日本語の起源と歴史に興味を持つすべての方へ

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こんにちは。金平譲司と申します。ここに「日本語の意外な歴史」と題するブログを立ち上げました。

このブログは、日本語ならびに日本語と深い関係を持つ言語の歴史を解明するものです。言語学者だけでなく、他の分野の専門家や一般の方々も読者として想定しています。

謎に包まれてきた日本語の起源

日本語はどこから来たのかという問題は、ずいぶん前から様々な学者によって論じられてきましたが、決定的な根拠が見つからず、大いなる謎になってしまった感があります。しかしながら、筆者の研究によってようやくその全貌が明らかになってきたので、皆さんにお話ししようと思い立ちました。

日本語は、朝鮮語、ツングース諸語(エヴェンキ語、満州語など)、モンゴル諸語(モンゴル語、ブリヤート語など)、テュルク諸語(トルコ語、中央アジアの言語など)と近い関係にあるのではないか、あるいはオーストロネシア語族(台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシア、オセアニアなどの言語から成る言語群)と近い関係にあるのではないかというのが従来の大方の予想でしたが、これらの予想はポイントを外しています。

中国語を見て全く違うと感じた日本人が、日本語は北方の言語と関係があるのではないか、南方の言語と関係があるのではないかと考えたのは、至極当然のことで、北方の言語と南方の言語に視線を注ぐこと自体は間違っていません。問題なのは、北方のごく一部の言語と南方のごく一部の言語に関心が偏ってしまったことです。

上記の言語のうちで、朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語は、日本語によく似た文法構造を持つことから、日本語に近縁な言語ではないかと盛んに注目されてきました。同時に、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語は、互いに特に近い関係にあるとみなされ、いわゆる「アルタイ語族」という名でひとまとめにされることがしばしばありました。日本語の起源をめぐる議論は、このような潮流に飲まれていきました。

しかしながら、筆者がこれから明らかにしていく歴史の真相は、かなり違います。日本語は、朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語と無関係ではないが、別の言語群ともっと近い関係を持っているようなのです。

実を言うと、筆者は日本語やその他の言語の歴史に興味を持つ人間ではありませんでした。筆者は若い頃にフィンランドのヘルシンキ大学で一般言語学や様々な欧州言語を学んでいましたが、その頃の筆者の興味は言語と思考の関係や外国語の学習理論などで、もっぱら現代の言語に関心が向いていました。歴史言語学の講義もありましたが、特に気に留めていませんでした。

筆者が言語の歴史について真剣に考えるようになったきっかけは、ロシアの北極地方で少数民族によって話されているサモエード諸語との出会いでした。サモエード諸語は、フィンランド語やハンガリー語と類縁関係にある言語です。フィンランド語とハンガリー語はヨーロッパの中では異色の存在で、北極地方の少数民族の言語と類縁関係を持っています。フィンランド語、ハンガリー語、サモエード諸語などから成る言語群は、「ウラル語族」と呼ばれます。

言語学者が使う「語族」という用語について若干説明しておきます。私たちが万葉集や源氏物語の言葉を見ると、「読みにくいな」と感じたり、「なにを言っているのかわからないな」と感じたりします。言語は時代とともに少しずつ変化しています。言語は単に変化するだけでなく、分化もします。ある程度広い範囲で話されている言語には、地域差が生じてきます。

この地域ごとに少しずつ異なる言葉が方言です。しかし、これらの方言が地理的に隔たってさらに長い年数が経過すると、最初は小さかった方言同士の差が大きくなっていき、やがて意思疎通ができないほどになります。

あまりに違いが大きくなれば、もう方言ではなく、別々の言語と言ったほうがふさわしくなります。一律の学校教育やマスメディアが発達していない時代には、この傾向は顕著です。ある言語が別々の言語に分化するのです。分化してできた言語がさらに分化することもあります。言語学では、おおもとの言語と分化してできた諸言語をまとめて「語族」といいます。世界で最もよく知られている語族は、インド・ヨーロッパ語族と呼ばれる語族で、英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語などはこの語族に属します。例えるなら、イヌ、オオカミ、キツネ、タヌキが共通祖先を持っているように、英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語は共通祖先を持っているということです。

日本語とウラル語族

英語などが属するインド・ヨーロッパ語族は巨大な言語群ですが、フィンランド語やハンガリー語が属するウラル語族はこじんまりとした言語群です。ウラル語族の言語は、ロシアの北極地方から北欧・東欧にかけて分布しています。地理的に遠く離れているので、ウラル語族の言語は一見したところ東アジアの言語、特に日本語とはなんの関係もないように見えますが、実はここに大きな盲点があります。日本語の歴史を考えるうえで大変重要になるので、ウラル語族の話を続けます。以下にウラル語族の内部構造を簡単に示します。

