日本語の意外な歴史

これまで知られてこなかった日本語の起源、日本語の歴史について語っていきます。私たちが使っている言葉には、驚くべき人類の軌跡が隠されています。

「言(こと)」と「事(こと)」の関係でお話ししたように、古代日本語のkotoが話を意味していたとすると、kotobaという語もよく理解できます。岩波古語辞典(大野1990)が述べているように、kotoにɸa(端)をくっつけたのがkotobaと考えられます。kotoは口から発せられるもの全体、kotobaはその断片といったところでしょう。現代ではkotobaに「言葉」という漢字が当てられていますが、kotobaの語源は上の通りです。

※物の端部はɸa(端)ともɸasi(端)とも呼ばれました。人類の言語では物の端部を意味する語は開始または終了を意味する語と関係していることが多く、ɸasi(端)はɸazimaru(始まる)とɸazimu(始む)(前者が自動詞で、後者が他動詞です)と関係があると見られます。物の端部を意味したり、終了を意味したりしている英語のendとは逆のケースです。

*kutu(口)から、話すことを意味するkataruと話を意味するkotoが作られたと述べましたが、奈良時代の日本語には、kataru(語る)という語はありますが、ɸanasu(話す)という語はありません。おそらく、後の時代にhanatu(放つ)の別形であるhanasu(放す)からhanasu(話す)が作られたと思われます。古代中国語に「放言」(好き勝手な発言を意味します)という言い方があったり、日本語に「言い放つ」という言い方があったりするのを見ると、その可能性が高いです。hanasuはもともと、「話す」のほかに「咄す」とも書かれ、おしゃべりしたり、雑談したりすることを意味していました。

※古代中国語のpjang(放)ピアン(現代の中国語ではfang(放)ファン)が日本語のɸanatu(放つ)/ɸanasu(放す)、さらにhanatu(放つ)/hanasu(放す)になったと見られます。

kataru(語る)とhanasu(話す)に言及したからには、iu(言う)にも言及しないといけないでしょう。iu(言う)は奈良時代の時点ではiɸu(言ふ)です。古代中国語のkhuw(口)クウからkuɸu(食ふ)が作られたことや、古代日本語の*kutu(口)からkataru(語る)が作られたことを思えば、まず「口」からiɸu(言ふ)が作られた可能性を考えたくなります。ここで注目されるのが、朝鮮語のip(口)です。定説となっている日本語のハ行のp→ɸ→hという変遷を考慮に入れると、朝鮮語のip(口)は奈良時代の日本語のiɸu(言ふ)と完全に合致します(日本語のハ行のp→ɸ→hという変遷については、消えた語頭の濁音の補説を参照してください)。

すことは口で行う重要な動作で、古代日本語の*kutu(口)からkataru(語る)が作られたことは十分理解できます。食べることも口で行う重要な動作で、古代中国語のkhuw(口)からkuɸu(食ふ)が作られたことも十分理解できます。朝鮮語のip(口)は日本語に入って、「話す」のような語になることも、「食べる」のような語になることもあったのではないかと思われます。

筆者がなぜそう考えるかというと、奈良時代の日本語にiɸi(飯)という語があったからです。mesi(飯)やgohan(ご飯)が一般的になり、iɸi(飯)は廃れてしまいました。mesi(飯)は、kuɸu(食ふ)などの尊敬語であるmesu(召す)から作られた語ですが、同じように、奈良時代の日本語のiɸi(飯)も、食べることを意味したiɸuのような動詞から作られた可能性があります。iɸuのような動詞が「話す」のような意味と「食べる」のような意味を両方持つのは都合が悪く、iɸi(飯)という語を残しつつ、「食べる」のような意味は捨てられたのかもしれません(kuɸu(食ふ)などによる圧迫があったかもしれません)。こうすれば、iɸu(言ふ)とiɸi(飯)が残ります。

