大和言葉(やまとことば)と古代中国語の密接な関わり(2)

日本語では、ukが不可なので、u(得)という形とuku(受く)という形に落ち着き、kinが不可なので、ki(着)という形とkinu(衣、絹)という形に落ち着いたという話をしました。uku(受く)とkinu(衣、絹)の例では、uがうしろにくっつくことによって日本語の発音体系に適した形になっていますが、このような役目を果たしていたのはuだけではありません。他の母音(a、i、e、o)が付け足されている例も多いです。

古代中国語のsaw(騷)

奈良時代の日本語には、sawakuとsawasawaという語がありました。これらは、現代のsawagu(騒ぐ)とzawazawa(ザワザワ)になる語です。

意味と発音の両面に注目して、古代中国語のsaw(騷)サウと奈良時代の日本語のsawaku/sawasawaを見比べるとどうでしょうか。冷静に見れば、古代中国語のsaw(騷)がそのままでは日本語の発音体系になじまないので、aを付け足してsawaとし、ここから奈良時代のsawaku/sawasawaが作られたように見えます。

もっと考察材料を増やしましょう。

古代中国語のkæw(交)

古代中国語のkæw(交)カウはもともと、「交わること、交差すること、交錯すること」を意味していた語です(「交」という漢字は、人間が足をクロスさせているところを描いたものです)。

この古代中国語のkæw(交)も、先ほどのsaw(騷)と同様、意味ありげです。古代中国語のkæw(交)は、日本語の「行き交う」や「飛び交う」の「交う」と「交わす」はもちろんのこと、なんらかの交換を意味する「買う、替える、替わる」(代、換、変という字も含めて)とも関係があるのではないかというのが筆者の考えです。

奈良時代から、古代中国語のkæw(交)がもとになっていると考えられる以下の四つの動詞があり、入り組んでいました。

上の三つは四段活用で、最後の一つは下二段活用です。一番目のタイプが現代の「買う」に、二番目のタイプが現代の「交わす」に、三番目のタイプが現代の「替わる」に、四番目のタイプが現代の「替える」につながっていきます。

古代中国語のsaw(騷)が奈良時代の日本語のsawaku、sawasawaになった可能性も高いし、古代中国語のkæw(交)が奈良時代の日本語のkaɸu、kaɸasu、kaɸaruになった可能性も高いですが、そうだとすると、考えなければならない問題があります。sawaku、sawasawaではwが現れて、kaɸu、kaɸasu、kaɸaruではɸが現れているのはなぜかという問題です。日本語では平安時代に、kaɸaru(替はる)がkawaru(替わる)になるなど、語中のɸがwになる変化がありましたが、確かにɸとwはよく似た音です。しかしながら、奈良時代のsawaku、sawasawaにwが現れ、kaɸu、kaɸasu、kaɸaruにɸが現れていることには説明が必要です。この問題は簡単には結論が出せないので、まずは多くの事例を集めることにします。

引き続き他の例を挙げていきますが、若干の予備知識が必要なので、ここで一つ補説を挟みます。

 

補説

ngで終わる語について

シナ・チベット語族の言語にも、ベトナム系の言語にも、nで終わる語とngで終わる語がたくさんあります。よく使われる説明ですが、前者のnは日本語で「あんない(案内)」と言う時の「ん」です。そして、後者のngは日本語で「あんがい(案外)」と言う時の「ん」です。明確に区別される音です。

現代の中国語と同じように、古代の中国語にもnで終わる語とngで終わる語がありました。日本語では、古代中国語から語彙を取り入れる際に、kan(乾)にはkanという音読み、tan(單)にはtanという音読みを与えましたが、kang(鋼)にはkauという音読み、tang(當)にはtauという音読みを与えました(日本語では、漢字の「單」は「単」に、「當」は「当」になっています)。

中国語から漢字を取り入れた人たちは、中国語のkang(鋼)をkauと読み、tang(當)をtauと読もうと決めたわけですが、それ以前の日本語には、kauやtauのような母音が連続する読みはありませんでした。ここで疑問が生じます。kauやtauのような母音が連続する読みがない時代の日本語は、外国語(シナ・チベット語族の言語やベトナム系の言語)のngで終わる語をどのようにして取り入れていたのかということです。

このngで終わる語をどのように取り入れるかということについては、取り入れた人物、場所、時代などによって対応の仕方がまちまちだったようです。当たり前のことですが、シナ・チベット語族の言語やベトナム系の言語からの大量の外来語は、一人の人間が取り入れたものではないのです。それでも、以下の五つのパターンが認められそうです。

(1)–ng → –Ø
(2)–ng → –gV
(3)–ng → –nV
(4)–ng → –ɸV
(5)–ng → –wV

(1)は、単純にngを取り除いてしまうパターンです。(2)は、ngの部分をgとして、うしろに母音を補うパターンです。(3)は、ngの部分をnとして、うしろに母音を補うパターンです。(4)と(5)は、中国語から漢字を取り入れる際に、kang(鋼)をkauと読み、tang(當)をtauと読もうと決めた人たちといくらか似たところが感じられます。(4)は、ngの部分をɸとして、うしろに母音を補うパターンです。(5)は、ngの部分をwとして、うしろに母音を補うパターンです。いずれにせよ、母音で終わる(子音で終わらない)という規則は固く守られていました。

外来語を取り入れる時に、ぴったり同じ音がなく、慣れた別の音を代わりに用いるというのはよくあることですが、ngの場合は、上記のようにバリエーションが大きいので、特に注意が必要です。

►大和言葉(やまとことば)はベトナム語やタイ語とも関係が深い(3)へ