変わりゆくシベリア(2)

近年では、 Ilumäe 2016 のように、Y染色体DNAのN系統の内部が細かく分類され、N系統の拡散が精密に捉えられるようになってきましたが、そこでも、ウラル山脈方面―ヤクート地方―ブリヤート地方の密接なつながりがしっかりと裏づけられています。 Shi 2013 では、N系統の拡散経路を以下のように推定しています。

赤い矢印は「東アジア南部からの最初の拡散(21000年前頃)」、青い矢印は「東アジア北部からシベリアへの第二の拡散(12000~14000年前頃)」、黒い矢印は「中央アジアとヨーロッパへの最近の拡散(8000~10000年前頃)」と説明されています。筆者は、拡散の時期に関してはShi氏らと少し見積りが違いますが、拡散の経路に関しては大体Shi氏らの言う通りであろうと考えています。

遼河文明の言語がいきなりはるか離れたウラル山脈方面に伝わるわけはなく、連続する経路があったはずです。どうやら、遼河文明の言語はかつて遼河流域からウラル山脈方面にかけて広く分布していたが、その後テュルク系の言語やモンゴル系の言語が有力になり、遼河文明の言語(ウラル語族の言語およびそれに近縁な言語)からテュルク系言語やモンゴル系言語への大規模な乗り換えが起きたようです。遼河文明の言語を話していた人々がテュルク系言語やモンゴル系言語に乗り換えたという意味です。遼河文明・黄河文明・長江文明とは全く違う生活様式を持つ遊牧民集団がシベリアで大勢力を築いたのは周知の通りです。

ウラル語族の言語およびそれに近縁な言語がヤクート地方、ブリヤート地方、遼河流域に連続して分布しているのを見たら、日本語の起源を探求する学者たちもそれらの言語に大いに注目したことでしょう。しかし、大規模な言語の乗り換えが起きた結果、日本からはるか離れたウラル山脈方面にウラル語族の言語が残るのみになってしまいました。しかも、テュルク系言語とモンゴル系言語とツングース系言語が同系統であると主張する「アルタイ語族」という仮説が根拠が十分でないにもかかわらずあまりに有名になり、ウラル語族の研究者の視線は「アルタイ語族」でせき止められて日本語まで届かず、日本語の研究者の視線も「アルタイ語族」でせき止められてウラル語族まで届かないようになってしまいました。総じて、ウラル語族の研究者の意識はインド・ヨーロッパ語族と「アルタイ語族」にあり、日本語の研究者の意識は朝鮮語と「アルタイ語族」にあったので、ウラル語族と日本語を比較する舞台設定すらありませんでした。

さらに困難なことに、(奈良時代から現代の)日本語を例えばフィンランド語やハンガリー語と並べる機会があったとしても、似ていると感じることはできません。筆者自身、歴史とは全然違う言語学の研究でフィンランド語やハンガリー語を長年研究していましたが、フィンランド語やハンガリー語は日本語に関係があるのではないかなどと考えたことは全くありませんでした。今では巨大な体系になったインド・ヨーロッパ語族の研究も、もともとイギリス人のウィリアム・ジョーンズ氏らがヨーロッパの言語とインドの言語を見比べて似ていると感じたところから始まっています。まず最初にある程度似ていると感じなければ、系統関係の研究は始まらないのです。

筆者にも幸運が訪れます。ある時に、フィンランド語やハンガリー語と遠い類縁関係にある北極地方のサモエード諸語の研究を始めました。もうずいぶん昔のことなので記憶が定かではありませんが、せっかくフィンランド語とハンガリー語を研究したのだから、ついでに親類の言語も見ておこうかぐらいの動機だったと思います。この時点では、言語の歴史に興味は持っておらず、一般言語学・言語類型論の観点から様々なタイプの言語を見ることに興味がありました。ウラル語族の言語とはいえ、フィンランド語とハンガリー語から最も遠い言語なので、サモエード諸語はとても異質に見えました。

そこから先は本ブログの最初のほうで説明したショッキングな展開になり、筆者はサモエード諸語と日本語の語彙の類似性、さらにはそれをきっかけにウラル語族と日本語の語彙の類似性に気づき始めます。研究を進めるにつれ、日本語の中にウラル語族と共通していない語彙が大量にあること、そしてそのウラル語族と共通していない語彙の大部分がシナ・チベット語族とベトナム系言語の語彙のようだということもわかってきました。

「遼河文明の言語の語彙」と「黄河文明の言語の語彙」と「長江文明の言語の語彙」が混ざり合っていく過程は、日本語の歴史において最も重要な局面です。日本語の大枠が決まった時期、別の言い方をすれば、日本語らしい言語が生じた時期がまさにここなのです。奈良時代から現代に至るまでの日本語も変化していますが、それとは比べ物にならない激動の歴史が前にあります。まず、なぜ「遼河文明の言語の語彙」と「黄河文明の言語の語彙」と「長江文明の言語の語彙」が大々的なスケールで混ざり合うことになったのかお話ししなければなりません。

もう一度上に示したY染色体DNAのN系統の拡散図を見てください。人の移動に伴って、遼河流域からユーラシア大陸の北方に広がっていった言語があります。この一部がウラル語族になります。その一方で、遼河流域に残った言語があります。遼河流域に残った言語はその後どうなったのでしょうか。

 

参考文献

Ilumäe A. M. et al. 2016. Human Y chromosome haplogroup N: A non-trivial time-resolved phylogeography that cuts across language families. American Journal of Human Genetics 99: 163-173.

