12月の予告

本ブログをご覧いただき、ありがとうございます。11月に入ってアクセス数がこれまでにないほど急増し、なにがあったのかとびっくりしてしまいましたが、どうやら日本と海外で遼河文明のニュースが流れたようです。

M. Robbeets氏らがNature誌に発表した以下の論文が話題になっています。

Robbeets M. et al. 2021. Triangulation supports agricultural spread of the Transeurasian languages.

(図は、Robbeets氏らの論文発表を報じた毎日新聞(2021年11月13日付)の日本語の原郷は「中国東北部の農耕民」 国際研究チームが発表の記事より引用)

Robbeets氏らの研究は、「トランスユーラシア諸語」という新しい表現を使っていますが、実体は批判されてきた「アルタイ語族」(テュルク諸語、モンゴル諸語、ツングース諸語、朝鮮語、日本語の間に近い系統関係があるとする説)であり、依然として非常に多くの問題をはらんでいます。しかし、北ユーラシア~東アジアで新たに考える材料もいくつか提供しています。問題点が問題点としてくっきり浮かび上がるのも重要です。黄河文明と長江文明に並べられるはずの遼河文明の存在が一般にはほとんど知られていないので、それが明るみに出るのもよいことです。

12月には、本ブログを再び人類学、生物学、考古学に転じ、Robbeets氏らの研究およびそれに関連する様々な研究を詳しく分析していきます。12月もご期待ください。

日本語の起源と歴史に興味を持つすべての方へ

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こんにちは。金平譲司と申します。ここに「日本語の意外な歴史」と題するブログを立ち上げました。

このブログは、日本語ならびに日本語と深い関係を持つ言語の歴史を解明するものです。言語学者だけでなく、他の分野の専門家や一般の方々も読者として想定しています。

謎に包まれてきた日本語の起源

日本語はどこから来たのかという問題は、ずいぶん前から様々な学者によって論じられてきましたが、決定的な根拠が見つからず、大いなる謎になってしまった感があります。しかしながら、筆者の研究によってようやくその全貌が明らかになってきたので、皆さんにお話ししようと思い立ちました。

日本語は、朝鮮語、ツングース諸語(エヴェンキ語、満州語など)、モンゴル諸語(モンゴル語、ブリヤート語など)、テュルク諸語(トルコ語、中央アジアの言語など)と近い関係にあるのではないか、あるいはオーストロネシア語族(台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシア、オセアニアなどの言語から成る言語群)と近い関係にあるのではないかというのが従来の大方の予想でしたが、これらの予想はポイントを外しています。

中国語を見て全く違うと感じた日本人が、日本語は北方の言語と関係があるのではないか、南方の言語と関係があるのではないかと考えたのは、至極当然のことで、北方の言語と南方の言語に視線を注ぐこと自体は間違っていません。問題なのは、北方のごく一部の言語と南方のごく一部の言語に関心が偏ってしまったことです。

上記の言語のうちで、朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語は、日本語によく似た文法構造を持つことから、日本語に近縁な言語ではないかと盛んに注目されてきました。同時に、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語は、互いに特に近い関係にあるとみなされ、いわゆる「アルタイ語族」という名でひとまとめにされることがしばしばありました。日本語の起源をめぐる議論は、このような潮流に飲まれていきました。

しかしながら、筆者がこれから明らかにしていく歴史の真相は、かなり違います。日本語は、朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語と無関係ではないが、別の言語群ともっと近い関係を持っているようなのです。

実を言うと、筆者は日本語やその他の言語の歴史に興味を持つ人間ではありませんでした。筆者は若い頃にフィンランドのヘルシンキ大学で一般言語学や様々な欧州言語を学んでいましたが、その頃の筆者の興味は言語と思考の関係や外国語の学習理論などで、もっぱら現代の言語に関心が向いていました。歴史言語学の講義もありましたが、特に気に留めていませんでした。

筆者が言語の歴史について真剣に考えるようになったきっかけは、ロシアの北極地方で少数民族によって話されているサモエード諸語との出会いでした。サモエード諸語は、フィンランド語やハンガリー語と類縁関係にある言語です。フィンランド語とハンガリー語はヨーロッパの中では異色の存在で、北極地方の少数民族の言語と類縁関係を持っています。フィンランド語、ハンガリー語、サモエード諸語などから成る言語群は、「ウラル語族」と呼ばれます。

言語学者が使う「語族」という用語について若干説明しておきます。私たちが万葉集や源氏物語の言葉を見ると、「読みにくいな」と感じたり、「なにを言っているのかわからないな」と感じたりします。言語は時代とともに少しずつ変化しています。言語は単に変化するだけでなく、分化もします。ある程度広い範囲で話されている言語には、地域差が生じてきます。

この地域ごとに少しずつ異なる言葉が方言です。しかし、これらの方言が地理的に隔たってさらに長い年数が経過すると、最初は小さかった方言同士の差が大きくなっていき、やがて意思疎通ができないほどになります。

あまりに違いが大きくなれば、もう方言ではなく、別々の言語と言ったほうがふさわしくなります。一律の学校教育やマスメディアが発達していない時代には、この傾向は顕著です。ある言語が別々の言語に分化するのです。分化してできた言語がさらに分化することもあります。言語学では、おおもとの言語と分化してできた諸言語をまとめて「語族」といいます。世界で最もよく知られている語族は、インド・ヨーロッパ語族と呼ばれる語族で、英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語などはこの語族に属します。例えるなら、イヌ、オオカミ、キツネ、タヌキが共通祖先を持っているように、英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語は共通祖先を持っているということです。

