「石(いし)」の語源はとても難解だった

日本語のisi(石)の語源はとても難解です。基本的な語ではありますが、ウラル語族との共通語彙ではありません。ウラル語族では、石のことを以下のように言います。

ウドムルト語・コミ語のiz(石)は、ウラル語族では非標準的な語です。日本語のisi(石)と関係があるとしても、それは間接的な関係です。間接的な関係というのは、ウラル語族とも日本語とも違う言語群があって、その言語群が一方でウドムルト語・コミ語にiz(石)という語を提供し、他方で日本語にisi(石)という語を提供したという意味です。

ウラル語族と日本語に限らず、一般に「石」の語源を考えるのは難しく、前提として知っておかなければならないことがあります。まず、中国語の例を挙げて説明します。

古代中国語のxoj(海)とmwoj(每)

古代中国語にxoj(海)ホイとmwoj(每)ムオイという語がありました(xojとmwojはBaxter 2014にしたがった表記ですが、実際の発音は中国語の各時代・各地方の方言によって少しずつ異なり、xojとmwojのoの部分がaに近い音であることもありました。そのことは、日本語における音読みからもわかります)。

xoj(海)はseaという意味、mwoj(每)はeveryという意味です。つまり、xoj(海)とmwoj(每)には、意味的なつながりは全くありません。したがって、「海」という字は、偏(へん)が意味領域を表し、旁(つくり)が音を示すという中国語のお得意のパターンであると考えられます。しかし、ここで首をかしげたくなります。mwoj(每)とxoj(海)では発音が全然違うではないか、「每」は「海」の発音を示していないではないかと。どうやら、漢字が作られた時代には「每」と「海」は似た発音を持っていたが、隋・唐の時代には「每」はmwojという発音を持ち、「海」はxojという発音を持つようになったらしいのです。

「每」と「海」はもともとどのように発音されていたのかという問題を考えなければなりません。隋・唐の時代にはmwoj(每)とxoj(海)であり、本当に「每」と「海」は似た発音を持っていたのかと思ってしまいそうですが、実はシナ・チベット語族には、[m]という子音のほかにもう一つ変わった子音が見られます。それは、[m̥]という子音です。[m]は有声両唇鼻音と呼ばれ、[m̥]は無声両唇鼻音と呼ばれます。外国人が聞くと、[m̥]は[m]の前に[h]があるように聞こえます。maはマ、m̥aはフマという感じです。実際、[m̥]は外国人向けにhmと表記されることが多いです。シナ・チベット語族の研究者はSchuessler 2007のように「海」の発音の先頭の部分はhmのような音であったと考えていますが、筆者もそのように考えています。その後mが弱化して消失し、中国語にはhmのような音はなくなったと考えているわけです。

上の考えとよく合うのが、奈良時代の日本語のɸama(浜)です。海は水の部分で、浜は陸の部分ではないかと言われればその通りですが、水・水域を意味していた語がその隣接部分を意味するようになることは非常に多いのです。例えばウラル語族では、フィンランド語ranta(岸)はインド・ヨーロッパ語族の英語strand(岸)の類を取り入れたのではないかと考えられているので該当しませんが(昔のフィンランド語は語頭の子音連続を許しませんでした)、多くの言語はコミ語vador(岸)やマンシ語wāta(岸)のように明らかにインド・ヨーロッパ語族の英語water(水)の類を取り入れています。奈良時代の日本語にumiɸe(海辺)、ɸamaɸe(浜辺)という語がありましたが、かつてはumi(海)だけでなくɸama(浜)もseaを意味していたのでしょう。そして最終的に、umi(海)がseaを意味し、ɸama(浜)がその隣接部分を意味するという形に落ち着いたのでしょう。

