まさか朝鮮語だったとは・・・

「言(こと)」と「事(こと)」の関係でお話ししたように、古代日本語のkotoが話を意味していたとすると、kotobaという語もよく理解できます。岩波古語辞典(大野1990)が述べているように、kotoにɸa(端)をくっつけたのがkotobaと考えられます。kotoは口から発せられるもの全体、kotobaはその断片といったところでしょう。現代ではkotobaに「言葉」という漢字が当てられていますが、kotobaの語源は上の通りです。

※物の端部はɸa(端)ともɸasi(端)とも呼ばれました。人類の言語では物の端部を意味する語は開始または終了を意味する語と関係していることが多く、ɸasi(端)はɸazimaru(始まる)とɸazimu(始む)(前者が自動詞で、後者が他動詞です)と関係があると見られます。物の端部を意味したり、終了を意味したりしている英語のendとは逆のケースです。

*kutu(口)から、話すことを意味するkataruと話を意味するkotoが作られたと述べましたが、奈良時代の日本語には、kataru(語る)という語はありますが、ɸanasu(話す)という語はありません。おそらく、後の時代にhanatu(放つ)の別形であるhanasu(放す)からhanasu(話す)が作られたと思われます。古代中国語に「放言」(好き勝手な発言を意味します)という言い方があったり、日本語に「言い放つ」という言い方があったりするのを見ると、その可能性が高いです。hanasuはもともと、「話す」のほかに「咄す」とも書かれ、おしゃべりしたり、雑談したりすることを意味していました。

※古代中国語のpjang(放)ピアン(現代の中国語ではfang(放)ファン)が日本語のɸanatu(放つ)/ɸanasu(放す)、さらにhanatu(放つ)/hanasu(放す)になったと見られます。

kataru(語る)とhanasu(話す)に言及したからには、iu(言う)にも言及しないといけないでしょう。iu(言う)は奈良時代の時点ではiɸu(言ふ)です。古代中国語のkhuw(口)クウからkuɸu(食ふ)が作られたことや、古代日本語の*kutu(口)からkataru(語る)が作られたことを思えば、まず「口」からiɸu(言ふ)が作られた可能性を考えたくなります。ここで注目されるのが、朝鮮語のip(口)です。定説となっている日本語のハ行のp→ɸ→hという変遷を考慮に入れると、朝鮮語のip(口)は奈良時代の日本語のiɸu(言ふ)と完全に合致します(日本語のハ行のp→ɸ→hという変遷については、消えた語頭の濁音の補説を参照してください)。

話すことは口で行う重要な動作で、古代日本語の*kutu(口)からkataru(語る)が作られたことは十分理解できます。食べることも口で行う重要な動作で、古代中国語のkhuw(口)からkuɸu(食ふ)が作られたことも十分理解できます。朝鮮語のip(口)は日本語に入って、「話す」のような語になることも、「食べる」のような語になることもあったのではないかと思われます。

筆者がなぜそう考えるかというと、奈良時代の日本語にiɸi(飯)という語があったからです。mesi(飯)やgohan(ご飯)が一般的になり、iɸi(飯)は廃れてしまいました。mesi(飯)は、kuɸu(食ふ)などの尊敬語であるmesu(召す)から作られた語ですが、同じように、奈良時代の日本語のiɸi(飯)も、食べることを意味したiɸuのような動詞から作られた可能性があります。iɸuのような動詞が「話す」のような意味と「食べる」のような意味を両方持つのは都合が悪く、iɸi(飯)という語を残しつつ、「食べる」のような意味は捨てられたのかもしれません(kuɸu(食ふ)などによる圧迫があったかもしれません)。こうすれば、iɸu(言ふ)とiɸi(飯)が残ります。

朝鮮語のip(口)が日本語に入ったことは間違いないでしょう。こうなると、朝鮮語と日本語の間にいつどこでなにがあったのかと考えたくなりますが、ここではその問題に立ち入らず、先に進むことにします。

 

補説

「吐く」と「吸う」

「食べる」と「話す」は口で行う代表的な動作ですが、「吐く」と「吸う」も無視できません。「吐」と「吸」という漢字にもちゃんと「口」が入っています。日本語のhaku(吐く)(古形ɸaku(吐く))とsuu(吸う)(古形suɸu(吸ふ))が「口」から来ている可能性も考えなければなりません。

ɸaku(吐く)のほうは、タイ系言語のタイ語のpaak(口)のような語から来たものでしょう。タイ語のpaak(口)のような語は、一方でpakupaku(パクパク)、pakuʔ(パクッ)、pakkuri(パックリ)のような擬態語になり、他方でɸaku(吐く)になったと見られます。aをuに変える母音交替によって作られた類義語はこれまでにもいくつか見てきましたが、ɸaku(吐く)とɸuku(吹く)もそうでしょう。

suɸu(吸ふ)のほうは、ウラル語族のフィンランド語のsuu(口)のような語も含めて、直接あるいは間接的に関係のありそうな語が北ユーラシアに大きく広がっており、状況が単純でないため、別のところで考察することにします。

古代中国語khuw(口)、朝鮮語ip(口)、タイ語paak(口)、フィンランド語suu(口)のように並べてみると、印象的です。

 

参考文献

大野晋ほか、「岩波 古語辞典 補訂版」、岩波書店、1990年。