日本語とウラル語族

英語などが属するインド・ヨーロッパ語族は巨大な言語群ですが、フィンランド語やハンガリー語が属するウラル語族はこじんまりとした言語群です。ウラル語族の言語は、ロシアの北極地方から北欧・東欧にかけて分布しています。地理的に遠く離れているので、ウラル語族の言語は一見したところ東アジアの言語、特に日本語とはなんの関係もないように見えますが、実はここに大きな盲点があります。日本語の歴史を考えるうえで大変重要になるので、ウラル語族の話を続けます。以下にウラル語族の内部構造を簡単に示します。

ウラル語族の言語を研究する学者の間に意見の相違がないわけではありませんが、上の図は従来広く受け入れられてきた見方です。ウラル語族の言語は、まずフィン・ウゴル系とサモエード系に分かれ、フィン・ウゴル系はそこからさらにフィン系とウゴル系に分かれます。フィンランド語はフィン系に属し、ハンガリー語はウゴル系に属します。サモエード系の言語は、ロシアの北極地方に住む少数民族によって話されています。現在残っているサモエード系の言語はネネツ語、エネツ語、ガナサン語、セリクプ語の四つのみで、特に後の三つは消滅の危機にあります。

サモエード系の言語は、フィンランド語やハンガリー語と同じウラル語族の言語ですが、フィンランド語やハンガリー語とは文法面でも語彙面でも著しく異なっています。同じ言語から分かれた言語同士でも、別々の道を歩み始め、何千年も経過すれば、似ても似つかない言語になってしまいます。特に、サモエード系の言語が辿った運命とフィンランド語・ハンガリー語が辿った運命は対照的です。サモエード系の言語は、北極地方にとどまり、他の言語との接触が比較的少なかったために、昔の姿をよく残しています。それに対して、フィンランド語とハンガリー語は、有力な言語がひしめくヨーロッパに入り込み、大きく姿を変えました。サモエード系の言語は、いわば「生きた化石」です。人類の歴史を解明するうえで、大変重要な言語です。サモエード系の言語との出会いは、筆者にとってショッキングな出来事でした。これ以降、筆者は言語の歴史について本格的に研究し始めることになります。

筆者が初めてサモエード系の言語を見た時には、「文法面ではモンゴル語やツングース諸語に似ているな」という第一印象を受けました。しかし、よく調べると、「あれっ、語彙面では日本語に似ているな」という第二印象を受けました。少なくとも言語の根幹をなす基礎語彙に関しては、モンゴル語やツングース諸語より、ウラル語族のサモエード系の言語のほうが日本語に近いと思いました。なんとも不思議な感じがしました。なんで日本の近くで話されているモンゴル語やツングース諸語より、北極地方で話されているウラル語族のサモエード系の言語のほうが日本語に近いんだろうと考え始めました。様々な言語を見てきましたが、サモエード系の言語には今までにない特別なものを感じました。なにか重大な秘密が隠されている予感がしました。

フィンランド語とハンガリー語だけを見ていた時は気づかなかったのですが、サモエード系の言語を介しながらフィンランド語とハンガリー語を見てみると、やはりフィンランド語とハンガリー語にも日本語との共通語彙があります。日本語の中にある、ウラル語族と共通している語彙、そしてウラル語族と共通していない語彙を見分けていくうちに、二つの疑問が頭に浮かんできました。一つ目の疑問は、日本語の祖先とウラル語族の言語の祖先の接点は地理的にどの辺にあったのだろうという疑問です。二つ目の疑問は、日本語の中にある、ウラル語族と共通していない語彙はどこから来たのだろうという疑問です。日本語の中には、ウラル語族と共通している語彙も多いですが、共通していない語彙も多いのです。

東アジアには黄河文明とは違う文明が存在した

ウラル語族の各言語の語彙を研究するうちに、ウラル語族が日本語だけでなく、モンゴル語、ツングース諸語、朝鮮語、さらには中国語にもなんらかの形で関係していることが明らかになってきたので、ウラル語族の言語と東アジア・東南アジアの言語の大々的な比較研究を開始しました。着実かつ合理的に歴史を解明するため、考古学および生物学の最新の研究成果を適宜参照しました。考古学も生物学も近年めざましい発展を遂げており、数々の重要な発見がありました。

かつては、メソポタミア文明、エジプト文明、インダス文明、そして東アジアの黄河文明が並べられ、世界四大文明と呼ばれていました。ところが、その後の発見によって、東アジアには黄河文明のほかに二つの大きな文明が存在したことがわかってきました(このテーマを包括的に扱った書籍はいくつかありますが、考察の広さ・深さの点でShelach-Lavi 2015が優れています)。

その二つの大きな文明とは、長江文明と遼河文明(りょうがぶんめい)です。日本列島で縄文時代が進行する間に、大陸側はこのようになっていたのです。黄河文明と長江文明に比べて、遼河文明は知名度が高くないかもしれません。しかし、遼河文明は、日本語の歴史を解明するうえで重要な鍵を握っているようなのです。

生物学が発達し、人間のDNA配列が調べられるようになりました。DNA配列は、正確には「DNAの塩基配列」といい、アデニンA、チミンT、グアニンG、シトシンCという四種類の物質が作る列のことです。最近では、生きている人間のDNA配列だけでなく、はるか昔に生きていた人間のDNA配列も調べられるようになってきました。大変興味深いことに、遼河文明が栄えていた頃に遼河流域で暮らしていた人々のDNA配列を調べた研究があります(Cui 2013)。

