手(て)、腕(うで)、肩(かた)の語源

「腕」と「肩」の語源

日本語のte(手)の語源は難解なので後回しにし、まずはウラル語族の「手」を見ることにします。ウラル語族では、手首から指先までを指す場合も、肩から指先までを指す場合も、同じ言い方をするのが普通です。日本語でも、「手が大きい」と言う時には、その「手」は手首から指先までで、「手が長い」と言う時には、その「手」は肩から指先まででしょう。それと同じ感覚です。ウラル語族では、手・腕のことを以下のように言います。

※カマス語とマトル語は死語になってしまいましたが、消滅する前の記録が残されており、研究上非常に重要なので、本ブログでも取り上げることにします。

フィン・ウゴル系内の各語は同源です。サモエード系内の各語も同源です。しかし、フィン・ウゴル系とサモエード系の間には違いがあります。

まず、フィン・ウゴル系のほうを見てみましょう。

語の発音は時代とともに少しずつ変化していきますが、フィンランド語は古い時代の発音を非常によくとどめている言語です。フィンランド語では、手・腕のことをkäsiと言います。フィンランド語のäはアとエの中間のような音で、発音記号で表すと[æ]です。

日本語では、「手」に助詞が付いて、「手の」になったり、「手に」になったりしますが、フィンランド語では、「käsi」が変化して、「käden」になったり、「käteen」になったりします。

手  käsi
手の käden
手に käteen

kädenの末尾の-nとkäteenの末尾の-enが日本語の助詞に相当する部分です。käde-およびkäte-という形が組み込まれています。昔は手・腕のことを*kädeまたは*käteと言っていたことがわかります。言語学では、昔のもとの形を推定した時には「*」という記号を付ける決まりになっています。実存が確認されたものなのか、推定されたものなのか区別するためです。フィン・ウゴル系のほうのもとの形(専門的には「祖形」といいます)は、*kädeまたは*käteであったと考えられます。

次に、サモエード系のほうを見てみましょう。

サモエード系のネネツ語、エネツ語、ガナサン語には、語頭に母音が来るのを避けるためになんらかの子音を前に補う傾向が認められます。サモエード系のその他の言語とフィン・ウゴル系の言語ではそのようなことはなく、ネネツ語、エネツ語、ガナサン語に限られた特徴です。そのことを頭に入れてサモエード系の各語を見ると、サモエード系のほうの祖形は*udaであったと考えられます。

このように、ウラル語族のフィン・ウゴル系のほうでは手・腕のことを*kädeまたは*käteと言い、サモエード系のほうでは手・腕のことを*udaと言っていたと考えられます。どちらも日本語との関係を強く示唆する形です。

ただ、ウラル語族の*kädeまたは*käte(手・腕)と日本語のkata(肩)では意味が少しずれているので、この点は考える必要があります。地理的にウラル語族の言語と日本語の間に分布しているモンゴル語、ツングース諸語、朝鮮語を見ると、モンゴル語gar(手・腕)、エヴェンキ語ŋāle(手・腕)ンガール、ナナイ語ŋāla(手・腕)ンガーラ、満州語gala(手・腕)、朝鮮語kadʒi(枝)カヂなどの語があります。ウラル語族の言語および近隣地域の言語は、日本語のkataがかつてhand、armを意味し、その後shoulderを意味するようになったことを示唆しているようにも見えます。

冷静に見て、ウラル語族の*käde/*käte(手・腕)と日本語のkata(肩)は、モンゴル語gar(手・腕)、エヴェンキ語ŋāle(手・腕)、ナナイ語ŋāla(手・腕)、満州語gala(手・腕)などと関係があるようにも見えるし、関係がないようにも見えます。しかし、英語のwater(水)の発音が「ワラ」に近くなるような例があるので、十分な検討を要します。インド・ヨーロッパ語族の古代ギリシャ語kheir(手)ケールやラテン語hir(手)もよく似ており、なんとも不思議です(ラテン語ではhir(手)ではなくmanus(手)と言うのが普通でした)。

