波に揺られて

以前に「心(こころ)」の語源の記事で、トルコ語のyürek(心臓、心)ユレクなどを取り上げました。同源の語はテュルク諸語全体に見られ、カザフ語júrekジュレク、ウイグル語yürekユレク、ヤクート語sürexスレフ、チュヴァシ語çӗreチュレなども心臓・心を意味します。さらに、モンゴル語にもzürx(心臓、心)ズルフという語があります。

※語形を見る限りでは、テュルク系の言語かモンゴル系の言語に近い言語から日本語のyorokobu(喜ぶ)が来た可能性が高いです。

多くの言語で先頭の子音[j](日本語のヤ行の子音)が[dʒ、ʒ、tʃ、ʃ]のような子音に変化していますが、根底にjurk-(あるいは母音が挟まったjurVk-)のような形が見えます。すでに説明した「水」→「中」→「心」という意味変化を考慮に入れると、古代北ユーラシアで水のことをjurk-のように言っていたと考えられます。前回の記事のjirk-という形に続いて、jurk-という形について考察しましょう。

古代北ユーラシアで水のことをjurk-のように言っていて、それが日本語に入るとどうなるでしょうか。yuk-かyur-という形になりそうです。yuk-についてはyuka(床)やyuki(雪)などの例を示したので、ここで考えるのはyur-です。日本語の語彙を見ると、なにやら怪しげです。

英語にwave(波)という語があります。そして、この語の仲間として、揺れることを意味するwaverという語があります(shake、swing、vibrateのような似た意味を持つ語がたくさんあるので、waverはそれほど使われません)。この英語の例はよくある例です。波を意味する語から、揺れること、振れること、振動することを意味する語が生まれてくるのです。

日本語のyurayura(ゆらゆら)、yuru(揺る)、yuragu(揺らぐ)などはこのパターンでしょう。yuragu(揺らぐ)のほかにyurugu(揺るぐ)という語もあり、yuruyuru(ゆるゆる)、yurusi(緩し)、yurumu(緩む)なども同類です。現代では意味がすっかり抽象的になっていますが、yurusu(許す)ももともと緩めることを意味していました。

波を意味していた語が、揺れること、振れること、振動することを意味するようになるパターンはほかにも見られます。yurayura(ゆらゆら)に似ているkurakura(くらくら)/guragura(ぐらぐら)はどうでしょうか。水のことをkalm-、kilm-、kulm-、kelm-、kolm-(kal-、kil-、kul-、kel-、kol-、kam-、kim-、kum-、kem-、kom-)のように言っていた巨大な言語群を思い出してください。この言語群から来ているのがkurakura(くらくら)/guragura(ぐらぐら)と考えられます。

※物を置いたり、座ったり、寝たりするために高くなっている場所が、yuka(床)やkura(座)でした。taka(高)と同様に、yuka(床)とkura(座)も水から上がってきた語です。座る場所という意味では、馬具のkura(鞍)が現代の日本語に残っています。kura(倉、蔵)も元来、高いところ(高床式倉庫)を指していた語です。高いところを意味するkuraと座っていること・いることを意味するwiruがくっついて、kurawi(位)という語もできました。

yurayura(ゆらゆら)とkurakura(くらくら)/guragura(ぐらぐら)が出てきたので、ついでにɸuraɸura(ふらふら)/purapura(ぷらぷら)/burabura(ぶらぶら)にも言及しておきましょう。

三省堂時代別国語大辞典上代編(上代語辞典編修委員会1967)に、奈良時代の日本人が「振」という字をɸuruと読んだり、ɸukuと読んだりしていたことが記されています。

ここで思い当たるのが、「墓(はか)」の語源の記事でお話しした水のことをpark-、pirk-、purk-、perk-、pork-(par-、pir-、pur-、per-、por-、pak-、pik-、puk-、pek-、pok-)のように言っていた言語群です(古代北ユーラシアに水のことをmark-、mirk-、murk-、merk-、mork-(mar-、mir-、mur-、mer-、mor-、mak-、mik-、muk-、mek-、mok-)のように言う巨大な言語群があり、mの部分は言語によってbであったり、pであったり、wであったり、vであったりします)。日本語にpukapuka(ぷかぷか)という語を与えた言語群です。

日本語ではpurk-という形が認められないのでpuk-とpur-という形になるというのは、おなじみの展開です。現代の日本語のhurahura(ふらふら)、purapura(ぷらぷら)、burabura(ぶらぶら)は少しずつ使い方が違いますが、いずれも波に揺られて漂うところから来ていると見られます。huru(振る)、hureru(振れる)、purupuru(ぷるぷる)、buruburu(ぶるぶる)、hurueru(震える)なども同類です。

yurayura(ゆらゆら)から始めていくつかの例を見てきましたが、もう一つ大変気になる語があります。それは、ugoku(動く)です。実は、奈良時代の日本人は、「動」と書いてugoku/ugokasuと読むだけでなく、「揺」または「振」と書いてugoku/ugokasuと読むこともありました(上代語辞典編修委員会1967)。現代では広い意味を持っているugoku(動く)ですが、もともとは波に揺られて漂うことを意味していたと思われます。uku(浮く)/ukabu(浮かぶ)と同源かもしれません。

入り江を意味したura(浦)やuruɸu(潤ふ)、uruɸoɸu(潤ふ)、uruɸosu(潤す)、urumu(潤む)の背後にも明らかに水の存在が感じられるので、urouro(うろうろ)も無視できないでしょう。現代の日本語のurooboe(うろ覚え)は、しっかりと定まっていない記憶のことです。

kurakura(くらくら)/guragura(ぐらぐら)の例、hurahura(ふらふら)/purapura(ぷらぷら)/burabura(ぶらぶら)の例などといっしょに示しましたが、やはりyurayura(ゆらゆら)の語源は水(波)と考えられます。

古代北ユーラシアに水を意味するjurk-のような語があったが、日本語ではyurk-という形が認められないのでyuk-とyur-という形になり(この展開はpurk-のところでも見ました)、yuka(床)、yuki(雪)、yurayura(ゆらゆら)、yuru(揺る)、yuragu(揺らぐ)などになったと考えると、整合性がとれます。

jirk-に続いて、jurk-について考察しました。古代北ユーラシアに水を意味するjark-、jirk-、jurk-、jerk-、jork-のような語が存在した可能性が高くなってきました。次は、jork-について考察しましょう。ここから話が思わぬ方向に進み始めます。

 

参考文献

上代語辞典編修委員会、「時代別国語大辞典 上代編」、三省堂、1967年。