人間は父親と母親の間に生まれるので、子のDNA配列が父親のDNA配列と100パーセント一致することはなく、子のDNA配列が母親のDNA配列と100パーセント一致することもありません。しかし、父親から息子に代々不変的に受け継がれていく部分(Y染色体DNA)と、母親から娘に代々不変的に受け継がれていく部分(ミトコンドリアDNA)があります。代々不変的に受け継がれていく部分と書きましたが、この部分にも時に突然変異が起きます。つまり、その部分のDNA配列のある箇所が変化するのです。変化していないY染色体DNA配列を持つ男性がそれを息子に伝える一方で、変化したY染色体DNA配列を持つ男性がそれを息子に伝えるということが起き始めます。同様に、変化していないミトコンドリアDNA配列を持つ女性がそれを娘に伝える一方で、変化したミトコンドリアDNA配列を持つ女性がそれを娘に伝えるということが起き始めます。こうして、時々起きる突然変異のために、Y染色体DNAのバリエーション、ミトコンドリアDNAのバリエーションができてきます。人類の歴史を研究する学者は、このY染色体DNAのバリエーション、ミトコンドリアDNAのバリエーションに注目するのです。

先ほど述べた遼河流域の人々のDNA研究は、Y染色体DNAのバリエーション(例えば、C系統か、D系統か、N系統か、O系統か)を調べたものです。その結果はどうだったでしょうか。古代の人々の研究なのでサンプル数は限られていますが、それでも大まかな傾向は十分に捉えられています。遼河文明が栄えていた頃の遼河流域では、当初はN系統が圧倒的に優勢だったが、次第にO系統とC系統が増え(つまり他の地域から人々が流入してきたということ)、N系統はめっきり少なくなってしまったようです。現在の日本、朝鮮半島、中国では、N系統はほんの少し見られる程度です(Shi 2013)。対照的に、ウラル語族の言語が話されているロシアの北極地方からフィンランド方面にかけてN系統が非常に高い率で観察されています(Rootsi 2007)。

見え始めた日本語の正体

筆者もウラル語族の言語が東アジアの言語と深い関係を持っていることを知った時には大いに驚きましたが、考古学・生物学の発見と照らし合わせると、完全に合致します。日本語がウラル語族の言語と深い関係を持っていることは非常に興味深いですが、もう一つ興味深いことがあります。日本語の中には、ウラル語族と共通している語彙も多いですが、共通していない語彙も多く、ウラル語族とは全く異なる有力な言語群も日本語の形成に大きく関与したようなのです。

ウラル語族の言語と東アジア・東南アジアの言語の大々的な比較研究を行い、様々な紆余曲折はありましたが、漢語流入前の日本語(いわゆる大和言葉)の語彙構成が以下のようになっていることがわかってきました。

「ウラル語族との共通語彙」も多いですが、「黄河文明の言語との共通語彙」と「長江文明の言語との共通語彙」も多く、この三者で漢語流入前の日本語の語彙の大部分を占めています。

「その他の語彙1」というのは、日本語が大陸にいた時に取り入れた語彙で、「ウラル語族との共通語彙」にも、「黄河文明の言語との共通語彙」にも、「長江文明の言語との共通語彙」にも該当しないものです。

「その他の語彙2」というのは、日本語が縄文時代に日本列島で話されていた言語から取り入れた語彙です。

漢語流入前の日本語の語彙構成の特徴的なところは、なんといっても、語彙の大きな源泉が三つあることです。三つの有力な言語勢力が交わっていたことを窺わせます(遼河文明と黄河文明と長江文明の位置を思い出してください)。

「日本語の意外な歴史」では、ウラル語族との共通語彙、黄河文明の言語との共通語彙、長江文明の言語との共通語彙、その他の語彙1、その他の語彙2、いずれも詳しく扱っていきます。

では、日本語およびその他の言語の歴史を研究するための準備に取りかかりましょう。

 

外国語の単語の表記について

英語と同じようなアルファベットを使用している言語では、それをそのまま記します。言語学者が諸言語の発音を記述するのに使う国際音声記号(IPA)というのがありますが、音韻論の専門家でない限り、多くが見慣れない記号です。そのため、本ブログではIPAの使用はできるだけ控えます。特に朝鮮語は、IPAを用いて記すと複雑になるため、市販されている初心者向けの韓国語の文法書で採用されている書き方にならいました。一般の読者にとって見慣れない記号を用いる場合には、補助としてのカタカナ表記を付け加えます。慣習を考慮し、ヤ行の子音は基本的に、北方の言語(ウラル語族の言語など)では「j」で表し、南方の言語(中国語、東南アジアの言語)では「y」で表します。古代中国語のアルファベット表記の仕方は、Baxter 2014に従います。

 

参考文献

Baxter W. H. et al. 2014. Old Chinese: A New Reconstruction. Oxford University Press.

Cui Y. et al. 2013. Y chromosome analysis of prehistoric human populations in the West Liao River Valley, Northeast China. BMC Evolutionary Biology 13: 216.

Rootsi S. et al. 2007. A counter-clockwise northern route of the Y-chromosome haplogroup N from Southeast Asia towards Europe. European Journal of Human Genetics 15: 204-211.

Shelach-Lavi G. 2015. The Archaeology of Early China: From Prehistory to the Han Dynasty. Cambridge University Press.

Shi H. et al. 2013. Genetic evidence of an East Asian origin and paleolithic northward migration of Y-chromosome haplogroup N. PLoS One 8(6): e66102.


