「もと」と「また」の波瀾万丈な歴史では、モンゴル語のmod(木)のような語が日本語に入ってきて、*ko(木)(ki(木)の古形)と衝突した話をしました。当然、もとからあった*ko(木)の語源も考えなければなりません。「木」を意味する語はなかなか変わりにくく、人類の言語の歴史を研究する際には重要です。まずは、ウラル語族の言語で「木」のことをなんと言っているか見てみましょう。

Picture t-70

表中のフィンランド語puu、ハンガリー語fa、ネネツ語pjaなどは同源で、「木」を意味する語が変わりにくいことはウラル語族でも確かめられます。しかし、日本語の*ko(木)は、表中のフィンランド語puu、ハンガリー語fa、ネネツ語pjaなどには結びつかないし、明らかに違う形を示しているその他の語にも結びつきません。これはどういうことでしょうか。

「木」を意味する語が変わりにくく、人類の言語の歴史を研究する際に重要であるというのは間違いありません。しかし、「木」を意味する語を調べる際には、一つ気をつけなければならないことがあるのです。その気をつけなければならないこととはなにか、インド・ヨーロッパ語族の例を挙げて説明します。

英語のtree(木)という語はおなじみでしょう。これと同源の語はインド・ヨーロッパ語族全体に広がっています。しかし、単純に「木」という意味が保たれているとは限りません。例えば、ロシア語derevo、リトアニア語derva、ギリシャ語drysは英語のtree(木)と同源ですが、ロシア語derevoは「木」を意味し、リトアニア語dervaは「樹脂、やに」を意味し、ギリシャ語drysは「オーク」を意味しています。

ヒッタイト語にtaru(木)という語があるので、上記の各語のもともとの意味は「木」であったことが確実です。リトアニア語のdervaでは、「木」→「樹脂、やに」という意味変化が起き、ギリシャ語のdrysでは、「木」→「オーク」という意味変化が起きたということです。リトアニア語のようなケースも、ギリシャ語のようなケースも珍しくありませんが、ここで重要なのはギリシャ語のようなケースです。「木」を意味する語は確かに変わりにくいが、一般に木を意味していた語がある種類の木を意味するようになる、あるいはある種類の木を意味していた語が一般に木を意味するようになることがあるのです。その「ある種類の木」というのは、当該の言語の話者にとって大変なじみのある樹種でしょう。

日本語とウラル語族の木に関する語彙を比較するのであれば、日本語とウラル語族の間に大きく広がっているシベリアの樹種に注目する必要があります。シベリアの代表的な樹種といえば、マツとカバ(シラカバ)です。ウラル語族の「マツ」とウラル語族の「カバ(シラカバ)」を調べると、果たして日本語の*ko(木)に結びつきそうな語が見つかります。

シラカバは、日本では見られる場所が限られていますが、ロシアや北欧のような寒冷地方では大きな存在感を誇ります。以下のような外見をしています(写真はメディカルハーブ・アロマ事典のウェブサイトより引用)。

Picture t-71

樹皮が白いので、とにかく目立ちます。ロシアや北欧の植物といって筆者が真っ先に思い浮かべるのが、このシラカバです。ウラル語族の言語では、シラカバのことを以下のように言います。

Picture 101

フィンランド語では、シラカバのことをkoivuと言います。フィンランド語のkoivu(シラカバ)と同源の語は、フィン・ウゴル系のほうではかなり置き換えられてしまっていますが、サモエード系のほうでは全言語に残っています。フィンランド語のkoivu(シラカバ)などの祖形は*kojwVと推定されます(jは日本語のヤ行の子音、Vは母音です)。日本語の*ko(木)はウラル語族との共通語彙で、かつてはシラカバを意味していたようです。

昔の日本語には、*ko(木)と関係がありそうなkoru(伐る)という動詞もありました。ki(木)とkoru(伐る)がくっついたのがkikori(きこり)です。koru(伐る)自体は廃れてしまいましたが、母音を変えて作り出されたと見られるkaru(刈る)は健在です。

ウラル語族のフィンランド語のpuu(木)などは、古代中国語のpwon(本)プオン(もともと木の幹から根のあたりを意味していた語です)や日本語のbuna(ブナ)との関係を考える必要がありますが、ここでは深入りせず、先に進むことにします。