ウラル語族の言語はかつて東アジアで話されていた

フィンランド語のkäsi(手、腕)カスィ(組み込まれてkäde-、käte-)と日本語のkata(肩)が結びついているとしたら、フィンランド語のolka(肩)はどうでしょうか(今ではolkapää(肩)オルカパーと言ったり、hartia(肩)と言ったりすることが多いですが、最も古くからある言い方はolka(肩)です)。ウラル語族の各言語で「肩」を意味する語はややまちまちですが、フィンランド語のolka(肩)は、エストニア語õlg(肩)ウッリ、サーミ語oalgi(肩)、ハンガリー語váll(肩)ヴァーッルなどと同源です。ハンガリー語の母音の上に付く斜線は、長母音であることを示します。

ヨーロッパで話されているフィンランド語やハンガリー語にはvというアルファベット文字があり、発音は英語のvと同じ、あるいはそれによく似ています。しかし、上前歯と下唇を使って発音するvは、ウラル語族全体では一般的でなく、フィンランド語のvやハンガリー語のvはもともとwであったと考えられています。このことを頭に入れると、フィンランド語のolka(肩)やハンガリー語váll(肩)の祖形は*wolkVまたは*walkVであったと考えられます(Vはそこになんらかの母音があるという意味です)。日本語でも「を」の発音がwoからoに変化したので、フィンランド語のolka(肩)は納得しやすいと思います。

身体部位を表す語は隣接部位・関連部位に意味がずれやすいということを思い出してください。ここで注目すべきは、朝鮮語のɔkkɛ(肩)オッケと日本語のwaki(脇)です(朝鮮語のɔは口の開きが大きいオ、ɛは口の開きが大きいエです)。

朝鮮語のɔkkɛ(肩)と日本語のwaki(脇)もウラル語族と同じ*wolkV/*walkVという形をもとにして、*wolkV/*walkVの二子音-lk-が同化したのが朝鮮語のɔkkɛ(肩)(子音の同化というのはよくある現象で、英語victim、フランス語victime、イタリア語vittimaのようなものです)、そして*wolkV/*walkVの二子音-lk-の一方が脱落したのが日本語のwaki(脇)であると考えられます。昔の日本語は子音の連続を許さないので、walkiとは言えず、二子音-lk-のどちらかを落とすか、あるいはそれらの間に母音を挿入して-lVk-とするかしなければなりません。

フィンランド語、ハンガリー語、朝鮮語、日本語の比較をしたので、今度はサモエード系の言語、モンゴル語、ツングース諸語を見てみましょう。「肩」を意味する語は、サモエード系の言語では、ネネツ語mərtsムルツィッ、エネツ語modjIモディイ、ガナサン語mərsɨムルスィ、モンゴル語とツングース諸語では、モンゴル語mɵrムル、エヴェンキ語mīreミール、ナナイ語mujreムイル、満州語meirenムイルンという具合です。どうでしょうか。フィン・ウゴル系の言語の「肩」は朝鮮語と日本語に通じていましたが、サモエード系の言語の「肩」はモンゴル語とツングース諸語に通じています。

このように、上肢に関する語彙を少し見ただけでも、ウラル語族の言語が日本語、朝鮮語、モンゴル語、ツングース諸語という東アジアの言語と密接な関係を持っていることがわかります。と同時に、言語学の世界で今までウラル語族の言語と東アジアの言語が本格的に比較されてこなかったことがわかります。東アジアの言語の歴史をめぐる研究が行き詰まってしまったのも、そのためなのです。

そもそも、ウラル山脈にちなんだウラル語族という名称も、中世から現代にかけての言語の分布状態に基づいて付けられたにすぎません。ウラル語族の言語は、紛れもなく、かつて東アジアで話されていた言語なのです。

「かいな」をめぐる謎、ミステリー小説のような話

日本語のwaki(脇)については考察したので、今度はフィンランド語のkainalo(脇)について考えましょう。この語はハンガリー語のhónalj(脇)ホーナイーなどと同源かどうか意見が分かれていますが、いずれにせよ、フィンランド語のkainaloは古い時代の発音をよくとどめていると考えられるので、フィンランド語のkainaloを取り上げます。