朝鮮語のip(口)が日本語に入ったことは間違いないでしょう。こうなると、朝鮮語と日本語の間にいつどこでなにがあったのかと考えたくなりますが、ここではその問題に立ち入らず、先に進むことにします。



補説

「吐く」と「吸う」


「食べる」と「話す」は口で行う代表的な動作ですが、「吐く」と「吸う」も無視できません。「吐」と「吸」という漢字にもちゃんと「口」が入っています。日本語のhaku(吐く)(古形ɸaku(吐く))とsuu(吸う)(古形suɸu(吸ふ))が「口」から来ている可能性も考えなければなりません。

ɸaku(吐く)のほうは、タイ系言語のタイ語のpaak(口)のような語から来たものでしょう。タイ語のpaak(口)のような語は、一方でpakupaku(パクパク)、pakuʔ(パクッ)、pakkuri(パックリ)のような擬態語になり、他方でɸaku(吐く)になったと見られます。aをuに変える母音交替によって作られた類義語はこれまでにもいくつか見てきましたが、ɸaku(吐く)とɸuku(吹く)もそうでしょう。

suɸu(吸ふ)のほうは、ウラル語族のフィンランド語のsuu(口)のような語も含めて、直接あるいは間接的に関係のありそうな語が北ユーラシアに大きく広がっており、状況が単純でないため、別のところで考察することにします。

古代中国語khuw(口)、朝鮮語ip(口)、タイ語paak(口)、フィンランド語suu(口)のように並べてみると、印象的です。



参考文献

大野晋ほか、「岩波 古語辞典 補訂版」、岩波書店、1990年。


ウラル語族のフィンランド語のasia(こと)やハンガリー語のügy(こと)ウジは「足・脚」から来ているようだとお話ししましたが、日本語のkoto(こと)は「口」から来ているようです。

*kutu(口)から始まる

岩波古語辞典(大野1990)が述べているように、馬を制御するために馬にくわえさせる道具をkutubami(轡)あるいはkutuwa(轡)と呼んでいましたが、ここに組み込まれているkutu-がkuti(口)の古形を示していると考えられます。

前に、古代中国語のkhuw(口)クウが日本語のkuɸu(食ふ)になったことをお話ししました(詳細については、大和言葉(やまとことば)と古代中国語の密接な関わりおよび大和言葉(やまとことば)はベトナム語やタイ語とも関係が深いを参照してください)。口が果たす重要な機能の一つは「食べる」ことなので、これは理解できます。しかし、口が果たす重要な機能がもう一つあります。それは「話す」ことです。古代日本語の*kutu(口)は、話すことを意味するkataruと、話を意味するkotoという語を生み出したようです。

ここでの重要なポイントは、昔の日本語が、*kutu(口)からkataruを作ったり、kotoを作ったりというように、時に母音を変えながら語彙を構築していたということです。少しほかの例も見ておきましょう。

タイ語のnaam(水)と日本語のnomu(飲む)

前に、タイ語のnaam(水)のような語が日本語に入ったことをお話ししました(不思議な言語群を参照)。日本語にはmidu(水)という語があったので、タイ語のnaam(水)のような語は「水」を意味することができず、nami(波)やnama(生)のような形で日本語に入りました。タイ語のnaam(水)のような語は、ツングース諸語では満州語のnamu(海)などになり、日本語ではnami(波)になりました。nama(生)は、「(焼いたり、干したりしておらず)水っぽい、水分を含んでいる」という意味です。

タイ語のnaam(水)のような語は、日本語では「水」を意味することができず、nami(波)やnama(生)になりましたが、それだけでなく、母音交替を通じて、numa(沼)やnomu(飲む)にもなったと見られます。世界の言語を見渡すと、「水」と「水域(川、海、湖、沼など)」の間に密接な関係があるのはもちろんですが、「水」と「飲む」の間にも密接な関係があります。

