人間の言語の進化、足・脚から始まる語彙形成

「足・脚」と「歩く」の結びつきは明白です。それよりは少し抽象的ですが、「足・脚」と「行く」の結びつきも理解できます。しかし、足・脚は以下のような動詞とも深い関係があるのです。

ちょっとピンとこないのではないでしょうか。これは時代背景を考えないといけません。乗り物がない時代の人々は、ひたすら歩いていました。自分がどこかに歩いて行く場合もあれば、他人をどこかに歩いて行かせる場合もあります。「人を歩いて行かせること」を意味していた語があるのです。

例えば、奈良時代の日本語にはyaru(遣る)という語があり、もともと「人を歩いて行かせること」を意味していました。単に人をある場所から別の場所に向かわせることもあれば、人と物をある場所から別の場所に向かわせることもあります。こういうことをしているうちに、「人を歩いて行かせること」を意味していたyaru(遣る)に「送る」や「与える」のような意味が生じてきます。現代の日本語のyaru(やる)が「与える」という意味を持っているのは、そのためです。

現代の日本語のyaru(やる)は、「与える」という意味だけでなく、「する」という意味も持っています。これはなぜでしょうか。行くことを意味するyukuと行かせることを意味するyaruは、ある種の対のようになっていたのです。yukuは人が行くことだけでなく、物事が進むことも表すようになり、それに対応する形で、yaruは人を行かせることだけでなく、物事を進めることも表すようになりました。現代の日本語のyaru(やる)が「する」という意味を持っているのは、そのためです。

昔の人々は人を歩いて行かせるということを日常的に行っており、そこから重要な語彙が生まれています。フィンランド語にはkäydä(行く)カイダという動詞があり、さらにこの動詞から作られたkäyttääカイッターという動詞があります。自動詞から他動詞を作る時のお決まりの変形なので、käyttääはもともと「行かせる」という意味だったはずですが、現代では「使う」という意味になっています。「行かせる」→「使う」という意味変化は人類の言語によく見られます。

日本語のtukaɸu(使ふ)もこのパターンでしょう。古代中国語のtsjowk(足)ツィオウクから、日本語のtokotoko(とことこ)やtukatuka(つかつか)が作られたとお話ししましたが、日本語のtukaɸu(使ふ)も作られたと見られます。tukaɸuが「行かせる」→「使う」という意味変化を起こして、使う者の動作をtukaɸu(使ふ)(四段活用)、他方で、使われる者の動作をtukaɸu(仕ふ)(下二段活用)と言うようになったと考えられます。現代では、tukaɸu(使ふ)はtukau(使う)になり、tukaɸu(仕ふ)はtukaeru(仕える)になりました。

本ブログではすでに、古代中国語のtsjowk(足)が実に様々な形、実に様々な意味で日本語に入っていることを示していますが、大変意外なことに、古代中国語のtsjowk(足)は日本語のtoki(時)にもなったようです。toki(時)というのは、とても抽象的な語です。なぜ古代中国語のtsjowk(足)が日本語のtoki(時)になったのか、皆さんは想像できますか。

 

補説

タイ語のthaaw(足)

タイ語にはthaaw(足)ターウという語があります。筆者はこのような語が日本語のtabi(旅)になったのではないかと考えましたが、まず思ったのは、tabi(旅)という名詞があるのなら、tabuという動詞があってもよさそうなのに、日本語にそれらしき動詞が見当たらないということでした。発音的には、タイ語のthaaw(足)のような語からtabuという動詞、tabiという名詞ができてもおかしくありません。古代中国語のduw(豆)ドゥウが日本語のtubu(粒)になったのと同じような変化です(日本語のtubu(粒)は正確には*tubu→tubi→tubuという変遷を経ています)。

tabuという動詞はどこに行ってしまったのだろうと腑に落ちませんでしたが、上のyaru(遣る)のところで見たように、「足・脚」と「与える」の間に深い関係があることがわかると、状況が飲み込めてきました。奈良時代の日本語にはyaru(遣る)のほかにataɸu(与ふ)という動詞がありましたが、このataɸu(与ふ)も、向かわせることを意味したatu(宛つ)(現代の日本語のateru(宛てる)、ateru(当てる)、ateru(充てる)などにつながります)とともに、足・脚に関係する語を生み出すast-、as-、at-という語根から来ていると見られます。やはり、「足・脚」と「与える」の間には深い関係があるのです。