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「シールをぺたっと貼る」の「ぺたっ」とは何なのか

この記事は、前回の記事への補足です。

前回の記事では、下を意味する*petaという語から、hetaru(へたる)、hetabaru(へたばる)、hetoheto(へとへと)などの語が生まれたことをお話ししました。

下を意味する語から、落ちること、倒れること、転ぶこと、さらにもっと抽象的になって、疲れること、衰えること、病むこと、死ぬことを意味する語が生まれるのは頻出パターンであり、驚くべきことではありません。

しかし、日本語には、「シールをぺたっと貼る」のような表現もあります。「シールをぺたっと貼る」のpetaʔ(ぺたっ)は、ちょっと立ち止まって考えたいところです。

hetaru(へたる)、hetabaru(へたばる)、hetoheto(へとへと)などの語が存在することから、下を意味する*petaは倒れることを意味することがあったはずです。

下を意味する*pataと*petaという同源の語があって、前者からbataʔ(ばたっ)、battari(ばったり)、batabata(ばたばた)などが生まれ、後者からhetaru(へたる)、hetabaru(へたばる)、hetoheto(へとへと)などが生まれたと見られます。

人が倒れるところを想像してください。以下の図のような感じです(イラストはラ・コミックイラスト部様のウェブサイトより引用、さらに回転)。

女性が倒れてしまったところです。女性と地面が全面的に接触している点に注目してください。この面的接触というのがポイントです。図を90度回転させてみます。

今度はどうでしょうか。女性が壁かなにかに貼りついているように見えないでしょうか。

このような類似性からして、倒れることを意味していた*petaが面的接触を意味するようになったと思われます(現代の日本人が一枚目のような状況で「へばる」と言い、二枚目のような状況で「へばりつく」と言っているのを見ても、一枚目と二枚目の間に大きな障害はないと思われます)。「ぺたっと貼りつく」と言いますが、「ぴたっと貼りつく」とも言うので、petaʔ(ぺたっ)とpitaʔ(ぴたっ)は同源でしょう。

「自分にぴったりの仕事」や「ぴたりと言い当てる」のような表現があるのも驚きます。最初は具体的な物の接触、接合、接着を意味していた語が、次第に抽象化して適合や符合を意味するようになったのでしょう。

※紛らわしいですが、zibeta(地べた)のbetaは語源がちょっと違うと思われます。奈良時代にはɸata(端)とɸeta(辺)という語があり、水と陸の境のあたりをそのように呼んでいたことが窺えます(ɸedatu(隔つ)の語源もここでしょう)。zibeta(地べた)のbetaはかつては単独で地面を意味することができたと思われます。補説も参照してください。

隙間がないことを表すpitiʔ(ぴちっ)、pitipiti(ぴちぴち)、pittiri(ぴっちり)、bittiri(びっちり)、bissiri(びっしり)なども無関係でないでしょう。

下を意味する*pataから、倒れることを意味するbataʔ(ばたっ)、battari(ばったり)、batabata(ばたばた)などが生まれましたが、これも、ここで終わらず、接触、接合、接着のような意味に向かうことがあったのではないでしょうか。「ばったり出会う」のbattari(ばったり)は、そのような流れの中に位置づけたいところです。

battiri(ばっちり)は、今ではすっかり正体不明になっていますが、「相性はばっちり」や「ばっちり似合う」のような表現があることからして、かつては(pittari(ぴったり)のような)適合性(適格、合格)を意味していたのかもしれません。

まさに驚きの意味展開ですが、決して珍しい例ではないようです。

「付く」に関する考察

本ブログで何回か挙げている語彙ですが、歩くことを表すtuktuka(つかつか)や人を歩いて行かせることを意味するtukaɸu(使ふ、遣ふ)から、足・脚を意味する*tukaという語があったことが窺えます。その前には、下を意味する*tukaという語があったと見られます。

下を意味する*tukaは、足・脚を意味するようになっただけでしょうか。そんなことはないでしょう。tukaru(疲る)という語がありました。下を意味する*tukaが倒れることを意味するようになり、そこから生まれたのがtukaru(疲る)とtuku(付く)だったのではないかと思われます(後述の「貼る」に関する考察も参照)。

奈良時代の動詞の六つの活用形の中で、未然形がもとの姿を最もよく示していることは、すでにお話しした通りです。

「足りる」と「足す」になぜ「足」という字が使われるのか?の記事で触れたように、足・脚を意味する*tukaからtuku(付く)が生まれた可能性も考えられますが、日本語の語彙全体を見渡す限りでは、倒れることを意味した*tukaからtuku(付く)が生まれた可能性のほうが高そうです。

「貼る」に関する考察

haru(貼る)の語源はとても難しそうです。

「張り紙」と書いたらよいか、「貼り紙」と書いたらよいかという質問がありますが、これもわけがあるようです。

平らに広がること/広げることを意味したɸaruという動詞と、付着すること/付着させることを意味したɸaruという動詞が背後にあるように見えます。

水を意味するpark-、pirk-、purk-、perk-、pork-(par-、pir-、pur-、per-、por-、pak-、pik-、puk-、pek-、pok-)のような語から始まります。

(1)水を意味していた*paraという語が、その横の平らな土地を意味するようになります(これはɸara(原)から窺えます)。ここから、平らに広がること/広げることを意味するɸaruという動詞が生まれます。

(2)水を意味していた*paraという語が、その横の盛り上がった土地を意味するようになります(これはɸara(腹)から窺えます)。ここから、盛り上がることを意味するɸaruという動詞が生まれます(「現役バリバリ」のbaribari(バリバリ)は、盛りにあること、盛んであることを意味しているのでしょう)。

(3)水を意味していた*paraという語が、雨を意味することができず、落下、下方向、下を意味するようになります(これはparapara(ぱらぱら)から窺えます。paratuku(ぱらつく)のparaが水を意味しているのか、雨を意味しているのか、下を意味しているのか微妙ですが、tukuが落ちることを意味しているのは間違いないでしょう)。ここから、倒れることを意味するɸaruという動詞が生まれます。単にɸaruと言うだけではよく通じず、前に語を付け足して、倒れることを意味しようとしたと見られます(kutabaru(くたばる)やhetabaru(へたばる)など)。倒れることを意味するɸaruという動詞があったのなら、上のpetaʔ(ぺたっ)とtuku(付く)で見たように、付着という意味が生まれてくる可能性は大いにあります。