例えば、インド・ヨーロッパ語族には、英語のwater(水)のような語とラテン語のaqua(水)アクアのような語があります。英語のwater(水)とラテン語のaqua(水)は同源ではありません。英語ともラテン語とも非常に遠い関係にあるヒッタイト語を見ると、watar(水)という語とekuzi(飲む)という語があります。ヒッタイト語のwatar(水)は英語のwater(水)と同源で、ヒッタイト語のekuzi(飲む)はラテン語のaqua(水)と同源です。

現代の私たちはいろいろな飲み物を飲んでいますが、遠い昔は飲み物といえば水だったでしょう。「水」と「飲む」の間の密接な関係は当然といえます。タイ系言語のほうにすでにタイ語のnaam(水)に似たnuumやnoomのような形が存在した可能性もゼロではありませんが、いずれにせよタイ語のnaam(水)が日本語のnomu(飲む)に関係していることは間違いないと思われます。

岩波古語辞典(大野1990)が述べているように、*ta(手)→toru(取る)という母音交替もあったでしょう。ひょっとしたら、*ma(目)→miru(見る)やya(矢)→*yiru(射る)も母音交替の一種として考えられるかもしれません

昔の日本語では、このようなことが行われていたようなのです。

再び*kutu(口)へ

*kutu(口)から作られたと考えられるkataruは意味があまり変わりませんでしたが、kotoは意味が明らかに変わりました。下の説明では、昔の日本語を「koto」と書き、今の日本語を「コト」および「ハナシ」と書きます。kotoはもともと現代の日本語のハナシのような語だったが、そこから現代の日本語のコトのような語に変わっていったようです。下の図のような変化が起きたのです。言い換えれば、kotoは英語のspeech/storyのような語だったが、そこから英語のthing/matterのような語に変わっていったということです。

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例えば、日本語では(A)のように言うこともできるし、(B)のように言うこともできます。

(A)佐藤さんが亡くなったハナシは聞きました。みんなにはもう知らせました。
(B)佐藤さんが亡くなったコトは聞きました。みんなにはもう知らせました。

このように、現代の日本語のハナシの意味領域と現代の日本語のコトの意味領域にはつながりがあります。昔の日本語のkotoはハナシの意味領域(speech/storyの意味領域)からコトの意味領域(thing/matterの意味領域)に移っていったのです。奈良時代のあたりは移行期で、そのために当時の日本語のkotoは漢字で「言」と書かれたり、「事」と書かれたりしていたと考えられます。

奈良時代のkotoがこのようなものであるとわかったところで、今度は同じ奈良時代のkotobaという語をどのように解釈したらよいか考えましょう。



参考文献

大野晋ほか、「岩波 古語辞典 補訂版」、岩波書店、1990年。


語根aj-

ast-、as-、at-およびjalk-、jal、jak-という語根から、ウラル語族と日本語で足・脚に関係する様々な語が作られているのを見ました。ウラル語族と日本語の足・脚に関係する語彙を見渡すと、もう一つ見逃せない語根があります。それは、aj-という語根です(jは日本語のヤ行の子音です)。

例えば、フィンランド語にはajaaという動詞があります。名詞形はajoです。ajaa/ajoは単純に訳しづらいですが、基本的に進むこと、進ませることを意味する語です。ただ、普通は人間の歩行を意味することはなく、乗り物や物事の進行を意味します。現代のフィンランド語では、車の運転を言うことが多いです。「 ajaa autoa 」は「車を運転する」という意味です。

サモエード系の言語では、aj-という語根がもっと具体的な語に現れます。足・脚を意味するネネツ語ŋe
ンゲ、エネツ語ŋoンゴ、ガナサン語ŋojンゴイ、カマス語ujyウイ/yjyイイは最たるものです。ネネツ語、エネツ語、ガナサン語には、語頭に母音が来るのを避けるために子音を前に補う傾向があるので、これらの頭子音は差し引いて考える必要があります。つまり、ネネツ語ではe、エネツ語ではo、ガナサン語ではojオイのような形を考える必要があります。上記の足・脚を意味する語は、かつて*ajまたは*ajVのような形をしていたと考えられます。