なぜこのような話をしたかというと、奈良時代の日本語にumiɸe(海辺)とɸamaɸe(浜辺)のほかにisoɸe(磯辺)という語があったからです。umi(海)とɸama(浜)と同じようにiso(磯)もかつてseaを意味していた可能性があるのです。奈良時代の時点ではすでに、iso(磯)は岩石でできたごつごつした海岸を意味したり、岩石を意味したりしていました。おそらくisoとisiは意味が大きく重なっていて、そこからisoは岩石でできたごつごつした海岸を意味し、isiは岩石を意味するようになっていったと思われます。奈良時代の人々は砂のことをisagoと呼んでいたので、組み込まれた*isaが最も古い形で、isoとisiは後から生まれた形かもしれません。さらに、奈良時代の人々が漁をすることをizaru(漁る)と言っていた点も見逃せません。ɸama(浜)と同じように、*isaがかつて海を意味し、そこから陸に上がってきたことを思わせるからです。umi(海)という語があるので、ɸama(浜)は平坦な海岸を意味するようになり、*isaは岩石でできたごつごつした海岸を意味するようになるという展開です。水・水域を意味していた語が隣接部分を意味するようになることが多いのは、先ほど述べた通りです。陸に上がってくるのです。

前に、インド・ヨーロッパ語族の英語water(水)の類が日本語のwata(海)になったことをお話ししました。同じように、他言語の「水」が日本語の*isa(海)になった可能性も考えたくなります。

ちなみに、テュルク系のトルコ語にsu(水)という語があります。トルコ語と少し離れた関係にあるウズベク語ではsuv(水)、トルコ語と遠く離れた関係にあるチュヴァシ語ではşɯv(水)シュヴという具合です。テュルク系言語の「水」は古代中国語のsywij(水)シウイに形がよく似ています。これが偶然かどうかはともかく、海水を意味するsiɸo(潮)とそこから取れるsiɸo(塩)はテュルク系言語か古代中国語の「水」から来たと見られます。

そうなると、*isa(海)はどこの言語の「水」から来たのでしょうか。インド・ヨーロッパ語族の英語water(水)の類がwata(海)になった、テュルク系言語のトルコ語su(水)の類または古代中国語のsywij(水)がsiɸo(潮)になった、そしてベトナム語nước(水)ヌー(ク)の類とタイ語naam(水)の類はここでは明らかに関係がないとなると、目を向けなければならないのはモンゴル系言語のモンゴル語us(水)の類です。

現代人が水と石と言われてもすぐに結びつかないかもしれませんが、水・水域とその隣接部分には密接な結びつきがあり、その隣接部分と石にも密接な結びつきがあります。かつては海沿い・川沿いに石がごろごろしている光景が普通だったのです。

冒頭の表に示したように、ウラル語族にはフィンランド語のkivi(石)のような語があります。kivi(石)は、組み込まれたkive-という形を見せ、推定祖形は*kiweです。水・水域の隣接部分を意味していた日本語のkiɸa(際)となんらかのつながりがありそうです。朝鮮語tol(石)、エヴェンキ語djolo(石)デョロ、モンゴル語tʃhuluu(石)チョローはニヴフ語tjo(岸)テョと関係がありそうです(昔の日本語では刃物などを磨く時に使う石をto(砥)と言っていましたが、これも同源でしょう)。

このように、水と石の密接な関係は頭に入れておかなければなりません(繰り返しますが、水と岸に密接な関係があり、さらに、岸と石に密接な関係があるのです)。

モンゴル語の文字記録が現れるのは13世紀からで、日本語と接していた頃(古代中国の春秋戦国時代以前)のモンゴル系言語の姿を確かめることはできません。しかし、現代のモンゴル語にus(水)という語がありますが、インド・ヨーロッパ語族、ウラル語族、テュルク系言語などでそうであるように、モンゴル系言語の内部にも形のバリエーションがあったはずです。例えば、ウラル語族の中でフィンランド語に比較的近縁な言語を見ても、フィンランド語vesi(水)、エルジャ語vjedj(水)ヴィエディ、マリ語vüd(水)ヴィドゥ、ウドムルト語vu(水)、コミ語va(水)のようなバリエーションがあります。特に母音は変わりやすいです。かつてのモンゴル系言語の中に水のことをisのように言う言語があったと思われます。

日本語は他の言語の「水」を徹底的に取り込んでおり、日本語に大きな影響を与えた言語からはもちろんのこと、日本語にほとんど影響を与えていないアイヌ系言語からも、アイヌ語wakka(水)のような語をwaku(湧く)という形で取り込んでいます。当然モンゴル系言語の「水」も取り込まれたはずで、上に説明した*isa(海)、iso(磯)、isi(石)がどこから来たのか考えると、半ば消去法的ではありますが、モンゴル系言語の「水」に行き着くのです。

水と石の結びつきはなんとも意外ですが、この結びつきは世界的に認められます。古代中国語のdzyek(石)ヂエクも、古代北ユーラシアの巨大な言語群で水を意味したjak-、jik-、juk-、jek、jok-から来ている可能性があります。古代中国語のdzyek(石)については、別のところで詳しく検討しましょう。

 

参考文献

Baxter W. H. et al. 2014. Old Chinese: A New Reconstruction. Oxford University Press.

