北ユーラシアに向かう人類、バルカシュ湖とバイカル湖

otu(落つ)の語源

日本語が属していた語族を知るの記事で、水を意味していたmat-、mit-、mut-、met-、mot-のような語から、様々な語彙が生まれたことを示しました。その中に、以下の語がありました。

mudaku(抱く)、udaku(抱く)、idaku(抱く)
ude(腕)(推定古形は*uda)
utu(打つ)
muti(鞭)
motu(持つ)

これは、「水」を意味していた語が「横」を意味するようになり、「横」を意味していた語が「手、腕、肩」を意味するようになるパターンです。上の日本語の語彙がややこしく見えるのは、語頭のmがしばしば消えているからです。以下のようになっていたら、わかりやすかったでしょう。

mudaku(抱く)
muda(腕)
mutu(打つ)
muti(鞭)
motu(持つ)

ところが、実際にはこうならなかったのです。上の一連の語は、もともと*mudaまたは*mutaという語があり、その語頭のmがしばしば脱落していたことを示しています。

このことは、otu(落つ)の語源を考えるうえでも示唆的です。otu(落つ)は、otosu(落とす)、otoru(劣る)、otoroɸu(衰ふ)などと同源と考えられます。下を意味する*otoという語があったのでしょう。弟または妹を意味したoto/otoɸi/otoɸitoという語もそのことを裏づけています。

現代の日本語にutumuku(俯く)などの語がありますが、下を意味する*utuという語もあったと考えられます。日本語で「眠りに落ちる」と言ったり、英語で「fall asleep」と言ったりしますが、人類の言語を見渡すと、落下と眠りの間には深い関係があります。立ったまま眠ることができず、横になるか座るかして眠るというのもあるかもしれません。立っているのは活動中で、横になったり座ったりしているのは休止中ということかもしれません。落下、下方向、下を意味する*utuの異形として*utaと*utoがあり、これがutatane(うたた寝)やutouto(うとうと)などの表現を生み出したのではないかと思われます。potapota(ぽたぽた)、potupotu(ぽつぽつ)、potopoto(ぽとぽと)が存在するようなものでしょう。uttori(うっとり)も、もともと寝ている様子や寝ぼけている様子を表し、そこから意味がずれていったのではないかと思われます。

ちなみに、uzu(渦)の古形はudu(渦)であり、やはり根底には「水」がありそうです。

oru(下る、降る)の語源の考察で見たように、oru(下る、降る)の語源が「水」であり、ɸuru(降る)の語源が「水」であり、sagaru(下がる)の語源が「水」であり、kudaru(下る)の語源が「水」であるならば、otu(落つ)の語源も「水」である可能性が極めて高いです。

どちらも本ブログで頻繁に登場する言語群ですが、古代北ユーラシアで水のことを(A)のように言っていた言語群と、水のことを(B)のように言っていた言語群を思い出しましょう。

(A)

mark-、mirk-、murk-、merk-、mork-(mar-、mir-、mur-、mer-、mor-、mak-、mik-、muk-、mek-、mok-)

bark-、birk-、burk-、berk-、bork-(bar-、bir-、bur-、ber-、bor-、bak-、bik-、buk-、bek-、bok-)

park-、pirk-、purk-、perk-、pork-(par-、pir-、pur-、per-、por-、pak-、pik-、puk-、pek-、pok-)

wark-、wirk-、wurk-、werk-、work-(war-、wir-、wur-、wer-、wor-、wak-、wik-、wuk-、wek-、wok-)

vark-、virk-、vurk-、verk-、vork-(var-、vir-、vur-、ver-、vor-、vak-、vik-、vuk-、vek-、vok-)

(B)

mat-、mit-、mut-、met-、mot-

bat-、bit-、but-、bet-、bot-

pat-、pit-、put-、pet-、pot-

wat-、wit-、wut-、wet-、wot-

vat-、vit-、vut-、vet-、vot-

※時に語頭の子音が脱落して、urk-、ork-のような語が生じたり、ut-、ot-のような語が生じたりします。

(A)の言語群は、朝鮮語mul(水)、ツングース諸語のエヴェンキ語mū(水)、ナナイ語muə(水)ムウ、満州語mukə(水)ムク、アイヌ語wakka(水)(推定古形は*warkaあるいは*walka)などが属すると見られる言語群です。インド・ヨーロッパ語族に英語のmark(印)(かつては境を意味していた)のような語があったり、ウラル語族にフィンランド語のmärkä(濡れている)マルカのような語があったりするのを見ればわかるように、(A)の言語群は北ユーラシアに広く分布していた言語群です。

