古代中国語の「君」(2)

okina(おきな)

wotoko(をとこ)、okina(おきな)、woguna(をぐな)、izanaki(イザナキ)のうちの、まずはokina(おきな)に注目しましょう。すでに述べたように、okina(おきな)は「年をとった男性」です。

okinaのkinaの部分が古代中国語のkjun(君)キウンと関係があるとしたら、oの部分はどうでしょうか。なんといっても関係がありそうなのは、古代中国語のlaw(老)ラウです。実際、古代中国語には law kjun (老君)という語があり、老人を意味していました。

昔の日本語に厳しい制約があるために、「良」をryauと言えず、yauとも言えず、yoになったことを思い出してください。同様にして、「老」をrauと言えず、auとも言えず、oになると考えられます。流音(l、rの類)が語頭に来ない、母音が連続しないという制約があるので、「良」はyoになり、「老」はoになるのです。

law kjun (老君)のlawの部分がrauと読めず、auと読めず、oになり、kjunの部分がkyunと読めず、kinと読めず、kinaになれば、okina(おきな)が生じます。

omina(おみな)

okina(おきな)と対になるのがomina(おみな)ですが、こちらはもう少し話が複雑です。okina(おきな)のkinaの部分とizanaki(イザナキ)のkiの部分は、kinと言えないためにkinaになったり、kiになったりしたことを思わせます。同じように、omina(おみな)のminaの部分とizanami(イザナミ)のmiの部分は、minと言えないためにminaになったり、miになったりしたことを思わせます。

しかし、minと言えないためにminaになったり、miになったりしたという推測がもっともだとしても、もとになった語を特定する必要があります。そこで中国語およびその他のシナ・チベット系言語を見渡すと、ミャンマー語の mein gə le (女の子)メイングレのような語が目にとまります。古形は、古ビルマ語の min ka le (女の子)です。 min ka le (女の子)のminの部分が「女」を意味し、 ka le の部分が「子ども」を意味しています。ただ、この「女」を意味するminは単独では現れません。どうやら、遠い昔に「女」を意味する*minという語があったが、古ビルマ語の時点ではもう組み込まれて現れるだけだったと見られます(昔の日本語のme(女)も単独で現れなくなり、現在では組み込まれて現れるだけですが、それと同じ現象です)。omina(おみな)のminaとizanami(イザナミ)のmiは、古代中国語のnrjo(女)ニオではなく、別のシナ・チベット系言語の*min(女)がもとになったようです。

ここまでの議論で、okina(おきな)、omina(おみな)、woguna(おぐな)、womina(をみな)、izanaki(イザナキ)、izanami(イザナミ)の各形は納得できるでしょう。古代中国語のkjun(君)が昔の日本語に合うようにkinaにされたり、kunaにされたりし、後者から*wokunaが生まれ、濁ってwoguna(をぐな)になったと見られます。woguna(をぐな)とwomina(をみな)のwoは、wogaɸa(小川)などのwoと同じでしょう。

これらとはやや異質に見えるのが、wotoko(をとこ)とwotome(をとめ)です。wotoko(をとこ)のkoと古代中国語のkjun(君)はいまひとつ合わず、wotome(をとめ)のmeと別のシナ・チベット系言語の*min(女)もいまひとつ合いません。wotoko(をとこ)とwotome(をとめ)は、kjun(君)と*min(女)とは違う語がもとになっているようです。探索を続けましょう。

 

補説

「親」と「子」の語源

世界の様々な言語を見ると、「親」を意味する語は、生むことを意味する語か、高齢を意味する語に関係していることが多いです。例えば、英語のparent(親)はフランス語からの外来語で、おおもとにはラテン語のparire(生む)があります。フィンランド語のvanhempi(親)は、vanha(年をとった、古い)という形容詞の比較級を名詞として用いています。

日本語のoya(親)は、高齢を意味する語に関係しているようです。奈良時代の日本語にoyu(老ゆ)という語がありましたが、これは先ほどの古代中国語のlaw(老)にyu(ゆ)がくっついている動詞と見られます(古代中国語の語彙にyu(ゆ)がくっついている動詞の例は、別の機会にいくつか見ることにします)。rauyuとはできず、auyuともできず、oyu(老ゆ)です。日本語のoya(親)は、父母・祖父母を含む祖先を意味していましたが、古代中国語のlaw(老)から作られたoyu(老)と同類と見られます。

日本語のko(子)は、ベトナム語が属するオーストロアジア語族に、ベトナム語con(子)コン、クメール語koon(子)、モン語kon(子)のような語が大変広く見られるので、ベトナム系の言語から取り入れられた可能性が大きいです。

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