「張り紙」と書いたらよいか、「貼り紙」と書いたらよいかという問題が生じるのは、「壁にharu」のharuに、平らに広がる/広げるという(1)の意味と、付着する/付着させるという(3)の意味が混在しているからでしょう。同じ音の語があれば、それらが干渉し合うこともあります。「壁にharu」のharuは、(1)の流れと(3)の流れを汲んでいるのでしょう。

 

補説

ɸata(端)とɸasi(端)だけではない

本ブログの読者は日本語のいわゆる「擬態語」がなんなのかだんだんわかってきたと思うので、もう少し例を追加しておきます。

奈良時代の日本語のɸata(端)とɸasi(端)から、水と陸の境のあたりを*pataと言ったり、*pasiと言ったりしていたことが窺えます。*pataと言ったり、*pasiと言ったりしていたのなら、*pasaと言うことだってあったでしょう。この境を意味する*pasaから生まれたのが、切ることを意味するbasaʔ(ばさっ)/bassari(ばっさり)と見られます。

いつもの図は示しませんが、水(川)を意味していた語が横の部分を意味するようになるのは超頻出パターンです。水を意味していた*pataは、手・腕を意味するようになることもあったはずです。そのことは、utu(打つ)とtataku(叩く)の類義語であるɸataku(叩く)から窺えます。手を叩く時のpatipati(ぱちぱち)や頬を叩く時のbasiʔ(ばしっ)なども同じところから来たのでしょう。

*pataは、人間の手・腕だけでなく、鳥の羽・翼を意味することもあったにちがいありません。patapata(ぱたぱた)、batabata(ばたばた)、basabasa(ばさばさ)がそのことを物語っています。

日本語のいわゆる「擬態語」は、あくまで他の語彙といっしょに、他の語彙と同じように考えるべきものなのです。

正直に言って、日本語の起源と歴史を考えるうえで日本語の「擬態語」がこんなに重要になるとは、筆者も思っていませんでした。

下(した)と舌(した)、そこには奇妙で怪しい関係が・・・

筆者も、sita(下)とsita(舌)に関係があるとは思っていませんでした。本ブログで下→穴→口という意味変化を何度もお見せしていますが、「下」と「口」ならわかります。でも、「下」と「舌」です。関係ないだろうと、思い込んでいました。そのために、大変な苦労をすることになりました。

高句麗人が書き残した謎の漢字「口(くち)」の語源の記事で示したように、口を意味することができなかった語が、口から出てくるものを意味するようになることはよくあります。口から出てくるものというのは、声であったり、言葉であったり、歌であったりします。そのことは十分にわかっていたのですが、舌も口から出てくるものであるという当たり前のことが盲点になっていました(イラストはいらすとや様のウェブサイトより引用)。

どうやら、日本語のsita(舌)は、口を意味することができなくて、舌を意味するようになった語のようです。まさかと思いましたが、そのようなのです。

例として、舌の俗称であるbero(べろ)について考えてみましょう。舐めることを表すperopero(ぺろぺろ)という語もあります。舌を意味する*peroという語があったと考えられます。

ここで、下を意味する語から、落ちること、倒れること、転ぶこと、さらにもっと抽象的になって、疲れること、衰えること、病むこと、死ぬことを意味する語が生まれるパターンを思い出してください。「口(くち)」の語源の記事でgudenguden(ぐでんぐでん)も上記のパターンではないかと指摘しましたが、beronberon(べろんべろん)もこのパターンと思われます。gudenguden(ぐでんぐでん)も、beronberon(べろんべろん)も、下を意味する語が、酔いつぶれることを意味するようになったものだということです。

力を使い果たしたような弱々しい様子を表すherohero(へろへろ)も、関係があるでしょう。kutakuta(くたくた)がgudenguden(ぐでんぐでん)につながっているように、herohero(へろへろ)がberonberon(べろんべろん)につながっているわけです。下を意味する*peroという語があって、ここからherohero(へろへろ)とberonberon(べろんべろん)が生まれたと考えられます。

この下を意味する*peroと舌を意味する*peroの話は、冒頭のsita(下)とsita(舌)の話と妙に重なります。

「下」と「舌」のつながりを決定的に示すために、もう一例挙げます。今度は、nameru(舐める)について考えてみましょう。nameru(舐める)の古形はnamu(舐む)です。

タイ系言語の水を意味するnam-、nim-、num-、nem-、nom-のような語(mの部分は、mであったり、bであったり、pであったりします)が日本語に大量に入ったことは本ブログでお話ししていますが、やはり下を意味するようになることもあったようです。

namaru(訛る)とnamaru(鈍る)はそのことを示しています。

namaru(訛る)はわかりにくいかもしれません。英語はEnglishですが、その前にbreak(壊す)の過去分詞を付けてbroken Englishとすると、普通の英語から逸脱した英語を意味します。namaru(訛る)も、今ではわかりにくくなっていますが、崩れることを意味していたと考えられる語なのです。崩壊・破壊を意味する語が「下」から来ていることは、「口(くち)」の語源の記事で説明しました。つまり、下を意味する*namaという語があって、そこから崩れることを意味するnamaruが生まれたということです。

下を意味する*namaという語があったことは、namaru(鈍る)からも窺えます。「腕が鈍った」と言いますが、どういう意味でしょうか。能力が衰える、低下する、弱るのような意味であることは間違いないでしょう。otoroɸu(衰ふ)とyowa(弱)が「下」から来たことは、すでにお話ししました。namaru(鈍る)も「下」から来たと考えられます。

下を意味する*namaという語があったことは確実です(この形からいくらか隔たっていますが、neburu(眠る)やniburu(鈍る)も同源と見られます)。

sita(下)とsita(舌)、下を意味する*peroと舌を意味する*pero、下を意味する*namaとnamu(舐む)と見てきましたが、「下」と「舌」につながりがあることは否定できません。しかし、「下」と「口」ではなく、「下」と「舌」であるというのが、悩ましいところです。