東アジアの人々の本質、アフリカから東アジアに至る二つの道の記事でお話ししたように、アフリカから中東に出て、そこから中央アジアを経由して東アジアにやって来た人々と、東南アジアを経由して東アジアにやって来た人々がいました(図は上記記事のGoebel 2007の図を再掲)。

4万年前の東アジアの記事でもお話ししたように、当時先進的だったのは、中東から中央アジアを経由して東アジアにやって来た人々であり、これらの人々の言語は、人類の言語の歴史を考えるうえで大変注目されます。地図からわかるように、中央アジアのバルカシュ湖(地図中に名前は記されていませんが、中東からバイカル湖に向かう途中にある湖で、中央アジアでは最大の湖です)のあたりと、シベリアのバイカル湖のあたりが、北ユーラシア・東アジアへの進出の重要な拠点になりました。

このように、北ユーラシア・東アジアに進出する人類の重要な拠点となった湖が二つあり、その一つはバルカシュ湖(Lake Balkhash)と呼ばれ、もう一つはバイカル湖(Lake Baikal)と呼ばれています。当然、このBalkhashとBaikalにも語源があるはずです。Balkhashのほうは、古代北ユーラシアで水を意味したmark-、bark-、park-、wark-、vark-のような語から来たと考えてよいでしょう。

Baikalのほうは、どうでしょうか。Baikalは難問です。筆者は、北ユーラシアの言語や地名と照らし合わせながら、Baikalのbaiの部分とkalの部分は別々の語源を持っているのではないかと考えています。Baikalの語源はここでは見送りますが、バイカル湖東部にバルグジン川(Barguzin River)、バルグジン湾(Barguzin Bay)、バルグジン山脈(Barguzin Range)があり、バイカル湖周辺に水のことをbark-のように言う人々がいたことは確実です。

※近くを流れているトゥルカ川(Turka River)やウダ川(Uda River)などの河川名も目を引きます。水を意味するturkaのような語が横を意味するようになり、手・腕を意味する*tukaが生まれたり、頬を意味するturaが生まれたりします。手・腕を意味した*tukaは、tuka(柄)、tukamu(掴む)、tukamaru(捕まる)、tukamaeru(捕まえる)などになっており、頬を意味したturaはtura(面)になっています。バイカル湖の右下の地域は要注意です。

ヨーロッパ方面で最大の規模を誇り、モスクワとサンクトペテルブルクの間からカスピ海までを流れるヴォルガ川(Volga River)の語源も、古代北ユーラシアで水を意味したmark-、bark-、park-、wark-、vark-のような語と関係がありそうです。

こうして見ると、(A)の言語群は、中東から中央アジア、中央アジアから北ユーラシアに広がっていった人々の言語から来ている可能性が高いです。ヨーロッパで孤立しているバスク語のur(水)や、北ユーラシアの真ん中で孤立しているケット語のulj(水)ウリィなどを見ても、その可能性が高いです。しかし、いろいろと謎も残ります。

まず気になるのは、(A)の言語群は(B)の言語群と系統関係があるのかどうかという問題です。

インド・ヨーロッパ語族の英語water(水)、ヒッタイト語watar(水)のような語、ウラル語族のフィンランド語vesi(水)(組み込まれてved-、vet-)、ハンガリー語víz(水)ヴィーズのような語、そして日本語のmidu(水)は(B)の言語群に属するので、これは非常に気になる問題です。日本語が、水のことをmat-、mit-、mut-、met-、mot-のように言う言語に囲まれていたことは、本ブログで示している通りです。

