前回の記事では、竪穴式住居の話をしました。「家」と「山」(積み重ね、堆積、蓄積)の間に密接な関係があることがおわかりいただけたと思います。「家」は様々な意味領域とつながっています。「山」も様々な意味領域とつながっています。その「家」と「山」の間に強いつながりがあると知っておくことは、人類の言語の歴史を研究するうえで極めて重要です。ここで、インド・ヨーロッパ語族のロシア語dom(家)ドームの類に話を戻しましょう。

インド・ヨーロッパ語族のロシア語dom(家)の類は、tum-、tom-、tam-という不揃いな形で日本語に入り、「家の人、一族、家族、いっしょに暮している人、配偶者」を意味するようになったと述べました(詳しくはインド・ヨーロッパ語族の「家」、houseそれともhome?を参照)。ここから来たのが、tuma(妻)、tomo(友)、tami(民)です。

「家」と「山」(積み重ね、堆積、蓄積)の間に密接な関係があるということは、インド・ヨーロッパ語族のロシア語dom(家)の類は、日本語に入って、「山、積み重ね、堆積、蓄積」を意味するようになった可能性もあるということです。考えなくてはいけません。インド・ヨーロッパ語族のロシア語dom(家)の類が、上のようにtum-、tom-、tam-という不揃いな形で日本語に入り、「山、積み重ね、堆積、蓄積」を意味するようになることはなかったのでしょうか。

該当しそうなのが、tumu(積む)/tumoru(積もる)、tomu(富む)/tomi(富)、tamu(貯む)/tamaru(貯まる)です。tomu(富む)/tomi(富)は抽象的な語ですが、もともと積み重ね、堆積、蓄積を意味していたと思われます。細かいことを言えば、tomo(友)のtoはto乙類で、tomu(富む)/tomi(富)のtoはto甲類ですが、これらに限らず、上に記した一連の語はすべてインド・ヨーロッパ語族から違う時代に違う場所で取り入れられたと見られます。前にインド・ヨーロッパ語族のロシア語usta(口)の類が不揃いな形で日本語に入っているのを見ましたが、それとよく合います(嘘になった言葉を参照)。

現代の日本語で「ためになる本」などと言いますが、このtame(ため)も無関係でないでしょう。tame(ため)は、もともと蓄え・蓄積を意味し、そこから意味が抽象的になっていったと見られます。インド・ヨーロッパ語族のロシア語dom(家)の類が、思わぬ意味で日本語に入っているわけです。

※もう現代ではほとんど使われませんが、toma(苫)という語もありました。toma(苫)は、草を編んで作った屋根材料です。竪穴式住居があのような形をしているため、「家」と「山」の間だけでなく、「家」と「屋根」の間にも密接な関係があります。インド・ヨーロッパ語族のロシア語dom(家)の類は、日本語のtoma(苫)にもなったと見られます。苫その他による屋根作りで使われたɸuku(葺く)という語は、覆うことを意味する古代中国語の「覆」から来たものでしょう。



補説

takuɸaɸu(蓄ふ)という動詞

話が蓄え・蓄積に及んだので、ついでにtakuɸaɸu(蓄ふ)などついても考察しておきましょう。

adi(味)からadiɸaɸu(味はふ)という動詞が作られ、saki(幸)からsakiɸaɸu(幸はふ)という動詞が作られましたが、takuɸaɸu(蓄ふ)も同じように作られた動詞でしょう。takuɸaɸu(蓄ふ)は四段活用する場合と下二段活用する場合がありましたが、下二段活用のほうが残って現代のtakuwaeru(蓄える)になりました。

山や高さを意味する*takaという語があって、この*takaが一方では組み込まれたtaka(高)として、他方では単独のtake(岳)やtake(丈)として残ったと考えられます。*takaには母音が異なる類義語があって、それがtuka(塚)や*takuだったと思われます(ama(甘)―uma(うま)、asa(浅)―usu(薄)、asa(朝)―asu(明日)のような具合です)。この*takuからtakuɸaɸu(蓄ふ)という動詞が作られたのでしょう。

ひょっとしたら、*takuは「山、積み重ね、堆積、蓄積」だけでなく、「家」(ひいては一族や家族)を意味することもあったかもしれません。人がいっしょにいることをtaguɸuと言っていたからです。名詞形のtaguɸiは人の集まりだけでなく、ものの集まりも意味するようになり、現代のtagui(類)に至ります。