本ブログの今後の予定について

読者の皆様へ

本ブログをご覧いただき、誠にありがとうございます。

訪問してくださる方がいるというのは、大きな励みです。

皆様のご期待にお応えして、どんどんブログを書き進めたいところなのですが、私は言語の歴史以外にも様々な研究を抱えており、それらの研究も世に送り出せるようにしていかなければなりません。

私にとって、「日本語の意外な歴史」は初めての情報発信になりました。自分の研究テーマの中から一つを選び、試しに公開してみようということで、ブログを立ち上げました。有名人が書くブログではないので、見に来てくれる人がいるのだろうかと半信半疑でしたが、段々と読者が増えていくことを知り、少しほっとしています。

しかし同時に、研究成果が世間一般に知られるまでにはかなり時間がかかるであろうとも考えています。その他の研究に割く時間を犠牲にする形で「日本語の意外な歴史」を書き進めてきましたが、その他の研究に時間を割かなければならない時期が来ています。つきましては、「日本語の意外な歴史」の更新頻度を下げることをお許しください。「日本語の意外な歴史」は最低でも月2回は更新していく予定です。

言語の歴史は、私にとって大切なライフワークですが、あくまでライフワークの一つであるということをご理解いただければ幸甚です。今回の措置は、ブログを安定して長く続けていくための措置でもあります。まだ先の話ですが、異なる研究テーマは異なるウェブサイトで書いていくことになると思います。

今後ともよろしくお願いいたします。

金平譲司

 

変化する「日本語の意外な歴史」

「日本語の意外な歴史」では、現在進行中の研究について書いています。大筋はこれまで書いてきた通りですが、細かい部分では私の考え・見解は絶えず変化しています。

近年で最も大きな変化といえば、なんといってもインディアン系の言語が日本語に特大の影響を与えたことが明らかになってきたことです。日本語の語彙に得体の知れない巨大な部分があることは早くから察知していましたが、私はこれを中国語によって消し去られたシナ・チベット系言語の影響(遺産)であろうと長い間予想していました。ところがそうではないことが確実になってきたので、過去の記事も適宜修正していきます。

朝鮮語とアイヌ語については、私のブログでまだほとんど語っていませんが、日本語のすぐそばにある言語であり、興味を持たれている方も多いかと思います。朝鮮語とアイヌ語は、日本語以上に孤立してしまっています。日本語は6000~8000年ぐらい歴史を遡ればウラル語族との接点が見えそうですが、朝鮮語とアイヌ語の孤立度はもっと深いです。私の研究でも、朝鮮語とアイヌ語の起源は全く見当がつかないという時期がありました。しかし今では、そのような時期を脱しています。

インド・ヨーロッパ語族とウラル語族の拡散が始まる頃には、すでに北ユーラシアの言語の分布は大変複雑になっており、そこには、朝鮮語やアイヌ語と系統関係を持つ言語群も存在したようです。日本語と同じように、朝鮮語とアイヌ語も大量の外来語を含んでいると見られ、これらの歴史の研究も難航しそうですが、折に触れて本ブログでお話ししていきます。

「生きる」の語源

ikiru(生きる)の語源を説明する前に、kiri(霧)の話をはさみます。

水を意味していた語が「雨、氷、雪」を意味するようになるパターンはこれまでにたくさん出てきましたが、水を意味していた語が「水蒸気、湯気、霧、雲」を意味するようになるパターンも多いです。気体になったり、液体になったり、固体になったりするH2Oの話です。

細かいことを言うと、水蒸気は気体で目に見えません。空気には水蒸気が含まれていますが、空気の温度によって含むことのできる水蒸気の量が変わります。温度の高い空気は多量の水蒸気を含むことができますが、温度の低い空気は少量の水蒸気しか含むことができません。温度の高い空気が冷やされると(空気は常に限界量の水蒸気を含んでいるわけではありません。限界量の50パーセントの水蒸気を含んでいれば湿度50%、限界量の30パーセントの水蒸気を含んでいれば湿度30%と言います)、今まで含んでいた水蒸気を含みきれなくなってきます。含みきれなくなった水蒸気は、微細な水の粒になって(つまり気体から液体になって)空気中に現れます。この微細な水の粒が、湯気、霧、雲の正体です。湯気、霧、雲は、根本的に同じものです。

日本語のkiri(霧)の語源も「水」のようです。かつてアムール川・遼河周辺に存在した様々な言語は、日本語に非常に大きな影響を与えています。これらの言語は、日本語だけでなく、ツングース系言語にも大きな影響を与えているので、ツングース系言語にも目を向けることが大事です。

ツングース諸語に、エヴェンキ語giri(岸)、ナナイ語giria(森林)(このほかにkira(岸)という語もあります)、満州語girin(地帯)などの語があります。意味にばらつきがありますが、水・水域を意味することができなかった語が陸に上がったのではないかと思わせるところがあります。日本語の語彙も考え合わせると、水・水域を意味するkir-のような語が存在したと見られます。水・水域を意味することができなかった語が端の部分、境界の部分を意味するようになれば、girigiri(ぎりぎり)やkiru(切る)などの語が生まれます。kiri(霧)の語源も「水」でしょう。