もう一つ気になるのは、現在北ユーラシアに残っている言語とアメリカ大陸のインディアンの言語から、かつて北ユーラシアに水のことをjark-、jirk-、jurk、jerk-、jork-(jar-、jir-、jur-、jer-、jor-、jak-、jik-、juk-、jek-、jok-)(jは日本語のヤ行の子音)のように言う言語群があったと推定されるが、(A)の言語群はこの言語群と系統関係があるのかどうかという問題です。

水のことをjark-、jirk-、jurk、jerk-、jork-(jar-、jir-、jur-、jer-、jor-、jak-、jik-、juk-、jek-、jok-)のように言う言語群が存在した時代はとても古く、例を少し示すと、tʃark-、tʃirk-、tʃurk、tʃerk-、tʃork-(tʃar-、tʃir-、tʃur-、tʃer-、tʃor-、tʃak-、tʃik-、tʃuk-、tʃek-、tʃok-)のような形からtark-、tirk-、turk、terk-、tork-(tar-、tir-、tur-、ter-、tor-、tak-、tik-、tuk-、tek-、tok-)のような形が生まれたり、njark-、njirk-、njurk、njerk-、njork-(njar-、njir-、njur-、njer-、njor-、njak-、njik-、njuk-、njek-、njok-)のような形からnark-、nirk-、nurk、nerk-、nork-(nar-、nir-、nur-、ner-、nor-、nak-、nik-、nuk-、nek-、nok-)のような形が生まれたりしています。

人類は少なくとも45000年前には北ユーラシアに現れており、そこからの言語の歴史は壮大で複雑です。上に述べた問題も、すぐに結論が出せない大きな問題です。しかし、そのような大きな問題を立てることはできるようになってきました。問題は山のようにありますが、少しずつ人類の言語の歴史を明らかにしていきましょう。

 

参考文献

Goebel T. 2007. The missing years for modern humans. Science 315(5809): 194-196.

「下りる」と「落ちる」

下(した)、下(しも)、下(もと)の比較の記事では、「水」を意味していた語が「下」を意味するようになるパターンを示しました。これもかなりの頻出パターンであり、さらなる考察を要します。

ここでは、奈良時代の日本語のoru(下る、降る)とotu(落つ)について考えましょう。oru(下る、降る)は意志によって制御された下への移動を表すことが多く、otu(落つ)は重力にまかされた下への移動を表すことが多いですが、ここではどちらも下への移動を表す語であるという単純な認識で十分です。

oru(下る、降る)の語源

奈良時代のoru(下る、降る)の用法は、現代のoriru(下りる、降りる)の用法と大体同じです。しかし、このような語ばかりではなく、意味が大きく変わった語もあります。奈良時代のoku(置く)の用法は、現代のoku(置く)の用法と明らかに違います。

現代では「霜が降りる」と言いますが、昔は「霜降る」と言ったり、「霜置く」と言ったりしていました。oku(置く)は、oru(下る、降る)やɸuru(降る)と同様の意味を持っていたのです。つまり、自動詞として働いていたということです。

現代のoku(置く)はもっぱら他動詞として働きますが、奈良時代のoku(置く)は自動詞として働くことも、他動詞として働くこともありました。「なにかが下に移動すること」も意味したし、「なにかを下に移動させること」も意味していたのです。

奈良時代から現代までの歴史を見ると、oku(置く)はもともと自動詞で、他の語に圧迫されながら、自動詞としての用法を弱め、他動詞としての用法を強めていったように見えますが、いずれにせよ、oku(置く)が「下への移動」を意味する語であったのは確かです。

冒頭に述べたように、「水」を意味していた語が「下」を意味するようになるパターンがあり、その中に、「水」→「雨または雪」→「落下、下方向、下」というパターンがあります。

上に挙げたɸuru(降る)はこれに該当し、古代北ユーラシアで水を意味したpark-、pirk-、purk-、perk-、pork-(par-、pir-、pur-、per-、por-、pak-、pik-、puk-、pek-、pok-)のような語から来ていると考えられます。ɸuka(深)やpukapuka(ぷかぷか)と同源です。波に揺られての記事のɸuku(振く)、ɸuru(振る)、ɸuraɸura(ふらふら)、burabura(ぶらぶら)、purapura(ぷらぷら)なども思い出してください。