奈良時代の日本語にtabu(賜ぶ)という動詞があり、ようやくこの動詞に筆者の目がとまりました。tabu(賜ぶ)は、ataɸu(与ふ)の尊敬語で、「お与えになる」という意味です。要するに、与えることを意味する語です。このtabu(賜ぶ)が、yaru(遣る)やataɸu(与ふ)のようにもともと足・脚に関係する語で、歩いて行くこと、あるいは歩いて行かせることを意味していたが、そこから与えることを意味するようになったと考えると、tabu(賜ぶ)とtabi(旅)の存在がすっきり理解できます。tabu(賜ぶ)だけでなく、ほぼ同じ意味のtamaɸu(給ふ)も、タイ語のthaaw(足)のような語から来ていると見られます。tabu(賜ぶ)と*tabaɸu(給ふ)だったら、もっとわかりやすかったでしょう。sabisii(さびしい)とsamisii(さみしい)のようなbとmの間の揺れは昔の日本語にもありました。ちなみに、授受表現であるtabu(賜ぶ)は現代の日本語のtaberu(食べる)にも関係があり、これについては「米(こめ)」の語源、中国とベトナムとタイのごはんの記事に記しました。

タイ語のthaaw(足)のような語が日本語に入ったのなら、タイ語のmɯɯ(手)ムーのような語はどうかということも考えなければなりません。*ta(手)、*uda(腕)、kata(肩)などに押し負けてしまいましたが、かつて日本語に手を意味する*muという語もあったと思われます。

奈良時代の日本語にmusubu(結ぶ、掬ぶ)という語がありました。この語には、「結ぶ」という意味のほかに、「(水などを)手ですくう」という意味もありました。これらの二つの意味は一見無関係に見えますが、三省堂時代別国語大辞典上代編(上代語辞典編修委員会1967)が指摘しているように、奈良時代の日本語のmusubu(結ぶ、掬ぶ)の本質は「はなればなれになっているものをまとめて一つにする」点にあったと思われます。筆者は、同辞典よりもう少し踏み込んで、もともとmusubu(結ぶ、掬ぶ)のmuの部分が手を意味し、subuの部分が一つにすることを意味していたと考えています。「結ぶ」というのも、「(水などを)手ですくう」というのも、手で一つにするまたは手を一つにする動作です。

奈良時代には、一つにすることを意味するsubu(統ぶ)という動詞がありました。単独では廃れてしまいましたが、助詞のte(て)が接続したsubete(すべて)という形で現代の日本語に残っています。奈良時代のmusubu(結ぶ、掬ぶ)は四段活用で、subu(統ぶ)は下二段活用なので、短絡的に*mu(手)+subu(統ぶ)=musubu(結ぶ、掬ぶ)と説明することはできませんが、それでもmusubu(結ぶ、掬ぶ)のsubuの部分は動詞のsubu(統ぶ)となんらかの関係があると思われます。

 

参考文献

上代語辞典編修委員会、「時代別国語大辞典 上代編」、三省堂、1967年。

「足(あし)」の語源

英語には、足首から下を指す時はfoot、股から下を指す時はlegという使い分けがありますが、ウラル語族では、同じ言い方をするのが普通です。日本語のasiのような感覚です。ウラル語族では、足・脚のことを以下のように言います。

見ての通り、ウラル語族の内部でも、足・脚を意味する語はかなりばらついています。例えば、フィンランド語のjalka(足、脚)は、ハンガリー語のláb(足、脚)には通じていません。フィンランド語のjalka(足、脚)は、ハンガリー語のgyalog(歩いて、徒歩で)ジャログという語に通じています。単純に足・脚という部位を表す語だけ取り出しても、なかなか結びつかないのです。