人間の言語の進化、足・脚から始まる語彙形成の記事で説明したように、「足・脚」からは、歩いて行かせること、進めることを意味する語、さらに抽象化して、「使う」や「する」のような語が生まれてきます。ウラル語族では、足・脚に関係する語を生み出す(1)ast-、as-、at-、(2)jalk-、jal-、jak-、(3)aj-という語根から、「お使い、用事、仕事、こと」のような語が生まれているケースが目立ちます。フィンランド語のasia(こと)は(1)から来ていると考えられるもので、ハンガリー語のügy(こと)ウジは(3)から来ていると考えられるものです(前にフィンランド語のjalka(足、脚)ヤルカとハンガリー語のgyalog(歩いて、徒歩で)ジャログという語を挙げましたが、ハンガリー語のügy(こと)のgyの部分もかつてjであったと考えられます)。

このように、aj-という語根から、ウラル語族では足・脚に関係する様々な語が作られています。では、この語根から、日本語ではどのような語が作られたのでしょうか。該当しそうなのは、ayumu(歩む)です。

ただ、上記のaj-という語根には、気がかりな点があります。中央アジアを中心として中東方面、ウラル山脈方面、ヤクート地方方面、中国方面に広がっているテュルク系言語に、トルコ語ayak、タタール語ayak、バシキール語ayaqアヤク、カザフ語ayaqアヤク、ウイグル語ayaqアヤクのような語があり、足・脚を意味しているのです。テュルク系言語の現在の分布域はあくまで現在の分布域であり、「心(こころ)」の語源の記事で示したように、テュルク系言語はかつては中国東海岸近くにも分布し、同地域にいた日本語に影響を与えていたと見られます。

なにが言いたいかというと、日本語のayumu(歩む)は、上に示したフィンランド語ajaa(進む、進ませる)、ハンガリー語ügy(こと)、ネネツ語ŋe(足、脚)などと同源である可能性が高いが、日本語とウラル語族のこれらの語は、遼河文明の言語から来ているのではなく、テュルク系言語から来ているかもしれないということです。広く分布していたテュルク系言語が一方でウラル語族に、他方で日本語に語彙を提供したということも考えられるのです。インド・ヨーロッパ語族ほどではないにせよ、テュルク系言語もウラル語族と日本語の両方に影響を与えていたようです。ウラル語族と日本語に目を向けているだけでは駄目で、並行して周囲の言語にも目を向けなければならないことを示すよい例といえるでしょう。

※フィンランド語のaika(時、時間)も、テュルク系言語で「足・脚」を意味しているトルコ語ayakのような語から来ていると見られます。その一方で、ハンガリー語のidő(時、時間)イドーも、インド・ヨーロッパ語族で「歩いて進むこと」を意味しているロシア語idtiイッチー(語幹id-)のような語と関係があると見られます。やはり、「足・脚」と「時」の間には密接なつながりがあるようです。古代中国語のtsjowk(足)ツィオウクが日本語のtoki(時)になったのは、ごくありふれた現象といえそうです(「時(とき)」と「頃(ころ)」の語源を参照)。

このブログは、漢語流入前の日本語(大和言葉)の大部分が遼河文明の言語の語彙、黄河文明の言語の語彙、長江文明の言語の語彙でできているというところから話を始めたので、これまでテュルク系言語とモンゴル系言語を取り上げる機会があまりありませんでしたが、どちらも東アジアの言語の歴史、北ユーラシアの言語の歴史を考えるうえで非常に重要なので、これからはテュルク系言語とモンゴル系言語も積極的に取り上げていきます。

(1)ast-、as-、at-という語根、(2)jalk-、jal-、jak-という語根、そして(3)aj-という語根を見てきました。「足・脚」から様々な語彙が生まれてくることを示しましたが、フィンランド語のasia(こと)やハンガリー語のügy(こと)のような語が生まれてくるのはなんとも驚きです。考えてみれば、「こと」のような極度に抽象的な語が最初からあったはずはなく、具体的ななにかが語源になっているはずです。フィンランド語のasia(こと)やハンガリー語のügy(こと)は「足・脚」から来ているようですが、日本語のkoto(こと)はどうでしょうか。どうやら、日本語のkoto(こと)は「足・脚」から来ているわけではないようです。