ウラル語族の言語を研究する学者の間に意見の相違がないわけではありませんが、上の図は従来広く受け入れられてきた見方です。ウラル語族の言語は、まずフィン・ウゴル系とサモエード系に分かれ、フィン・ウゴル系はそこからさらにフィン系とウゴル系に分かれます。フィンランド語はフィン系に属し、ハンガリー語はウゴル系に属します。サモエード系の言語は、ロシアの北極地方に住む少数民族によって話されています。現在残っているサモエード系の言語はネネツ語、エネツ語、ガナサン語、セリクプ語の四つのみで、特に後の三つは消滅の危機にあります。

サモエード系の言語は、フィンランド語やハンガリー語と同じウラル語族の言語ですが、フィンランド語やハンガリー語とは文法面でも語彙面でも著しく異なっています。同じ言語から分かれた言語同士でも、別々の道を歩み始め、何千年も経過すれば、似ても似つかない言語になってしまいます。特に、サモエード系の言語が辿った運命とフィンランド語・ハンガリー語が辿った運命は対照的です。サモエード系の言語は、北極地方にとどまり、他の言語との接触が比較的少なかったために、昔の姿をよく残しています。それに対して、フィンランド語とハンガリー語は、有力な言語がひしめくヨーロッパに入り込み、大きく姿を変えました。サモエード系の言語は、いわば「生きた化石」です。人類の歴史を解明するうえで、大変重要な言語です。サモエード系の言語との出会いは、筆者にとってショッキングな出来事でした。これ以降、筆者は言語の歴史について本格的に研究し始めることになります。

筆者が初めてサモエード系の言語を見た時には、「文法面ではモンゴル語やツングース諸語に似ているな」という第一印象を受けました。しかし、よく調べると、「あれっ、語彙面では日本語に似ているな」という第二印象を受けました。少なくとも言語の根幹をなす基礎語彙に関しては、モンゴル語やツングース諸語より、ウラル語族のサモエード系の言語のほうが日本語に近いと思いました。なんとも不思議な感じがしました。なんで日本の近くで話されているモンゴル語やツングース諸語より、北極地方で話されているウラル語族のサモエード系の言語のほうが日本語に近いんだろうと考え始めました。様々な言語を見てきましたが、サモエード系の言語には今までにない特別なものを感じました。なにか重大な秘密が隠されている予感がしました。

フィンランド語とハンガリー語だけを見ていた時は気づかなかったのですが、サモエード系の言語を介しながらフィンランド語とハンガリー語を見てみると、やはりフィンランド語とハンガリー語にも日本語との共通語彙があります。日本語の中にある、ウラル語族と共通している語彙、そしてウラル語族と共通していない語彙を見分けていくうちに、二つの疑問が頭に浮かんできました。一つ目の疑問は、日本語の祖先とウラル語族の言語の祖先の接点は地理的にどの辺にあったのだろうという疑問です。二つ目の疑問は、日本語の中にある、ウラル語族と共通していない語彙はどこから来たのだろうという疑問です。日本語の中には、ウラル語族と共通している語彙も多いですが、共通していない語彙も多いのです。

東アジアには黄河文明とは違う文明が存在した

ウラル語族の各言語の語彙を研究するうちに、ウラル語族が日本語だけでなく、モンゴル語、ツングース諸語、朝鮮語、さらには中国語にもなんらかの形で関係していることが明らかになってきたので、ウラル語族の言語と東アジア・東南アジアの言語の大々的な比較研究を開始しました。着実かつ合理的に歴史を解明するため、考古学および生物学の最新の研究成果を適宜参照しました。考古学も生物学も近年めざましい発展を遂げており、数々の重要な発見がありました。

かつては、メソポタミア文明、エジプト文明、インダス文明、そして東アジアの黄河文明が並べられ、世界四大文明と呼ばれていました。ところが、その後の発見によって、東アジアには黄河文明のほかに二つの大きな文明が存在したことがわかってきました(このテーマを包括的に扱った書籍はいくつかありますが、考察の広さ・深さの点でShelach-Lavi 2015が優れています)。

その二つの大きな文明とは、長江文明と遼河文明(りょうがぶんめい)です。日本列島で縄文時代が進行する間に、大陸側はこのようになっていたのです。黄河文明と長江文明に比べて、遼河文明は知名度が高くないかもしれません。しかし、遼河文明は、日本語の歴史を解明するうえで重要な鍵を握っているようなのです。

生物学が発達し、人間のDNA配列が調べられるようになりました。DNA配列は、正確には「DNAの塩基配列」といい、アデニンA、チミンT、グアニンG、シトシンCという四種類の物質が作る列のことです。最近では、生きている人間のDNA配列だけでなく、はるか昔に生きていた人間のDNA配列も調べられるようになってきました。大変興味深いことに、遼河文明が栄えていた頃に遼河流域で暮らしていた人々のDNA配列を調べた研究があります(Cui 2013)。