上のフィンランド語とハンガリー語の例のように「足・脚」と「歩く」の間に密接な関係があることは自明ですが、ウラル語族の各言語の語彙を詳しく調べると、「足・脚」は「跡、道、旅」や「行く、進む、通る、過ぎる」などとも深く関係しています。昔の人々はアスファルトの上ではなく、土の上を歩いているので、人の足跡と道の間には直接的な関係があります。少し意外な感じがするかもしれませんが、「足・脚」は「段、階段、段階」とも深く関係しています(例えば、英語のstepが「足を踏み出す動作、一歩」を意味するだけでなく、「段」という意味も持っていることを思い出してください)。

ウラル語族全体を見渡すと、足・脚に関係する語を生み出している語根として、以下の三つが目立ちます(jは日本語のヤ行の子音です)。

(1)ast-、as-、at-
(2)jalk-、jal-、jak-
(3)aj-

母音aの部分は、言語によって変化しており、uになっていることも多いです。意図的に母音を変えて新しい語を作り出している場合もあります。(1)~(3)の語根を順に見ていきましょう。

語根ast-、as-、at-

フィンランド語にはastuaという動詞があり、足を踏み出すこと、進むことを意味しています。動作を一回だけ行うことを強調するastahtaa、動作を何回も行うことを強調するastellaという動詞もあります。現代のフィンランド語ではkävellä(歩く)カヴェッラという動詞が広く使われていますが、その前はastuaの類が歩行を意味することもあったと思われます。フィンランド語にはaste(段、段階、度、度合い)やaskel(一歩)のような語もあります。マトル語のasta/aʃtaは足・脚そのものを意味しています。

ハンガリー語では、ast-、as-、at-という語根からút(道)ウートゥ、után(後で)ウターン、utazik(旅する)などの語が作られています。先頭の母音aがuになっています。ハンガリー語のútは、意味が跡から道に変化していったと見られます。

サモエード系のネネツ語ŋu?(跡)ングッ、ガナサン語ŋutə(道)ングトゥ、カマス語attjə(跡、道)アッテュなども同源です。以前に説明したように、ネネツ語とガナサン語には、語頭に母音が来るのを避けるために子音を前に補う傾向があるので、これらの頭子音は差し引いて考える必要があります。つまり、ネネツ語ではu?ウッ、ガナサン語ではutəウトゥのような形を考える必要があります。マトル語ではasta/aʃta(足、脚)でしたが、マトル語に近いカマス語ではattjə(跡、道)になっています。

その一方で、日本語はどうでしょうか。明らかに上記のast-、as-、at-という語根から来ていると考えられるのが、asi(足、脚)とato(跡)です(日本語ではast-のように子音が連続することはできないので、as-、at-という形で現れることになります)。発音面でも意味面でもウラル語族とよく一致します。日本語のmiti(道)がウラル語族との共通語彙であることは前に記しました(「正しい」という抽象的な語を参照)。

足・脚を意味する語は、人類の言語の発達において極めて重要な役割を果たしてきました。人類の言語は、足・脚を意味する語を中心に発達してきたと言っても過言でないほどです。現代の日本語に存在する実に多くの語が、古代の言語で足・脚を意味していた語から来ています。上に示した「足・脚」と「歩く」との関係、「跡、道、旅」との関係、「行く、進む、通る、過ぎる」との関係、「段、階段、段階」との関係などは比較的わかりやすいですが、そうわかりやすいものばかりではありません。足・脚を意味する語からそんな語彙が生まれるのかとびっくりしてしまう例をいくつか紹介しましょう。

「むしろ(寧ろ)」とはどういう意味か?

この記事は「背(せ)」の語源「尻(しり)」の語源に関連した記事です。

現代の日本語にmusiro(むしろ)という語があります。この語は奈良時代から現代と同じような意味で使われています。musiro(むしろ)は日本語のネイティブにとってもちょっとよくわからないところがある語ではないでしょうか。例えば、くろしお出版の日本語文型辞典(グループジャマシイ1998)には、以下のような例文が載っています。

・じゃましようと思っているわけではない。むしろ君たちに協力したいと思っているのだ。
・お盆のこむ時期には、旅行なんかするよりも、むしろ家でゆっくりしたい。
・行きたくない大学に無理をして行くぐらいなら、むしろ働きたいと思っている。
・あの人は天才というより、むしろ努力の人です。

