「面白い(おもしろい)」の怪しい語源説明

日本語のomosiroi(おもしろい)は、「面白い」と書かれます。この背後には、omosiroiのomoはomo(面)であるという見方があります。しかし、これはいささか怪しい見方です。

前回の記事の中で、テュルク系言語のトルコ語のyürek(心)ユレクのような語からyorokobu(喜ぶ)が作られたり、昔の日本語で心を意味していたuraからurayamu(羨む)、uramu(恨む)、uresi(うれし)が作られたりしたようだとお話ししました。日本語はこのような傾向が特に顕著です。他の言語で心を意味していた語や昔の日本語で心をしていた語から様々な語が作られているのです。

古代中国語のsim(心)はどうでしょうか。この語はある時代にsinという音読みで日本語に取り入れられましたが、この子音で終わる形はそれ以前の日本語では不可能です。ここで気になるのが、奈良時代の日本語のomoɸu(思ふ)とsinoɸu(思ふ)です。現代では、omoɸuはomouになり、sinoɸuはsinobuになって「偲ぶ」と書かれています。奈良時代の日本語のomoɸu(思ふ)は、現代のomou(思う)と同じように最重要語の一つで、sinoɸu(思ふ)は、遠く離れた人や物事に思いをはせることを意味していました。漢字を見ても明らかですが、omoɸu(思ふ)とsinoɸu(思ふ)は心と密接に関係している語です。心を意味していた語からomoɸu(思ふ)とsinoɸu(思ふ)という語が作られた可能性も十分にあるわけです。

yorokobu(喜ぶ)はテュルク系言語のトルコ語のyürek(心)ユレクのような語から来ているらしい、uresi(うれし)は昔の日本語で心を意味していたuraから来ているらしいと知った筆者は、omosirosi(おもしろし)やtanosi(楽し)もひょっとして心を意味していた語から来ているのではないかと考えるようになりました。tanosi(楽し)はひとまず置いておき、omosirosi(おもしろし)について考えましょう。

omosirosi(おもしろし)はomoとsirosiからできており、sirosiの部分が明るいことを意味していると考える点では、筆者も従来の説(例えば、岩波古語辞典(大野1990)、ベネッセ古語辞典(井上1997)など)と同じです。問題は、omoの部分です。筆者は、従来の説と違って、omoの部分が心を意味し、sirosiの部分が明るいことを意味している可能性もあると考えています。

インド・ヨーロッパ語族から*muna(胸)などの語がまだ入ってきていない、テュルク系言語からkokoro(心)という語がまだ入ってきていない(「胸(むね)」の語源「心(こころ)」の語源を参照)、古代中国語からsinzau(心臓)という語がまだ入ってきていない遠い昔の日本語にも、なにかしらこれらに似た意味を持つ語があったはずです。その有力候補が*omoです。*omoが中心、心臓、心を意味していたと考えると、つじつまが合います。新しい語彙が次々に入ってきましたが、この*omoは消えていません。中心部分、主要部分、重要部分を表すomona(主な)や、思考を表すomou(思う)として残っているのです。少し意味的な隔たりはありますが、omoi(重い)も同源でしょう。

omosirosi(おもしろし)は心が明るいこと、晴れやかなこと、晴れ晴れとしていることを意味していたと思われます。昔の日本語で心を意味していた*omoはomoɸu(思ふ)になり、古代中国語の「心」はsinɸuになれないので、sinoɸu(思ふ)になったと見られます(奈良時代にはsinuɸu(思ふ)という形もありました)。

日本語の精神、思考、感情に関する語彙も様々なところから来ています。次は、古代中国語の「心」に対応するベトナム語のtâmタムに目を向けます。

 

補説

英語のinterestingの語源

日本語のomosiroi(おもしろい)の訳語としてよく使われる英語のinterestingの語源にも触れておきます。

英語のinterestingは、「興味を引く」という意味を持つinterestという動詞のing形です。このinterestという動詞は、ラテン語のinteresseという動詞から来ています。

ラテン語のinteresseのinterの部分は「間、中」を意味し、esseの部分は「あること」を意味しています。interesseの原義は、「中にあること」であったと考えられます(この中というのが、真ん中、中心あるいは心であることもあったかもしれません)。古代ローマの時点ではすでに、「重要である、重要な関心事である、関心事である」という意味になっていました。

英語のinterestingは、「重要である、重要な関心事である、関心事である」→「興味を引く、興味深い、おもしろい」という若干の意味のずれを経て、現在に至っています。

 

参考文献

井上宗雄ほか、「ベネッセ古語辞典」、ベネッセコーポレーション、1997年。

大野晋ほか、「岩波 古語辞典  補訂版」、岩波書店、1990年。