水を意味するkir-のような語が広く存在したのであれば、本ブログで再三示しているキチ変化を通じてtʃir-、ʃir-のような語が生じる可能性が高いです。日本語のsira(白)とsiru(汁)は関係があるでしょう。以前にウラル語族のサモエード系にネネツ語のsɨra(雪)スィラのような語があることをお話ししましたが、日本語のsira(白)は、水を意味していた語が雪を意味しようとしたが、最終的にそれが叶わず、白を意味するようになったものと考えられます。日本語のsiru(汁)は、水を意味していた語が水以外の液体を意味するようになったものと考えられます。

水を意味した語は、sir-という形だけでなく、tir-という形でも日本語に入ったかもしれません。怪しいのがtiri(塵)とtiru(散る)です。これらもかつては霧の類を意味し、そこから意味が若干ずれながら、空気中に広がるもの、広がることを意味するようになったのかもしれません。英語のdust(塵)とドイツ語のDunst(霧)が対応しているので、ありえそうな話です。ウラル語族のサモエード系には、ネネツ語のtir(雲)のような語があります。

これらの例からして、北ユーラシアに水を意味するkir-のような語、そしてキチ変化を起こしたtʃir-、ʃir-のような語が存在したことは確実です。水を意味する語が水蒸気、湯気、霧、雲の類を意味するようになることがわかれば、ikiru(生きる)の語源はもうすぐそこです。謎を解く鍵は、人間が吐き出す白い息にあります。遼河のあたりは日本の北海道なみに寒いので、十分に白い息を見ることができます。気温が10°Cぐらいまで下がれば、はっきりと白い息が見えます。

古代北ユーラシアの巨大な言語群で水を意味したjak-、jik-、juk-、jek-、jok-のような語が、yuk-という形だけでなく、yik-またはik-という形でも日本語に入ってきたようです。これに該当するのが、*ika→ike(池)やiki(息)/iku(生く)です。iki(息)は、霧の類を意味していたところから息を意味するようになったのでしょう。そしてiku(生く)は、息をすることを意味していたところから生きることを意味するようになったのでしょう。

※息のことをiki(息)と言うこともあれば、*iko(息)と言うこともあったかもしれません。古代中国語では、sik(息)が息をすることだけでなく、休むことを意味する場合がありました。現代の日本語でも、「一息つく」と言って、休むことを意味する場合があります。*iko(息)からikoɸu(憩ふ)が作られたのかもしれません。

意外ですが、ikaru(怒る)も関係がありそうです。インディアンと日本語の深すぎる関係の記事で、amaru(余る)、aburu(溢る)、abaru(暴る)は「水」から来たのではないかと述べましたが、ikaru(怒る)も「水」から来たと思われます。abaru(暴る)と同様に、ikaru(怒る)ももともと水・水域が荒れ狂うことを意味したのでしょう。同じようなことは、midu(水)とmidaru(乱る)からも窺えます。midu(水)はかつては*mida(水)だったと考えられます。midu(水)が*mida(水)だったとすると、インド・ヨーロッパ語族とウラル語族に一層近づきます(「水(みず)」の語源、日本語はひょっとして・・・を参照)。midara(淫ら)のような語もできました。abaru(暴る)、ikaru(怒る)、midaru(乱る)のような語はどのようにして生まれたのだろうと考えてしまいますが、水のことだったのです。水道などがない遠い昔の人々は、水域の近くに住み、水域に通っていたはずで、水域の様子は大きな関心事だったにちがいありません。

最後に、ama(天)にも言及しておきましょう。インド・ヨーロッパ語族のラテン語nebula(霧)、古代ギリシャ語nephele/nephos(雲)、サンスクリット語nabhas(霧、雲、空)、ロシア語nebo(空)などからわかるように、霧・雲から空への意味変化はよく起きます。インディアンと日本語の深すぎる関係の記事で、北ユーラシアで水を意味したam-、um-、om-のような語が日本語のama(雨)になったとお話ししました。水を意味することができないamaは、雨を意味したり、霧・雲を意味したりしていたと考えられます。その結果が日本語のama(雨)とama(天)です。

水が陸に上がって思いもよらぬ展開に

この記事は前回の記事への補足です。

水・水域を意味していた語がその隣接部分を意味するようになるというのは一見些細なことに思えますが、結果的にこのことが人類の言語に思いもよらぬ展開を生み出します。

日本語のyuka(床)とtoko(床)もこの話に関係があるので、ここで取り上げておきます。古代中国語のdzrjang(床)ヂアンは、寝る場所を意味することも、座る場所を意味することも、それ以外の場所を意味することもありましたが、いずれにせよ、高くなった場所を意味していました。日本語のyuka(床)とtoko(床)も、もともとそのように高くなった場所を意味していました。