フィンランドの語源辞典(Häkkinen 2004)と同じで、筆者もkainaloは複合語であると考えています。フィンランド語には、以下のような語があります。

上のフィンランド語と下の日本語は、意味は同じですが、形の点で違いがあります。日本語の「下へ」は「下」と「へ」に切り離すことができ、「下に」、「下で」、「下から」も同様に切り離すことができます。しかし、フィンランド語のalas、alle、alla、altaは、すでに一つに融合していて、切り離すことができません。かつて「下」を意味していた語はalas、alle、alla、altaの中に埋没しています(ちなみに、朝鮮語にarɛ(下)アレという語があります)。フィンランド語で、あごはleuka、下あごはalaleukaです。フィンランドの言語学者と大体同じで、筆者は以下のように考えています。

kainalo(脇)はもともと*kainaと*ala(下)がくっついてできたのだろうということです。「*kaina」の「下」が「脇」ということになります。となると、*kainaとはなにかが問題になります。脇はなにの下にあるかというと、やはり肩の下、あるいは英語のunderarmにならって腕の下にあると考えるのが妥当です。

ここで浮上してくるのが、古代中国語のken(肩)と古代日本語のkaɸina(かひな)です(ɸという記号については、本記事の終わりに付した補説「日本語のハ行について(1)」を参照してください)。「かひな」とは上腕のことで、現代では「かいな」になっています。もうあまり使われることはなく、相撲関係者が口にするのを聞くぐらいでしょうか。日本語で「いたい」を「いてっ」と言ったり、「でかい」を「でけー」と言ったりするように、aiはeに変わりやすく、*kainaは古代中国語のken(肩)とよく合います(同源の語はタイ系の言語にも及んでいます、タイ語khɛɛn(腕)ケーン)。また、*kainaは母音の連続を許さない古代日本語にそのまま存在することはできないので、*kaina→kaɸinaあるいは*kaina→ • • • • • →kaɸinaという変遷を経たことも考えられます。

このウラル語族の*kainaと古代中国語のken(肩)と古代日本語のkaɸina(かひな)の間にもつながりがあると思われます(地理的にウラル語族の言語と中国語の間に分布しているテュルク諸語に「懐、抱きかかえる腕」を意味するトルコ語koyun、カザフ語qojənコユン、ウイグル語qojunコユン、ヤクート語xōjホーイなどの語があり、偶然の類似として片づけるのは無理があります。前に見たフィンランド語käsi(手・腕)カスィ(組み込まれてkäde-、käte-)、日本語kata(肩)、朝鮮語kadʒi(枝)カヂ、モンゴル語gar(手・腕)、エヴェンキ語ŋāle(手・腕)ンガール、ナナイ語ŋāla(手・腕)ンガーラ、満州語gala(手・腕)では、最初の母音がaまたはäでしたが、トルコ語kol(腕)、カザフ語qol(手・腕)、ウイグル語qol(手・腕)、ヤクート語xol(動物の足)ホルなどでは、最初の母音がoになっており、音の対応が認められるのです)。

しかしながら、ウラル語族と古代中国語と古代日本語の三者に共通語彙が見られることをどう説明したらよいかというのは、非常に複雑な問題です。フィンランド語のkainalo(脇)などから推定されるウラル語族の*kainaを、古代中国語からの外来語と考えるのは無理があります。中国語は、最古の王朝として広く認められ、甲骨文字で有名な殷王朝の頃から東アジアの大言語になっていきます。しかし、殷王朝の開始時期は紀元前16世紀頃、つまり3500~3600年前ぐらいであり、すでにその頃にはフィンランド語の祖先にあたる言語ははるかに離れたウラル山脈のほうで話されています(Kallio 2006)。ウラル語族の言語にはインド・ヨーロッパ語族の言語から語彙を取り入れてきた実に長い歴史があり、フィンランド語の祖先にあたる言語はどんなに少なく見積もっても4000年ぐらい前にはウラル山脈の近辺にいないと計算が合いません。殷王朝あるいはそれ以降の言語の語彙がフィンランド語などに入るといったことは考えがたいのです。ウラル語族の*kaina、古代中国語のken(肩)、古代日本語のkaɸina(かひな)という共通語彙が見られるのは、古代中国語の語彙がウラル語族と古代日本語に入ったためであるという単純な説明は成り立たないことになります。

ウラル語族と古代中国語と古代日本語の三者に見られる共通語彙の問題は、さながら本格的なミステリー小説のようですが、日本語とウラル語族の言語を集中的に比較するという当面の本筋からそれてしまうため、ひとまず棚上げします。ウラル語族と古代中国語と古代日本語の三者に見られる共通語彙もあるのだということだけおぼろげに覚えておいてください。

 