人間は父親と母親の間に生まれるので、子のDNA配列が父親のDNA配列と100パーセント一致することはなく、子のDNA配列が母親のDNA配列と100パーセント一致することもありません。しかし、父親から息子に代々不変的に受け継がれていく部分(Y染色体DNA)と、母親から娘に代々不変的に受け継がれていく部分(ミトコンドリアDNA)があります。代々不変的に受け継がれていく部分と書きましたが、この部分にも時に突然変異が起きます。つまり、その部分のDNA配列のある箇所が変化するのです。変化していないY染色体DNA配列を持つ男性がそれを息子に伝える一方で、変化したY染色体DNA配列を持つ男性がそれを息子に伝えるということが起き始めます。同様に、変化していないミトコンドリアDNA配列を持つ女性がそれを娘に伝える一方で、変化したミトコンドリアDNA配列を持つ女性がそれを娘に伝えるということが起き始めます。こうして、時々起きる突然変異のために、Y染色体DNAのバリエーション、ミトコンドリアDNAのバリエーションができてきます。人類の歴史を研究する学者は、このY染色体DNAのバリエーション、ミトコンドリアDNAのバリエーションに注目するのです。

先ほど述べた遼河流域の人々のDNA研究は、Y染色体DNAのバリエーション(例えば、C系統か、D系統か、N系統か、O系統か)を調べたものです。その結果はどうだったでしょうか。古代の人々の研究なのでサンプル数は限られていますが、それでも大まかな傾向は十分に捉えられています。遼河文明が栄えていた頃の遼河流域では、当初はN系統が圧倒的に優勢だったが、次第にO系統とC系統が増え(つまり他の地域から人々が流入してきたということ)、N系統はめっきり少なくなってしまったようです。現在の日本、朝鮮半島、中国では、N系統はほんの少し見られる程度です(Shi 2013)。対照的に、ウラル語族の言語が話されているロシアの北極地方からフィンランド方面にかけてN系統が非常に高い率で観察されています(Rootsi 2007)。

見え始めた日本語の正体

筆者もウラル語族の言語が東アジアの言語と深い関係を持っていることを知った時には大いに驚きましたが、考古学・生物学の発見と照らし合わせると、完全に合致します。日本語がウラル語族の言語と深い関係を持っていることは非常に興味深いですが、もう一つ興味深いことがあります。日本語の中には、ウラル語族と共通している語彙も多いですが、共通していない語彙も多く、ウラル語族とは全く異なる有力な言語群も日本語の形成に大きく関与したようなのです。

ウラル語族の言語と東アジア・東南アジアの言語の大々的な比較研究を行い、様々な紆余曲折はありましたが、漢語流入前の日本語(いわゆる大和言葉)の語彙構成が以下のようになっていることがわかってきました。

「ウラル語族との共通語彙」も多いですが、「黄河文明の言語との共通語彙」と「長江文明の言語との共通語彙」も多く、この三者で漢語流入前の日本語の語彙の大部分を占めています。

「その他の語彙1」というのは、日本語が大陸にいた時に取り入れた語彙で、「ウラル語族との共通語彙」にも、「黄河文明の言語との共通語彙」にも、「長江文明の言語との共通語彙」にも該当しないものです。

「その他の語彙2」というのは、日本語が縄文時代に日本列島で話されていた言語から取り入れた語彙です。

漢語流入前の日本語の語彙構成の特徴的なところは、なんといっても、語彙の大きな源泉が三つあることです。三つの有力な言語勢力が交わっていたことを窺わせます(遼河文明と黄河文明と長江文明の位置を思い出してください)。

「日本語の意外な歴史」では、ウラル語族との共通語彙、黄河文明の言語との共通語彙、長江文明の言語との共通語彙、その他の語彙1、その他の語彙2、いずれも詳しく扱っていきます。

では、日本語およびその他の言語の歴史を研究するための準備に取りかかりましょう。

 

外国語の単語の表記について

英語と同じようなアルファベットを使用している言語では、それをそのまま記します。言語学者が諸言語の発音を記述するのに使う国際音声記号(IPA)というのがありますが、音韻論の専門家でない限り、多くが見慣れない記号です。そのため、本ブログではIPAの使用はできるだけ控えます。特に朝鮮語は、IPAを用いて記すと複雑になるため、市販されている初心者向けの韓国語の文法書で採用されている書き方にならいました。一般の読者にとって見慣れない記号を用いる場合には、補助としてのカタカナ表記を付け加えます。慣習を考慮し、ヤ行の子音は基本的に、北方の言語(ウラル語族の言語など)では「j」で表し、南方の言語(中国語、東南アジアの言語)では「y」で表します。古代中国語のアルファベット表記の仕方は、Baxter 2014に従います。

 

参考文献

Baxter W. H. et al. 2014. Old Chinese: A New Reconstruction. Oxford University Press.