Schuessler A. 2007. ABC Etymological Dictionary of Old Chinese. University of Hawai’i Press.

「しっかり」の語源、やはり中国語だった

以前に書いた「ちゃんと」と「きちんと」は中国語由来だったの記事を読んでくださる方が多いので、もう一つ関連記事を書いておきます。

「しっかり」の語源

タイトルの通り、sikkari(しっかり)も中国語由来です。sikkari(しっかり)ほどよく使われませんが、sika(しか)という語があり、こっちが先に存在していたと考えられます。「しかと受け止める、しかと受け取る」のように使われます。

sika(しか)を漢字で書くことはほとんどありませんが、漢字で書けば「確」です。「確」という漢字に、語源を考えるためのヒントが隠されています。これは「石」の話なのです。私たちが石に抱く素朴なイメージとは、どのようなものでしょうか。「かたい」と「重い」ではないでしょうか。

古代中国語にdzyek(石)ヂエクという語がありました。この語は、ある時代にzyakuとsekiという音読みで日本語に取り入れられました。しかし、実はそれだけではありません。

前に、古代中国語で敷物を意味したziek(席)ズィエクという語を取り上げたことがありました。ziek(席)は、zyakuとsekiという音読みで日本語に取り入れられましたが、それだけでなく、siku(敷く)という語にもなっていました。同じように、dzyek(石)は、zyakuとsekiという音読みで日本語に取り入れられましたが、それだけでなく、sika(しか)という語にもなっていたのです。

日本語にはisi(石)という語があるので、古代中国語のdzyek(石)はなにか石に関係のあることを意味しようとします。その結果、(石のような)かたい感じ、揺らがない感じ、安定した感じを表すようになったのです。こうしてsika(しか)、さらにはsikkari(しっかり)という語ができました。かたさを意味するという点で、筋肉や皮下組織の一部が凝り固まる時のsikoru(しこる)/sikori(しこり)や歯ごたえがある時のsikosiko(しこしこ)も無関係でないかもしれません。

「確か」の語源

sikkari(しっかり)の語源は「石」でしたが、tasika(確か)の語源も「石」のようです。テュルク系言語から日本語に語彙が入っていることはすでにお話ししていますが、テュルク系言語では石のことをトルコ語taş(石)タシュ、カザフ語tas(石)、ウズベク語tosh(石)トシュ、ヤクート語taas(石)のように言います。

日本語にはisi(石)という語があるので、テュルク系言語の「石」もなにか石に関係のあることを意味しようとします。そうしてできたのが、揺るぎない感じを表すtasika(確か)や、重量感を表すdosiʔ(どしっ)、dossiri(どっしり)、dosin(どしん)、dosun(どすん)、dosaʔ(どさっ)などであったと思われます。dosiʔ(どしっ)、dossiri(どっしり)、dosin(どしん)が若干変化したのがzusiʔ(ずしっ)、zussiri(ずっしり)、zusin(ずしん)です。

sikkari(しっかり)は古代中国語のdzyek(石)から来た、tasika(確か)はテュルク系言語のトルコ語taş(石)の類から来た、では肝心のisi(石)はどこから来たのかということになります。isi(石)の語源は難解で、sikkari(しっかり)とtasika(確か)のように短く説明できないので、記事を改めます。

アメリカ大陸のインディアンとは誰なのか?

