閉ざされていたアメリカ大陸への道

インディアンがどこからアメリカ大陸にやって来たのかという問題も重要ですが、インディアンがいつアメリカ大陸にやって来たのかという問題も重要です。ここで、考古学の話をはさみます。考古学のほうでも重要な進展がありました。まずは、Curry 2012の図を引用します。

地図の中には、Clovis(クロ―ビス)、Monte Verde(モンテベルデ)、Paisley Caves(ペイズリー洞窟)という三つの遺跡が記されています。クロービス遺跡は、最初にアメリカ大陸に入った人々の遺跡であると長い間考えられてきました。これに異を唱えることになったのが、T. D. Dillehay氏らによるモンテベルデ遺跡の発掘でした(Dillehay 1989、Dillehay 1997、Dillehay 2015)。クロービス遺跡よりモンテベルデ遺跡のほうが古いとするDillehay氏らの主張はすんなりとは受け入れられませんでしたが、年代測定を含む考古学調査の技術・方法が進歩してきたことや、ペイズリー洞窟遺跡のようにクロービス遺跡より古いと見られる遺跡が北米でも見つかり始めたことから(Gilbert 2008、Jenkins 2012)、Dillehay氏らの主張は広く認められるようになりました。クロービス遺跡は13000年前ぐらいのもの、モンテベルデ遺跡は14500年前ぐらいのものと推定されています。

冒頭の地図には、人類が15000~16000年前頃に北米の太平洋沿岸を通過し、その後すぐに南米に到達したと示されています。Dixon 2013に、当時の北米の状況が精緻に描かれています。同論文から引用した以下の二枚の地図は、16000年前頃と13000年前頃の北米の状況を映し出したものです。

16000年前頃は、Last Glacial Maximum(最終氷期最盛期)と呼ばれる最も厳しい時期を過ぎたばかりで、まだほとんど氷に覆われています。太平洋沿岸に細い通路ができつつあります。

氷がある程度解けた13000年前頃には、太平洋沿岸の通路はいくらか広くなり、内陸にも別の通路ができています。

アメリカ大陸への道は、このように開通していきました。まず海岸ルートが開け、遅れて内陸ルートが開けたのです。このことは、インディアンの歴史(言語も含めて)を考えるうえで頭に入れておく必要があります。

内陸ルートが開くのを待っていたのでは、14500年前あるいはそれより前にモンテベルデ遺跡のある場所に辿り着くことができません。モンテベルデ遺跡にいた人々は、海岸ルートを通ったはずです。

ここに、ちょっと難しい事情があります。当時はまだ氷期が完全に終わっておらず、海面が低い状態でした。氷期が終わりに近づくにつれて、さらに氷が解け、海面が上昇します。こうなると、モンテベルデ遺跡にいた人々がかつて通ったところは、海中に没してしまいます。ちなみに、Monte Verdeはスペイン語で「緑の山」という意味で、モンテベルデ遺跡はある程度高いところにあります。

普通、人類がユーラシア大陸の北東部からアメリカ大陸に入ったのなら、アメリカ大陸の北のほうで古い遺跡が見つかり、南のほうで新しい遺跡が見つかるのではないかと考えたくなります。この普通に反するモンテベルデ遺跡の発見が大きな反論に遭ったのは理解できます。しかし、(1)まず海岸ルートが開け、遅れて内陸ルートが開けたこと、(2)海岸ルートの通過が速かったこと、(3)その海岸ルートが氷期の終了に伴う海面の上昇によって海中に没したことを考えれば、考古学の現状(モンテベルデ遺跡より確実に古いと認められる北米の遺跡がまだない現状)は異常ではありません(米国テキサス州のFriedkin(フリードキン)/Gault(ゴールト)遺跡のように検討を要する遺跡も出てきています(Waters 2011、Williams 2018))。

上記の海岸ルートと内陸ルートの話からもわかるように、人類のアメリカ大陸への移動・拡散は単純ではありません。アメリカ大陸への道が開ける時代、モンテベルデ遺跡の時代、クロービス遺跡の時代に起きたことだけでなく、その後の時代に起きたことも考えなければなりません。ユーラシア大陸からアメリカ大陸への人類の進出の記事でインディアンのミトコンドリアDNAの話をし、古い時代にアメリカ大陸に入った人間集団と新しい時代にアメリカ大陸に入った人間集団があったのではないかと述べました。さらに、インディアンのDNAから重大な結果が・・・の記事でインディアンのY染色体DNAの話をし、北米でC系統の割合が高くなっていることを述べました。モンテベルデ遺跡・クロービス遺跡の時代から近代(コロンブスの時代)に至るまでの間にも、重要な出来事があったようです。

後からアメリカ大陸に入ってきた人間集団について考える前に、なぜ筆者がアメリカ大陸への人間の移動・拡散をそこまで細かく気にするのか説明しましょう。

 

参考文献

Curry A. 2012. Ancient migration: Coming to America. Nature 485(7396): 30-32.

Dillehay T. D. 1989. Monte Verde: A late Pleistocene settlement in Chile, Vol. 1. Smithsonian Institution Press.

Dillehay T. D. 1997. Monte Verde: A late Pleistocene settlement in Chile, Vol. 2. Smithsonian Institution Press.

Dillehay T. D. et al. 2015. New archaeological evidence for an early human presence at Monte Verde, Chile. PLoS One 10(11): e0141923.

Dixon E. J. 2013. Late Pleistocene colonization of North America from Northeast Asia: New insights from large-scale paleogeographic reconstructions. Quaternary International 285: 57-67.

Gilbert M. T. P. et al. 2008. DNA from pre-Clovis human coprolites in Oregon, North America. Science 320(5877): 786-789.

Jenkins D. L. et al. 2012. Clovis age Western stemmed projectile points and human coprolites at the Paisley Caves. Science 337(6091): 223-228.

Waters M. R. et al. 2011. The Buttermilk Creek complex and the origins of Clovis at the Debra L. Friedkin site, Texas. Science 331(6024): 1599-1603.

Williams T. J. et al. 2018. Evidence of an early projectile point technology in North America at the Gault Site, Texas, USA. Science Advances 4(7): eaar5954.