「足りる」と「足す」になぜ「足」という字が使われるのか?

「足りる」と「足す」になぜ「足」という漢字が使われているのか、疑問を持たれた方もいるかもしれません。昔の日本語にtaruとtasuという語があり、これらに「足」という漢字を当てたわけですが、なぜそんなことをしたのかといえば、古代中国語のtsjowk(足)ツィオウクが下肢を意味するだけでなく、taruとtasuと同じような意味も持っていたからです。

古代中国語のtsjowk(足)の意味・用法には、中国の歴史が関係しています。東アジアでは、非常に古くから土器が作られ、すでに15000年ぐらい前には、様々な場所に土器が存在しました( Kuzmin 2017 )。土器も時代によって変化し、やがて3本の足が付いた土器が現れます。それに続いて、3本の足が付いた青銅器も現れます。いかにも中国らしい器です(写真はWikipediaより引用)。

このような器は、古代中国語でteng(鼎)テンと呼ばれました。teng(鼎)はもともと料理用ですが、祭り事で使われるうちに権力の象徴にもなりました。下肢を意味していた古代中国語のtsjowk(足)は、まずは土器・青銅器などに足を付けることを意味するようになり、そこから一般になにかを加えることを意味するようになっていったと見られます。昔の日本語のtaruとtasuに「足」という漢字が当てられる前に、古代中国側のこのような事情があったのです。

※上のような発想からして、奈良時代の日本語のtuku(付く)(自動詞は四段活用、他動詞は下二段活用)も究極的には古代中国語のtsjowk(足)と同源と見られます。

taruとtasu自体はどこから来たのか

昔の日本語のtaruとtasuになぜ「足」という漢字が当てられたのかは上の説明で納得できますが、昔の日本語のtaruとtasu自体がどこから来たのかというのは別問題です。

奈良時代の日本語の動詞は「―ru」という形と「―su」という形が対になっていることが多く、taruとtasuもその一例です。taruとtasuについて考える前に、よりわかりやすいaraɸaruとaraɸasuについて考えましょう。

taruとtasuのtaがピンとこなくても、araɸaruとaraɸasuのaraɸaは明らかでしょう。「隠れずに見えている状態」を意味するaraɸaという語があり、そのような状態になることをaraɸaru、そのような状態にすることをaraɸasuと言っていたのです。このような例を見ると、ある状態を意味するtaという語があって、そのような状態になることをtaru、そのような状態にすることをtasuと言っていたのかなと考えたくなります。しかし、このtaは一体なんでしょうか。

奈良時代の日本語の動詞は「―ru」という形と「―su」という形が対になっていることが多いと述べましたが、やはり目立つのは古代中国語から入ったと見られる語です。そのような例は、これまでにもいくつかありました。ここでは、taw(倒)タウとkæ(假)の例を追加しておきます(後者の漢字は日本語では「仮」になっています)。

古代中国語のkæw(交)カウがkaɸu、kaɸasu、kaɸaruという形で日本語に入ったのに似ていますが、古代中国語のtaw(倒)はtaɸuru(倒る)とtaɸusu(倒す)という形で日本語に入りました(今ではtaoreru(倒れる)とtaosu(倒す)になっています)。

古代中国語のkæ(假)は、もともと「仮の、本来のものではない、本物ではない」という意味を持っていました。そこから、なにかが一時的に持ち主の手を離れて、別の人の手に移ることも意味するようになりました。つまり、貸し借りも意味していたのです。この古代中国語のkæ(假)がkaru(借る)とkasu(貸す)という形で日本語に入りました(今ではkariru(借りる)とkasu(貸す)になっています)。

日本語はこのようなことを古代中国語に対してたくさん行っています。昔の日本語のtaruとtasuのtaはなんでしょうか。「いっぱいある状態」を意味するtaという語があって、そのような状態になることをtaru、そのような状態にすることをtasuと言っていたと見られます。このtaはなにかというと、古代中国語のta(多)だったのです。

 

参考文献

Kuzmin Y. V. 2017. The origins of pottery in East Asia and neighboring regions: An analysis based on radiocarbon data. Quaternary International 441: 29-35.