フィンランド語で舌を意味する語はkieliです。フィンランド語で言葉・言語を意味する語もkieliです。ハンガリー語で舌を意味する語はnyelvです。ハンガリー語で言葉・言語を意味する語もnyelvです。同じ語が一方で舌を意味し、他方で言葉・言語を意味するという現象は、よく見られます。この傾向は、東アジア方面より、ヨーロッパ方面で強いです。

筆者は、この現象は奇妙な現象だと思っていました。だれかが言葉・言語を話しているところを思い浮かべてください。見えるのは、舌が盛んに動いている様子ではなく、口が盛んに動いている様子です(もちろん舌も口の中で動いていますが)。口を意味する語が言葉・言語を意味するようになるのが自然ではないかというのが、筆者の考えでした。実際、日本語のkoto(言)、そしてkoto(言)とɸa(端)がくっついたkotoba(言葉)は、「口(くち)」の語源の記事で示したように、「口」から来ています。

人間の言語の語彙が形成されていく過程で、口を意味することができなかった語が、口から出るものとして、舌を意味するようになり、その一方で、口から出るものとして、言葉・言語を意味するようになることがあったのではないかと思われます。そうして、同じ語で舌と言葉・言語を意味するという習慣が成立するわけです。

日本語には、話すことを表すberabera(べらべら)とperapera(ぺらぺら)という語もあります。berabera(べらべら)とperapera(ぺらぺら)は、「下」と「舌」の中間段階である「口」から来たのではないかと思われます。

下と舌の間につながりがあるといっても、下から舌へ直接行くのは無理であり、口(穴)を経由するのでしょう。

berabera(べらべら)とperapera(ぺらぺら)は、口から言葉がどんどん出てくる感じですが、その意味では、petyakutya(ぺちゃくちゃ)も似ています。petyakutya(ぺちゃくちゃ)のkutyaの部分は、「口」から来たことが自明ですが、petyaの部分も、「口」から来たと見られます。つぶれることを表すpetanko(ぺたんこ)/petyanko(ぺちゃんこ)/pesyanko(ぺしゃんこ)に「下」という意味を見て取ることができます(餅つきのpettanpettan(ぺったんぺったん)も下方向へ打撃を加えているところです。「下」という意味が少し違う方向に展開したのがhetatu(へたる)、hetabaru(へたばる)、hetoheto(へとへと)などです)。この「下」が「口」に変化したのでしょう。やはり、berabera(べらべら)とperapera(ぺらぺら)も「口」から来たと考えるのが妥当です。

軽々と完食することを「ぺろっと平らげる、ぺろりと平らげる」と言いますが、このperoʔ(ぺろっ)/perori(ぺろり)も、「舌」というより、「口」から来たと考えたほうがしっくりくるのではないでしょうか。

大きな枠組みで考えると、水を意味するpark-、pirk-、purk-、perk-、pork-(par-、pir-、pur-、per-、por-、pak-、pik-、puk-、pek-、pok-)のような語から、下を意味するper-(今回の記事)が生まれたり、下を意味するpek-(前回の記事)が生まれたりしたと考えられます。

 

なぜこんなにタイ系の語彙が多いのか

タイ系言語の水を意味するnam-、nim-、num-、nem-、nom-のような語(mの部分は、mであったり、bであったり、pであったりします)が日本語に大量に入っており、namaru(訛る)、namaru(鈍る)、neburu(眠る)、niburu(鈍る)もそうであると上で述べました。下を意味する*nama、*nebu、*nibuという語があったということです。

昔の日本語には、midu(水)とmi(水)やnaka(中)とna(中)のように、長い形と短い形が見られる場合がありました。タイ系言語から入ったと考えられるnuma(沼)にも、numa(沼)とnu(沼)という形がありました。

下を意味する*nama、*nebu、*nibuという形だけでなく、下を意味する*na、*ne、*niという形もあった可能性が高いです。*neの存在は確実です。「山(やま)」の語源、死者が行くという黄泉の国はどこにあったのか?の記事でお話しした「ネノクニ、シタツクニ、ヨモツクニ、ヨミノクニ」に現れています。*neは最終的に「下」を意味することができず、「根」を意味するようになったのです。

寝返りを打つという現象、そして「寝る」と「眠る」の語源への記事でneburu(眠る)とnu(寝)を取り上げましたが、下を意味する*nebuからできたのがneburu(眠る)で、下を意味する*neからできたのがnu(寝)でしょう(詳しくは、同記事を参照)。

下を意味する*naもあったように見えます。

奈良時代の日本語には、ne(音)、naru(鳴る)、nasu(鳴す)、naku(鳴く)という語がありました(nasu(鳴す)は廃れてしまい、代わりにnaru(鳴る)から作られたnarasu(鳴らす)が使われるようになりました)。これは、*ma(目)がme(目)になったり、*ta(手)がte(手)になったりしたように、*na(音)がne(音)になったと考えられるものです。naru(鳴る)、nasu(鳴す)、naku(鳴く)のnaは、組み込まれているので、変化しないわけです。

下を意味するot-のような語が穴・口を意味するようになり、そこからoto(音)という語が生まれたこと、下を意味するut-のような語が穴・口を意味するようになり、そこからuta(歌)という語が生まれたことを思い出してください。ここでも同様に、下を意味する*naが穴・口を意味するようになり、そこから*na(音)が生まれたと見られます。

下を意味する*niもあったように見えます。

「南(みなみ)」と「北(きた)」の語源、「みなみ」は存在したが「きた」は存在しなかったの記事で、minami(南)とkita(北)の語源を明らかにしました。残るは、higasi(東)とnisi(西)です。奈良時代には、ɸimukasi(東)とnisi(西)です。共通しているsiは、方向を意味していると考えられます(横向きであることを意味したyokosama/yokosa/yokosima/yokosiなどから窺えるように、sama/sa/sima/siは方、方向、向きを意味していました)。ɸimukasi(東)の分析は別の機会にまわしますが、nisi(西)は「日が沈む方向」で間違いないでしょう。ここにniが出てきます。ɸimukasiという言い方からして、ɸinisiという言い方もあったかもしれません。