Cui Y. et al. 2013. Y chromosome analysis of prehistoric human populations in the West Liao River Valley, Northeast China. BMC Evolutionary Biology 13: 216.

Rootsi S. et al. 2007. A counter-clockwise northern route of the Y-chromosome haplogroup N from Southeast Asia towards Europe. European Journal of Human Genetics 15: 204-211.

Shelach-Lavi G. 2015. The Archaeology of Early China: From Prehistory to the Han Dynasty. Cambridge University Press.

Shi H. et al. 2013. Genetic evidence of an East Asian origin and paleolithic northward migration of Y-chromosome haplogroup N. PLoS One 8(6): e66102.


►言語の歴史を研究するための準備へ

波に揺られて

以前に「心(こころ)」の語源の記事で、トルコ語のyürek(心臓、心)ユレクなどを取り上げました。同源の語はテュルク諸語全体に見られ、カザフ語júrekジュレク、ウイグル語yürekユレク、ヤクート語sürexスレフ、チュヴァシ語çӗreチュレなども心臓・心を意味します。さらに、モンゴル語にもzürx(心臓、心)ズルフという語があります。

※語形を見る限りでは、テュルク系の言語かモンゴル系の言語に近い言語から日本語のyorokobu(喜ぶ)が来た可能性が高いです。

多くの言語で先頭の子音[j](日本語のヤ行の子音)が[dʒ、ʒ、tʃ、ʃ]のような子音に変化していますが、根底にjurk-(あるいは母音が挟まったjurVk-)のような形が見えます。すでに説明した「水」→「中」→「心」という意味変化を考慮に入れると、古代北ユーラシアで水のことをjurk-のように言っていたと考えられます。前回の記事のjirk-という形に続いて、jurk-という形について考察しましょう。

古代北ユーラシアで水のことをjurk-のように言っていて、それが日本語に入るとどうなるでしょうか。yuk-かyur-という形になりそうです。yuk-についてはyuka(床)やyuki(雪)などの例を示したので、ここで考えるのはyur-です。日本語の語彙を見ると、なにやら怪しげです。

英語にwave(波)という語があります。そして、この語の仲間として、揺れることを意味するwaverという語があります(shake、swing、vibrateのような似た意味を持つ語がたくさんあるので、waverはそれほど使われません)。この英語の例はよくある例です。波を意味する語から、揺れること、振れること、振動することを意味する語が生まれてくるのです。

日本語のyurayura(ゆらゆら)、yuru(揺る)、yuragu(揺らぐ)などはこのパターンでしょう。yuragu(揺らぐ)のほかにyurugu(揺るぐ)という語もあり、yuruyuru(ゆるゆる)、yurusi(緩し)、yurumu(緩む)なども同類です。現代では意味がすっかり抽象的になっていますが、yurusu(許す)ももともと緩めることを意味していました。

波を意味していた語が、揺れること、振れること、振動することを意味するようになるパターンはほかにも見られます。yurayura(ゆらゆら)に似ているkurakura(くらくら)/guragura(ぐらぐら)はどうでしょうか。水のことをkalm-、kilm-、kulm-、kelm-、kolm-(kal-、kil-、kul-、kel-、kol-、kam-、kim-、kum-、kem-、kom-)のように言っていた巨大な言語群を思い出してください。この言語群から来ているのがkurakura(くらくら)/guragura(ぐらぐら)と考えられます。

※物を置いたり、座ったり、寝たりするために高くなっている場所が、yuka(床)やkura(座)でした。taka(高)と同様に、yuka(床)とkura(座)も水から上がってきた語です。座る場所という意味では、馬具のkura(鞍)が現代の日本語に残っています。kura(倉、蔵)も元来、高いところ(高床式倉庫)を指していた語です。高いところを意味するkuraと座っていること・いることを意味するwiruがくっついて、kurawi(位)という語もできました。

yurayura(ゆらゆら)とkurakura(くらくら)/guragura(ぐらぐら)が出てきたので、ついでにɸuraɸura(ふらふら)/purapura(ぷらぷら)/burabura(ぶらぶら)にも言及しておきましょう。

三省堂時代別国語大辞典上代編(上代語辞典編修委員会1967)に、奈良時代の日本人が「振」という字をɸuruと読んだり、ɸukuと読んだりしていたことが記されています。

ここで思い当たるのが、「墓(はか)」の語源の記事でお話しした水のことをpark-、pirk-、purk-、perk-、pork-(par-、pir-、pur-、per-、por-、pak-、pik-、puk-、pek-、pok-)のように言っていた言語群です(古代北ユーラシアに水のことをmark-、mirk-、murk-、merk-、mork-(mar-、mir-、mur-、mer-、mor-、mak-、mik-、muk-、mek-、mok-)のように言う巨大な言語群があり、mの部分は言語によってbであったり、pであったり、wであったり、vであったりします)。日本語にpukapuka(ぷかぷか)という語を与えた言語群です。