ɸuru(降る)が「水」から来ているのなら、oru(下る、降る)とoku(置く)も「水」から来ているかもしれません。古代北ユーラシアで水を意味したpark-、pirk-、purk-、perk-、pork-(par-、pir-、pur-、per-、por-、pak-、pik-、puk-、pek-、pok-)のような語は、mark-、mirk-、murk-、merk-、mork-(mar-、mir-、mur-、mer-、mor-、mak-、mik-、muk-、mek-、mok-)のような形や、wark-、wirk-、wurk-、werk-、work-(war-、wir-、wur-、wer-、wor-、wak-、wik-、wuk-、wek-、wok-)のような形でも存在しました。朝鮮語のmur(水)も、アイヌ語のwakka(水)(推定古形は*warkaあるいは*walka)も、ここから来ています。

wark-、wirk-、wurk-、werk-、work-(war-、wir-、wur-、wer-、wor-、wak-、wik-、wuk-、wek-、wok-)のような形に注目しましょう。この形は要注意です。日本語のワ行を見ればわかるように、wという子音はとても消滅しやすいからです。例えば、フィンランド語olka(肩)、ハンガリー語váll(肩)ヴァーッル、朝鮮語ɔkkɛ(肩)オッケ、日本語waki(脇)を見てください。これらは、「水」を意味していた語が「横」を意味するようになり、「横」を意味していた語が「手、腕、肩」を意味するようになるパターンです。フィンランド語と朝鮮語では先頭のwが消滅し、ハンガリー語では先頭のwがvになっています。朝鮮語のokkɛ(肩)は、水を意味するork-あるいはolk-のような語が東アジア、それも日本語のそばにあったことを示唆しています。

要するに、mork-、bork-、pork-、work-、vork-のような形だけでなく、子音が消えたork-のような形もあったということです。

水を意味するork-あるいはolk-のような語が日本語に入ったら、or-またはok-という形になりそうです。oru(下る、降る)とoku(置く)も、「水」から来たのでしょうか。下への移動を意味する語は、この可能性を検討しなければなりません。すでに述べたɸuru(降る)だけでなく、sagaru(下がる)もsaka(酒)、saka(境)、saka(坂)などと同源で「水」から来たと考えられるし、kudaru(下る)も水を意味するkat-、kit-、kut-、ket-、kot-のような語(刀(かたな)と剣(つるぎ)の記事などを参照)から来たのかもしれません(奈良時代には、盛りを過ぎて衰えていくことを意味するkutatu(降つ)という動詞もありました。kutu(朽つ)、kutakuta(くたくた)、kutabiru(くたびる)、kutabaru(くたばる)などにも通じているかもしれません)。

oru(下る、降る)とoku(置く)も「水」から来た可能性がありますが、水を意味するork-のような語が存在したことを示す語は日本語にさほど多くありません。mork-、bork-、pork-、work-、vork-のように子音が残っている形で存在することが多く、ork-のように子音がなくなった形で存在することは少なかったのかもしれません。境に関係があるworu(折る)/wori(折)や盛り上がった土地を意味するwoka(丘)などの語が見られることから、水のことをwork-のように言う言語が日本語のそばに存在したことは確実です。

水を意味するork-のような語が存在したことを示唆する語としては、まずoki(沖)とoku(奥)が挙げられます。奈良時代には、okiもokuも「奥」と書くのが普通でした。「奥」という漢字にさんずいは含まれていませんが、海に関して使われていることが多いです。oki/okuは、海の彼方を意味する語だったのでしょう。水を意味することができず、海を意味することもできず、海の彼方を意味していたと思われます。そこから、okiは当初の水という意味を残し、okuは当初の水という意味を失ったのでしょう。

水を意味するork-のような語が存在したことを示唆する語としては、oru(織る)も挙げられます。明らかに糸関連の語だからです。織るというのは、以下の図のように縦糸と横糸を交差させる作業です(図はPrmaCeed様のウェブサイトより引用)。

前回の記事で、水を意味するkalm-、kilm-、kulm-、kelm-、kolm-(kal-、kil-、kul-、kel-、kol-、kam-、kim-、kum-、kem-、kom-)のような語から来たkuru(繰る)とkumu(組む)を挙げましたが、水を意味するam-、um-、om-のような語から来たamu(編む)や、水を意味するjark-、jirk-、jurk-、jerk-、jork-(jar-、jir-、jur-、jer-、jor-、jak-、jik-、juk-、jek-、jok-)のような語から来たyoru(縒る)もあります。「水」→「境」→「線・糸」という意味変化は頻出パターンです。

