奈良時代の日本語には、sakayu(栄ゆ)とɸayu(栄ゆ)という似た語がありました。現代では、sakaeru(栄える)とhaeru(栄える)になっています。

sakayu(栄ゆ)の考察

現代の日本語に「盛り上がる」という語があり、(A)のように使われたり、(B)のように使われたりします。

(A)土地が盛り上がっている。
(B)宴会が盛り上がっている。試合が盛り上がっている。


(A)のような使い方から、抽象化が進み、(B)のような使い方が生じます。

土地の盛り上がりを意味していた語が繁栄などを意味するようになることはよくあります。奈良時代の日本語のsakayu(栄ゆ)も、そのような例でしょう。土地の盛り上がりを意味していたsakaから、sakayu(栄ゆ)という動詞が生まれたと考えられます。土地の盛り上がりを意味していたsakaは、意味がyama(山)やwoka(丘)と重なるので、斜面の部分を意味するようになったと見られます。

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土地の盛り上がりから繁栄などに至る意味領域を考えると、saki(先)、sakari(盛り)、saku(咲く)、saki(幸)などは、土地の盛り上がりを意味していたsakaと同類でしょう。

前回の記事で、日本語のmade(まで)とフィンランド語のasti(まで)はかつて木の先端部分・末端部分を意味していたようだとお話ししましたが、フィンランド語のasti(まで)の同義語であるsaakka(まで)も物の先端を意味していたようです。古いフィンランド語には、saakka(まで)という形のほかにsaahka(まで)という形もありました。現代のウラル語族では、フィンランド語saakka(まで)、カレリア語sah(まで)、サーミ語soahki(シラカバ)、ネネツ語soxo(丘)ソホ、エネツ語soɕi(丘)ソシなどのように意味がばらついていますが、もとの語は山のようなものを意味していたと考えられます(カレリア語はフィンランドとロシアの国境付近で話されている言語ですが、フィンランド語の方言と言ってよいくらいフィンランド語に似ているので、本ブログではほとんど取り上げていません)。意味が「山」から「先」へ向かえば、フィンランド語のsaakka(まで)に行き着くし、意味が「山」から「森」へ向かえば、サーミ語のsoahki(シラカバ)に行き着きます。ウラル語族でもウラル語族以外でもよくある意味変化です。もともと土地の盛り上がりを意味していたであろうsaka(坂)とsaki(先)やmoru(盛る)とmori(森)を見てもわかります。上記のウラル語族の一連の語は、土地の盛り上がりを意味していた日本語のsakaと同源と考えられます。

ɸayu(栄ゆ)の考察

上に示したのは、山のような土地の盛り上がりを意味していた語が繁栄を意味するようになるパターンですが、もう一つ重要なパターンがあります。それは、花を意味していた語が繁栄を意味するようになるパターンです。英語のflower(花)とflourish(繁栄する)はフランス語から入ってきた語で、これらのおおもとにはラテン語のflos(花)(組み込まれてflor-)があります。

sakayu(栄ゆ)が土地の盛り上がりを意味していたsakaから来たのなら、ɸayu(栄ゆ)はなにから来たのでしょうか。ここでやはり、「花」の存在が浮かび上がってきます。古代中国語のhwæ(華)フア/xwæ(花)フアです(子音hとxの違いについては、「深い」と「浅い」の語源の補説を参照してください)。

もともと中国語には「華」という漢字しかありませんでしたが、花そのものをいう時は「花」と書き、華やかさをいう時は「華」と書くようになっていきました。中心を意味する「中」と華やかさを意味する「華」をくっつけたのが「中華」です。

昔の日本語にはhという子音がなかったので、古代中国語のhwæ(華)フア/xwæ(花)フアをpaあるいはɸaという形にし、これにsakayu(栄ゆ)と同じyuを接続したと見られます。こうしてできたのがɸayu(栄ゆ)です。

※ちなみに、英語のspeedはもともと成功や繁栄を意味する語でしたが、そこから速さを意味するようになりました。「勢い」のようなものを感じていると考えられます。ひょっとしたら、日本語でもɸayu(栄ゆ)からɸayasi(早し、速し)が生まれたのかもしれません。現代のhayaru(流行る)にも関係があると思われます。

ɸayuは、sakayuといくらか異なる意味を持つようになり、「生ゆ」と書かれることが多くなったのでしょう。ɸayu(生ゆ)は自動詞で、他動詞はɸayasu(生やす)です。このɸayasu(生やす)から、ɸayasi(林)が作られました。ɸayasi(林)は、mori(森)と似ていますが、ɸayasu(生やす)という他動詞から作られているので、少なくとも当初は人間が植えたものであることを含意していたと思われます。

sakayu(栄ゆ)とɸayu(栄ゆ)の考察を行いました。原始的な語から抽象的な語が生まれていくのは十分納得できるでしょう



補説

幸(さき)と幸(さち)の謎を解く

前に、幸(さき)と幸(さち)—不完全に終わった音韻変化の記事で、saki(幸)とsati(幸)という語を取り上げました。saki(幸)とsati(幸)は「幸せ、幸福」を意味し、さらにsati(幸)は「海や山でとれる獲物」や「海や山で獲物をとるための道具(特に釣り竿と釣り針、弓と矢)」も意味したと述べました。

sati(幸)がなぜこれらの意味を併せ持っていたのかというのは難しい問題ですが、筆者は、奈良時代の日本語のsatiは「幸」という字で書かれていたが、実は異なる語が合わさった複合体だったのではないかと考えています。

まず、saki(幸)からキチ変化を通じてsatiという語が生まれます(上記の記事を参照)。これでsatiは「幸せ、幸福」という意味を持ちますが、これだけだとsatiは「幸せ、幸福」という意味しか持ちません。なにかが加わった可能性が高いです。

奈良時代の日本語には、satuɸito、satuya、satuyumiのような語がありました。狩猟を意味するsatuに、ɸito(人)、ya(矢)、yumi(弓)が接続した語です。この組み込まれたsatuはなんでしょうか。狩猟というのは動物を殺す行為であり、古代中国語のsrɛt(殺)
シェトゥ(日本語での音読みはseti、satu、sai)が注目されます。古代中国語でも、srɛt(殺)が狩猟を意味することがありました。

古代中国語のsrɛt(殺)がsatuという形で日本語に入り、狩猟を意味していたが、のちにsatiという形になり、狩猟の獲物や道具を意味していたようです。奈良時代の日本語のsatiは、古代日本語のsaki(幸)から来たsatiと古代中国語のsrɛt(殺)から来たsatiが合わさった独特な語だったのです。