日本語ではpurk-という形が認められないのでpuk-とpur-という形になるというのは、おなじみの展開です。現代の日本語のhurahura(ふらふら)、purapura(ぷらぷら)、burabura(ぶらぶら)は少しずつ使い方が違いますが、いずれも波に揺られて漂うところから来ていると見られます。huru(振る)、hureru(振れる)、purupuru(ぷるぷる)、buruburu(ぶるぶる)、hurueru(震える)なども同類です。

yurayura(ゆらゆら)から始めていくつかの例を見てきましたが、もう一つ大変気になる語があります。それは、ugoku(動く)です。実は、奈良時代の日本人は、「動」と書いてugoku/ugokasuと読むだけでなく、「揺」または「振」と書いてugoku/ugokasuと読むこともありました(上代語辞典編修委員会1967)。現代では広い意味を持っているugoku(動く)ですが、もともとは波に揺られて漂うことを意味していたと思われます。uku(浮く)/ukabu(浮かぶ)と同源かもしれません。

入り江を意味したura(浦)やuruɸu(潤ふ)、uruɸoɸu(潤ふ)、uruɸosu(潤す)、urumu(潤む)の背後にも明らかに水の存在が感じられるので、urouro(うろうろ)も無視できないでしょう。現代の日本語のurooboe(うろ覚え)は、しっかりと定まっていない記憶のことです。

kurakura(くらくら)/guragura(ぐらぐら)の例、hurahura(ふらふら)/purapura(ぷらぷら)/burabura(ぶらぶら)の例などといっしょに示しましたが、やはりyurayura(ゆらゆら)の語源は水(波)と考えられます。

古代北ユーラシアに水を意味するjurk-のような語があったが、日本語ではyurk-という形が認められないのでyuk-とyur-という形になり(この展開はpurk-のところでも見ました)、yuka(床)、yuki(雪)、yurayura(ゆらゆら)、yuru(揺る)、yuragu(揺らぐ)などになったと考えると、整合性がとれます。

jirk-に続いて、jurk-について考察しました。古代北ユーラシアに水を意味するjark-、jirk-、jurk-、jerk-、jork-のような語が存在した可能性が高くなってきました。次は、jork-について考察しましょう。ここから話が思わぬ方向に進み始めます。

 

参考文献

上代語辞典編修委員会、「時代別国語大辞典 上代編」、三省堂、1967年。

歴史の奥底に埋もれた語

現生人類は45000年前には北ユーラシアに現れており、北ユーラシアに存在した言語のバリエーションを捉えるのはとても大変です。

まずは、水のことをjak-、jik-、juk-、jek-、jok-(jは日本語のヤ行の子音)のように言っていた巨大な言語群を中心に考えましょう。

この巨大な言語群は、ケチュア語yaku(水)やグアラニー語i(水)(同系の言語でトゥパリ語yika(水)イカ、メケンス語ɨkɨ(水)イキ、マクラップ語ɨ(水))など、南米のインディアンの言語にはっきり存在が認められます。

つまり、水のことをjak-、jik-、juk-、jek-、jok-のように言っていた巨大な言語群は、古くから北ユーラシアに存在し、早くにアメリカ大陸に入っていったことが確実です。ここでいう「古くから」とは、人類がアメリカ大陸に進出する前、すなわち2万年以上前の時代を指します。

さらに、上記の巨大な言語群は、ヨーロッパから東アジアに残っている諸言語に広範な影響を与えています。

北ユーラシアの言語の歴史を考える時に、まず水のことをjak-、jik-、juk-、jek-、jok-のように言っていた巨大な言語群に注目するのは、理にかなっています。

jak-、jik-、juk-、jek-、jok-のjの部分がdʒ、tʃ、ʒ、ʃに変化しやすいこと、さらにこれらがd、t、z、sに変化しやすいことは、すでにお話しし、多くの例を示してきました。以下のような形が生じます。

図1

古代人はこのように考えていたの記事では、以下のような変化も示唆しました。

図2

実際に、このような変化も起きています。例えば、ウラル語族のサモエード系のネネツ語に、ないこと・いないことを意味するjaŋguヤングという語があります。ネネツ語ではjaŋgu(ない、いない)ですが、ガナサン語ではdjaŋku(ない、いない)ディアンク、セリクプ語ではtjaŋkɨ(ない、いない)ティアンキ、そしてマトル語ではnjaŋgu(ない、いない)ニャングです。ガナサン語とセリクプ語の例は、図1のようなパターンです。マトル語の例は、図2のようなパターンです。ja(ヤ)と発音する時には、舌の先のほうが口の中の天井ぎりぎりまで近づきます。天井に触れると、ガナサン語のようにdja(ディア)になったり、セリクプ語のようにtja(ティア)になったり、マトル語のようにnja(ニャ)になったりするのです。