※水・水域を意味していた語がその横の部分、草、木、森、山、緑などを意味するようになり、そこから「若い、新しい」という意味が生まれてくることはお話ししました(アルダン川、シベリアの秘境?を参照)。廃れてしまいましたが、niɸa/niɸi(新)(推定古形*nipa/*nipi)も、タイ系言語から来たと考えられます。種から芽が出て少し時間が経過したぐらいの幼い植物を意味したnaɸa(苗)(推定古形*napa)も、niɸa/niɸi(新)と同類でしょう

ひょっとしたら、niɸa(庭)(推定古形*nipa)も関係があるかもしれません。奈良時代のniɸa(庭)は、意味が非常に広く、現代のbasyo(場所)に近いです。niɸa(庭)が短く詰まってba(場)という語ができたという経緯があります(nite(にて)がde(で)になったのと同様です)。奈良時代のniɸa(庭)は平らで広い場所を指していることが多いので、水・水域を意味していた語がその横の平らな土地を意味するようになるパターンかもしれません。

謎めくタイ系言語の存在は、本ブログの今後の展開にとって大変重要になってきます。

 

補説

方、方向、向きを意味するsama/sa/sima/siについて

方、方向、向きを意味するsama/sa/sima/siという語があったわけですが、これは本ブログでおなじみのあのメカニズムです。

水を意味するsam-、sim-、sum-、sem-、som-のような語があったことはすでにお話ししましたが、その語が横の陸地を意味するようになったところです。川の一方を指さしてsama/simaという語を使い、川の他方を指さしてsama/simaという語を使うようになるわけです。すぐにsama/simaに方、方向、向きという意味が生じるのが理解できるでしょう。

※ヤクザの言うsima(シマ)も土地を意味していた語でしょう。

samaは、上の構図から、2を意味しようとしたこともあったはずです。しかし、2を意味することは叶わず、samazama(さまざま)という形で多数を意味するようになったのです。これは、色の話の記事でお話ししたiroiro(いろいろ)の語源と全く同じパターンです。

奈良時代の日本語で動作が何回かあるいは何回も行われることを意味していたsiba(数)とsibasiba(しばしば)も、上の構図のsimaと無関係でないでしょう。

なぜ後ろに移動することを「下がる」と言うのか、「驚く」と「びっくりする」の意外な語源

「白線の内側にお下がりください」という駅のホームのアナウンスがありましたが、なぜうしろに移動することを「下がる」と言うのか、筆者にとって大きな謎でした。

sagaru(下がる)は下への移動とうしろへの移動の両方を表すわけですが、筆者はこれがsagaru(下がる)という語に独特の現象だと思っていました。しかし、実はそうではないことが明らかになってきました。

前に奈良時代の日本語のotu(落つ)、otosu(落とす)、otoru(劣る)、otoroɸu(衰ふ)という語を取り上げました。これらの語には、「下」という意味が感じられます、では、以下の語はどうでしょうか。以下の語は、「下」という意味が感じられないにもかかわらず、語形が大変よく似ています。

odu(怖づ)
odosu(脅す)
odoroku(驚く)

※現代の日本語のodoru(踊る、躍る)は、奈良時代にはwodoruであり、ここには並べられません。

なぜ「下」に関係がないのに、こんなに語形が似ているのでしょうか。odu(怖づ)は怖がることを意味する自動詞、odosu(脅す)は怖がらせることを意味する他動詞です。odu(怖づ)は、現代の日本語にoziru(怖じる)という形で残っていますが、廃れ気味です。odu(怖づ)からは、oduoduを経て、ozuozu(おずおず)とodoodo(おどおど)も生まれました。

勘のよい方は気づくかもしれません。odu(怖づ)、odosu(脅す)、odoroku(驚く)は「下」には関係がないけれども、「うしろ」には関係があるのではないかと。これは一体どういうことでしょうか。

まずは、ɸekomu(へこむ)という語から考察を始めましょう。

下を意味する*pekoという語があったと考えられます。これは、頭を下げることを表すpekoʔ(ぺこっ)、pekori(ぺこり)、pekopeko(ぺこぺこ)からも窺えます。頭を下げる時のpekopeko(ぺこぺこ)だけでなく、おなかが空いた時のpekopeko(ぺこぺこ)の語源も、ここにあります。下を意味していた語が穴を意味するようになり、穴を意味していた語がからっぽであることを意味するようになるパターンです(「口(くち)」の語源の記事でお話ししたutu(空)とkara(空)と同じパターンです)。

このように、現代の日本語のhekomu(へこむ)は下を意味する*pekoから来たと考えられますが、hekomu(へこむ)は下方向でなくても使われています。床を見て「床がへこんでいる」と言うだけでなく、壁を見て「壁がへこんでいる」と言うこともできます。同じことは、kubo(窪)から作られたkubomu(くぼむ)にも言えます。下方向への動きを意味していた語が、下方向以外への動きを意味するようになるというのが、重要なポイントです。以下の写真を見てください(写真は大河内工務店様のウェブサイトより引用)。

写真は、床面ではなく、壁面です。へこんだ部分が設けられて、小物が置けるようになっています。下方向への動きを意味していた語が、下方向以外への動きを意味するようになると、「引っ込む、後退する、遠ざかる」のような語が生まれてきそうではないでしょうか。

奈良時代の日本語には、taka(高)の反対として、ɸiki(低)という語がありました。ɸiki(低)からɸikisi(低し)が作られ、ɸikisi(低し)がɸikusi(低し)に変化しました。

