「墓(はか)」の語源

「腹(はら)」の語源の記事にアクセスしてくださる方が増えているので、ここに追加記事を書いておきます。hara(腹)の語源は棚上げにしていました。ここで明らかにします。hara(腹)の古形はɸara(腹)で、さらにその前の推定古形は*para(腹)です。

前にインド・ヨーロッパ語族の英語water(水)、ヒッタイト語watar(水)のような語が日本語のwata(海)になったようだと述べました。p、b、w、vの間は密接です。朝鮮語pada(海)、アイヌ語pet(川)も関係がありそうです。水・水域を意味していた語が端の部分や境界の部分を意味するようになるパターンも思い出してください。日本語のɸata(端)、ɸate(果て)、ɸatu(果つ)(推定古形は*pata、*pate、*patu)も関係がありそうです。東アジアではこのようなことが起きていたわけです(世界的に見れば、wがpになることより、wがbになることのほうがずっと多いですが、昔の日本語、朝鮮語、アイヌ語では語頭に濁音を使うことがありませんでした)。

古代北ユーラシアに水のことをmark-、mirk-、murk-、merk-、mork-(mar-、mir-、mur-、mer-、mor-、mak-、mik-、muk-、mek-、mok-)のように言う巨大な言語群が存在し、先頭の子音がmになっていたり、bになっていたり、pになっていたり、wになっていたり、vになっていたりしました(この巨大な言語群については、かすかに浮かび上がる朝鮮語とアイヌ語の起源の記事以降でたびたび取り上げているので、そちらを参照してください)。朝鮮語のmul(水)では先頭の子音はm、ツングース諸語のエヴェンキ語mū(水)ムー、ナナイ語mue(水)ムウ、満州語muke(水)ムクでは先頭の子音はm、アイヌ語wakka(水)(推定古形は*warkaまたは*walka)では先頭の子音はwになっていますが、先頭の子音がpの場合、つまりpark-、pirk-、purk-、perk-、pork-(par-、pir-、pur-、per-、por-、pak-、pik-、puk-、pek-、pok-)のような形も考えなければなりません。実際に水のことをpark-、pirk-、purk-、perk-、pork-(par-、pir-、pur-、per-、por-、pak-、pik-、puk-、pek-、pok-)のように言う言語が存在したことは、日本語の語彙を見ればわかります。

日本語では、parkaという形は許されないので、kを落としてparaにするか、rを落としてpakaにしなければなりません。ここで、水・水域を意味していた語がその隣接部分、特に盛り上がり、坂、丘、山などを意味するようになるパターンの出番です。日本語の*paraも*pakaも盛り上がりを意味していたようです。*paraのほうはɸara(腹)、ɸaru(張る)、ɸaru(腫る)などになりました。*pakaのほうはどうでしょうか。奈良時代の日本語を見ると、ɸaka(墓)とtuka(塚)の使い方が一部重なっています。おそらく、死者が埋まっているところが盛り上がっていて、そこをɸakaと呼んだり、tukaと呼んだりしていたと思われます。その後、tukaは形の意味を保ち、ɸakaは形に関係なく死者を納める場所を意味するようになっていったのでしょう。

水・水域を意味していた語がその横の部分を意味するようになるのは、超頻出パターンです。しかし、横の部分がどうなっているかによって、意味が変わってきます。横の部分が盛り上がっていれば、盛り上がった土地を意味するようになるし、横の部分が平らなら、平らな土地を意味するようになるということです。*paraが盛り上がった土地を意味したり、平らな土地を意味したりし、最終的にɸara(腹)/ɸaru(張る)/ɸaru(腫る)とɸara(原)に落ち着いたと見られます。ɸara(原)は広い平らな場所を意味していた語で、三省堂時代別国語大辞典上代編(上代語辞典編修委員会1967)などが推測しているように、ɸira(平)とɸiro(広)も同類でしょう。

上に挙げたɸara(腹)、ɸaru(張る)、ɸaru(腫る)、ɸaka(墓)、ɸara(原)はpark-(par-、pak-)という形から来ていますが、purk-(pur-、puk-)という形から来ている語も多そうです。

例えば、ɸuru(降る)です。水を意味していた語が雨または雪を意味するようになるのも頻出パターンです。ただ、ɸuru(降る)の場合は、雨または雪を意味しようとしたが、最終的に叶わず、現在の役目に落ち着いたと見られます。

pukapuka(ぷかぷか)も明らかに水関連です。*pukaは水を意味しようとしたが、それができなかったのでしょう。ɸuka(深)もここから来ているのかもしれません。深まることを意味するɸuku(更く)、深く沈むことを意味するɸukeru(耽る)を伴います。水・水域を意味することができなかった語が、水域に生息する生き物を意味するようになるケースを示したことがありましたが、ɸuka(フカ)(サメの別名)もそうかもしれません。

水を意味していた語が水蒸気・湯気を意味するようになるのも頻出パターンです。ɸukasu(蒸かす)はこのパターンによって生まれた語でしょう。

※同じような意味のmusu(蒸す)、muru(蒸る)、murasu(蒸らす)も、究極的には水を意味するmark-、mirk-、murk-、merk-、mork-(mar-、mir-、mur-、mer-、mor-、mak-、mik-、muk-、mek-、mok-)のような語から来たものでしょう。

ɸukaɸuka(ふかふか)、ɸukura(ふくら)、ɸukuru(膨る)、ɸukuro(袋)、ɸukuyoka(ふくよか)(ɸukuyaka(ふくやか)という語もありました)などは、先に挙げたɸara(腹)やɸaka(墓)と同様で、水・水域を意味していた語がその隣接部分、特に盛り上がり、坂、丘、山などを意味するようになったパターンであると考えられます。

水のことをpark-(par-、pak-)のように言ったり、purk-(pur-、puk-)のように言ったりする言語があったことが窺えます。日本語は、アイヌ語、朝鮮語、ツングース系言語から受けた影響は小さくても、これらに近い言語から受けた影響はとても大きいようです。これは、地理的関係からして納得でしょう。

ɸara(原)が出てきたので、no(野)にも言及しておきます。奈良時代のɸara(原)とno(野)は少し意味が違っていて、ɸara(原)は平らな場所を意味し、no(野)はゆるやかに傾斜した場所を意味していました。noのほかにnuという形もあったようです(上代語辞典編修委員会1967)。ɸara(原)の場合と同じように、水・水域を意味していた語がその横の部分を意味するようになった可能性が高いです。タイ系言語のタイ語naam(水)のような語が日本語のnama(生)(焼いたり干したりしておらず水っぽいという意味)、nami(波)、numa/nu(沼)、nomu(飲む)などになりましたが、no/nu(野)も同じところから来ていると見られます。

日本語とタイ系言語がどこで接していたのかというのは、なかなか難しい問題であり、東アジア全体にも関わる問題です。

今回の記事では、pukapuka(ぷかぷか)という語が出てきました。日本語には、bukabuka(ぶかぶか)という語もあります。pukapuka(ぷかぷか)と違って、bukabuka(ぶかぶか)は水に結びつきそうにありませんが、意外なことに、bukabuka(ぶかぶか)も水から来ているようです。水を意味していた語がどうしてbukabuka(ぶかぶか)になるかわかるでしょうか。

 

参考文献

上代語辞典編修委員会、「時代別国語大辞典 上代編」、三省堂、1967年。