「足(あし)」の語源

英語には、足首から下を指す時はfoot、股から下を指す時はlegという使い分けがありますが、ウラル語族では、同じ言い方をするのが普通です。日本語のasiのような感覚です。ウラル語族では、足・脚のことを以下のように言います。

見ての通り、ウラル語族の内部でも、足・脚を意味する語はかなりばらついています。例えば、フィンランド語のjalka(足、脚)は、ハンガリー語のláb(足、脚)には通じていません。フィンランド語のjalka(足、脚)は、ハンガリー語のgyalog(歩いて、徒歩で)ジャログという語に通じています。単純に足・脚という部位を表す語だけ取り出しても、なかなか結びつかないのです。

上のフィンランド語とハンガリー語の例のように「足・脚」と「歩く」の間に密接な関係があることは自明ですが、ウラル語族の各言語の語彙を詳しく調べると、「足・脚」は「跡、道、旅」や「行く、進む、通る、過ぎる」などとも深く関係しています。昔の人々はアスファルトの上ではなく、土の上を歩いているので、人の足跡と道の間には直接的な関係があります。少し意外な感じがするかもしれませんが、「足・脚」は「段、階段、段階」とも深く関係しています(例えば、英語のstepが「足を踏み出す動作、一歩」を意味するだけでなく、「段」という意味も持っていることを思い出してください)。

ウラル語族全体を見渡すと、足・脚に関係する語を生み出している語根として、以下の三つが目立ちます(jは日本語のヤ行の子音です)。

(1)ast-、as-、at-
(2)jalk-、jal-、jak-
(3)aj-

母音aの部分は、言語によって変化しており、uになっていることも多いです。意図的に母音を変えて新しい語を作り出している場合もあります。(1)~(3)の語根を順に見ていきましょう。

語根ast-、as-、at-

フィンランド語にはastuaという動詞があり、足を踏み出すこと、進むことを意味しています。動作を一回だけ行うことを強調するastahtaa、動作を何回も行うことを強調するastellaという動詞もあります。現代のフィンランド語ではkävellä(歩く)カヴェッラという動詞が広く使われていますが、その前はastuaの類が歩行を意味することもあったと思われます。フィンランド語にはaste(段、段階、度、度合い)やaskel(一歩)のような語もあります。マトル語のasta/aʃtaは足・脚そのものを意味しています。

ハンガリー語では、ast-、as-、at-という語根からút(道)ウートゥ、után(後で)ウターン、utazik(旅する)などの語が作られています。先頭の母音aがuになっています。ハンガリー語のútは、意味が跡から道に変化していったと見られます。

サモエード系のネネツ語ŋu?(跡)ングッ、ガナサン語ŋutə(道)ングトゥ、カマス語attjə(跡、道)アッテュなども同源です。以前に説明したように、ネネツ語とガナサン語には、語頭に母音が来るのを避けるために子音を前に補う傾向があるので、これらの頭子音は差し引いて考える必要があります。つまり、ネネツ語ではu?ウッ、ガナサン語ではutəウトゥのような形を考える必要があります。マトル語ではasta/aʃta(足、脚)でしたが、マトル語に近いカマス語ではattjə(跡、道)になっています。

その一方で、日本語はどうでしょうか。明らかに上記のast-、as-、at-という語根から来ていると考えられるのが、asi(足、脚)とato(跡)です(日本語ではast-のように子音が連続することはできないので、as-、at-という形で現れることになります)。発音面でも意味面でもウラル語族とよく一致します。日本語のmiti(道)がウラル語族との共通語彙であることは前に記しました(「正しい」という抽象的な語、2音節の語を取り入れるを参照)。

足・脚を意味する語は、人類の言語の発達において極めて重要な役割を果たしてきました。人類の言語は、足・脚を意味する語を中心に発達してきたと言っても過言でないほどです。現代の日本語に存在する実に多くの語が、古代の言語で足・脚を意味していた語から来ています。上に示した「足・脚」と「歩く」との関係、「跡、道、旅」との関係、「行く、進む、通る、過ぎる」との関係、「段、階段、段階」との関係などは比較的わかりやすいですが、そうわかりやすいものばかりではありません。足・脚を意味する語からそんな語彙が生まれるのかとびっくりしてしまう例をいくつか紹介しましょう。