すでに取り上げた日本語のnaka(中)やnagaru(流る)/nagasu(流す)なども、水のことをjak-、jik-、juk-、jek-、jok-のように言っていた巨大な言語群から来ていると考えられます。

図1と図2の変化は、北ユーラシアの言語の歴史を考える時に非常に重要なので、記憶にとどめておいてください。図1と図2のkの部分も変化します。例えば、jak-がjag-になったり、jank-になったり、jang-になったり、jan-になったりします。jak-以外の場合も同様です。これだけでもう、かなりのバリエーションができます。

古代北ユーラシアに水を意味するjak-、jik-、juk-、jek-、jok-のような語が存在し、それらが形を変えながら、そして意味を変えながら、現代の諸言語に入り込んでいます。この過程を細かく追うことは重要ですが、実はもう一つ重要なことがあります。

古代北ユーラシアに水を意味するjak-、jik-、juk-、jek-、jok-のような語が存在したことは確かですが、jak-、jik-、juk-、jek-、jok-という語形よりもっと古い語形があり、そのもっと古い語形からjak-、jik-、juk-、jek-、jok-という語形が生まれたようなのです。

そのもっと古い語形とは、jark-、jirk-、jurk-、jerk-、jork-(jalk-、jilk-、julk-、jelk-、jolk-)という語形です。この語形から子音が消えて、jar-、jir-、jur-、jer-、jor-(jal-、jil-、jul-、jel-、jol-)という語形と、jak-、jik-、juk-、jek-、jok-という語形が生まれました。

なぜそのことに気づいたのか?

当然、なぜ筆者がそのような考えに至ったのかお話ししなければなりません。様々な根拠を積み重ねてそのような考えに至ったのですが、まずは前回の記事で示したテュルク諸語の2の話から始めましょう。

トルコ語ではiki(2)ですが、ウイグル語ではikki(2)、ヤクート語ではikki(2)、チュヴァシ語ではikkӗ(2)イッキュでした。トルコ語ではkが一つですが、テュルク祖語の段階ではkが二つ連続していたと考えられます。言語の発音変化を考察する際には、このような些細な点にも注意を払う必要があります。

英語victim、フランス語victime、イタリア語vittima(いずれも被害者・犠牲者という意味)のように、二つの異なる子音が同化する現象は人類の言語でよく起きます。ウイグル語ikki(2)、ヤクート語ikki(2)、チュヴァシ語ikkӗ(2)の-kk-の部分も、かつては別々の子音であった可能性があります。

北ユーラシアにはウラル系、テュルク系、モンゴル系、ツングース系の言語が大きく広がっていますが、ユーラシア大陸の一番右上のほうにユカギール語という消滅寸前の言語があります。かつては栄えていたと見られますが、有力な言語に圧迫されて消滅寸前の状態に追い込まれてしまいました。ユカギール語の語彙は、周囲の言語の語彙と大きく異なります。ユカギール語を研究すれば、遠い昔の北ユーラシアを覗くことができるのではないかと期待させます。以下はユカギール語の数詞の1~3です。

ちなみに、ユカギール語では水のことをooʒiiオージーと言います。irkin(1)、ataxun(2)、jaan(3)は他言語で水を意味していた語から来ていると考えられます。irkin(1)は強烈に目を引きます。

先ほど見たテュルク諸語のウイグル語ikki(2)、ヤクート語ikki(2)、チュヴァシ語ikkӗ(2)の-kk-の部分がかつては-rk-であった可能性が出てきました。

イルクーツクとイルクート川

ロシアにイルクーツク(Irkutsk)という都市があります。シベリアの代表的な都市です(地図はWikipediaより引用)。

イルクーツクはバイカル湖の近くにあります。バイカル湖から北西に向かってアンガラ川(Angara River)が流れ出ています。バイカル湖から流れ出たアンガラ川に、西側からイルクート川(Irkut River)が流れ込みます(イルクート川は、エニセイ川とアンガラ川に比べて小さい川であり、地図には記されていません)。アンガラ川にイルクート川が流れ込んでくるところがイルクーツクです。イルクーツクからアンガラ川をちょっと進んだところにアンガルスク(Angarsk)という都市もあります。河川の名前から都市の名前が生まれています。

やはり、古代北ユーラシアに水・水域のことをirk-のように言う言語群があって、そこからテュルク諸語のトルコ語iki(2)、ウイグル語ikki(2)、ヤクート語ikki(2)、チュヴァシ語ikkӗ(2)やユカギール語のirkin(1)が来ているようです。