昔の日本語はよく母音を替えることによって新しい語を作り出していたので、taka(高)からtuka(塚)が作られたり、toko(床)が作られたりしたと見られます。toko(床)がそうなら、yuka(床)はどうでしょうか。yuka(床)も、taka(高)などと同様に、水・水域から陸に上がってきたようです。古代北ユーラシアの巨大な言語群で水を意味したjak-、jik-、juk-、jek-、jok-のような語がyukaという形で日本語に入り、水・水域を意味しようとしたが、それが叶わず、陸に上がってきたということです。yukaが水・水域の隣接部分の盛り上がり、坂、丘、山を意味していたことは、高くなった場所を意味していたyuka(床)からも窺えるし、yugamu(歪む)からも窺えます。古代中国語のkhwaj(歪)クアイはもともと傾いた状態、斜めになった状態を意味していた語で、日本語のyugamu(歪む)も傾斜から来ていると考えられるのです。

このように、yukaは水・水域から陸に上がってきたと考えられますが、この語には謎めいたところもあります。水・水域から陸に上がってきたのであれば、水と陸の境を意味する時もあったでしょう。saka(境)とsaka(坂)の話を思い出してください。境というのは二面性を持っていて、分かれているところという見方もできれば、つながっているところという見方もできます。境を意味するsakaからsaku(割く)/saku(裂く)が生まれたのは一つのパターンで、もう一つ別のパターンがあります。古代中国語にywen()イウエンという語がありました。ywen()はもともと、ふち、へり、周縁部を意味していました。しかしそれだけでなく、つながりも意味するようになりました。例えば、国境を考えてみてください。あれは、他国と分かれているところでもあり、つながっているところでもあるのです。境を意味する語から、分かれることを意味する語が生まれてもおかしくないし、つながりを意味する語が生まれてもおかしくないわけです。境を意味するsakaから分かれることを意味する語が生まれて、境を意味するyukaからつながりを意味する語が生まれることだってありえます。

ここで怪しいのが、日本語でつながりを意味しているyukari(ゆかり)です。漢字で「縁」または「所縁」と書かれることもあります。ただし、問題があります。日本の様々な古語辞典を調べると、一貫してyukari(ゆかり)という名詞からyukaru(ゆかる)という動詞が作られたと書かれています。これは当然、yukaru(ゆかる)という動詞よりyukari(ゆかり)という名詞のほうが文献で古くから確認できるということでしょう。しかし、yukaruからyukariが作られるのではなく、yukariからyukaruが作られるというのは、非標準的です。ちなみに、三省堂時代別国語大辞典上代編(上代語辞典編修委員会1967)では、土地の盛り上がりを意味するsakaから作られたと考えられるsakaru(盛る)という動詞とsakari(盛り)という名詞を調べていますが、奈良時代の日本語にはsakari(盛り)という名詞はたくさん出てくるのに、sakaru(盛る)という動詞は全くと言ってよいほど出てきません。最初からyukariという名詞のみが存在したのか、それともほとんど使われることのないyukaruという動詞もあったのか不明ですが、先ほどの古代中国語のywen()の例を考えると、水と陸の境を意味したであろうyukaとつながりを意味するyukari(ゆかり)/yukaru(ゆかる)の間は怪しげです。

※古代中国語のywen()は日本語のyuwe(故)になったと思われます。つながりが因果関係である場合が多く、つながりを意味していた語が原因・理由を意味するようになったと考えられます。このことは、yuwe(故)だけでなく、wake(訳)にも言えるかもしれません。アイヌ語のwakka(水)のような語が*wakaという形で日本語に入り、水と陸の境を意味していた可能性が高いです。この境を意味していた*wakaからwaku(分く)、wakatu(分かつ)、wakaru(分かる)などが生まれたと考えられます。wake(訳)の成立は微妙ですが、つながりという意味と分別などの意味が合わさって成立したのかもしれません。

yukari(ゆかり)の問題は不確かですが、yuka(床)とyuki(雪)の存在、そしてツングース諸語のエヴェンキ語djuke(氷)デュケ、ナナイ語dӡuke(氷)ヂュケ、満州語tʃuxe(氷)チュヘなどの存在からして、日本語のそばに水を意味するjuk-のような語が存在したことは確実であり、おそらくここからyu(湯)も来ていると思われます。

ヨーロッパ方面のように東アジア方面でも先頭の子音jが消えることはあったでしょう。水を意味するjuk-のような語だけでなく、uk-のような語も存在したことは、日本語のuku(浮く)、ukabu(浮かぶ)が物語っています。

古代北ユーラシアの巨大な言語群で水を意味したjak-、jik-、juk-、jek-、jok-のような語、あるいは先頭の子音jがdӡ、ӡ、tʃ、ʃなどに変化した語から、日本語に大量の語彙が入っています。なんと日本語のikiru(生きる)もここから来ているようです。以前にsinu(死ぬ)とkorosu(殺す)の語源を明らかにしたので(「死ぬ」と「殺す」の語源を参照)、今度はikiru(生きる)の語源を明らかにします。「水」がどのようにして「生きる」になるのか説明しましょう。

 

参考文献

上代語辞典編修委員会、「時代別国語大辞典 上代編」、三省堂、1967年。