嘘になった言葉

インド・ヨーロッパ語族のラテン語inter/intra、英語underの類が日本語のinoti(命)、uti(内)および心に関係する様々な語になったようだと述べました。ここで、インド・ヨーロッパ語族のラテン語inter/intra、英語underの類が「中、真ん中、間」を意味するだけでなく、「下」も意味したことを思い出しましょう。インド・ヨーロッパ語族のラテン語inter/intra、英語underの類は、「中、真ん中、間」という意味だけでなく、「下」という意味でも日本語に入ったようです。

utumuku(うつむく)から話を始めましょう。utumukuに組み込まれているutuはなんでしょうか。「下」を意味する*utuという語があったのでしょう。*utu(下)とmuku(向く)がくっついて、utumuku(うつむく)です。sita(下)がsidumu(沈む)と同類であるように、*utu(下)はudumu(埋む)、udumoru(埋もる)と同類であると考えられます(これらは現代のuzumeru(埋める)、uzumoreru(埋もれる)につながります)。

日本語でも他言語でもuとoの間で発音が揺れることは非常に多く、上記の*utu(下)はotouto(弟)の古形であるotoɸito(弟)のotoやotu(落つ)、otosu(落とす)、otoru(劣る)とも関係があると思われます。otoɸito(弟)は男にも女にも使われていた語で、otoは「(年が)下」という意味でしょう。

uとoの間の発音の揺れに関して気になった語がほかにもあります。ここではuta(歌)とoto(音)、そしてtuma(妻)とtomo(友)を取り上げます。

uta(歌)とoto(音)

古代中国語のkhuw(口)クウが日本語のkuɸu(食ふ)になったり、朝鮮語のip(口)が日本語のiɸu(言ふ)になったように、インド・ヨーロッパ語族の「口」もなんらかの形で日本語に入ったと思われます。

英語にmouth(口)という語があり、同じゲルマン系の言語にもドイツ語Mund(口)、オランダ語mond(口)、スウェーデン語mun(口)、アイスランド語munnur(口)などの語があります(英語では子音nが消えています)。

しかし、スラヴ系の言語を見ると、様子が違います。スラヴ系の言語では、ロシア語usta(口)、ポーランド語usta(口)、チェコ語ústa(口)ウースタ、ブルガリア語usta(口)、セルビア語usta(口)のようになっています(ロシア語のusta(口)は現代ではrot(口)に取って代わられました)。

印欧祖語では「口」のことを英語のmouthのように言っていたのか、ロシア語のustaのように言っていたのかということが問題になりますが、どうやらロシア語のustaのように言っていたようです。ゲルマン系・スラヴ系以外の言語を調べると、英語のmouthなどは印欧祖語の「あご」から、ロシア語のustaなどは印欧祖語の「口」から来たようです。例えば、イタリック系のラテン語では、mentumが「あご」を意味し、osが「口」を意味しています。

インド・ヨーロッパ語族のロシア語usta(口)の類を日本語に取り入れようとすると、どうなるでしょうか。日本語ではust-という形は不可能なので、us-またはut-という形にすることが考えられます。人間の口から出てくるものといえば、まず言葉や話が思い浮かびますが、嘘や歌も無視できません。インド・ヨーロッパ語族のロシア語usta(口)の類は、日本語のuso(嘘)やuta(歌)になったと見られます(昔の日本語を見ると、usoは息を吹いたり、口笛を吹いたりする場面で用いられているので、虚言は後から生じた意味かもしれません。世界的に見て、「口」と「嘘」のつながりは非常に強いです)。

インド・ヨーロッパ語族のロシア語usta(口)の類も、言語によって発音が少しずつ違います。ロシア語ではusta(口)ですが、リトアニア語ではuostas(港)、ラトビア語ではosta(港)、ラテン語ではos(口)、サンスクリット語ではas(口)という具合です(リトアニア語とラトビア語では「河口」→「港」という意味変化が起きています)。特にuとoの間で発音が揺れやすいことを考えると、インド・ヨーロッパ語族のロシア語usta(口)の類は、日本語のuta(歌)だけでなく、oto(音)にもなったと見られます。サンスクリット語のas(口)のような形も見られるので、三省堂時代別国語大辞典上代編(上代語辞典編修委員会1967)や岩波古語辞典(大野1990)の見方の通り、asobu(遊ぶ)ももともと歌・音楽に関する語彙だったのかもしれません。uta(歌)、oto(音)、asobu(遊ぶ)のような不揃いな形は、日本語がインド・ヨーロッパ語族の様々な言語に接していたことを示唆しています。