すでに取り上げた日本語のika(イカ)、ikaru(怒る)、iki(息)、iku(生く)、ike(池)などでは子音がkで、iru(入る)、iraira(イライラ)などでは子音がrなので、一見別物に見えますが、水・水域を意味するirk-のような語が根底にありそうです。おそらくiruka(イルカ)も無関係でないでしょう。水・水域を意味することができず、水生動物を意味するようになったと思われます。irukaの意味は今より広かったかもしれません。ご存じの方もいると思いますが、クジラとイルカは同種の生物で、大きいものがクジラ、小さいものがイルカと呼ばれています。

jak-、jik-、juk-、jek-、jok-という語形の背後に本当にjark-、jirk-、jurk-、jerk-、jork-という語形が隠れているのでしょうか。jirk-という形だけでなく、jark-、jurk-、jerk-、jork-という形も調べなければなりません。検証を続けます。

ツングース諸語、モンゴル語、テュルク諸語の数詞から見る古代北ユーラシア

前回の記事では、日本語のɸito(1)、ɸuta(2)、mi(3)の語源が「水」であることを明らかにしました。yo(4)以降の数詞がどのように作られたのかということも興味深いですが、水と数詞の深い関係を確認するために、他言語の数詞も少し見ておきましょう。以下はツングース諸語の1~3です。

日本語の歴史をよく知るには、特に遼河周辺がどうなっていたかよく知る必要があります。かつて遼河周辺に存在した言語は日本語とツングース諸語に多くの語彙を残しているので、日本語とツングース諸語の双方を調べることが重要です。

水の惑星の記事では、ツングース諸語で飲むことを意味するエヴェンキ語ummī(語幹um-、以下同様)、ウデヘ語umimi(umi-)、ナナイ語omiori(omi-)、ウイルタ語umiwuri(umi-)、満州語omimbi(omi-)という動詞を挙げました。水を意味するum-、om-のような語があったことが窺えます。そのことは上に示した数詞の1を見ても明らかです。

日本語のumi(海)やumi(膿)は水・液体関連の語彙なので関係があることがわかりやすいですが、わかりにくいのがomoɸu(思ふ)です。以前に「面白い(おもしろい)」の怪しい語源説明の記事で、中心、心臓、心を意味する*omoという語があって、そこからomoɸu(思ふ)が作られたのではないかと述べました。

古代人はこのように考えていたの記事で、「水」を意味していた語が「中」を意味するようになるまでの過程を図解したので、もう理解のための準備はできています。「水」→「中」→「内臓」というのは一つのパターンですが、「水」→「中」→「心」というのもそれに似たパターンなのです。wata(腸)は前者のパターン、kimo(肝)は前者と後者にまたがるパターン、*omo(心)は後者のパターンといえるでしょう。

ツングース諸語の1が「水」から来たのなら、ツングース諸語の2はどうでしょうか。やはり、「水」から来たようです。ツングース諸語の2は、朝鮮語のtul(2)とも同源でしょう(朝鮮語のhana(1)とset(3)については別の機会に考察します)。

「耳(みみ)」の語源、なぜパンの耳というのか?の記事で、奈良時代に頬を意味していたturaや、毛・髪などを意味していたturaなど、様々な例を挙げ、水・水域を意味するtur-のような語があったのだろうとお話ししましたが、あの話はここにつながります。

ツングース諸語の1が「水」から来て、ツングース諸語の2も「水」から来たのなら、ツングース諸語の3はどうでしょうか。日本語で関係がありそうなのは、奈良時代の自動詞のiru(入る)(四段活用)と他動詞のiru(入る)(下二段活用)です。

「あらかじめ(予め)」とは?の記事で述べたように、奈良時代の動詞の六つの活用形の中で、未然形が最もよく過去の姿を保存していると考えられます。上のiru(入る)(四段活用)とiru(入る)(下二段活用)のケースは、縄文時代の多様性を探るの記事で言及したkomu(込む)(四段活用)とkomu(込む)(下二段活用)のケースと重なります。水・水域を意味するir-のような語から日本語のiru(入る)が生まれ、水・水域を意味するkom-のような語から日本語のkomu(込む)が生まれた可能性があります。

なぜ水を意味していた語が入ることを意味するようになるのでしょうか。水に入ったり、水に入れたりすることを意味していたという点は同じで、そこから水という意味が残ったのがɸitu(漬つ)、ɸitasu(漬す)、ɸitaru(漬る)などで、水という意味が消えたのがiru(入る)とkomu(込む)なのかもしれません。日が沈むことを「日の入り」と言ってきたことを考えると、この可能性が高いと思います(画像はTRAVEL STAR様のウェブサイトより引用)。

水・水域を意味していた語が「中」を意味するようになり、「中」を意味していた語が入ること・入れることを意味するようになるパターンもあります。

※現代の日本語のhairu(入る)は、ɸaɸu(這ふ)とiru(入る)がくっついてできた語です。

ひょっとしたら、umu(埋む)やumoru(埋もる)も、意味が水から水以外の土などに移っていった語なのかもしれません(umu(埋む)は、奈良時代の時点では四段活用と下二段活用の間で揺れており、のちに下二段活用が支配的になりました(上代語辞典編修委員会1967))。

