東アジア・東南アジアの歴史に引き続き迫っていきますが、ここでちょっと「髪の毛の話」を挟みます。これを知らないと、人類史を誤解してしまうからです。いや、すでに誤解してしまいました。
前回の記事では、背が低く、色が黒く、髪が縮れているフィリピンの少数民族「ネグリト」の話をしました。
この「ネグリト」という語は、当初はフィリピンの少数民族に対して使われていました。
しかし、フィリピンから少し離れたところ(インドネシア、マレーシア、タイ、そしてその西のインド洋に浮かぶアンダマン諸島)にも、背が低く、色が黒く、髪が縮れている人たちがおり、その人たちにも「ネグリト」という語が使われるようになりました。
フィリピンのAeta族(画像はPreda Foundation様のウェブサイトより引用)
マレーシアのJehai族(画像はWikipedia(Muhammad Adzha様)より引用)
これらの民族は互いに近縁であるにちがいないと見当をつけたわけですが、これが混乱を招きました。
前回のJ.C. Teixeira氏らの図を、もう一度掲げましょう(Teixeira 2021)。
人類はアフリカからスンダランドまでやって来ましたが、その後、スンダランドにとどまった人々と、スンダランドから海を渡った人々がいました。
Teixeira氏らの図は、東南アジア、パプアニューギニア、オーストラリア(アボリジニ)の人々のDNAに、デニソワ人のDNAがどのくらい入っているか調べたものですが、その差は歴然としていました。
例えば、マレーシアのJehai族は、スンダランドにとどまった人々で、フィリピンのAeta族は、スンダランドから海を渡った人々です。両者の間には、5万年ぐらいの隔たりがあります。にもかかわらず、外見をぱっと見て、「ネグリト」としてひとくくりにしてきたのです。「ネグリト」の肌の色に加えて、髪に目を奪われたのでしょう。
髪は、世界各地の人間集団で同じではありません(画像はIVANKA様のウェブサイトより引用)。
縮毛傾向の強い集団から、中間的な集団を経て、直毛傾向の強い集団まであります。東アジアの人々は、直毛傾向が強い部類です。
下の写真の人は、だれでしょうか(画像はApple様のウェブサイトより引用)。
名前が書いてありますね。マイケル・ジャクソンです。
彼が子どもの頃です。大人になってからは、縮れ毛を伸ばしたり、カツラを着用したりしていたようです(余談も参照)。
マイケル・ジャクソンは、アフリカ系の人で、東南アジアのネグリトとは全く関係ありません。彼のような髪型は、「アフロヘア―」と呼ばれます。
東南アジアのいわゆる「ネグリト」が見せている髪型は、「ネグリト」に限ったものではなく、熱帯の人々によく見られる髪型なのです。ここを間違えてはいけません。熱帯と縮れ毛の間に強い関係があるのです。
世界各地で人間の遺骨が発見されていますが、頭蓋骨が出てくるだけで、どんな髪、髪質、髪型をしていたかまではわかりません。
しかし、人類は熱帯出身です。技術の獲得によって、生活圏を温帯、冷帯、寒帯へと広げていったのです。
つまり、これはどういうことでしょうか。
人類においては、もともとマイケル・ジャクソンや「ネグリト」のような髪が一般的で、ヨーロッパのタイプや東アジアのタイプは新しいタイプだろうということです。
一般的に言われているように、熱帯の人々によく見られる縮れ毛には、熱帯の強烈な日光から脳を保護する働きがあるというのは、確かでしょう。人類は特に脳が大きくなりました。チンパンジーやゴリラに比べて大量の毛を失う中で、頭の毛を失わなかったのは、その脳の保護のためでしょう。
フィリピンのAeta族やマレーシアのJehai族は昔ながらの髪を保っているだけで、変わったのは東アジアの人々のほうである可能性が高そうです。現在の東南アジアの人々の大部分が縮れ毛でないのは、先祖の大部分が最近北のほう(黄河流域・長江流域のほう)からやって来た人たちだからです。
フィリピンのAeta族とマレーシアのJehai族の髪型が似ているからといって、互いに近縁ということにはなりません。
かつてのスンダランド東海岸より東の住民(すなわち「かつてのフィリピンの住人」、「かつてのインドネシア東部の住人」、「パプア人」、「アボリジニ」)と、西の住民(すなわち「かつてのマレーシアの住民」、「かつてのインドネシア西部の住人」)には、かなり違う歴史がありそうです。
「ネグリト」をめぐる論争(「ネグリト」としてひとくくりにされた各民族が互いに近縁なのかどうかという論争)では、私たちは重要なことを再確認しました。「人類の系統図における近い/遠い」と「表面的な特徴の似ている/似ていない」は、必ずしも一致しないということです。系統的に近い集団と集団が、表面的に似ていないこともありうるし、系統的に遠い集団と集団が、表面的に似ていることもありうるということです。
髪型と肌の色
マイケル・ジャクソンは、髪型だけでなく、肌の色まで変わったので、驚いた人も多かったでしょう。しかし、肌の色の変化は、彼が望んだものではありませんでした。
マイケル・ジャクソンは、「尋常性白斑」という病気に侵されていました。これは、皮膚の一部の色が抜け、大小の白い斑点ができる病気です(画像はMichael Jackson Wikiより引用)。
全部が黒ければ、あるいは全部が白ければ、様になりますが、まだらになると、とても不自然になってしまいます。はじめはメイクによってすべて黒くなるようにしていましたが、病気がどんどん進行し、今度はメイクによってすべて白くなるようにしていました。
マイケル・ジャクソンは病気のことを隠していたので、様々な憶測が飛び交いました。決して黒人から白人になることを夢見ていたのではなく、病気に悩まされていたのです。
こういうショッキングな病気もあるのです。
参考文献
Teixeira J.C. et al. 2021. Widespread Denisovan ancestry in Island Southeast Asia but no evidence of substantial super-archaic hominin admixture. Nature Ecology & Evolution 5(5): 616-624.