「腕(うで)」と「肩(かた)」の語源、北方の言語との共通語彙

日本語で「手が大きい」と言う時には、その「手」は手首から指先まででしょう。「手が長い」と言う時には、その「手」は肩から指先まででしょう。それと同じで、ウラル語族では、手首から指先までを指す場合も、肩から指先までを指す場合も、同じ言い方をするのが普通です。ウラル語族では、「手・腕」のことを以下のように言います。

※カマス語とマトル語は死語になってしまいましたが、消滅する前の記録が残されており、研究上非常に重要なので、本ブログでも取り上げることにします。

フィン・ウゴル系内の各語は同源です。サモエード系内の各語も同源です。しかし、フィン・ウゴル系とサモエード系の間には違いがあります。

まず、フィン・ウゴル系のほうを見てみましょう。

語の発音は時代とともに少しずつ変化していきますが、フィンランド語は古い時代の発音を非常によくとどめている言語です。フィンランド語では、「手・腕」のことをkäsiと言います。フィンランド語のäはアとエの中間のような音で、発音記号で表すと[æ]です。

日本語では、「手」に助詞が付いて、「手の」になったり、「手に」になったりしますが、フィンランド語では、「käsi」が変化して、「käden」になったり、「käteen」になったりします。

手  käsi
手の käden
手に käteen

kädenの末尾の-nとkäteenの末尾の-enが日本語の助詞に相当する部分です。käde-およびkäte-という形が組み込まれています。昔は「手・腕」のことを*kädeまたは*käteと言っていたことがわかります。言語学では、昔のもとの形を推定した時には「*」という記号を付ける決まりになっています。実存が確認されたものなのか、推定されたものなのか区別するためです。フィン・ウゴル系のほうのもとの形(専門的には「祖形」といいます)は、*kädeまたは*käteであったと考えられます。

次に、サモエード系のほうを見てみましょう。

サモエード系のネネツ語、エネツ語、ガナサン語には、語頭に母音が来るのを避けるためになんらかの子音を前に補う傾向が認められます。サモエード系のその他の言語とフィン・ウゴル系の言語ではそのようなことはなく、ネネツ語、エネツ語、ガナサン語に限られた特徴です。そのことを頭に入れてサモエード系の各語を見ると、サモエード系のほうの祖形は*udaであったと考えられます。

このように、ウラル語族のフィン・ウゴル系のほうでは「手・腕」のことを*kädeまたは*käteと言い、サモエード系のほうでは「手・腕」のことを*udaと言っていたと考えられます。どちらも日本語との関係を強く示唆する形です。

ただ、ウラル語族の*kädeまたは*käte(手・腕)と日本語のkata(肩)では意味が少しずれているので、この点は考える必要があります。地理的にウラル語族の言語と日本語の間に分布しているモンゴル語、ツングース諸語、朝鮮語を見ると、モンゴル語gar(手・腕)、エヴェンキ語ŋāle(手・腕)ンガール、ナナイ語ŋāla(手・腕)ンガーラ、満州語gala(手・腕)、朝鮮語kadʒi(枝)カヂなどの語があります。ウラル語族の言語および近隣地域の言語は、日本語のkataがかつてhand、armを意味し、その後shoulderを意味するようになったことを示唆しています。