日本語のmono(もの)の語源については、以下の記事に記されています。

「物(もの)」と「牛(うし)」の語源、西方から東アジアに牛を連れてきた人々

日本語にkuru(来る)という動詞があります。この動詞もaruku(歩く)やiku(行く)のように移動を表しますが、話し手またはその他のなんらかの基準に近づく移動であるという使用条件があります。

日本語に「こっち来い」、英語に「 Come here 」という言い方があるので、同じ言い方が人類の言語に普遍的に存在すると思ってしまいそうですが、そうでもありません。ロシア語とポーランド語の例を見てみましょう。だれかを自分のほうに呼び寄せる時、つまり日本語なら「こっち来い」、英語なら「 Come here 」と言うところで、ロシア語とポーランド語では以下のように言います。

ロシア語 Idi sjuda. イディースュダー
ポーランド語 Chodź tu. ホチュトゥ

ロシア語のsjudaとポーランド語のtuは英語のhereに相当する語ですが、問題はその前です。ロシア語のidiはidtiイッチーという動詞の命令形で、ポーランド語のchodźはchodzićホヂチュという動詞の命令形です。実はロシア語のidtiとポーランド語のchodzićは、単に「歩くこと、歩いて進むこと」を意味する動詞なのです。その意味で、英語のwalkやgoに近い動詞といえます。

要するに、日本語と英語では、話し手またはその他のなんらかの基準に近づく移動であるという使用条件がある専用の動詞(kuru、come)を用いて人を呼び寄せているのに対して、ロシア語とポーランド語では、単に歩くこと、歩いて進むことを意味する動詞(idti、chodzić)を用いて人を呼び寄せているのです。

人類に古くからあるのは、日本語・英語方式でしょうか、それとも、ロシア語・ポーランド語方式でしょうか。人間の言語の自然な発達を考えれば、まず足・脚を意味する語ができ、そこから足・脚を動かして進むことを意味する語ができ、この足・脚を動かして進むことを意味する語を用いて人を呼び寄せていたと予想されます。つまり、ロシア語・ポーランド語方式です。現代の人類の言語に存在する日本語のkuruや英語のcomeのような語の多くは、もともと単に歩くこと、歩いて進むことを意味し、そこから意味が限定されていった可能性が高いです。

唯一のカ行変格活用動詞であるku(来)の特殊な点とは?

奈良時代の動詞のku(来)は、カ行変格活用と呼ばれる変則的な活用をしました。カ行変格活用は上二段活用に似ています。以下に、カ行変格活用動詞のku(来)と上二段活用動詞のoku(起く)の活用表を示します(イ列甲類とイ列乙類の違いには目をつむっています)。カ行変格活用動詞はku(来)だけですが、上二段活用動詞はoku(起く)を含めていくつもあります。

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違うのは、未然形と命令形です。前に、奈良時代の動詞の全活用パターン(四段活用、上一段活用、上二段活用、下二段活用、カ行変格活用、サ行変格活用、ナ行変格活用、ラ行変格活用)を示し、明らかに未然形のばらつきが大きいことを指摘しました(「あらかじめ(予め)」とは?を参照)。そして、連用形、終止形、連体形、已然形、命令形は、未然形より後にそれぞれかなり画一的な方法で作られたのではないかと推測しました。特に、命令形は未然形と密接な関係にあることが明らかです。

カ行変格活用動詞のku(来)にしても、まずkoという形があり、そこから上二段活用動詞と同じような手順で他の形を作っていったと考えると、しっくりきます。しかし、このkoという形ですが、ものすごい異物感があります。奈良時代の動詞で未然形がoで終わっているのは、ku(来)の未然形のkoだけなのです。

