魚と肉と野菜の入り組んだ話

ごはんだけでなく、おかずにも少し目を向けましょう。奈良時代の日本語のiwo(魚)(のちにuo)は古代中国語のngjo(魚)ンギオから来たようだと述べました。昔の日本人が、不慣れなngという子音を落とし、ioという母音連続を避けてiwoとしたのは、当然の展開といえます。

これは単純な話ですが、ややこしいのが奈良時代の日本語のnaです。現代のna(菜)につながる語ですが、奈良時代のnaはもっと意味が広く、「ごはんといっしょに食べるもの、おかず、副食物」を意味していました。そのため、奈良時代の日本語のnaは、「菜」と書かれたり、「魚」と書かれたりしました。さらに、naの前にma(真)を付けたmanaという語もあり、これは「魚」を意味していました。要するに、naと言えば「ごはんといっしょに食べるもの、おかず、副食物」、manaと言えば「魚」という具合でした。

奈良時代の日本語のnaはどこから来たのかというと、どうやらこれもシナ・チベット語族から来たようです。「魚」のことを、例えばチベット語ではnyaニャ、ミャンマー語ではngaンガと言いますが、このような語が昔のシナ・チベット語族に少しずつ違う形で存在し、そこから日本語のnaが来たものと見られます。当初は「魚」を意味していたでしょう。

こうなると、iwoもnaも「魚」を意味することになって、衝突が起きます。ここで、naのほうが折れて、「おかず、副食物」を意味するようになっていったと見られます。このような変化の中で、「本来のnaはこれだ」と言いたい人がmanaと言って魚を指していたと思われます。このmanaは、現代の日本語のmanaita(まな板)に組み込まれて残っています。

iwoとnaの衝突から、iwo、na、manaという三つの語が存在することになりましたが、「魚」を意味したiwo(のちにuo)もmanaも結局のところ廃れてしまいました。代わって一般的になった言い方が、sakana(魚)です。sakanaは、「おかず、副食物」を意味していたnaの前にsaka(酒)を付けてできた語で、酒を飲みながら食べるものを意味していましたが、意味が限定されて、「魚」を意味するようになりました。その一方で、naは「食用の草本植物」を意味するようになりました。入り組んだ話ですが、このような歴史がありました。

「乳」の語源

日本語のniku(肉)は、古代中国語のnyuwk(肉)ニュウクから来ていますが、比較的新しい言い方です。奈良時代には、sisi(肉)という語が使われていました。

ここで、注目すべき語があります。ベトナム語のthịt(肉)ティです。ベトナム語では「ティ」のような発音ですが、ベトナム語に近い言語(チュット語など)では「スィ」のような発音も観察されます。

※ベトナム語のthịt(肉)の末子音tは、発音しません。口の形をそのようにするだけで、発音しません。ちなみに、中国語の標準語では、末子音tは完全に消滅してしまいました。広東語(香港などで話される中国語の方言)や朝鮮語では、ベトナム語と同じで、末子音tは、口の形をそのようにするだけで、発音しません。東アジアから東南アジアにかけての地域で、かなり前から末子音tの弱化が始まっていたと見られます。末子音kとpも、上と同様の事情にあります。

先に挙げた古代中国語ngjo(魚)、チベット語nya(魚)、ミャンマー語nga(魚)などは同源です。シナ・チベット語族の内部に発音が少しずつ違う語が分布し、そこから日本語にiwoとnaという語が入ったのです。

同じように、ベトナム系言語の内部に発音が少しずつ違う語が分布し、そこから日本語に*siとtiという語が入ったようです。「魚」を意味したiwoとnaに衝突があったように、「肉」を意味した*siとtiにも衝突があったと見られます。*siのほうは、重ねられて、奈良時代の日本語のsisi(肉)になったと考えられます。tiのほうは、どうなったのでしょうか。

奈良時代には、女性の乳房を意味するmunatiという語が残っていました。「胸」を意味するmunaと「肉」を意味するtiがくっついたものでしょう。ここから次第に、munatiと言わず、tiと言うだけで、女性の乳房を指すようになっていったと思われます。「肉」を意味した*siとtiが、sisi(肉)、ti(乳)、そしてこれが重ねられたtiti(乳)になったというわけです。

※現代の日本語のoppai(おっぱい)は、古い語ではないと思います。世界的に見て女性の胸を「膨らんでいるもの、はち切れそうなもの」と捉えている例はよくあるので、oppai(おっぱい)はippai(いっぱい)に似せて作られた可能性が高いです。