補説 日本語のハ行について(1)

「が」と「か」は、濁っているかいないかの違いがあるだけで、口の中の同じ場所で作られる音です。「ざ」と「さ」についても、「だ」と「た」についても同様です。しかし、現代の日本語では、「ば」と「は」は全然違う場所で作られています。「ば」は唇のところで作られ、「は」は喉のほうで作られています。かつては、「は」も唇のところで作られていました。「ば」はbaと発音され、「は」はɸaと発音されていました。ɸaはファミレスのファの音です。英語のように上前歯と下唇で作るのではなく、上唇と下唇で作るファです。例えば、hana(花)はɸanaと発音していました。「ɸa、ɸi、ɸu、ɸe、ɸo」は、「ファ、フィ、フ、フェ、フォ」という具合です。

 

参考文献

Häkkinen K. 2004. Nykysuomen etymologinen sanakirja. WSOY.(フィンランド語)

Kallio P. 2006. Suomen kantakielten absoluuttista kronologiaa. Virittäjä 110: 2-25.(フィンランド語)

言語の歴史を研究するための準備

言語の歴史を研究するには、若干の予備知識が必要です。ここでは、言語の歴史を研究するうえで重要なポイントを三つだけ押さえましょう。どれもそんなに難しいことではありません。本ブログを読み進める際の前提になります。

ポイント1 文法ではなく、基礎語彙を見る

皆さんも外国語の学習で苦労したことがあるかと思います。外国語の学習はなぜ難しいのでしょうか。それは、単に単語を置き換えるだけでは済まないからです。「持つ」を「have」に置き換えたり、「行く」を「go」に置き換えたりするだけで英語が話せるようになるなら楽ですが、実際にはそうはいきません。語法・文法で苦労するのです。

現代では外国語の文法書や辞書が売られていますが、大昔にはそのようなものはなく、文字すらありません。しかし、そのような時代から、違う言語を話す人間と人間が出会い、コミュニケーションを試みてきたのです。国家や国境がなければ、異言語を話す人間と出くわすことも多いのです。

説明のために、人工的な例を作ります。

(A)私が昨日受け取った贈り物はどこにある?
(B)どこにあるその贈り物どっち私が受け取った昨日?
(C)Where is the gift which I received yesterday?

(A)は日本語です。(C)は英語です。(B)はなんでしょうか。(B)は、今まで英語を話していた人が、日本語を話そうとした結果なのです。がんばって単語を置き換えてみたものの、日本語の語法・文法がきちんと身についておらず、英語の語法・文法を持ち込んでしまった状態です。(B)を(A)と比べると、語順が変わったり、関係代名詞が発生したり、冠詞が付いたりしていますが、フィンランド語とハンガリー語はこの(A)→(B)のような変化を過去に起こしています。実際に起きることなのです。当初おかしいと思われた言い方でも、その言い方をする人が増えると、それが「正しく」なります。

(B)には英語の単語が全くなく、これを英語と呼ぶことはできません。(B)は日本語の変種と呼ぶべきものです。(B)と(C)は語法・文法がそっくりですが、だからといって(B)と(C)が同系統の言語だとは言えないのです。(B)は(A)と同系統の言語なのです。このような事情があって、言語学者は言語の系統関係(同系統か別系統か)を調べる際に文法ではなく基礎語彙を見ます。

ただ、(A)と(B)のような言語を見た時に、なんでこんなに語法・文法が違うのだろうと考えることは重要であり、(B)と(C)のような言語を見た時に、なんでこんなに語法・文法が似ているのだろうと考えることも重要です。そこには、理由があるからです。人類の歴史において、ある人間集団が別の人間集団の言語に乗り換えるケースが多々あったことは頭に入れておく必要があります(この問題については、高句麗語と百済語、その他の消滅した言語たちの記事に、筆者の見方を詳しく示しました)。

ポイント2 意味はずれていく

「文法ではなく、基礎語彙を見る」と前に書きましたが、その基礎語彙も徐々に変化していきます。インド・ヨーロッパ語族のゲルマン系とスラヴ系の言語の例を挙げます。

英語とドイツ語はゲルマン系の言語で、特に近い関係にあります。handとHandハントゥは同源で意味が一致していますが、boneとBeinバインは同源なのに意味がずれています。