当然、筆者はkoという形が外から(他言語から)入ってきた可能性を考えました。冒頭の日本語、英語、ロシア語、ポーランド語のような例を考慮に入れながら、筆者が怪しいと思ったのは、古代中国語のkhjo(去)キオでした。この語は、ある時代にkoとkyoという音読みで日本語に取り入れられました。

中国語の「去」は、もともと「去る」という意味の動詞でしたが、現代では「行く」という意味で使われることが圧倒的に多いです。いつごろから「行く」という意味で使われているかというと、これがかなり古いのです。少なくとも、奈良時代と同時代の唐の時代にはすでに、「行く」という意味で使われています。奈良時代よりいくらか前に古代中国語のkhjo(去)がkoという形で日本語に入り、これが奈良時代の日本語のku(来)のもとになったと見られます。ちなみに、現代の日本語のoide(おいで)はidu(出づ)から来ています。

奈良時代の日本語のku(来)だけでなく、古代中国語のloj(來)ライも、もともとの意味は「歩くこと、歩いて進むこと」だった可能性があります。古代中国語のloj(來)の語源について論じるには大がかりな準備が必要なので、機会を改めて論じることにします。

※「要」は「かなめ」と読みます。kaname(要)はもともと、扇子が開いたり閉じたりする時に根元を留めている金具を意味していました。金具がカニの目に似ているということで、kaninomeと呼ばれていましたが、それが変化していき、kanameになりました。

語根jalk-、jal-、jak-

ウラル語族と日本語で足・脚に関係する語を生み出しているast-、as-、at-という語根を見たので、今度はjalk-、jal-、jak-という語根を見てみましょう(jは日本語のヤ行の子音です)。

ast-、as-、at-という語根は、日本語のasi(足、脚)とato(跡)を生み出している語根です。jalk-、jal-、jak-という語根は、フィンランド語のjalka(足、脚)とjälki(跡)ヤルキを生み出している語根です。このjalk-、jal-、jak-という語根から、日本語ではどのような語が作られたのでしょうか。日本語ではjalk-のような子音連続は不可能なので、jal-またはjak-という形で現れることになります。

jalk-、jal-、jak-という語根から作られた足・脚に関係する日本語として真っ先に思い浮かぶのは、すでに詳しく説明しましたが、「人を歩いて行かせること」を意味した奈良時代のyaru(遣る)です。

※現代の日本語に「やって来る」という言い方があるので、yaruは「歩かせる」という意味だけでなく、「歩く」という意味で用いられることも歴史上のどこかであったかもしれません。

jal-に対応するのがyaru(遣る)なら、jak-に対応するのはなんでしょうか。昔の日本語は、amai(甘い)とumai(うまい)、asai(浅い)とusui(薄い)などから窺えるように、母音を変えて新しい語を作り出していました。このことを考慮に入れると、奈良時代のyuku(行く)が該当しそうです。筆者は、日本語にyuku(行く)という語が存在する前に*yakuという語があったと考えています。

実は、奈良時代の日本語には、yakuyaku(やくやく)という語がありました。「だんだん、次第に、徐々に」という意味です。時代とともに形と意味が変化し、yakuyaku(やくやく)という形はyouyaku(ようやく)という形になり、「だんだん、次第に、徐々に」という意味は「やっと、ついに」という意味になりました。

英語のgradually(だんだん、次第に、徐々に)は、もとを辿ればラテン語のgradus(一歩)/gradior(歩く)から来ています。奈良時代の日本語のyakuyaku(やくやく)の語源も、同じようなものでしょう。すなわち、「足を踏み出すこと」を意味した*yakuから作られたと見られます。そして、この*yakuから類義語としてyuku(行く)が作られたのでしょう。

