長い、高い、遠い、深いは似ている

大きく間が空いてしまいましたが、この記事は謎めく英語のhighの続きです。

インド・ヨーロッパ語族のゲルマン系言語に見られる英語high(高い)、ドイツ語hoch(高い)ホーフ、ゴート語hauhs(高い)などの語がインド・ヨーロッパ語族では標準的でないこと、そしてこれらの語がかつては*kauk-のような形をしていたと考えられることをお話ししました。

ゲルマン系言語の*kauk-(高い)は、山がちで険しい地形が特徴的なコーカサス地方(古代ギリシャ語ではKaukasos、ラテン語ではCaucasusと呼ばれていました)となんらかの関係がありそうですが、ウラル語族にも注目すべき語があります。

ウラル語族のフィンランド語には、kaukanaという語があります。意味は「遠くに、遠くで」といったところです。例えば、以下のように使います。

Hän asuu kaukana. 彼は遠くに住んでいる。
Hänハン=彼は、asuuアスー=住んでいる、kaukanaカウカナ=遠くに

kaukanaのkaukaの部分が日本語の「遠く」、naの部分が日本語の「に」に相当します。フィンランド語のkaukanaと同類の語はウラル語族の一部にしか見られないので、フィンランド語のkaukanaは外来語と見られます。しかし、この外来語は古いです。

kaukanaのnaの部分が日本語の「に」に相当すると言いましたが、この場所を表すnaは昔のなごりとしてごく限られた表現に残っているだけです。現代のフィンランド語では、koulu(学校)+ssa(に、で)→koulussa(学校に、学校で)、asema(駅)+lla(に、で)→asemalla(駅に、駅で)という具合です。kaukanaのnaが古いということは、いっしょにくっついているkaukaも古いということです。フィンランド語のkaukana(遠くに、遠くで)のkaukaの部分は、冒頭に示したインド・ヨーロッパ語族のゲルマン系言語の*kauk-(高い)に関係があると見られます。ウラル語族とインド・ヨーロッパ語族の付き合いは古いですが、その中でフィン系言語とゲルマン系言語の付き合いも古いです。

上の話を聞いて、「高い」と「遠い」は結びつかないのではないかと思われたかもしれません。しかし、人類の言語を広く見渡すと、「高い」と「遠い」の間には密接なつながりがあるのです。それどころか、「長い」、「高い」、「遠い」、「深い」の間につながりが認められます。私たちは上を見て「高い」、前を見て「遠い」、下を見て「深い」と言っていますが、方向の違いを除けば、「高い」と「遠い」と「深い」には共通性があります。いずれも一次元の尺度の問題であり、「長い」とも共通性があります。

英語のhigh(高い)だけでなく、昔の英語に存在したberg/beorg(山)にも目を向けましょう。

古英語のberg/beorg(山)

昔の英語には、berg/beorg(山)という語がありました。フランス語から入ってきたmountain(山)が一般的になったために、berg/beorg(山)は廃れてしまいました。ゲルマン系の他の言語では、今でもドイツ語のBerg(山)のような言い方をしています。

インド・ヨーロッパ語族において、英語high(高い)、ドイツ語hoch(高い)などは標準的な語ではないとお話ししましたが、古英語berg/beorg(山)、ドイツ語Berg(山)などは標準的な語です。

ゲルマン系以外の言語を見ると、古英語berg/beorg(山)、ドイツ語Berg(山)などと同源の語は、概ね高さを意味しています。スラヴ系の言語ではロシア語bereg(岸)、ポーランド語brzeg(端、へり)ブジェクのようになっていますが、これは人間が水害等を防ぐために水際に土を盛ったりしていたためで、ロシア語bereg(岸)、ポーランド語brzeg(端、へり)なども同源です。

古英語berg/beorg(山)、ドイツ語Berg(山)、ロシア語bereg(岸)、ポーランド語brzeg(端、へり)などを見ても、特に思いあたることはないかもしれません。しかし、同じインド・ヨーロッパ語族のヒッタイト語parkuš(高い)やトカラ語pärkare(長い)を見ると、どうでしょうか(šとäの正確な発音はわかっていません)。

遠い昔に死語になったヒッタイト語とトカラ語には全く触れてこなかったので、まずはこれらの言語に少し触れ、その後で筆者の気にかかった日本語のharuka(はるか)やharubaru(はるばる)について考えます。