※糸関連の語彙の中でよく使われるnuɸu(縫ふ)は、naɸu(綯ふ)やnaɸa(縄)と同源で、水を意味するnam-、nab-、nap-、num-、nub-、nup-、nom-、nob-、nop-のような語から来たと見られます。出所はタイ系言語でしょう。

前回の記事で挙げたkoromo(衣)とkurumu(包む)もそうでしたが、一般にuとoの間は発音が変化しやすいです。ork-のほかにurk-という形も考える必要があるかもしれません。uku(浮く)/ukabu(浮かぶ)やuruɸu(潤ふ)/uruɸoɸu(潤ふ)は関係がありそうです。orooro(おろおろ)とurouro(うろうろ)も、波に揺られるところから来ているかもしれません(このようなパターンについては、波に揺られての記事を参照)。

このように、水を意味するmork-、bork-、pork-、work-、vork-のような語だけでなく、ork-のような語も日本語のそばにあった可能性が高いです。実は、これにそっくりなパターンが別のところにも見られます。水を意味するmot-、bot-、pot-、wot-、vot-のような語だけでなく、ot-のような語も日本語のそばにあったようです。次は、otu(落つ)について考えましょう。

時間の哲学、「時(とき)」の語源(改訂版)

この記事は、以前に記した記事の改訂版です。

抽象的なtoki(時)の語源に関しては、筆者の考えも二転三転しましたが、人類の言語を広く観察しながら思考を重ね、ようやく確かな見解に到達したので、それをここに記します。

いきなりtoki(時)について考えるのはハードルが高いので、まずはsetu(節)とsai(際)に目を向けることにします。中国語からの外来語であるsetu(節)とsai(際)は、「その節は・・・、その際は・・・」という具合にtoki(時)に似た使われ方をするので、考察に値します。

古代中国語のtset(節)ツェトゥは、竹かんむりからわかるように、特に竹のふしを意味していた語です。竹のふしとは、以下の図の赤い線の部分です。

古代中国語のtsjej(際)ツィエイも、境を意味していた語です。日本でkokusai(国際)という和製漢語が作られましたが、これは国と国の間を意味しています。

このように、古代中国語のtset(節)とtsjej(際)はもともと境を意味していた語ですが、そこからやがて時も意味するようになります。これは中国語に特有な現象ではなく、人類の言語に広く見られる現象です。日本語のori(折)(古形wori)も、境を意味していたと考えられる語です。その節、その際、その折、どれもよく聞くでしょう。

なぜ境を意味していた語が時を意味するようになるのでしょうか。先ほどの図のような構図において「区切る線」を意味していた語が「区切られた各部分」を意味するようになるというのがポイントです。世(よ)の誕生の記事で説明した奈良時代のyo(代)などはまさにそうです。yo(代)は、yoko(横)などと同源で、水と陸の境を意味していたが、そこから「区切る線」、さらに「区切られた各部分」を意味するようになり、奈良時代には「時代」を意味していました(yokogiruとyogiruという言い方があるように、yokoとyoという形があったのです)。

時間の問題を考える場合にも、やはり古代人の感覚を考えることが重要です。古代人は、現代の私たちと違って、時計を持っておらず、数詞・数字も持っていませんでした。それでも、現代の私たちと同じように、明るさ(朝・昼)と暗さ(夜)が交互に訪れる世界に住んでいました。「区切り」というものは古くから意識されています。明るくなって、暗くなって、明るくなって、暗くなって・・・という区切り以外にも、様々な区切りが考えられます。

四角を四つ並べました。紙芝居の一枚一枚の絵のようなものだと思ってください。つまり、一つ一つの四角は、現代でいう場面のようなものです。例えば、「道具を作る」→「動物を狩る」→「解体・調理する」→「食べる」、これだって区切りです。数詞・数字を持たない古代人が「いち、に、さん、し・・・」と数えることはありませんが、ある場面、次の場面、次の場面、次の場面・・・という見方はします。