jalk-、jal-、jak-という語根から、日本語ではyaru(遣る)、*yaku、yuku(行く)が作られたということです。筆者は、奈良時代の日本語のye(枝)の古形として考えられる*ya(枝)(昔の日本語にエ列がなかったと考えられることは本ブログで再三お話ししています)も、jalk-、jal-、jak-という語根から作られたのではないかと考えています。奈良時代の日本語のye(枝)は、樹木の枝だけでなく、人間・動物の手足も意味していたからです。日本語に限らず、「手足」と「枝」の間には密接な関係があります。古代中国語のtsye(肢)チエとtsye(枝)チエもそうです。

ast-、as-、at-という語根からasi(足)が作られましたが、asi(足)という形のほかに少ないながらa(足)という形も使われていました。したがって、ast-、as-、at-という語根からa(足)が生まれたのと同様に、jalk-、jal-、jak-という語根から*ya(枝)が生まれた可能性はあるのです。日本語ではas、at、yar、yakという形は認められないので、子音を落としてa、yaという形にするか、母音を補ってasV、atV、jarV、jakVという形にすることになります。

筆者が行っている作業を見ればわかると思いますが、ウラル語族の語彙と日本語の語彙を観察しながらこうではないかああではないかと「語根あるいは祖形」を推定し、その「語根あるいは祖形」から「ウラル語族の語彙」に至るところ、その「語形あるいは祖形」から「日本語の語彙」に至るところに規則性を見出そうとしています(実際には、ウラル語族の語彙と日本語の語彙だけでなく、周辺地域の言語の語彙も十分に見ながら語根あるいは祖形を推定しています)。これが、言語の系統関係を調べる歴史言語学(比較言語学)の重要なポイントです。「ウラル語族の語彙」と「日本語の語彙」の間というより、「語根あるいは祖形」から「ウラル語族の語彙」に至るところ、「語根あるいは祖形」から「日本語の語彙」に至るところに規則性を見出すのです。言語の系統関係の証明は、下の図の赤い矢印の部分になんらかの規則性が認められるかどうか、青い矢印の部分になんらかの規則性が認められるかどうかにかかっているのです。

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上では、例として、jalk-、jal-、jak-という語根からフィンランド語でどのような語が作られたか、日本語でどのようなが語が作られたか示しました。この例だけ見ると単純な話に思えますが、それはフィンランド語と日本語が遠い昔の発音を非常によく保存している言語だからです。フィンランド語は、ウラル語族の言語の中で遠い昔の発音を一番よく保存している言語です。日本語は、語中の子音連続を残すことができないという不利な点はありますが、この点を除けば、フィンランド語並みに遠い昔の発音をよく保存している言語です(誤解のないように言っておくと、日本語は、遠い昔から持っている語に関して、発音をよく保存しているということです。古代中国語やベトナム系言語などから取り入れた語は別問題です。古代中国語やベトナム系言語などの発音体系は日本語の発音体系と著しく異なるので、語が古代中国語やベトナム系言語などから日本語に入る時には発音が大きく変わってしまうことがよくあります)。

しかし、すべての言語が遠い昔の発音をよく保存しているわけではありません。そのため、単純に判断できないケースも出てきます。例えば、ウラル語族のサモエード系のネネツ語に「足を踏み出すこと、一歩」を意味するjeŋgaイェンガという語があります。この語がjelgaやjegaのような形だったら、先ほどのjalk-、jal-、jak-という語根にすぐに結びつけられそうですが、実際にはjeŋgaです。ネネツ語のjeŋgaが、上で見たフィンランド語のjalka(足、脚)、jälki(跡)や日本語のyaru(遣る)、*yaku、yuku(行く)と同じように、jalk-、jal-、jak-という語根から来ているのかどうかというのは、微妙な問題です。ネネツ語のjeŋgaの件は、ウラル語族やインド・ヨーロッパ語族の歴史を考えるうえで重大な問題をはらんでいるので、後で再び取り上げることにし、ひとまず先に進みます。

iku(行く)の古形であるyuku(行く)の語源が明らかになったので、今度はkuru(来る)の古形であるku(来)の語源を明らかにしましょう。

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