ロシア語とポーランド語はスラヴ系の言語で、特に近い関係にあります。rukaルカーとrękaレンカは同源で意味が一致していますが、plechoプリチョーとplecyプレツィは同源なのに意味がずれています。

このように、長い年月が過ぎると、意味がずれてきます。密接な関係があるなにかに意味がずれることがほとんどです。「骨」と「脚(または脛)」の間で意味がずれるパターンも、「肩」と「背中」の間で意味がずれるパターンも、よくあるパターンです。日本語の歴史を探る時にも重要になるので、覚えておいてください。身体部位を表す語は隣接部位・関連部位に意味がずれやすいです。

ちなみに、ロシア語のruka(手)、ポーランド語のręka(手)は、英語のrake(熊手、レーキ)、ドイツ語のRechen(熊手、レーキ)レヒェンに対応しています。ロシア語とポーランド語のほうは手で、英語とドイツ語のほうは落ち葉をかき集めたり、地表を整えたりする道具です。

ポイント3 組み込まれている形は古い形

現代の日本語には目という語があり、「め」と読みます。しかし、まなこ、まつげのような語もあります。このような場合、目はもともと「ま」で、それが「め」に変化したと考えられます。昔の日本語には、「の」と同じような働きをする「な」および「つ」という助詞がありました。助詞の「な」が「ま」と「こ」をつないで「まなこ」が作られ、助詞の「つ」が「ま」と「け」をつないで「まつげ」が作られました。そして、裸の「ま」は「め」に変化したが、組み込まれた「ま」はそのまま残ったというわけです。

人間の言語では、このような現象がよく起きます。組み込まれた形は往々にして古い形を示しているということを覚えておいてください。

これで準備は整いました。いよいよ、日本語とウラル語族およびその他の言語の語彙比較に入ります。基礎語彙の中でも特に変わりにくい身体に関する語彙と自然に関する語彙を中心に見ていきます。身体に関する語彙は、人間の体を上肢、胴体、下肢、頭部の四つに区分し、この順番で調べていきます。

日本語の起源と歴史に興味を持つすべての方へ

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こんにちは。金平譲司と申します。ここに「日本語の意外な歴史」と題するブログを立ち上げました。

このブログは、日本語ならびに日本語と深い関係を持つ言語の歴史を解明するものです。言語学者だけでなく、他の分野の専門家や一般の方々も読者として想定しています。

謎に包まれてきた日本語の起源

日本語はどこから来たのかという問題は、ずいぶん前から様々な学者によって論じられてきましたが、決定的な根拠が見つからず、大いなる謎になってしまった感があります。しかしながら、筆者の研究によってようやくその全貌が明らかになってきたので、皆さんにお話ししようと思い立ちました。

日本語は、朝鮮語、ツングース諸語(エヴェンキ語、満州語など)、モンゴル諸語(モンゴル語、ブリヤート語など)、テュルク諸語(トルコ語、中央アジアの言語など)と近い関係にあるのではないか、あるいはオーストロネシア語族(台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシア、オセアニアなどの言語から成る言語群)と近い関係にあるのではないかというのが従来の大方の予想でしたが、これらの予想はポイントを外しています。

中国語を見て全く違うと感じた日本人が、日本語は北方の言語と関係があるのではないか、南方の言語と関係があるのではないかと考えたのは、至極当然のことで、北方の言語と南方の言語に視線を注ぐこと自体は間違っていません。問題なのは、北方のごく一部の言語と南方のごく一部の言語に関心が偏ってしまったことです。

上記の言語のうちで、朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語は、日本語によく似た文法構造を持つことから、日本語に近縁な言語ではないかと盛んに注目されてきました。同時に、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語は、互いに特に近い関係にあるとみなされ、いわゆる「アルタイ語族」という名でひとまとめにされることがしばしばありました。日本語の起源をめぐる議論は、このような潮流に飲まれていきました。

しかしながら、筆者がこれから明らかにしていく歴史の真相は、かなり違います。日本語は、朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語、テュルク諸語と無関係ではないが、別の言語群ともっと近い関係を持っているようなのです。

実を言うと、筆者は日本語やその他の言語の歴史に興味を持つ人間ではありませんでした。筆者は若い頃にフィンランドのヘルシンキ大学で一般言語学や様々な欧州言語を学んでいましたが、その頃の筆者の興味は言語と思考の関係や外国語の学習理論などで、もっぱら現代の言語に関心が向いていました。歴史言語学の講義もありましたが、特に気に留めていませんでした。

