suomen kantakielten absoluuttista kronologiaa. Virittäjä 110: 2-25.(フィンランド語)

 

言語の歴史を研究するための準備

言語の歴史を研究するには、若干の予備知識が必要です。ここでは、言語の歴史を研究するうえで重要なポイントを三つだけ押さえましょう。どれもそんなに難しいことではありません。本ブログを読み進める際の前提になります。

ポイント1 文法ではなく、基礎語彙を見る

皆さんも外国語の学習で苦労したことがあるかと思います。外国語の学習はなぜ難しいのでしょうか。それは、単に単語を置き換えるだけでは済まないからです。「持つ」を「have」に置き換えたり、「行く」を「go」に置き換えたりするだけで英語が話せるようになるなら楽ですが、実際にはそうはいきません。語法・文法で苦労するのです。

現代では外国語の文法書や辞書が売られていますが、大昔にはそのようなものはなく、文字すらありません。しかし、そのような時代から、違う言語を話す人間と人間が出会い、コミュニケーションを試みてきたのです。国家や国境がなければ、異言語を話す人間と出くわすことも多いのです。

説明のために、人工的な例を作ります。

(A)私が昨日受け取った贈り物はどこにある?
(B)どこにあるその贈り物どっち私が受け取った昨日?
(C)Where is the gift which I received yesterday?

(A)は日本語です。(C)は英語です。(B)はなんでしょうか。(B)は、今まで英語を話していた人が、日本語を話そうとした結果なのです。がんばって単語を置き換えてみたものの、日本語の語法・文法がきちんと身についておらず、英語の語法・文法を持ち込んでしまった状態です。(B)を(A)と比べると、語順が変わったり、関係代名詞が発生したり、冠詞が付いたりしていますが、フィンランド語とハンガリー語はこの(A)→(B)のような変化を過去に起こしています。実際に起きることなのです。当初おかしいと思われた言い方でも、その言い方をする人が増えると、それが「正しく」なります。

(B)には英語の単語が全くなく、これを英語と呼ぶことはできません。(B)は日本語の変種と呼ぶべきものです。(B)と(C)は語法・文法がそっくりですが、だからといって(B)と(C)が同系統の言語だとは言えないのです。(B)は(A)と同系統の言語なのです。このような事情があって、言語学者は言語の系統関係(同系統か別系統か)を調べる際に文法ではなく基礎語彙を見ます。

ただ、(A)と(B)のような言語を見た時に、なんでこんなに語法・文法が違うのだろうと考えることは重要であり、(B)と(C)のような言語を見た時に、なんでこんなに語法・文法が似ているのだろうと考えることも重要です。そこには、理由があるからです。人類の歴史において、ある人間集団が別の人間集団の言語に乗り換えるケースが多々あったことは頭に入れておく必要があります(この問題については、高句麗語と百済語、その他の消滅した言語たちの記事に、筆者の見方を詳しく示しました)。

ポイント2 意味はずれていく

「文法ではなく、基礎語彙を見る」と前に書きましたが、その基礎語彙も徐々に変化していきます。インド・ヨーロッパ語族のゲルマン系とスラヴ系の言語の例を挙げます。

英語とドイツ語はゲルマン系の言語で、特に近い関係にあります。handとHandハントゥは同源で意味が一致していますが、boneとBeinバインは同源なのに意味がずれています。

ロシア語とポーランド語はスラヴ系の言語で、特に近い関係にあります。rukaルカーとrękaレンカは同源で意味が一致していますが、plechoプリチョーとplecyプレツィは同源なのに意味がずれています。

このように、長い年月が過ぎると、意味がずれてきます。密接な関係があるなにかに意味がずれることがほとんどです。「骨」と「脚(または脛)」の間で意味がずれるパターンも、「肩」と「背中」の間で意味がずれるパターンも、よくあるパターンです。日本語の歴史を探る時にも重要になるので、覚えておいてください。身体部位を表す語は隣接部位・関連部位に意味がずれやすいです。

ちなみに、ロシア語のruka(手)、ポーランド語のręka(手)は、英語のrake(熊手、レーキ)、ドイツ語のRechen(熊手、レーキ)レヒェンに対応しています。ロシア語とポーランド語のほうは手で、英語とドイツ語のほうは落ち葉をかき集めたり、地表を整えたりする道具です。

ポイント3 組み込まれている形は古い形

現代の日本語には目という語があり、「め」と読みます。しかし、まなこ、まつげのような語もあります。このような場合、目はもともと「ま」で、それが「め」に変化したと考えられます。昔の日本語には、「の」と同じような働きをする「な」および「つ」という助詞がありました。助詞の「な」が「ま」と「こ」をつないで「まなこ」が作られ、助詞の「つ」が「ま」と「け」をつないで「まつげ」が作られました。そして、裸の「ま」は「め」に変化したが、組み込まれた「ま」はそのまま残ったというわけです。

人間の言語では、このような現象がよく起きます。組み込まれた形は往々にして古い形を示しているということを覚えておいてください。

これで準備は整いました。いよいよ、日本語とウラル語族およびその他の言語の語彙比較に入ります。基礎語彙の中でも特に変わりにくい身体に関する語彙と自然に関する語彙を中心に見ていきます。身体に関する語彙は、人間の体を上肢、胴体、下肢、頭部の四つに区分し、この順番で調べていきます。