日本語のte(手)はウラル語族との共通語彙ではないようだと書きましたが、日本語のhizi(肘)はウラル語族との共通語彙かどうかきわどいところです。
フィンランド語では、「肘」のことをkyynärpääキューナルパーと言います。この語は、「肘から指先までの長さ」を意味するkyynäräに「端」を意味するpääがくっついてできた複合語です。昔の人々が肘から指先までの部分(あるいは肘から手首までの部分)を長さの単位にしていたことは、よく知られている事実です。フィンランド語のkyynärä(肘から指先までの長さ)キューナラは、マリ語kənjer(肘から指先までの長さ)クニェル、エルジャ語kenjerje(肘から指先までの長さ)ケニェリェ、ハンガリー語könyök(肘)コニョクなどと同源です。フィンランド語のkyynäräの-räやハンガリー語のkönyökの-kは後から付けられた接尾辞であり、それらの前のkyynä-やkönyö-の前身にあたる語が「肘」または「前腕」を意味していたと考えられています。頭子音kの後ろの母音がかなりばらついているため、この部分は決定困難ですが、*kVnjäのような形が推定されます。ちなみに、フィンランド語のyは、唇を小さく丸めたウの形でイと発音する音で、発音記号で表すと[y]です。ハンガリー語のöは、口をオの形にしてエと発音する音で、発音記号で表すと[ø]です。
肘の特徴はなんといっても曲がることです。英語のelbow(肘)は、古くはelnbogaと言い、「前腕」を意味するelnと「曲がるもの、曲がったもの」を意味するbogaがくっついた形になっていました。bogaはbowに変化し、bow(弓)、elbow、rainbow(虹)などの形で健在です。
「肘」と「曲がる」の一体ともいえる密接な関係を考えると、ウラル語族で「肘のあたり」を意味していた*kVnjäは、日本語のkuneru(くねる)やkunekune(クネクネ)のkuneを思い起こさせます。katakuna(頑な)に組み込まれているkunaはもともと「曲がっていること」を意味していたと思われ、これが古い形と考えられます。グニャ(gunya)、フニャ(hunya)なども同類でしょう。
その一方で、ウラル語族で「肘のあたり」を意味していた*kVnjäは、英語のknee(膝)なども思い起こさせます。こちらも見逃せません。インド・ヨーロッパ語族のゲルマン系の言語では、「膝」のことを以下のように言います。
ゲルマン系言語の「膝」は、インド・ヨーロッパ語族の他の系統の言語を見ると、必ずしも「膝」を意味する語に通じておらず、「曲げる」や「肘」を意味する語に通じていることもあります。
例えば、ゲルマン系言語の「膝」は、スラヴ系のロシア語koleno(膝)、ポーランド語kolano(膝)には通じておらず、「曲げる」を意味する語に通じています。
インド・ヨーロッパ語族の多くの言語でそうですが、ロシア語とポーランド語でも、主語が1人称単数、2人称単数、3人称単数、1人称複数、2人称複数、3人称複数のいずれであるかによって、動詞の形が変わります。
また、ゲルマン系言語の「膝」は、バルト系のリトアニア語kelis(膝)、ラトビア語celis(膝)には通じておらず、「肘」を意味する語に通じています。
リトアニア語のalkūnė(肘)とラトビア語のelkonis(肘)は、先ほど説明した英語のelbow(肘)と同じような作りになっており、前のal-、el-の部分が「腕」を意味し、後ろの-kūnė、-konisの部分が「曲がるもの、曲がること」を意味していたと考えられます。
話が少し複雑になりますが、筆者は、インド・ヨーロッパ語族のおおもとの言語(印欧祖語)にリトアニア語のalkūnė(肘)のような語があり、そこからkが消えて、古代ギリシャ語olene(肘)、ラテン語ulna(肘)、古英語eln(前腕)などの語が生じたと考えています。リトアニア語は、インド・ヨーロッパ語族の昔の特徴を非常によく残していることで有名な言語です。
このように、ウラル語族で「肘のあたり」を意味していた*kVnjäは、一方では日本語の語彙に、他方ではインド・ヨーロッパ語族の語彙に通じていると見られ、注目に値します。
日本語のhizi(肘)は、hiza(膝)との関連が100パーセント否定できないので、後でhiza(膝)といっしょに扱うことにします(この問題はこちらの記事で決着します)。
次に胴体に関する語彙の考察に移ります。mune(胸)、hara(腹)、kosi(腰)、se(背)、siri(尻)を取り上げます。