筆者が言語の歴史について真剣に考えるようになったきっかけは、ロシアの北極地方で少数民族によって話されているサモエード諸語との出会いでした。サモエード諸語は、フィンランド語やハンガリー語と類縁関係にある言語です。フィンランド語とハンガリー語はヨーロッパの中では異色の存在で、北極地方の少数民族の言語と類縁関係を持っています。フィンランド語、ハンガリー語、サモエード諸語などから成る言語群は、「ウラル語族」と呼ばれます。

言語学者が使う「語族」という用語について若干説明しておきます。私たちが万葉集や源氏物語の言葉を見ると、「読みにくいな」と感じたり、「なにを言っているのかわからないな」と感じたりします。言語は時代とともに少しずつ変化しています。言語は単に変化するだけでなく、分化もします。ある程度広い範囲で話されている言語には、地域差が生じてきます。

この地域ごとに少しずつ異なる言葉が方言です。しかし、これらの方言が地理的に隔たってさらに長い年数が経過すると、最初は小さかった方言同士の差が大きくなっていき、やがて意思疎通ができないほどになります。

あまりに違いが大きくなれば、もう方言ではなく、別々の言語と言ったほうがふさわしくなります。一律の学校教育やマスメディアが発達していない時代には、この傾向は顕著です。ある言語が別々の言語に分化するのです。分化してできた言語がさらに分化することもあります。言語学では、おおもとの言語と分化してできた諸言語をまとめて「語族」といいます。世界で最もよく知られている語族は、インド・ヨーロッパ語族と呼ばれる語族で、英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語などはこの語族に属します。例えるなら、イヌ、オオカミ、キツネ、タヌキが共通祖先を持っているように、英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語は共通祖先を持っているということです。

日本語とウラル語族

英語などが属するインド・ヨーロッパ語族は巨大な言語群ですが、フィンランド語やハンガリー語が属するウラル語族はこじんまりとした言語群です。ウラル語族の言語は、ロシアの北極地方から北欧・東欧にかけて分布しています。地理的に遠く離れているので、ウラル語族の言語は一見したところ東アジアの言語、特に日本語とはなんの関係もないように見えますが、実はここに大きな盲点があります。日本語の歴史を考えるうえで大変重要になるので、ウラル語族の話を続けます。以下にウラル語族の内部構造を簡単に示します。

ウラル語族の言語を研究する学者の間に意見の相違がないわけではありませんが、上の図は従来広く受け入れられてきた見方です。ウラル語族の言語は、まずフィン・ウゴル系とサモエード系に分かれ、フィン・ウゴル系はそこからさらにフィン系とウゴル系に分かれます。フィンランド語はフィン系に属し、ハンガリー語はウゴル系に属します。サモエード系の言語は、ロシアの北極地方に住む少数民族によって話されています。現在残っているサモエード系の言語はネネツ語、エネツ語、ガナサン語、セリクプ語の四つのみで、特に後の三つは消滅の危機にあります。

サモエード系の言語は、フィンランド語やハンガリー語と同じウラル語族の言語ですが、フィンランド語やハンガリー語とは文法面でも語彙面でも著しく異なっています。同じ言語から分かれた言語同士でも、別々の道を歩み始め、何千年も経過すれば、似ても似つかない言語になってしまいます。特に、サモエード系の言語が辿った運命とフィンランド語・ハンガリー語が辿った運命は対照的です。サモエード系の言語は、北極地方にとどまり、他の言語との接触が比較的少なかったために、昔の姿をよく残しています。それに対して、フィンランド語とハンガリー語は、有力な言語がひしめくヨーロッパに入り込み、大きく姿を変えました。サモエード系の言語は、いわば「生きた化石」です。人類の歴史を解明するうえで、大変重要な言語です。サモエード系の言語との出会いは、筆者にとってショッキングな出来事でした。これ以降、筆者は言語の歴史について本格的に研究し始めることになります。