かつて北ユーラシアを支配し、インド・ヨーロッパ語族、ウラル語族、そして東アジアの諸言語に大きな影響を与えた巨大な言語群は、意外かもしれませんが、アメリカ大陸のインディアンと深い関係があるようです。

アメリカ大陸のインディアンの言語事情は複雑です。インディアンの諸言語は、互いの隔たりが非常に大きく、分類するのがなかなか困難です。インディアンの諸言語の中で名前が最もよく知られているのは、北米ではナバホ語、南米ではケチュア語あたりでしょうか。ちなみに、ナバホ語では水のことをtóと言い、ケチュア語では水のことをyakuヤクと言います。

本ブログの最初のほうで説明したように、筆者の言語の歴史の研究は、日本語とウラル語族の言語に共通語彙が見られることを不思議に思ったところから始まりました。その後、日本語には、ウラル語族との共通語彙のほかに、シナ・チベット語族、ベトナム系言語、タイ系言語から取り入れた語彙があること、そしてさらに、インド・ヨーロッパ語族、テュルク系言語、モンゴル系言語から取り入れた語彙があることが明らかになりました。日本語の複雑な歴史、インド・ヨーロッパ語族はこんなに近くまで来ていたの記事で、そのような構図を示しました。同記事で示した図は、春秋戦国時代に入る少し前の中国東海岸地域を念頭に置いています。しかしながら、研究を進める中で、上に列挙した言語群だけでは日本語の語彙を説明しきれないということも感じていました。今だから言えることですが、日本語の起源や歴史というのは、日本と近隣地域の言語だけを見て解き明かせる問題ではなかったのです。

筆者にとって大変気になったのは、出所不明の語彙がヨーロッパ方面から東アジア方面まで大きく広がっていることでした。すでに示したウラル語族のフィンランド語joki(川)ヨキ、ハンガリー語jó(川)ヨー、マンシ語jā(川)ヤー、ハンティ語joxan(川)ヨハンやフィンランド語jää(氷)ヤー、ハンガリー語jég(氷)イェーグ、マンシ語jāŋk(氷)ヤーンク、ハンティ語jeŋk(氷)イェンクなどは典型的な例です。ここに、インド・ヨーロッパ語族のヒッタイト語ekuzi(飲む)、トカラ語yoktsi(飲む)や、古代中国語のyek(液)イエク、yowk(浴)イオウクなどを並べれば、明らかに「水」の存在が感じられます。水を意味するjak-、jik-、juk-、jek-、jok-のような語があったのではないかと考えたくなるところです。しかし、インド・ヨーロッパ語族のヒッタイト語watar(水)、トカラ語war(水)も、ウラル語族のフィンランド語vesi(水)、ハンガリー語víz(水)ヴィーズも、古代中国語のsywij(水)シウイも、全く別物です。こうなると、水を意味するjak-、jik-、juk-、jek-、jok-のような語は違う言語群に存在し、その違う言語群がインド・ヨーロッパ語族、ウラル語族、古代中国語に語彙を提供したと考えないと、つじつまが合いません。インド・ヨーロッパ語族のラテン語aqua(水)やウラル語族のハンティ語jiŋk(水)インクは、北ユーラシアに水を意味するjak-、jik-、juk-、jek-、jok-のような語が存在したことを裏づけています。ただし、気をつけなければならないのは、ラテン語aqua(水)はインド・ヨーロッパ語族では非標準的な語であり、ハンティ語jiŋk(水)もウラル語族では非標準的な語であるということです。水を意味するjak-、jik-、juk-、jek-、jok-のような語はインド・ヨーロッパ語族とウラル語族の外に存在していたのです。

このような例をいくつも見るうちに、筆者は、かつて北ユーラシアに広がっていた巨大な言語群の存在を意識するようになりました。どうしてそこから筆者の目がアメリカ大陸のインディアンのほうに向いたのかということですが、これは近年の考古学や生物学のめざましい発展・成果によるところが大です。筆者は普段から、考古学や生物学の研究に注意を払っています。言語だけ調べて遠い過去の歴史を明らかにできるとは思っていないからです。

DNAを調べたりする分子人類学などの動向を追っている方は、北ユーラシアとインディアンの間につながりがあることをご存知かもしれません。しかし、大半の方は、北ユーラシアとインディアンと言われてもピンとこないかと思います。アメリカ大陸のインディアンは、東アジア・東南アジアの人々とどこか似ていて、どこか違う感じがする、謎めいた存在でもあります。そのため、まずはアメリカ大陸のインディアンがどのような歴史を持っている人たちなのか、考古学と生物学によって明らかになってきたことを簡単に紹介することにします。その後で、インディアンの言語の話に入ります。

先ほど示したケチュア語のyaku(水)は、なんとも印象的です。北ユーラシアに関係のある語でしょうか。それとも偶然の一致・類似でしょうか。