下を意味するpik-のような語(先ほどの*pekoと無関係でないでしょう)があり、ここからɸiki(低)とɸiku(引く)が生まれたと見られます。ɸiku(引く)は、奈良時代の時点ですでに他動詞として定着していましたが、その前に自動詞として働いていたのではないかと思われます。「潮が引く」などの表現はかつてのなごりでしょう。

oku(置く)とɸiku(引く)には、少し似たところがあります。oku(置く)は、すでに述べましたが、奈良時代の「雪置く」(雪が降るという意味)や「霜置く」(霜が降りるという意味)のような表現から窺えるように、最初は自動詞で、そこから他動詞に変化していったと見られる語です。ɸiku(引く)も、最初は自動詞で、そこから他動詞に変化していったと見られます。違うのは、oku(置く)にはもとの「下」という意味が残っているが、ɸiku(引く)にはもとの「下」という意味は残っておらず、代わりに「うしろ」という意味が残っている点です。ɸiku(引く)と同源で、もっと抽象的になったのが、ɸikaɸu(控ふ)です(現代では、ɸikaɸu(控ふ)はhikaeru(控える)になっています)。

下方向への動きを意味していた語が、下方向以外への動き、特にうしろへの動きを意味するようになるとわかったところで、冒頭のsagaru(下がる)に戻りましょう。sagaru(下がる)という語から、下を意味する*sakaという語があったと考えられます。この*sakaから、下方向への動きまたはうしろへの動きを意味する語として生まれたのが、sagaru(下がる)、sagu(下ぐ)、sakaru(離る)、saku(離く)です(現代では、sagu(下ぐ)はsageru(下げる)になり、saku(離く)はsakeru(避ける)になっています。sakeru(避ける)は、対象物を離すというより、自分が離れるという意味が強くなっています)。

なぜsagaru(下がる)は下への移動とうしろへの移動を意味するのかという筆者の疑問の答えは、ここにあったのです。

otu(落つ)、otosu(落とす)、otoru(劣る)、otoroɸu(衰ふ)にはもとの「下」という意味が残り、odu(怖づ)、odosu(脅す)、odoroku(驚く)には代わりに「うしろ」という意味が残っていると考えられます。身を引くことを意味していた語が、怖がることや驚くことを意味するようになったということです。

同じように、ɸiku(引く)からbikuʔ(びくっ)、bikkuri(びっくり)、bikubiku(びくびく)が生まれたのでしょう。

otu(落つ)、otosu(落とす)、otoru(劣る)、otoroɸu(衰ふ)と、odu(怖づ)、odosu(脅す)、odoroku(驚く)から、ot-/od-という形が窺えますが、os-/oz-という形もあったのではないかと思われます。ot-、od-、oz-、os-のようなバリエーションがあったのではないかということです。

日本語の歴史において、あるいは日本語とその周辺言語の歴史において、t、d、z、sのバリエーションが生じることは多かったようです。例えば、ɸata(端)とɸasi(端)、ɸidi(肘)とɸiza(膝)、ɸutagu(塞ぐ)とɸusagu(塞ぐ)のように、同源でありながら少し違う形ができるわけです(ɸidi(肘)とɸiza(膝)の語源については、結局のところ「膝(ひざ)」と「肘(ひじ)」の語源は同じだった(改訂版)を参照)。

奈良時代の日本語のosu(押す)、osaɸu(押さふ、抑ふ)、osoɸu(襲ふ)は、特に上から力を加える場面で使われていました。「上から力を加える」というのは、つまり「下方向へ力を加える」ということです。osoɸu(襲ふ)は、osu(押す)とosaɸu(押さふ、抑ふ)に似た使い方をされていましたが、そこから現代のような襲撃という意味が生じてきました。下を意味するot-のような語と並んで、下を意味するos-のような語があったと考えられます。

上で説明したように、odu(怖づ)は、もとの「下」という意味が消えて、代わりに「うしろ」という意味が残りましたが、同じように、osoru(恐る)も、もとの「下」という意味が消えて、代わりに「うしろ」という意味が残ったのかもしれません。

最後に、下を意味するot-のような語の異形と考えられる、下を意味するut-のような語にも触れておきましょう。このut-のような語からも様々な語が生まれましたが、もとの下という意味が残っている語もあれば、もとの下という意味が消えてしまった語もあります。

例えば、utumuku(うつむく)には、下という意味がはっきり残っています。しかし、utosi(疎し)では、下という意味が完全に消えています。utosi(疎し)は、なにかが遠くにあること、そして親しみがないことを意味する語です。この語は、下を意味していたut-のような語が遠くを意味するようになって生まれたと考えられる語です。下を意味していた語が後方・遠方を意味するようになるのは、上の写真で説明した通りです。utosi(疎し)と同源の語として、utomu(疎む)とutomasi(疎まし)がありますが、utomu(疎む)は嫌で遠ざけること、utomasi(疎まし)は嫌で遠ざけたいことを意味しています。

「口(くち)」の語源の記事で、下を意味するut-のような語が、下→穴→口と意味変化し、uta(歌)という語が生まれたことをお話ししましたが、上で指摘したt、d、z、sのバリエーションを考えれば、uso(嘘)も同源でしょう。世界の言語を見渡しても、嘘を意味する語はやはり口に関係しています。utu(空)と同様に穴を意味していたであろうusu(臼)もつながりがあるかもしれません(写真は小柳産業様のウェブサイトより引用)。

筆者は、sagaru(下がる)は下への移動とうしろへの移動を意味する非常に特殊な語であると考えていましたが、そうではなく、sagaru(下がる)はよく起きる意味変化をよく表している語だったのです。

次回の記事では、sita(下)と関係がないように見えながら、実は関係があるsita(舌)の話をします。