筆者が初めてサモエード系の言語を見た時には、「文法面ではモンゴル語やツングース諸語に似ているな」という第一印象を受けました。しかし、よく調べると、「あれっ、語彙面では日本語に似ているな」という第二印象を受けました。少なくとも言語の根幹をなす基礎語彙に関しては、モンゴル語やツングース諸語より、ウラル語族のサモエード系の言語のほうが日本語に近いと思いました。なんとも不思議な感じがしました。なんで日本の近くで話されているモンゴル語やツングース諸語より、北極地方で話されているウラル語族のサモエード系の言語のほうが日本語に近いんだろうと考え始めました。様々な言語を見てきましたが、サモエード系の言語には今までにない特別なものを感じました。なにか重大な秘密が隠されている予感がしました。

フィンランド語とハンガリー語だけを見ていた時は気づかなかったのですが、サモエード系の言語を介しながらフィンランド語とハンガリー語を見てみると、やはりフィンランド語とハンガリー語にも日本語との共通語彙があります。日本語の中にある、ウラル語族と共通している語彙、そしてウラル語族と共通していない語彙を見分けていくうちに、二つの疑問が頭に浮かんできました。一つ目の疑問は、日本語の祖先とウラル語族の言語の祖先の接点は地理的にどの辺にあったのだろうという疑問です。二つ目の疑問は、日本語の中にある、ウラル語族と共通していない語彙はどこから来たのだろうという疑問です。日本語の中には、ウラル語族と共通している語彙も多いですが、共通していない語彙も多いのです。

東アジアには黄河文明とは違う文明が存在した

ウラル語族の各言語の語彙を研究するうちに、ウラル語族が日本語だけでなく、モンゴル語、ツングース諸語、朝鮮語、さらには中国語にもなんらかの形で関係していることが明らかになってきたので、ウラル語族の言語と東アジア・東南アジアの言語の大々的な比較研究を開始しました。着実かつ合理的に歴史を解明するため、考古学および生物学の最新の研究成果を適宜参照しました。考古学も生物学も近年めざましい発展を遂げており、数々の重要な発見がありました。

かつては、メソポタミア文明、エジプト文明、インダス文明、そして東アジアの黄河文明が並べられ、世界四大文明と呼ばれていました。ところが、その後の発見によって、東アジアには黄河文明のほかに二つの大きな文明が存在したことがわかってきました(このテーマを包括的に扱った書籍はいくつかありますが、考察の広さ・深さの点でShelach-Lavi 2015が優れています)。

その二つの大きな文明とは、長江文明と遼河文明(りょうがぶんめい)です。日本列島で縄文時代が進行する間に、大陸側はこのようになっていたのです。黄河文明と長江文明に比べて、遼河文明は知名度が高くないかもしれません。しかし、遼河文明は、日本語の歴史を解明するうえで重要な鍵を握っているようなのです。

生物学が発達し、人間のDNA配列が調べられるようになりました。DNA配列は、正確には「DNAの塩基配列」といい、アデニンA、チミンT、グアニンG、シトシンCという四種類の物質が作る列のことです。最近では、生きている人間のDNA配列だけでなく、はるか昔に生きていた人間のDNA配列も調べられるようになってきました。大変興味深いことに、遼河文明が栄えていた頃に遼河流域で暮らしていた人々のDNA配列を調べた研究があります(Cui 2013)。

人間は父親と母親の間に生まれるので、子のDNA配列が父親のDNA配列と100パーセント一致することはなく、子のDNA配列が母親のDNA配列と100パーセント一致することもありません。しかし、父親から息子に代々不変的に受け継がれていく部分(Y染色体DNA)と、母親から娘に代々不変的に受け継がれていく部分(ミトコンドリアDNA)があります。代々不変的に受け継がれていく部分と書きましたが、この部分にも時に突然変異が起きます。つまり、その部分のDNA配列のある箇所が変化するのです。変化していないY染色体DNA配列を持つ男性がそれを息子に伝える一方で、変化したY染色体DNA配列を持つ男性がそれを息子に伝えるということが起き始めます。同様に、変化していないミトコンドリアDNA配列を持つ女性がそれを娘に伝える一方で、変化したミトコンドリアDNA配列を持つ女性がそれを娘に伝えるということが起き始めます。こうして、時々起きる突然変異のために、Y染色体DNAのバリエーション、ミトコンドリアDNAのバリエーションができてきます。人類の歴史を研究する学者は、このY染色体DNAのバリエーション、ミトコンドリアDNAのバリエーションに注目するのです。