こうなると、場面場面(一区切り一区切り)を指す語が欲しいところです。水を意味していた語が水と陸の境を意味するようになり、水と陸の境を意味していた語が「区切る線」を意味するようになり、「区切る線」を意味していた語が「区切られた各部分」を意味するようになったようです。水から始まるこのような経緯からして、まず空間的な意味があり、そこに時間的な意味が加わったと考えられます。奈良時代には、時代を意味するyo(代)のほかに、竹のふしとふしの間を意味するyo(節)という語がありましたが、yo(代)よりyo(節)のほうが古いでしょう。

さて、toki(時)はどうでしょうか。上に説明したパターンは日本語でもその他の言語でも繰り返し出てくるので、toki(時)もこのパターンと考えられます。古代北ユーラシアで水を意味したtark-、tirk-、turk-、terk-、tork-(tar-、tir-、tur-、ter-、tor-、tak-、tik-、tuk-、tek-、tok-)のような語から来たのでしょう。すでに多数の例を挙げましたが、taka(高)、tuka(塚)、toko(床)などは、水を意味していた語がその横の盛り上がった土地、丘、山あるいは高さを意味するようになったものです。対照的に、taki(滝)、tuku(漬く)、toku(溶く)などは、当初の水という意味を残しています(taki(滝)は、現代と少し異なり、急流・激流を意味していました)。酒を注ぐ時のtokutoku(とくとく)や血が流れる時のdokudoku(どくどく)も同源でしょう。水と陸の境を意味していたであろうtoki(時)も、同じところから来ていると考えられます。

toki(時)の類義語であるkoro(頃)はどうでしょうか。奈良時代には、凍ること・固まることを意味するkoru(凝る)と切ることを意味するkoru(伐る)という語がありました。koru(凝る)は氷を思わせ、koru(伐る)は境を思わせます。やはり水の気配がします。koru(伐る)は、ki(木)とくっついてkikori(きこり)を残したぐらいで、廃れてしまい、類義語のkaru(刈る)とkiru(切る)が残りました。koru(凝る)とkoru(伐る)の存在から、水を意味していたkor-のような語が境を意味するようになったことが窺えますが、この境を意味するkor-のような語から、koro(頃)ができたようです。背後にあると見られるのは、古代北ユーラシアで水を意味したkalm-、kilm-、kulm-、kelm-、kolm-(kal-、kil-、kul-、kel-、kol-、kam-、kim-、kum-、kem-、kom-)のような語です。これに関連する話を補説で取り上げましょう。

 

補説

水から境へ、境から糸へ

水・水域を意味していた語が境を意味するようになるのは頻出パターンですが、境を意味していた語が線・糸を意味するようになるのも頻出パターンです。

ここでは、日本語の糸関連の語彙であるkuru(繰る)とkumu(組む)から話を始めましょう。

kuru(繰る)という動詞を示されても、ピンとこないかもしれません。現代では、繰り返す、繰り出す、繰り広げる、繰り上げる、繰り下げるなどの複合動詞はよく使われますが、単独のkuru(繰る)はあまり使われません。

糸は、人間世界において衣料などのもととして重要な役割を果たしてきました。その糸はどこから来ているかというと、特定の動物または植物から来ています(現代では合成系もあります)。kuru(繰る)は、糸を引き出して巻き取る作業です。

kumu(組む)は、以下の写真のように何本かの糸から一本の紐を作り出す作業です(写真は道明葵一郎、「道明」の組紐、世界文化社より引用)。

少数の糸を単にねじり合わせるだけのyoru(縒る)と比べると、本格的な計画・設計・デザインが感じられます。

前に朝鮮半島と日本列島の奥深い歴史の記事で、kumo(クモ)は糸を意味していた語ではないかと推測しました。kuru(繰る)、kumu(組む)、kumo(クモ)はいずれも「糸」から来た語でしょう。

母音がuではなくoですが、komayaka(細やか)、komaka(細か)、komagoma(細々)も「糸」から来た語でしょう。

「糸」からすぐに「細い」という意味が生まれますが、すぐに「細かい」という意味も生まれます。一本の糸ではなく、糸と糸が交差している織物を考えれば、容易にわかります。