次はモンゴル語の1~3を見てみましょう。

モンゴル語のneg(1)は、ニヴフ語のɲakhr̥(1)ニャクルなどとともに、水のことをnak-、nag-のように言う言語群が存在したことを示しています。

xojor(2)は、テュルク諸語のヤクート語xaja(山)ハヤのような語やウラル語族のネネツ語xoj(山)ホイのような語があって、石、岩、斜面、丘、山などを意味しているため、水・水域を意味していた語がその横の部分を意味するようになったパターンと見られます。

gʊrav(3)は、gʊrvanゴルバンという形もあり、ウラル語族のフィンランド語korva(耳)やkolme(3)などと同源と考えられます。やはり、水から来ていることは確実です。

このように、水と数詞の間に深い関係が認められるのは、日本語だけではありません。ツングース諸語とモンゴル語もそうなら、テュルク諸語もそうではないかと考えたくなるところです。実際、テュルク諸語の1~3も水から来ているようです。しかし、テュルク諸語の数詞には大いに考えなければならない問題が含まれています。

※チュヴァシ語にはpӗr(1)、ikӗ(2)、ik(2)、vişӗ(3)、viş(3)という形も見られます。

テュルク諸語の1は、水のことをmark-、mirk-、murk-、merk-、mork-(mar-、mir-、mur-、mer-、mor-、mak-、mik-、muk-、mek-、mok-)のように言っていた巨大な言語群から来ていると考えられます(mの部分は言語によってbであったり、pであったり、wであったり、vであったりします)。

テュルク諸語の2は、水のことをjak-、jik-、juk-、jek-、jok-のように言っていた巨大な言語群から来ていると考えられます(jは日本語のヤ行の子音です)。

テュルク諸語の1と2は十分に納得できます。問題はテュルク諸語の3です。テュルク諸語の3はモンゴル語のus(水)を思い起こさせます。

テュルク諸語は、よく似た言語の集まりといえます。それに対して、モンゴル諸語は、あまりに似ていて、方言の集まりのようです。モンゴル諸語だけを研究しても、せいぜい過去何百年ぐらいのことしかわからないということです。何百年か前のモンゴル語では水のことをusuまたはusunと言っていましたが、それ以前になんと言っていたかは不明です。

テュルク諸語は、よく似た言語の集まりですが、少なくとも2000年ぐらいの歴史はあります。テュルク諸語の3は、テュルク諸語全体に共通しているので、テュルク祖語の時代から存在していると考えられます。テュルク諸語の中で、チュヴァシ語は他の言語から早くに分かれており、昔の姿をよく見せてくれることがあります。

モンゴル語の祖先にあたる言語とそれに近縁な言語が言語群を形成していて、その言語群からテュルク祖語あるいはもっと前の段階の言語に語彙が入ったと見られます。モンゴル側で「水」を意味していた語が、テュルク側で「3」を意味するようになったということです。モンゴル語のus(水)が遠い昔にはチュヴァシ語のvişşӗ(3)のような形をしていた可能性も出てきました。モンゴル語のus(水)はアイヌ語wakka(水)、朝鮮語mul(水)、エヴェンキ語mū(水)などに容易には結びつきそうにありません。実際のところはどうだったのでしょうか。

現生人類は遅くとも45000年前には北ユーラシアに出現しており、そこから展開してきた言語の歴史は相当複雑であったと思われます。しかし、言語は多数あったとしても、語族が多数あったとは考えがたいです。農耕・牧畜が始まるよりはるか前の旧石器時代、しかも北ユーラシアです。人間の数自体が極めて少なかったはずです。

現在北ユーラシア(ヨーロッパから東アジアまで)に残っている言語、そしてアメリカ大陸に残っている言語を頼りに、かつて北ユーラシアに存在した言語を徐々に捉えようとしていますが、そうして浮かび上がってくる言語同士がどのような関係にあったのかということも同時に考えていかなければなりません。5000年前あるいは10000年前に全然違う形をしていた語も、45000年前には同じ形をしていたかもしれないのです。

 

補説

イライラする

水を意味する*iraのような語からiru(入る)という動詞ができたのではないかと述べました。おそらく現代の日本語のirairasuru(イライラする)も無関係でないと思われます。

「生きる」の語源の記事で、abaru(暴る)、ikaru(怒る)、midaru(乱る)の例を挙げましたが、水・水域が荒れることを意味していた語が、人が荒れることを意味するようになります。irairasuru(イライラする)もこのパターンと考えられます。

irairasuru(イライラする)のほかに、iradatu(いら立つ)という言い方もあります。現代の日本語で「波が立つ、波を立てる」あるいは「波風が立つ、波風を立てる」と言っていることを思い起こしてください。iradatu(いら立つ)ももともと、水・水域が荒れることを意味していたにちがいありません。

 

参考文献

上代語辞典編修委員会、「時代別国語大辞典 上代編」、三省堂、1967年。