※フィンランド語にääniアーニという語があり、声も音も意味します。朝鮮語にもsoriという語があり、声も音も意味します。考えてみれば、声は音の一種です。現代の日本語では、人が歌えばkoe(声)と言い、楽器を鳴らせばoto(音)と言う使い分けがありますが、かつては日本語でもひとまとめにしていたと考えられます(koe(声)の語源は前に日本語を改造したのはだれか?の記事に記しました)。

このように、日本語のuta(歌)とoto(音)はインド・ヨーロッパ語族から来た語彙と考えられます。同じように、tuma(妻)とtomo(友)もインド・ヨーロッパ語族から来た語彙のようです。tuma(妻)とtomo(友)の語源が大変意外なので、お話ししましょう。

 

補説

再びwotoko(をとこ)とwotome(をとめ)

「男」と「女」の語源から始まる一連の記事で、奈良時代のwotoko(をとこ)やwotome(をとめ)などの語を取り上げました。wotoko(をとこ)は「若い盛りの男性」、wotome(をとめ)は「若い盛りの女性」という意味です。つまり、wotoの部分が若い盛りの状態を意味し、koの部分が男を意味し、meの部分が女を意味しているわけです。*koは、もともと統治者を意味し、さらに目上の男に対して用いられた古代中国語のkuwng(公)クウン(日本語での音読みはku、kou)を取り入れたものであり、meは、妹、年下の女性、妻に対して使われた古代中国語のmwoj(妹)ムオイ(日本語での音読みはmai、bai)を取り入れたものであるという筆者の考えを示しました。古代中国語のkuwng(公)が日本語に入って、*koという形で男一般を指し、古代中国語のmwoj(妹)が日本語に入って、meという形で女一般を指していたということです。

若い盛りの状態を意味したwotoの部分にもう少し踏み込みましょう。一般に、若さを意味する語は、「未熟な」という方向にも、「盛りの」という方向にも通じており、位置づけが微妙です。「下」を意味したインド・ヨーロッパ語族のラテン語inter/intra、英語underの類は、utumuku(うつむく)に見えるutuという形、otoɸito(弟)に見えるotoという形に加えて、wotoという形でも日本語に入った可能性があります。wotoも当初は下を意味し、そこから年が若いこと、さらに盛りであることを意味するようになっていったのではないかということです。日本語にutu、oto、wotoという発音のバリエーションが存在したことになりますが、このような発音のバリエーションはインド・ヨーロッパ語族のほうにしばしば見られるのです。

先ほどインド・ヨーロッパ語族のロシア語usta(口)の類を取り上げました。ロシア語ではusta(口)ですが、リトアニア語ではuostas(港)、ラテン語ではos(口)になっていました。このようなところから日本語のuso(嘘)、uta(歌)、oto(音)などが来たようだと述べましたが、実は奈良時代にはwosu(食す)という語もありました。完全に廃れてしまいましたが、wosu(食す)はkuɸu(食ふ)などの尊敬語でした。古代中国語のkhuw(口)からkuɸu(食ふ)が作られたように、インド・ヨーロッパ語族のロシア語usta(口)の類からwosu(食す)が作られたのでしょう。インド・ヨーロッパ語族のほうに発音のバリエーションが存在するために、日本語のほうに不揃いな語が生まれるのです。

utumuku(うつむく)のutu、otoɸito(弟)のoto、wotoko(をとこ)/wotome(をとめ)のwotoも、同様の事情によるものと考えられます。

 

参考文献

大野晋ほか、「岩波 古語辞典 補訂版」、岩波書店、1990年。

上代語辞典編修委員会、「時代別国語大辞典 上代編」、三省堂、1967年。