古代北ユーラシアで水を意味したkalm-、kilm-、kulm-、kelm-、kolm-(kal-、kil-、kul-、kel-、kol-、kam-、kim-、kum-、kem-、kom-)のような語がおおもとにあり、それが境を意味するようになったり、さらに線・糸を意味するようになったりしていたと考えられます(日本語では、karm-、kirm-、kurm-、kerm-、korm-という形は認められないので、基本的にkar-、kir-、kur-、ker-、kor-、kam-、kim-、kum-、kem-、kom-という形になることに注意してください。「基本的に」と言ったのは、母音が挿入されたkarVm-、kirVm-、kurVm-、kerVm-、korVm-という形になることもまれにあるからです)。

日本語の語彙のほうから考えると頭がこんがらがりそうですが、水ひいては境を意味していたkulm-(kul-、kum-)やkolm-(kol-、kom-)のような語のほうから考えるとすっきりします。このkulm(kul-、kum-)やkolm-(kol-、kom-)のような語が線や糸も意味するようになったのです。

ここに示したkul-のような語から来たのが、kuru(繰る)です。

kum-のような語から来たのが、kumu(組む)です。

kom-のような語から来たのが、komayaka(細やか)、komaka(細か)、komagoma(細々)で、*koma(糸)という語があったと思われます。四コマ漫画などの一区切り一区切りを意味しているkoma(コマ)と同源と考えられます。境を意味する語が*koma(糸)とkoma(コマ)になったということです。境から*koma(糸)のようになるのも一つのパターン、境からkoma(コマ)のようになるのも一つのパターンです。

そしてkol-のような語から来たのが、まず空間的一区切りを意味し、そこから時間的一区切りを意味するようになったと見られるkoro(頃)です。切ることを意味したkoru(伐る)という動詞の存在がそのことを裏づけています。

水を意味していたkulm-(kul-、kum-)やkolm-(kol-、kom-)のような語が境を意味するようになったり、さらに線・糸を意味するようになったりしていたわけですが、これに関連してもう一つ気になる語があります。それは、koromo(衣)です。

奈良時代にはkinu(衣)とkinu(絹)という語があり、kinu(衣)は服を意味し、kinu(絹)は蚕の繭(後述参照)から取った糸、およびそれからできた布を意味していました。おそらく、日本語にはkinuという一語があり、この語は糸の状態も、布の状態も、服の状態も意味したと思われます。

koromo(衣)も、上のkolm-(kol-、kom-)のような語から来ていて、境を意味していたところから糸を意味するようになり、糸を意味していたところから布・服を意味するようになったのかもしれません。

この可能性は高そうです。中国東北部に、アムール川水系に属する嫩江(ヌンチアン)という大きい川があります。かつてこのあたりに水のことをnunのように言う人々がいたことを示しています。朝鮮語のnun(目)とnun(雪)はそのことを裏づけています(水を意味していた語が目を意味するようになるまでの過程については、古代人はこのように考えていたの記事を参照してください)。日本語のnuno(布)も関係がありそうです。北ユーラシアの歴史の中で見ると、これらの語はnak-、nag-、nank-、nang-、nan-のような形から生じたものではないかと思われます。「水」→「境」→「糸」→「布・服」という意味変化は珍しくなかったのかもしれません。

koromo(衣)は、uとoの間で発音が変化しやすかったことを考えると、kurumu(包む)とも同源でしょう。

karamu(絡む)/karamaru(絡まる)が糸関連の語彙であることも疑いありません。

※蚕(かいこ)は蛾の一種です。蚕の一生は、卵→幼虫→さなぎ→成虫と進んでいきます。幼虫からさなぎになるところで、糸状の分泌物を吐き出して、体のまわりに以下の写真のような覆いを作ります。この覆いは繭(まゆ)と呼ばれます。繭を煮てほぐし、さなぎを取り除いてから、糸を引き出していきます(写真は高原社様のウェブサイトより引用)。

toki(時)とkoro(頃)という言葉は、上に説明した非常に大きな歴史の中に位置しています。toki(時)とkoro(頃)は、「一区切り」を意味する語だったのです。