前回の記事では、ki(木)の語源を明らかにしました。「木」を意味する語はなかなか変わりませんが、もっと変わらないのが「水」を意味する語です。「水」を意味する語は、地球規模で言語の歴史を考える時にも重要になってきます。mizu(水)の古形はmidu(水)で、この語源を探ることになります。日本語と系統関係にある可能性が濃厚なウラル語族の「水」を見てみましょう。

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ウラル祖語で「水」を意味していた語は、サーミ語とハンティ語では置き換えられてしまいましたが、それ以外の言語では保たれています。ウラル祖語は、少なくとも語頭では濁音を使えない言語だったので、フィン・ウゴル系の大半の言語でv、サモエード系の大半の言語でbになっている部分はかつてwであったと推定されます。フィン系(フィンランド語~コミ語)、ウゴル系(ハンティ語~ハンガリー語)、サモエード系(ネネツ語~マトル語)を公平に見れば、wのうしろの母音はiであったと考えられます。フィンランド語のvesi(水)が組み込まれたved-、vet-という形を見せたり、ネネツ語のjiʔ(水)が組み込まれたjid-という形を見せたりしているので、ウラル祖語で「水」を意味していた語は、*widVまたは*witVという形をしていたと見られます(ウラル語族の研究者のほとんどは、ウラル祖語はdのような濁音を持たなかったと考えていますが、注意が必要です。昔の日本語や現代の朝鮮語のように、「dのような濁音を語頭では使えないが、語中でなら使える言語」もあるのです。ウラル祖語が語頭でdのような濁音を使えなかったことは確実ですが、語中でどうだったかは不確かであり、筆者は断定していません)。ウラル祖語で「水」を意味していた*widVまたは*witVは、日本語のmidu(水)とよく合います。ウラル祖語で頭子音が*w、日本語で頭子音がmになっていることに説明がつけば完璧です。

フィンランド語にvuoriという語があります。フィンランド語のvuoriは「山」を意味していますが、同源のウドムルト語vɨr(山、丘)ヴィル、コミ語vər(森)ヴル、ハンティ語wor(山の尾根)、マンシ語wōr(森)などを見る限り、もとの語は「山」を意味したり、「森」を意味したりしていたと考えられます(実はハンガリー語のorrオーッルも同源で、この語は「出っ張り、突起」を意味していましたが、とうとう「鼻」を意味するようになってしまいました)。ガナサン語bəru(山)ブルやカマス語bōr(山)も仲間です。

これらと同源と見られる語が日本語にあります。それはmori(森)です。moru(盛る)、morimori(モリモリ)のような語もあるので、昔の日本語のmoriも「山」を意味したり、「森」を意味したりしていたと考えられます。ウラル語族のv、w、b(すなわちウラル祖語の*w)が日本語のmに対応しており、mori(森)のパターンは先ほど見たmidu(水)のパターンと同じです。

※例えば、「腹(はら)」の語源でフィンランド語のvatsa(腹)ヴァッツァや日本語のwata(腸)を取り上げましたが、ウラル語族のv、w、b(ウラル祖語の*w)と日本語のwが対応しているケースもあります。どういう場合にウラル語族のv、w、b(ウラル祖語の*w)と日本語のmが対応し、どういう場合にウラル語族のv、w、b(ウラル祖語の*w)と日本語のwが対応するのかという問題は、ウラル語族と日本語の周囲で話されている言語も含めながら、詳細な分析が必要です。

ウラル祖語の*widV/*witV(水)は、日本語のmidu(水)との関係も注目されますが、インド・ヨーロッパ語族の英語のwater(水)などとの関係も注目されます。

語のwater(水)は単数形で用いられることが多いですが、複数形のwatersにして「水域」を意味することがあります。ロシア語のvoda(水)も単数形で用いられることが多いですが、複数形のvodyにして「水域」を意味することがあります。インド・ヨーロッパ語族では、昔からこのようなことを行ってきました。ここで目を引くのがヒッタイト語です。ヒッタイト語では、wātar(水)を複数形のwitārにして「水域」を意味しています。それだけでなく、wātar(水)を格変化させる際にも(格変化というのは、水が、水の、水を、水に・・・のような変化です)、母音āをiに替えています( Hoffner 2008 )。母音を替える語形変化は印欧祖語の大きな特徴で、印欧祖語もヒッタイト語のようにしていたと見られます。

このような事情を踏まえると、インド・ヨーロッパ語族の「水」はウラル語族の*widV/
*witV(水)および日本語のmidu(水)に無関係ではないでしょう。

ウラル語族と日本語のもとになった遼河文明の言語(遼河文明の開始時期である8200年前ぐらいに遼河流域で話されていた言語)が、印欧祖語と系統関係を持つ言語であった可能性も出てきます。例えば、奈良時代の日本語のmidu(水)は(遠い過去の)インド・ヨーロッパ語族との系統関係によるもので、奈良時代の日本語のwata(海)は(近い過去の)インド・ヨーロッパ語族との接触によるものであるというような二重の構造も考えなければなりません。「水」の件には、後でまた戻ってくることにします。



参考文献


Hoffner H. A. et al. 2008. A Grammar of the Hittite Language, Part 1. Eisenbrauns.