先ほど述べた遼河流域の人々のDNA研究は、Y染色体DNAのバリエーション(例えば、C系統か、D系統か、N系統か、O系統か)を調べたものです。その結果はどうだったでしょうか。古代の人々の研究なのでサンプル数は限られていますが、それでも大まかな傾向は十分に捉えられています。遼河文明が栄えていた頃の遼河流域では、当初はN系統が圧倒的に優勢だったが、次第にO系統とC系統が増え(つまり他の地域から人々が流入してきたということ)、N系統はめっきり少なくなってしまったようです。現在の日本、朝鮮半島、中国では、N系統はほんの少し見られる程度です(Shi 2013)。対照的に、ウラル語族の言語が話されているロシアの北極地方からフィンランド方面にかけてN系統が非常に高い率で観察されています(Rootsi 2007)。

見え始めた日本語の正体

筆者もウラル語族の言語が東アジアの言語と深い関係を持っていることを知った時には大いに驚きましたが、考古学・生物学の発見と照らし合わせると、完全に合致します。日本語がウラル語族の言語と深い関係を持っていることは非常に興味深いですが、もう一つ興味深いことがあります。日本語の中には、ウラル語族と共通している語彙も多いですが、共通していない語彙も多く、ウラル語族とは全く異なる有力な言語群も日本語の形成に大きく関与したようなのです。

ウラル語族の言語と東アジア・東南アジアの言語の大々的な比較研究を行い、様々な紆余曲折はありましたが、漢語流入前の日本語(いわゆる大和言葉)の語彙構成が以下のようになっていることがわかってきました。

「ウラル語族との共通語彙」も多いですが、「黄河文明の言語との共通語彙」と「長江文明の言語との共通語彙」も多く、この三者で漢語流入前の日本語の語彙の大部分を占めています。

「その他の語彙1」というのは、日本語が大陸にいた時に取り入れた語彙で、「ウラル語族との共通語彙」にも、「黄河文明の言語との共通語彙」にも、「長江文明の言語との共通語彙」にも該当しないものです。

「その他の語彙2」というのは、日本語が縄文時代に日本列島で話されていた言語から取り入れた語彙です。

漢語流入前の日本語の語彙構成の特徴的なところは、なんといっても、語彙の大きな源泉が三つあることです。三つの有力な言語勢力が交わっていたことを窺わせます(遼河文明と黄河文明と長江文明の位置を思い出してください)。

「日本語の意外な歴史」では、ウラル語族との共通語彙、黄河文明の言語との共通語彙、長江文明の言語との共通語彙、その他の語彙1、その他の語彙2、いずれも詳しく扱っていきます。

では、日本語およびその他の言語の歴史を研究するための準備に取りかかりましょう。

 

外国語の単語の表記について

英語と同じようなアルファベットを使用している言語では、それをそのまま記します。言語学者が諸言語の発音を記述するのに使う国際音声記号(IPA)というのがありますが、音韻論の専門家でない限り、多くが見慣れない記号です。そのため、本ブログではIPAの使用はできるだけ控えます。特に朝鮮語は、IPAを用いて記すと複雑になるため、市販されている初心者向けの韓国語の文法書で採用されている書き方にならいました。一般の読者にとって見慣れない記号を用いる場合には、補助としてのカタカナ表記を付け加えます。慣習を考慮し、ヤ行の子音は基本的に、北方の言語(ウラル語族の言語など)では「j」で表し、南方の言語(中国語、東南アジアの言語)では「y」で表します。古代中国語のアルファベット表記の仕方は、Baxter 2014に従います。

 

参考文献

Baxter W. H. et al. 2014. Old Chinese: A New Reconstruction. Oxford University Press.

Cui Y. et al. 2013. Y chromosome analysis of prehistoric human populations in the West Liao River Valley, Northeast China. BMC Evolutionary Biology 13: 216.

Rootsi S. et al. 2007. A counter-clockwise northern route of the Y-chromosome haplogroup N from Southeast Asia towards Europe. European Journal of Human Genetics 15: 204-211.

Shelach-Lavi G. 2015. The Archaeology of Early China: From Prehistory to the Han Dynasty. Cambridge University Press.

Shi H. et al. 2013. Genetic evidence of an East Asian origin and paleolithic northward migration of Y-chromosome haplogroup N. PLoS One 8(6): e66102.


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