「むしろ」は「どちらかといえば」と似ていると説明されることがありますが、「むしろ」は「どちらかといえば」とは似て非なるものです。例えば文脈なしに「コーヒーと紅茶、どっちがいいですか」と訊かれた場合の返答として、以下の(A)、(B)、(C)はどうでしょうか。

(A)コーヒーがいいです。
(B)どちらかといえばコーヒーがいいです。
(C)むしろコーヒーがいいです。

この場合の返答として、(A)と(B)は自然ですが、(C)は不自然です。「むしろ」の本質は、「どちらかといえば」のように大して差がないことを示すことではないのです。先ほどの場合では、(C)の返答は不自然でしたが、例えばその場にいる人たちが紅茶がいいと言っているような状況があれば、(C)の返答は自然になります。「むしろ」の本質とは、一体なんでしょうか。

musiro(むしろ)とusiro(うしろ)

岩波古語辞典(大野1990)に、usiro(うしろ)はmi(身)の古形である*muとsiri(尻)の古形である*siroがくっついた*musiroが変化したものであるという説明があり、筆者も同じ考えであると前にお話ししました。

ウラル語族のフィンランド語selkä(背)セルカ(推定祖形は*sjelkVで、sjeの部分の発音はスィエに近く、Vはなんらかの母音です)などからして、日本語の*siroはもともと背を意味していたと見られます。その後、意味が広がってきたために、*mu(身)をくっつけて、体の背面であることを強調したと見られます。こうして生まれたのが*musiroで、この*musiroから生まれたのがusiroです(昔の日本語ではmuで始まる形とuで始まる形が並存することがありました)。*musiroという形からusiroという形が生まれたら、*musiroは消滅するのかというと、必ずしもそうとは限りません。

前回の記事の中で、ye(枝)という形からyeda(枝)という形が生まれたことをお話ししました。yeda(枝)はeda(枝)になって現代の日本語に残っていますが、ye(枝)はどうなったのでしょうか。実は、ye(枝)は消滅していないのです。主に木の握り部分を意味するようになっていき、e(柄)として残ることになりました。かつてのyeもyedaも生き残っているのです。古い形から新しい形が生まれれば、しばらく古い形と新しい形が並存する期間があります。そこから、古い形が消える場合もありますが、古い形と新しい形が違う意味で残る場合もあるのです。

*musiroとそれから生まれたusiroは、上に述べたように、もともと体の背面を意味していた語です。ところが、ベトナム系の言語から*so(背)(のちにse(背))という語が入ってきて、*musiroとusiroを圧迫し始めます。体の背面を意味していた*musiroとusiroは、意味の変更を迫られるようになったのです。そこから、usiroは私たちが知っている通りの意味になりましたが、*musiroはどうなったのでしょうか。

冒頭に日本語文型辞典の例文を挙げましたが、そこで使われている「むしろ」を見て、皆さんはどう思うでしょうか。「逆に」に近い意味を感じるでしょう。なぜ「むしろ」に「逆に」に近い意味が感じられるのでしょうか。それは、奈良時代から現代まで使われているmusiro(むしろ)という語が、かつて逆・反対を意味していたためだと思われます。

*so(背)に圧迫されて体の背面を意味することができなくなった*musiroは、逆(側)・反対(側)を意味するようになり、さらには、奈良時代から現代まで使われているmusiro(むしろ)になったのでしょう。「むしろ」の意味は若干微妙ですが、筆者は、「逆に」が鋭く対立を示す語であるのに対して、「むしろ」は穏やかな調子または柔らかい調子で話を逆方向、反対方向、あるいはそうでなくとも対照的な方向、違った方向に持っていく語であると考えています。この「むしろ」の控えめな性格が、結果として時に「どちらかといえば」と似た効果をもたらしていると思われます。

musiro(むしろ)とusiro(うしろ)の間に関係がありそうだというのは意外ですが、新しい形が生まれたからといって古い形が必ずしも消えるわけではなく、古い形と新しい形が違う意味で残ることもあるのだと認識しておくことは、人類の言語の歴史を研究するうえで重要でしょう。

 

参考文献

大野晋ほか、「岩波 古語辞典 補訂版」、岩波書店、1990年

グループジャマシイ、「日本語文型辞典」、くろしお出版、1998年。