竪穴式住居を抜きにして人類の歴史は語れない

印欧祖語では「家」のことをロシア語のdom(家)ドームのように言っていたようだとお話ししました。ロシア語のdom(家)は、インド・ヨーロッパ語族らしい語です。これに対して、インド・ヨーロッパ語族らしくないのが、英語のhouse(家)です。英語と同じゲルマン系の言語には、ドイツ語Haus(家)、オランダ語huis(家)、スウェーデン語hus(家)、アイスランド語hús(家)フースのような語が見られますが、ゲルマン系以外の言語には、それらしき語が見当たりません。

ひょっとしたら関係があるかなと思えるのは、イタリック系のラテン語のcasa(小屋)カサぐらいです。ラテン語では、domus(家)が重要で、casa(小屋)はあまり存在感がありませんでしたが、ラテン語の後継言語であるイタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語では、このcasaが一般に家を意味するようになりました。ゲルマン系の言語はk→hという発音変化を起こしているので、ラテン語のcasa(小屋)はゲルマン系の英語のhouse(家)などとかろうじて関係を考えることができます。

とはいえ、発音的に、イタリック系言語からゲルマン系言語にkasaのような語が入った、あるいはゲルマン系言語からイタリック系言語にkasaのような語が入ったと考えるのはかなり困難です。インド・ヨーロッパ語族の外にkasaのような語が少しずつ違う形で広がっていて、そこからゲルマン系言語とイタリック系言語に語が流入したと考えるほうがはるかに自然です。そうすれば、ゲルマン系・イタリック系以外の言語にそれらしき語が見当たらないことにもすんなり説明がつきます。

筆者にヒントを与えてくれたのは、ウラル語族のフィンランド語のkasaという語でした。フィンランド語のkasaは、家を意味する語でも、小屋を意味する語でもありません。フィンランド語のkasaは、積み重ね、堆積、蓄積を意味する語です。ゴミの山とか、宝の山とか、そういうものを指します。「家」と「山」になにか関係があるだろうかと考えた時に、筆者の頭に浮かんだのが、竪穴式住居でした(写真はWikipediaより引用)。

竪穴式住居は、地面に穴を掘って空間を設け、その上に覆いを作ります。日本の縄文時代や弥生時代に竪穴式住居が作られたという話を聞いたことがあると思いますが、竪穴式住居は世界各地で作られたものです。半地下構造の竪穴式住居の外見は、まさに山のようです。そういうことだったのかと思いながら世界の様々な言語を調べると、やはり「家」と「山あるいは山状のもの」の間に強いつながりが認められます。

日本語はどうでしょうか。「家、山あるいは山状のもの」を表すkasaと聞いて、なにか思い当たる節はないでしょうか。頭にかぶるkasa(笠)、雨の日にさすkasa(傘)、キノコのkasa(かさ)は関係がありそうです。積み重ね、堆積、蓄積も考慮に入れると、kasaneru(重ねる)/kasanaru(重なる)も関係がありそうです。なにかが蓄積していくところを想像してください。

高さ、大きさ、体積などを意味するkasa(嵩)も関係があるでしょう。今挙げた語に比べると大変わかりづらいですが、kazaru(飾る)も関係があるようです。三省堂時代別国語大辞典上代編(上代語辞典編修委員会1967)には、kazaru(飾る)という語は特に建造物の装飾に関して用いられることが多かったと書かれています。おそらく、kazaru(飾る)はもともと家を建てることを意味し、そこから家を整えること、家を装飾することを意味するようになっていったと思われます。

インド・ヨーロッパ語族のラテン語casa(小屋)やウラル語族のフィンランド語kasa(堆積)と同源と見られる語が日本語に存在するわけですが、このことをどう捉えたらよいかというのは深遠な問題です。ラテン語のcasa(小屋)はインド・ヨーロッパ語族の標準的な語彙ではないし、フィンランド語のkasa(堆積)もウラル語族の標準的な語彙ではないのです。フィンランド語のkasa(堆積)がウラル語族の標準的な語彙でないということは、ウラル祖語にkasa(堆積)のような語はなかった、さらには遼河文明の初期の言語にkasa(堆積)のような語はなかったということです。日本語のkasa(笠、傘)、kananeru(重ねる)/kasanaru(重なる)、kasa(嵩)、kazaru(飾る)はどこから来たのでしょうか。

考えられるシナリオを描いてみます。インド・ヨーロッパ語族の拡散にしろ、遼河文明の言語の拡散にしろ、せいぜい過去1万年以内の出来事です。しかし、すでに3~4万年前には、北ユーラシアにいくつもの遺跡が現れています(Graf 2009)。2万年ちょっと前にLast Glacial Maximum(最終氷期最盛期)と呼ばれる厳しい時代があり、遺跡の数は落ち込みますが、LGMが終わると、急増します。インド・ヨーロッパ語族の拡散および遼河文明の言語の拡散が始まる前に、北ユーラシアを覆っていた言語群があったのです。

インド・ヨーロッパ語族のラテン語casa(小屋)、ウラル語族のフィンランド語kasa(堆積)、日本語のkasa(笠、傘、かさ)、kananeru(重ねる)/kasanaru(重なる)、kasa(嵩)、kazaru(飾る)などは外来語で、かつて北ユーラシアに家や山のことをkasaのように言う言語群があったと思われます。この家や山のことをkasaのように言う言語群は、ヨーロッパ方面でも東アジア方面でも語彙を提供していることから、北ユーラシアに大きく広がる言語群であったと見られます。遠い昔に北ユーラシアに大きく広がっていた言語勢力が、新しく台頭してきた言語勢力(インド・ヨーロッパ語族や遼河文明の言語など)に取って代わられた、そんな壮大な交代劇があった可能性が出てきました。

 

参考文献

日本語

上代語辞典編修委員会、「時代別国語大辞典 上代編」、三省堂、1967年。

英語

Graf K. E. 2009. Modern human colonization of the Siberian mammoth steppe: A view from south-central Siberia. In Sourcebook of Paleolithic Transitions, edited by M. Camps and P. Chauhan, p.479-501, Springer Science+Business Media.