Shi H. et al. 2013. Genetic evidence of an East Asian origin and paleolithic northward migration of Y-chromosome haplogroup N. PLoS One 8(6): e66102.

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日本語の起源を明らかにする手順—ウラル語族の秘密(1)

「日本語の起源を明らかにする手順」は、以下のようなシリーズ記事になっています。

►ウラル語族の秘密(1)
►変わりゆくシベリア(2)
►遼河文明を襲った異変(3)
►朝鮮半島でなにかあったのか(4)
►高句麗語の数詞に注目する(5)
►高句麗語と百済語の研究方法について(6)

日本語の中にある、ウラル語族との共通語彙、古代中国語を含むシナ・チベット語族の言語(黄河文明の言語)から取り入れられた語彙、ベトナム系の言語(長江文明の言語)から取り入れられた語彙、そして謎めくタイ系の言語から取り入れられた語彙をどんどん明らかにしているところですが、ここで「日本語の意外な歴史」の今後のストーリー展開を軽くスケッチしておきたいと思います。

高句麗語と百済語にちらっと言及した高句麗語と百済語、その他の消滅した言語たちの記事にアクセスしてくださる方が大変多く、心から感謝しております。同時に、朝鮮半島への関心、特に朝鮮半島が日本・日本人・日本語の歴史にどのように関係しているのかということに対する関心の強さを感じています。

本ブログの最初の四つの記事でお話ししたように、東アジアでは、黄河文明と長江文明のほかにもう一つ、遼河文明と呼ばれる文明が栄えていました。そして、遼河文明が栄えていた頃に遼河流域で暮らしていた人々のDNA(Y染色体DNA)を調べたところ、現在ロシアの北極地方からフィンランド方面でウラル語族の言語を話している人々と紛れもない共通性があることが明らかになりました。図1は、遼河文明において支配的だったY染色体DNAのN系統が、現代の世界でどのように分布しているか示したものです。

図1(Rootsi 2007より引用)

この図を見ると、ウラル山脈やフィンランド方面だけでなく、ユーラシア大陸の東端までを含めた北極地方全体でN系統の割合が高くなっているのがわかります。遼河流域を出た人の流れは、ひたすらウラル山脈やフィンランド方面に向かったわけではないということです。ちなみに、Y染色体DNAのN系統は、黄河流域・長江流域を含む東アジア・東南アジアで優勢なO系統に近い系統です。図2は、現代の世界におけるO系統の分布を示したものです。

図2(Rootsi 2007より引用)

Y染色体DNAのN系統とO系統を他の系統から区別したり、N系統とO系統を互いに区別したりする作業は、Y染色体DNA配列(アデニンA、チミンT、グアニンG、シトシンCという四種類の物質が作る列)のほんのいくつかの箇所の変異に注目することによって行われています。例えば、N系統とO系統の配列はM214という変異を起こしており、そこからさらに、N系統の配列はM231という変異、O系統の配列はM175という変異を起こしています。

ウラル語族の言語の話者に、Y染色体DNAのN系統、つまりM231という変異が高い率で見られることはすでに述べましたが、 Zerjal 1997 ではウラル語族の言語の話者に特徴的な別の箇所の変異を調べており、大変興味深い研究結果が出ています。この別の箇所の変異は、ウラル語族の言語の話者以外にはほとんど見られませんが、ヤクート地方でヤクート語(テュルク系言語の一つ)を話している人々とブリヤート地方でブリヤート語(モンゴル系言語の一つ)を話している人々には例外的に高い率で見られるのです(ヤクート地方では21名中18名(86%)、ブリヤート地方では111名中64名(58%)という結果になっています)。注目すべきなのは、上記のウラル語族の言語の話者に特徴的な別の箇所の変異が、ヤクート語以外のテュルク系言語の話者やブリヤート語以外のモンゴル系言語の話者にはあまり見られないことです。テュルク系言語の中でヤクート語の話者が、モンゴル系言語の中でブリヤート語の話者が、例外的な傾向を示しているのです。ヤクート地方とブリヤート地方がウラル語族となにか特別な関係を持っていることを示唆しています。

先ほどの図1をもう一度見てください。モンゴルの上にバイカル湖という湖があり、そのすぐ周辺がブリヤート地方です。そして、ブリヤート地方の右上に大きく広がっているのがヤクート地方です。現在では、ブリヤート地方もヤクート地方もロシア領で、それぞれブリヤート共和国とサハ共和国になっています。ヤクート地方は、ウラル山脈やフィンランド方面と同じくらい、あるいはそれ以上にN系統の割合が高いところです。ブリヤート地方の人々のY染色体DNAを詳細に調べた研究( Kharkov 2014 )によれば、ブリヤート地方は西部と東部で大きな差があり、東部の集団でN系統が高い率(60~80%)で観察されるという特徴があります。

ここで、遼河流域、ブリヤート地方、ヤクート地方、ウラル語族のサモエード系言語の分布域、そしてフィン・ウゴル系言語の分布域を眺めると、あることに気づきます。それは、これらの地域が概ね地理的に連続しているということです。

 

参考文献

Kharkov V. N. et al. 2014. Gene pool of Buryats: Clinal variability and territorial subdivision based on data of Y-chromosome markers. Russian Journal of Genetics 50(2): 180-190.

Rootsi S. et al. 2007. A counter-clockwise northern route of the Y-chromosome haplogroup N from Southeast Asia towards Europe. European Journal of Human Genetics 15: 204-211.

Zerjal T. et al. 1997. Genetic relationships of Asians and Northern Europeans, revealed by Y-chromosomal DNA analysis. American Journal of Human Genetics 60: 1174-1183.

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