「人(ひと)」の語源はなんと・・・

朝鮮半島と日本列島の奥深い歴史の記事では、韓国の主要河川の一つであるkɯm gang(錦江)クムガンを取り上げ、かつて水・水域のことをkɯmのように言う人々がそこにいたようだということ、そして「錦」が当て字にすぎないようだということをお話ししました。

kɯm gang(錦江)があるあたりは、pɛk kang(白江)ペクカンまたはpɛk tʃhon gang(白村江)ペクチョンガンとも呼ばれました(tʃhはtʃよりも息を強く吐き出します)。古代中国語では、「白」の読みはbækバク、「村」の読みはtshwonツオンでした(あくまで、隋・唐の頃の中国語の一方言の発音です)。

錦江の「錦」は当て字である可能性が高いですが、白江/白村江の「白」と「村」も当て字である可能性が高いです。白江/白村江の「白」と「村」も、かつての住民の言語で水・水域を意味していた語ではないかということです。

朝鮮語にphal(腕)パルとson(手)という語があります(phはpよりも息を強く吐き出します)。水・水域を意味していた語が横を意味するようになり、横を意味していた語が手、腕、肩などを意味するようになる頻出パターンを思い出してください。朝鮮語のphal(腕)とson(手)も水から来ている可能性が高いです。以下のような展開があったと見られます。

図の上側は、ある言語群で水・水域を意味していた語が、朝鮮語のphal(腕)になり、さらに河川名にpɛkという形で入ったことを示しています。ある言語群というのは、水のことをpark-、pirk-、purk-、perk-、pork-(par-、pir-、pur-、per-、por-、pak-、pik-、puk-、pek-、pok-)のように言っていた言語群です。ある言語群の内部に、少しずつ異なる語形が存在することに注意してください。

図の下側は、別の言語群で水・水域を意味していた語が、朝鮮語のson(手)になり、さらに河川名にtʃhonという形で入ったことを示しています。北ユーラシア~東アジアでよく起きてきた発音変化を考えると、水を意味するjok-、jog-、jonk-、jong-、jon-(jは日本語のヤ行の子音)のような語がおおもとにあって、このjの部分がdʒ、ʒ、tʃ、ʃに変化したり、さらにd、z、t、sに変化したりしていたと見られます。別の言語群の内部に、少しずつ異なる語形が存在することに注意してください。

白江は水・水域を意味する語が二段重ねになっており、白村江は水・水域を意味する語が三段重ねになっているということです。最初にいた人々が水・水域を「○○」と呼び、次に来た人々が水・水域を「△△」と呼び、最後に来た人々が水・水域を「××」と呼べば、「○○△△××」のような固有名詞もできてしまうのです。

前に、水のことをkalm-、kilm-、kulm-、kelm-、kolm-(kal-、kil-、kul-、kel-、kol-、kam-、kim-、kum-、kem-、kom-)のように言う言語群と、朝鮮半島で最も多いkim(金)という姓を結びつけたことがありました。筆者はそれだけでなく、朝鮮半島で一般的なpak(朴)などの姓も水と結びつきがあると考えています(pak(朴)ほど多くありませんが、pɛk(白)という姓もあります)。なぜ水と姓の結びつきを考えるのか、その理由をお話ししましょう。

いったん朝鮮語から離れ、日本語とモンゴル語の話をし、後でまた朝鮮語に戻ります。

hito(人)の語源はなんと・・・

日本語のhito(人)に相当するモンゴル語は、xun(人)フンです。よく使われるxunのほかに、あまり使われないirgenという語があります。irgenは「ある国の人、ある都市の人、国民、市民」のような意味で使われます。

ここで、歴史の奥底に埋もれた語の記事に書いたイルクート川とイルクーツクの話を思い出してください。かつてバイカル湖のそばに水・水域のことをirk-のように言う人々がいたという話です。テュルク諸語にはトルコ語iki(2)、ウイグル語ikki(2)、ヤクート語ikki(2)、チュヴァシ語ikkӗ(2)イッキュのような語が入り、ユカギール語にはirkin(1)という語が入っていました。

バイカル湖付近に水・水域のことをirk-のように言う人々がいたのであれば、モンゴル語にも無関係ではなさそうです。しかし、水・水域を意味するirk-と関係がありそうなモンゴル語を探してみても、どうも思わしくありません。かろうじて関係があるかなと思えるのが、先ほど挙げたirgenです。実は、筆者は以前から「水」と「人」の間にはなにかがありそうだとうすうす感じていました。

筆者が考えたのは、水・水域あるいはその周辺をirk-と呼んでいる人々がいて、その人々がirk-と呼ばれるようになったのかもしれないということでした。近くに住んでいるある部族を意味していた語が、一般によその人々を意味するようになり、一般によその人々を意味していた語が、一般に人を意味するようになったのではないか、そんな考えが頭をよぎりました。

日本語のhito(人)(*pito→ɸito→hitoと変遷)はどうかというと、上の筆者の考えとよく合います。数詞の起源について考える、語られなかった大革命の記事で、ɸito(一)やɸito(等)に着目し、水・水域あるいはその周辺をpitoのように言う言語が存在したことを示しました。

奈良時代にはɸito(人)という語があり、現代と同じように使われていました。しかしその一方で、「他」と書いてɸitoと読むこともありました。ひょっとしてɸitoはもともとよその土地やよその人々を意味していたのではないか、そこから一般に人を意味するようになっていったのではないかと考えたくなります。現代のhitoは基本的に人間を意味していますが、hitogotoやhitodumaのhitoは明らかに他人を意味しています。昔のなごりとも取れます。

モンゴル語と日本語の例を見ると、(1)水・水域あるいはその周辺を「XXX」と呼んでいる人々がいる→(2)その土地・部族が「XXX」と呼ばれるようになる→(3)ある部族を意味していた「XXX」が一般によその人々を意味するようになる→(4)一般によその人々を意味していた「XXX」が一般に人を意味するようになる、というパターンが窺えます。

※「他」がɸitoと読まれたりɸokaと読まれたりしていたわけですが、ɸokaももともとよその土地やよその人々を意味していたのかもしれません。水のことをpark-、pirk-、purk-、perk-、pork-(par-、pir-、pur-、per-、por-、pak-、pik-、puk-、pek-、pok-)のように言っていた言語群が思い起こされます。

日本語のhito(人)は上の(1)→(2)→(3)→(4)というプロセスを経たと見られますが、このプロセスは結構長いです。必ず(1)→(2)→(3)→(4)のようになるとは限りません。(1)→(2)で止まってしまう場合もあれば、(1)→(2)→(3)で止まってしまう場合もあったでしょう。

ここで朝鮮語の話に戻りましょう。